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背中を押される

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『佳史が味方についたら安心ですよ。なんせ、負けなしの敏腕弁護士ですからね』

『ちょ――っ、賢吾っ!』

『ふふっ、おねがいします』

有原と榎木のやりとりにダリルもすっかり落ち着いたようだ。
それにしても相変わらず仲が良い。

小学生で同じクラスになった俺たちはいつでも三人一緒だったが、設計士である父親が海外の仕事を受けたことにより家族でアメリカに引っ越すことになり、俺だけ中学時代の三年間を別々に過ごした。
その間も二人とは連絡を取り合ってきたけれど、アメリカにいる間にゲイだと自認した俺は、そのことだけは二人に言えずに戻ってきた。

二人が同じ高校に進むと知って、俺もその高校に入学を決めたのだけど、三年ぶりに再会した二人はなんと恋人同士になっていた。

まさか、二人もゲイだったのかと驚いたが、有原は榎木が、榎木は有原が好きなだけで男が好きなのではないらしい。
現に男相手に欲情することはないというのだから、本当なのだろう。
かといって、女性が好きかと言われればそうでもないらしいから、ある意味、お互いだけがこの世の中で愛せる相手ということなのだろう。

どうにも羨ましいことだが、友人が幸せならそれでいい。

二人が恋人同士なのだと打ち明けてくれたから、俺もその時にゲイなのだとカミングアウトした。
二人と違って俺は本当に男が好きだから男相手に欲情するが、有原のことはもちろん、榎木のこともタイプではないから一切欲情はしない。

榎木と二人で飲んだ時にたまに、有原がどれだけ可愛いかを力説してくるが、全くもって共感できない。
まぁ、有原が綺麗な顔立ちであることは否定しないが、俺の理想とは違うから仕方がないのだろう。

榎木もそれがわかっているから、俺と有原を一緒に過ごさせても何も心配もしない。
逆に俺というボディーガードが有原についているのを安心とさえ思っているのだから、俺はかなり信用されているようだ。

俺がゲイであることを知ってくれている二人と過ごすのは楽でいい。
家族にもまだ言えずにいる秘密を知ってくれている人がいるというだけで心が楽になるのだろう。

三十を過ぎてもまだ行動ひとつ起こせない俺のことを二人もいい加減心配してくれているが、初めて心から好きになった相手がノンケだと知ったらどう思うだろうな。

傷つかないうちに諦めろというだろうか。
それとも応援してくれるだろうか……。

反応が怖いな。

『鷹野、処置をする間だけ佳史と外に出ていてもらえるか? ダリルさん、いいかな?』

ダリルが頷くのを確認して、俺は言われた通り有原と外に出た。

「なぁ、鷹野。お前、あの子のことが好きなんじゃないか?」

「えっ……なんで、」

「ふっ。なんでわかったかって? そりゃあ、長い付き合いだからな。お前の対応を見てればわかるよ。お前は優しいが、誰彼構わず抱きかかえたり、そもそも特定の人のためにキレて殴りかかるなんてしないだろう?」

「そうか、気づかれてたのか……」

「好きなんだろ? 彼のこと」

核心をついたその言葉にもう俺は正直に話すしかなかった。

「ああ、初めて空港で彼を見かけた時……俺の理想が歩いていると思ったよ。一目惚れだった。でも……一緒に過ごすうちに中身にもどんどん惹かれていった。隣にいてこんなに楽しくて気が休まる相手に初めて会ったんだ。彼を手放したくない……でも、だめなんだ……」

「だめ? どうして?」

「彼はゲイじゃない。俺のことなんて恋愛対象ですらないよ」

「そうか……じゃあ、諦めるのか? やっと出会えた理想の相手を諦めて後悔しないか?」

「するに決まってる! でも……どうしようもないんだ」

「ふふっ。鷹野ともあろうものが情けないな」

「なに?」

「賢吾から聞かなかったか? 俺たちが付き合うことになった経緯」

「えっ……榎木が告白して、お前がOKしたんだろ? ずっと一緒だったんだから、オッケーもらえるってわかってて告白したんじゃないのか?」

そういうと有原は笑って懐かしむように口を開いた。

「賢吾が告白してくれて、でも俺は男同士が恋人になれるなんて思っても見なかったから断ったんだ」

「えっ……うそ、だろ?」

「本当だよ。賢吾はわかったって言ったけど、その次の日からも今までと変わらずに接してくれて、毎日『好きだよ。愛してる。ずっと諦めないから。絶対に好きにさせてみせる。大切にするから』って。ふふっ。何度も何度も告白してくれて……男同士だからって断った自分が馬鹿だったなって思えるくらい、ずっと愛を囁いてくれたんだ。自分の思いを伝えるって大切なことじゃないか? 何も行動せずに諦めるのだけはやめた方がいい。一生後悔するぞ。お前、これから先も一生行動できずに生きていくのか?」

有原の言葉が突き刺さる。

てっきり順風満帆に恋人になったのとばかり思っていた二人にそんな過去があったなんて思いもしなかった。

「俺はあの時、賢吾が諦めずに気持ちを伝えてくれてよかったと思っているよ。だから、今でもずっと幸せだ。賢吾の男らしさに感謝してる」

有原から榎木の惚気を聞く日が来るとはな……。
でも、そうだな。
気持ちを伝えずに後悔して生きるより、スッパリ振られて自分の思いにケリをつけられる方がいいのかもしれない。

「有原、ありがとう」

「ああ、事件のことも全て任せて、お前は彼のことだけに集中しろ」

そう背中を押されて、俺は嬉しかった。

よし、ダリルと過ごせる時間もあまりない。
やるしかないんだ。
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