白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十三章 雌伏

1 隠れ家

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「ほ、本当に帝都に帰ってきたんですね……」
「そうだとも。私が嘘をついていると思っていたのかい?」
「い、いえ。そういうわけじゃ……」

 そうなのだ。
 風の《ヴェントス》による軽やかな飛翔の魔法でみなが到着したのは、予告されたとおりに神聖シンチェリターテ帝国の帝都だった。ただし、殿下がおられた離宮には戻らず、下町の小さな家に案内された。
 並んでいるのは、どれもずいぶん小さな庶民の家だ。どの家に入るのかは分からないが、これでは一行が全員入るのも難しいのではないだろうか。
 シディの不安げな目に気付いたのか、インテス様はやわらかく笑った。

「心配しなくていいよ。何度も言うが我々には優秀な魔塔の魔導士たちがついている。そしてそなたのお陰で今や、頼りになる精霊様がたまで協力してくださっているじゃないか」
《ソウソウ、ソウダゾ、クロイノ》
《ワタシタチニマカセテオケ。イントンノマホウナド、タヤスイコトヨ》
「えっ。本当ですか、《ソロ》様、《メタリクム》様──」
《アア。ミテロヨ》

 《ソロ》がそう言ったかと思うと、周囲の地面にふわりと茶色い光が現れた。それが一行を包み込んだと思う間に、目の前のふたつの家がするりと分かれて小さな通路が現れた。

「えっ……えええっ?」
《サッサトハイレヨ》
《ダイジョウブ。チャントイントンノマホウデカクシテアルカラネ》

 さらりと付け足したのは風の《ヴェントス》だ。精霊たちに勧められるまま通路に入ったと思ったら、背後で空間がぐにゃりと歪んで閉じていく。

「えええっ! こ、これは」
「空間の中に自分たちだけが入れる空間を作り出す魔法だ。魔導士たちが苦労して作ってくれたものだが、精霊様がたがお力をお貸しくださっているらしい」
「左様にございます。ご助力のお陰をもちまして、魔力の消費量が格段にさがりました。大変ありがたいことにございます」
 ラシェルタが精霊たちに向かって頭を下げると、緑色と茶色と金色の光がまたきらきらした。

《ドウッテコトハナイヨ》
《クロイノト、シロイノノタメダカンナ》
《イヤイヤ。ソコハキチントカンシャヲスルノハダイジダ。ヨイココロガケダゾ、ソナタタチ》

 《メタリクム》様だけはなんだかちょっと偉そうだけれど、イヤな感じはまったっくしない。シディはあらためて三柱に向かって深く礼をした。

「ありがとうございます、《ヴェントス》様、《ソロ》様、《メタリクム》様」
《イヤイヤ》
《イイッテコトヨ。ナンカアッタラスグニイエヨ?》
「まことに有難う存じます。精霊様がた」

 インテス様がおっしゃって頭を垂れると、一行もまたそれに倣った。
 
 



 こうして帝都の完璧な「隠れ家」での生活が始まった。
 一行はずっとシディとインテス様に随伴するわけではなく、食料そのほかの物資を運んでくるついでに交代しては、お互い情報交換をしてまた出かけていく。
 隠れ家は快適だった。外からはいっさい見えない仕様なのに、内側からは普通の家に暮らしているのと変わりない。大きな窓があって日光はよく入ってくるし、風も心地よかった。
 部屋はいくつかに分かれていて、寝室や浴室もじゅうぶんな広さがある。もちろん離宮には遠く及ばないけれど、シディにとって不自由なことはなにもなかった。それは当然、ずっとそばにいるティガリエやラシェルタの気遣いの賜物でもあっただろうけれど。

「それで、師匠の《目》と《耳》による情報収集はどうなっている?」
「は。順調に進んでいるそうにございます。あと少しで皇太子が皇帝陛下に毒を盛っていた証拠と、証人を確保できそうとのことで」
「なるほど」

 インテス様が、交代でやってきた魔導士たちから報告を聞くときにはいつもそばにいるシディだったが、確かに状況は少しずつ進んでいるらしかった。
 庶民が暮らすような小ぢんまりとした居間で話を聞き、魔導士が立ち去ったあと、シディは恐る恐る訊いてみた。部屋の隅にはいつものようにティガリエとラシェルタが控えている。

「あの……証拠を集めたら裁判を開くんでしょうか。皇太子の反逆を訴えるための」
「うん。そのつもりだよ」
「あの、でも皇太子側から邪魔されたりしませんか? そもそも裁判すらさせてもらえなかったら──」
「もちろんその可能性は高い。ゆえに、こちらも少しずつ自分の味方を増やしつつあるところなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。もともと中立派だった者たちに揺さぶりをかける。反皇帝派でこそなかったが反皇太子派の貴族たちも大勢いるからな」

 なるほど。そういう勢力を先に味方に引き入れようということらしい。

「そのために、少し私も隠れ家を空けなくてはならないこともあるだろう。私自身が彼らと直接話をしなくてはならないことも多いからな」
「えっ。でも」
「そなたにはティガリエもラシェルタも、精霊様がたもついているから心配はしていないが、どうかここで静かに待っていてほしい」
「でも、それじゃインテス様は──」

 優秀な護衛が全部自分についているとなったら、この方の身の安全はどうなるのだろう?
 だがシディの不安をよそにインテス様はいつもの笑顔で笑っただけだった。

「私も優秀な魔導士たちを連れて動く。私自身もあの事件以来、少し魔力が増したようだし、心配しなくていいよ」
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