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第十五章
6 インテス様の夢(4)
しおりを挟む「シディ。私にはもうひとつ夢があってね」
インテス様がこう言いだしたのは、熱い夜が明けた朝もだいぶ遅い時間だった。昨夜のあれこれのために、シディがすっかり寝坊してしまったのだ。
インテス様はシディを無理に起こすことはせず、仕事を寝室に持ちこんで、眠っているシディの隣で書類に目を通しておられた。
優しい片手がときどき、さわさわと自分の髪を撫でているのにはなんとなく気づいていたが、こんなにも寝坊しているとはつゆ思わなくて、シディは焦った。
「すっ、すすすみませんっ……!」
「なにを謝る必要がある? 無理をさせたのは私じゃないか」
そう言ってインテス様は隠れ家に連れてきている侍従を呼び、薬草の湿布を持ってこさせた。シディの腰が痛まないように、それを手ずから貼ってくださったうえ、用意させた食事もさせた。
冒頭の「お願い」が出てきたのは、ひと通りのことが済んでひと息つき、やっとふたりきりになったときだった。
「夢……ですか? なんでしょう」
「うーん。その、な……」
珍しくインテス様が言い澱んでいらっしゃる。口もとに手をあてて、少し恥ずかしそうなお顔だ。
なんて珍しい! というか、こんなお顔を見ること自体、初めてかもしれない。
「あのっ。なんでもおっしゃってください。お、オレにできることだったら、なんだってしますから!」
思わず勢いこんで言ってしまった。
インテス様のお顔がパッと輝く。
「本当かい?」
「はいっ。もちろんです!」
インテス様のためだったらなんだってする。
もちろん、このかたがシディの心底嫌がることなんて所望しないだろうことは知っているし、信じているからこそだけれど。
「で、では……」
インテス様がこほん、とひとつ咳払いをした。
「……その。私はもともと、動物全般がけっこう好きな方でね。特に毛皮のあるものは」
「あ、はい」
「とはいえ、あまり飼わせてはもらえなかった。母の事情もあって」
「はい……」
身分の低かったお母さまは、ほかの妃たちに気兼ねしてあまり裕福な暮らしを望まなかったと聞いている。動物のこともそうだったのだろう。お母さまは息子のためとはいえ、皇族のための予算からこれ以上余計な経費をかけるのをためらったのかもしれない。
「でも一度だけ、私が子犬を拾ってね。それでこっそりと飼わせてもらえたことがあって。……残念ながらすぐに死んでしまったけれど」
「…………」
なんだろう。
話がずいぶん遠回りしているような気がする。
なんとなくこの方らしくないな、と思いながらもシディは黙って聞いていた。
「だからその……。も、もふもふが」
「……もふもふ?」
(んん?)
悲しい話かと思ったら突然出てきたまったくそぐわない語彙。
ますます恥ずかしそうになるインテス様のお顔。
「もっ……もふもふが! 好きなんだよ! わたしは!!」
インテス様、そんな大声で。
しかも片手で顔を隠してしまってらっしゃるし。
「あ……あの、インテス様……??」
指の間から、戸惑いまくりのシディが固まってしまっているのを見て、インテス様は慌てたようだった。
「あ、いや! 無理にとは言わないんだ。言わないんだがっ……」
「……あの。それで、オレは何をしたらよいのでしょうか?」
「ええと。だからね。もちろん今のままのシディも素晴らしいのだけれど。しっぽとかお耳とか、特にね」
「はい」
「でもそのう……もし、よかったら」
「はい」
ああ、もどかしい!
本当にお話しが遠回りだぞ、今日のインテス様は。
シディの目の中にその意図を読みとったのか、インテス様はついにぎゅっと目をつぶって叫んだ。
「だからっ! あの大きな狼にっ……あれになったシディにっ!」
「え?」
「つまりっ。あのシディの素晴らしいもふもふにっ。すっぽり包まれてみたいのだーっっ!」
「……あ。あああ~」
なるほど納得。
と同時に激しく押し寄せてきたものをシディは堪えきることができなかった。
「ぷっ……あは、あっははははは!」
なんて不敬な。
皇族の皇子殿下のことで、そのかたの目の前でバカ笑いするなんて!
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