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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   17−2

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「レイモンド……この宝石を託す其方には話しておこう」

フレッドはそう切り出した。

レイモンドさんはフレッドの神妙な顔つきにゴクリと唾を飲み込み、緊張の面持ちで後に続く言葉を待っていた。

「其方は神の泉を知っているか?」

「はい。愛し合う2人の誓いに神が祝福をくださると……えっ? ま、さか……」

「そうだ。この宝石はその神の泉で神からの祝福としていただいたものだ。信じるか信じないかは其方次第だがな」

レイモンドさんはフレッドの言葉に
『信じられない』という表情を浮かべたけれど、目の前にあるこの美しい宝石を見て納得したようだ。

「こんなに素晴らしい宝石を作り出せるのは神以外には有り得ません。アルフレッドさまのお言葉に納得しかありません」

「そうか。有難い。ならば、これを使って作ってもらえるか?」

「はい。こちらからお願いしたいくらいでございます。ただ、ひとつ申し上げなければいけないことがございます」

少し残念そうに表情をしているのが気になる。

「なんだ?」

「こちらの宝石は削るところがないほど、美しい宝石です。ましてや神からの祝福の石となればこれを2つに割ることはやめた方が宜しいかと存じます。ですので、これをこのまま最低限度の研磨でピアスの留め具をつけるだけになりますが宜しいでしょうか? ただ、ピアスにするにしてはほんの少し大きいのでアルフレッドさまはともかく、ご伴侶さまには少し大きく感じられるかもしれません」

「確かに。神からいただいたものをあまり大きく形を変えるのも失礼だな。シュウどうする?」

でも、指輪じゃ気になっちゃうし……ピアスだったらすぐ目がいくからピアスの方が良いんだけどな。

「あの……ピアスにするとどれくらいの大きさなんですか? 1カラットとか?」

「そうですね、今のこの状態で1カラットよりはほんの少しですが大きいです。通常両耳で1カラットあれば十分と言われております」

どうしよう……。
お揃いが良いよね。
やっぱりピアスにしてもらおう!

「やっぱりピアスにお願いします!」

「畏まりました。では、ご伴侶さまの分だけ少し研磨を多めにしてアルフレッドさまとの見た目のバランスを整えて置きましょう」

良かった。レイモンドさん、良い人だ!

「じゃあそれで頼もう。どれくらいでできる?」

「はい。1時間もお時間をいただければ可能かと」

「ならば、その間店内を見させて貰おう」

「はい。ありがとうございます。
あの、確認ですが……こちらの石はどちらがどちらをお付けになりますか?」

「ああ、悪い。大事なことを伝えてなかったな。
私が黒金剛石ブラックダイヤモンドを、シュウが藍玉アクアマリンを付ける」

「なるほど。お互いの瞳の色をお付けになるのですね。畏まりました。それではしばらくお待ちくださいませ」

そういってレイモンドさんは工房へと入って行った。

ぼくとフレッドはお店の中の宝石たちを見て回った。
さっき見ていた、大きな原石にそのまま彫刻を施した芸術品のような飾りが並ぶ反対側の棚には、ピアスや指輪、ペンダントにブローチといったジュエリーが多く並んでいた。

ぼくはそのひとつひとつに感嘆の声をあげながら、キラキラと輝く宝石たちに見入っていた。

宝石ってそんなに興味はなかったけれど、こんなに綺麗だと確かに見ていて心がウキウキする。

そんな中、ある1つの宝石にぼくは目を奪われた。

「シュウ? 何か気になるものがあったか?」

突然ぼくの動きが止まったから心配したんだろう。
ぼくはそれを指差しながら答えた。

「これ、なんていうんだろう……。とっても綺麗」

ぼくの指の先には、涙のように透明で艶やかな石が輝いていた。

ぼくたちの黒金剛石や藍玉のように宝石という感じではなく、本当に石という響きが似合うその石は決して高価なものではなさそうだけれど、ぼくの心を惹きつけ、しばらくの間、ここから動くことができなかった。

「お待たせ致しました」

工房の方から声がかかって、ぼくはハッと我にかえった。

「フレッド、出来たみたいだよ。行こう!」

ぼくは一旦その石のことを忘れて、フレッドの手を取り工房へと向かった。

綺麗なケースに入れられたあの宝石たちがキラキラと輝いている。

「わぁ、綺麗! フレッドの瞳の色そのままだね。
部屋に帰ったら付けてくれる?」

「ああ、私のも頼むよ」

嬉しそうに笑顔を見せてくれるフレッドに幸せを感じながらぼくが目の前にある藍玉のピアスを見つめていると、フレッドがレイモンドさんに声を掛けた。

「これは何という石なのだ?」

フレッドが宝石トレイにコロっと乗せたのは、さっきまでぼくが見入っていた石だった。

「ああ、こちらは氷翡翠アイスジェダイトでございます。青みがかった緑色をした翡翠と比べると透明感があって、このように光を当てるとより透明で美しい色を放つのです」

レイモンドさんはランプの灯りをその石に当てると、キラキラと眩い光を放った。

「綺麗……」

ポツリと一言漏れたのをフレッドは聞き逃さなかったようで、

「シュウ……この石が気になるのか?」

と尋ねてきた。

「うん、なんだか冬っぽい石だなって思ってたら、名前も氷翡翠アイスジェダイトだなんて……」

「確かに透明で氷のようだが……」

「ねぇ、フレッド……理由はあとで話すから、これ買って欲しい……。ダメ、かな?」

おねだりなんてしちゃいけないけど、これはどうしても欲しい……。
必死な表情でフレッドに頼むと、フレッドはぼくをじっと見つめてから、レイモンドさんに
『これも一緒に貰おう』と言ってくれた。

「わぁ、フレッド! ありがとう! 大好き!!」

ぼくはあまりの嬉しさにフレッドに抱きついて頬にお礼のキスをしてしまった。

――――っ!

フレッドはみるみるうちに顔を赤らめて、ヒューバートさんやレイモンドさんも顔を真っ赤にしてぼくを見ていた。

シーンとなった店内で、ぼくはハッと我に返った。

ああっ! つい嬉しくてはしゃぎすぎちゃった!
恥ずかしい……。

すると、フレッドがすぐにぼくを抱き寄せさっと店の隅へと移動した。

「……フレッド?」

ぼくはフレッドの行動の意味がわからなくてフレッドを見上げると、

「シュウの照れて可愛い顔を私以外の者に見せたくないのだ」

と言ってぼくを胸にぎゅっと押し当てた。

フレッドの香りがぼくを包み込んでくれて安心しているうちに恥ずかしい思いは消え失せた。

「フレッド……」

「ああ、もう大丈夫そうだな」

「はしゃぎすぎてごめんね、嬉しくてつい……」

「いや、良いんだ」

フレッドはぼくを抱き抱えたまま、レイモンドさんたちの元へと戻った。

「あ、あの……さっきの氷翡翠なんですけど、ブローチかペンダントにしたくて出来ますか?」

「あの石ならペンダントの方が使いやすいでしょう。もしお時間がおありでしたら、加工をやってみませんか?」

「えっ? 良いんですか?」

「はい。あれはもうすでに研磨は終わっていますし、留め具を付けるだけなので、難しくはないと思いますよ」

ぼくが作れるんだ!
絶対その方がいい!

「是非お願いします!!」

そう頼むとレイモンドさんは柔かに笑って頷くと隣に立っていたヒューバートさんに

「申し訳ありません。あの棚の上にある箱を取って貰えませんか?」

とお願いした。
工房の奥にある棚の上から指示された箱を手渡され蓋を開けるとそれには色々な素材のチェーンが入っていた。

「どれかお好みのものはありますか?」

「うーん、いろいろあって悩んじゃうな……」

「シュウさまがお召しになるのであれば、プラチナか純銀が色白のお肌に映えると思いますよ」

そういって、レイモンドさんは宝石トレイに何本かチェーンを並べてくれた。

「これ、綺麗!」

「ああ、こちらはスクリューチェーンと申しまして、上品で華やかな印象を与えてくれますのでシュウさまにはとてもお似合いになると思います」

隣にいるフレッドにどう思うか聞くよりも前に、

「じゃあそれにしよう」

とフレッドはさっと決めてしまった。

続けてレイモンドさんは箱から土台となる枠を取り出し、

「では、作業に入りましょう」

とぼくを工房の中へと入れてくれた。

作業台の前に置かれた椅子にぼくが座ろうとすると、さっと後ろからフレッドが座ってきてぼくを膝の上に乗せた。
あれ? と思ったけど、作業台との高さがぴったりでちょうど良い。

「ありがとう。フレッドに乗せてもらえるとやりやすいね」

『ふふっ』と笑ってそういうとフレッドも嬉しそうに笑ってぼくを後ろから抱き抱えてくれた。

雫のような形の石を縁取るように枠に入れ、留め具をつけていく作業は細かくて大変だったけれど、フレッドが的確に石を押さえてくれてすごくやりやすかった。

最後にチェーンを通すための留め具をつけて氷翡翠のペンダントトップが完成した。

レイモンドさんに最終チェックをしてもらって合格点をもらってからさっき選んだスクリューチェーンを通すと、とても綺麗なペンダントが出来上がった。

「出来た! 嬉しい!」

「ああ、良く出来ている。なぁ、レイモンド」

「はい。とても素晴らしい出来でございます」

「フレッドありがとう。レイモンドさんもありがとうございます」

レイモンドさんはそれを綺麗なケースに入れ、ピアスの入ったケースと共に手渡してくれた。

フレッドがお金を渡すと

「これでは多すぎます!」

と拒んでいたけれど、最後にはなんとか受け取ってくれたようだ。

「何か不具合がありましたら、すぐにお知らせください。いつでも直しに参ります」

「レイモンドさん、今日はありがとうございました」

ピアスができたことはこの上なく幸せだけれど、あのペンダントを作れたことは本当に嬉しかった。

喜んでくれるといいな……。


せっかく城下に来たんだからとフレッドに誘われて、ヒューバートさんに荷物を預けて、ランチやデザートを楽しみ町を散策してお城へ戻ったときにはもう日も落ちて暗くなってしまっていた。

部屋に戻って、ピアスとペンダントを入れたケースを胸に抱き、いつものソファーに座りひと息ついた。

「フレッド、ケース開けてもいい?」

もう一度見たくなって頼むとフレッドが隣に腰を下ろした。

「一緒に見よう」

手触りの良いベルベットの宝石ケースを開けると、ぼくたちのピアス、黒金剛石ブラックダイヤモンド藍玉アクアマリンが並んで鎮座していた。

「うん。やっぱり綺麗! あっ、でも……」

「どうした?」

「ぼく、ピアスの穴開いてないけど……開けるのって痛いかな?」

耳朶みみたぶを指で擦りながらそう言うと、

「大丈夫。痛くないやり方でやってやるから」

そう優しく微笑まれてホッとした。

そんな話をしていたら、フレッドが突然真顔になってぼくの手を握りしめた。

「あの石を欲しがった理由……聞いてもいいか?」

フレッドにそう聞かれて、ぼくはあのペンダントが入っている宝石ケースを開け、そっと石を撫でてから深呼吸した。

「あのペンダント、お父さんにあげたいんだ」

気持ちを落ち着かせて、そう話すと、
フレッドは一言

「やっぱりそうか……」

と答えた。

「えっ? フレッド、分かってたの?」

「ああ、うすうすそうだと分かっていた。
だから、シュウを手助けしながら一緒にあの作業ができて私も嬉しかったよ」

そうか。
あのときフレッドが手伝ってくれたのはそういう意味があったんだ。
2人で作ったものをお父さんにプレゼントする……すごく幸せなことだ。

「この石を見た時、透明な氷みたいに見えて、冬っぽいなって思ったんだ」

「冬っぽい……さっきもそう言ってたな?」

「うん。ぼくたちの名前には意味があってね……ちょっと待ってて」

ぼくは紙とペンを持ってきて、フレッドの前に置き、ゆっくりとぼくとお父さんの名前を書いた。

まずぼくの名前を書く。

『花村 柊』

「これはシュウの名前だな。前に書いてもらった」

「すごい! フレッド、覚えててくれたんだね!」

「ああ、とても綺麗な文字だったからな」

読めない文字を記憶しておくというのがどれだけ大変なのかぼくにも分かる。
フレッドに愛されているというのがひしひし伝わってきて、嬉しくなってしまう。

そんな喜びいっぱいの気持ちで今度はお父さんの名前を書く。

『橘 冬馬』

「ああ、同じ文字が入っているな」

「そう。お父さんの名前『冬馬』にも、ぼくの名前『柊』にも冬っていう文字が入ってるんだ。
だからこの石を見た時、冬っぽくてぼくとお父さんの石だって思ったんだ」

氷翡翠に目を落としながら、そっと撫でるとそれはキラっと光を放ったように見えた。

「この石は、ぼくとお父さんを繋ぐ物としてお父さんに持っていて欲しい。
いつか……いつか離れてしまう時が来ても、ぼくのことをずっと忘れないでいて欲しいなって……」

フレッドの指がぼくの頬をなぞっていく。
どうやら知らない間に涙が出ていたみたいだ。

「ああ、良くわかった。シュウがこの石に込めた気持ちもトーマ王妃への想いも。
シュウが一生懸命作ったこのペンダントはずっとトーマ王妃の胸元で輝き続けるよ。
私もトーマ王妃父上への贈り物に携われて嬉しい」

フレッドの言葉が嬉しくて、フレッドの表情もわからなくなってしまうほど泣いてしまったぼくを抱きしめながら、口を開いた。

「シュウが書いてくれた文字を見て思ったのだが……、これとこれも同じではないか?」

フレッドの指し示す文字を見て、ぼくは驚いてあんなに流していた涙がピタッと止まってしまった。

「ほ、ほんとだ……」

お父さんの名字『橘』の部首である『木』編と
名前の『冬馬』の『冬』を合わせると、
ぼくの名前『柊』が浮かび上がる。

これは偶然?
いや、そんな偶然あるはずない。

もしかしたら、お父さんの親……ぼくにとって祖父母に当たる人がお父さんの名前を使うようにお母さんに指示したのかも……。
もしそう言う理由だったとしても、ぼくの名前にお父さんの存在があっただけで幸せだと思える。

これから離れても、この名前でいる限りぼくはお父さんとずっと一緒なんだ!
『柊』という名前がまさか、こんな嬉しい名前だったなんて……嬉しすぎてたまらない。

「フレッドのおかげで、ぼくとお父さんの繋がりを見つけることが出来たよ。ありがとう」

そう言って、身体をフレッドに預け寄り掛かるとフレッドは

「文字が読めなくても、シュウのことなら何でも気づけるんだ」

と得意げに話していて、そんなフレッドが可愛いなと思った。

「シュウ、トーマ王妃にお会いしてそれを贈る前に私たちのピアスを付けておこうか」

「うん。お父さんとアンドリューさまにも見せたい!」

フレッドは嬉しそうに頷き、ブルーノさんを呼ぶと
『ピアスをつける準備を頼む』とお願いしていた。

ぼくはその間に寝室でウィッグを外し、洋服を着替えることにした。

着替え終わってリビングに戻ると、ブルーノさんは手際良く、テーブルに必要なものを用意して部屋を出て行くところだった。
準備が早いなぁと思いながら、ふと見ると、その中に注射器のようなものがあって驚いてしまった。

「……フ、レッド……あれ、何に使うの?」

ぼくの怯えっぷりに気づいたんだろう。

「大丈夫。痛くしないと言っただろう?」

と優しく頭を撫でてくれて少しホッとしたけれど、ぼくは注射器が気になって仕方ない。

フレッドはその注射器を手に取ると、

「シュウ、ピアスは左に付けていいか?」

と聞いてきた。

正直、フレッドの手にある注射器が気になって、付ける場所はどちらでも良かったけれど、結婚指輪も左に付けるよね……。

「うん、左がいい。左にお願い!」

フレッドは嬉しそうに『分かった。動かないで』と言ってぼくの左の耳朶にその注射器をあてがいゆっくりと押し込んだ。

チクリと痛みがあったけれど、棘が刺さったくらいの些末なことで一瞬で終わった。

「もう開いたの?」

「ああ、痛くなかっただろう?」

「うん。すごいね!」

これってこの世界だけのものなんだろうか?
これならいくつでも開けられそうだ。
まぁ、ひとつしか開けないけど……。

「これってどういう仕組み?」

「ああ、この中に痛みを無くす薬が入ってるんだ」

「痛みを無くす?」

「痛みを感じなくするって言ったほうがわかりやすいだろうな」

なるほど、麻酔みたいなものかな……。

「それで、刺したところが少しずつ広がって、ピアスが通せるほどの小さな穴が出来るんだ。
あ、シュウの穴もいい感じに広がってきたぞ」

手を取られて、左の耳朶に触れるとさっきまで何にもなかった場所に穴が開いていた。

咄嗟に指を見てみたけれど、血も何も付いてなかった。
すごすぎる……痛みもないし血も出ないなんて!

「さぁ、付けてあげよう」

宝石ケースから藍玉のピアスを取り出すと、フレッドは『ふぅ』と深呼吸をして、ぼくの耳朶にピアスを通した。

心なしかフレッドの指が震えていてほんの少し冷たい気がする。

ピアスを差し込み終わると

「出来たぞ」

と手鏡を渡され、覗き込むとぼくの耳朶にフレッドの瞳の色と同じ藍玉がキラキラと輝いていた。

「ふふっ。綺麗。これでいつでもどんな時でも一緒だね」

「……ああ、そう、だな」

そう話した瞬間、フレッドの瞳から涙がぽろりと流れた。

「えっ? フレッド、どうしたの?」

「シュウが私の色を身につけているのを見て……どうしようもなく嬉しくなったんだ」

「ふふっ。そっか。ぼくも嬉しいよ。フレッドも早く付けよう!」

「ああ、そうしよう」

フレッドは鏡を見ながら自分で注射器のようなものをあてがい、あっという間に穴を開けてしまった。
じわじわと広がっていく様を目の当たりにして驚いてしまう。
ほんと、すごいな……これ。

「ねぇ、ぼくがピアスを付けるよ」

「頼む」

ゆっくりと宝石ケースから残っていた黒金剛石のピアスを手に取ると、ゆっくりとその穴に差し込んだ。
フレッドの耳朶にぼくの色が付けられる。
それを見た瞬間、気づいたらぼくの指も震えていた。

さっきのフレッドもこんな気持ちだったんだろうなと思いながら見ていると、ピアスの差し込んだ軸に合わせて穴が小さくなっていくのが見えた。

「わぁっ、素敵! フレッドも見て!」

手鏡を渡すと、フレッドは何度も耳朶に付けられた黒金剛石のピアスを撫で、幸せそうに笑った。


「そういえば……私が左に付けていいか?
って聞いた時、左で! って即答してくれたが、シュウは左に付ける意味を知っていたのか?」

「んっ? 左に付ける意味? この世界でもやっぱり意味があるの?
前の世界では結婚したら、左手の薬指に指輪を付けるんだよ。
左手の薬指は昔から、心臓と一本の血管で繋がっている特別な指だと信じられていて、その特別な指に指輪をつけることで永遠の愛を結ぶっていう意味があるんだって。
だから、これはピアスだけど左に付けたいなって思ったんだ」

「そうか……永遠の愛。左にそんな意味が……。
この世界ではピアスとか指輪とか物は関係ないが、身体の左側に相手の色を身につけることが、大切な人がいるという意味になるんだ。
だから、私が作シュウのために作った服には左側により多くの私の色を入れていただろう?」

フレッドの言葉に、作ってもらった数々の洋服を思い出す。
そういえばフレッドが一番気に入っていたあの服、
左側に金と薄い水色が多く入ってたっけ。

「確かにそう言われてみればそうだったかも……」

「すぐに脱ぎ着ができる服よりも指輪よりも、ピアスの効果は強いぞ。何せ、一度つけたら二度と外すことはできないのだから……あっ、」

えっ? 二度と外せない?
このピアス?

「……シュウ、悪か……」

「良かったー! これ、外れないんだ!
留め具が外れたりしたらどうしようかと思ってたんだ! 良かったー!」

ぼくの喜んでいる姿にフレッドは呆気に取られたような表情をしていたけれど、

「シュウ! ちゃんとわかってるのか? 
もう二度とこれを外すことはできないんだぞ!」

と急に大声を上げて詰め寄ってきた。

えっ? フレッド怒ってる? なんで?

フレッドがどうしてそんなに焦って怒っているのかわからないけれど、ぼくはこの大事なピアスを落とすことがないんだという事実をただ単純に喜んでいた。

「えっ? だって……ピアスが外れないってことは、落としたりすることがないっていうことでしょ? ぼくはずっと付けていたいから失くすことがないって嬉しいことだけど、なにかいけないことがあるの?」

小首を傾げて、フレッドを見上げると
『ぐぅっっ』と唸り声をあげて、目をさっと逸らした。

目を逸らされたのが悲しくて、

「ねぇ、怒ってる?」

と近寄っていくと、フレッドは突然ぼくをぎゅっと抱き抱えた。

「シュウはピアスが外れなくて良いのか?」

「うん。だって、ずっとフレッドと一緒がいいもん」

ぼくがそう言うと、フレッドは嬉しそうに笑った。

「私もずっと一緒がいい」

ぼくたちは顔を見合わせて笑った。
お互いの耳には綺麗な石が輝いていた。

「じゃあ、トーマ王妃に贈り物を渡しにいこうか?」

「うん」

ぼくは大きく頷いて、ペンダントの入った宝石ケースを手に取った。

部屋の扉を開けると、すぐにブルーノさんがやってきた。

「お食事の準備を致しましょう」

そうか、もうそんな時間だ。
帰ってきた時から暗かったもんね。

「先に陛下とトーマ王妃に御目通り願いたいのだが、お2人は?」

「アンドリューさまとトーマさまは先ほどお食事を終えられて、お部屋でお過ごしでございます。お部屋にご案内致します」

良かった。もうご飯食べてたんだ。
ふふっ。喜んでくれるかなぁ……。

ブルーノさんが扉を叩くと、『入れ』とアンドリューさまの声が聞こえてドキドキしながら部屋へと入った。

「おかえりー! 城下はどうだった? 
って、ピアス! 付いてるーー!!」

お父さんはぼくの姿を見るや1人で大忙しだ。

「すぐに作ってもらえて、ピアス付けるのもあっという間でビックリしました」

「……ねえ、痛くなかった?」

恐る恐る尋ねてくる様子に、もしかしたらお父さん痛みに弱いのかも……なんて思ってしまった。
これはちゃんと教えてあげておかないと!

「それが全然痛くなくって!
ほんとにすぐでしたよ。ぼく、痛いのダメなんですけど……あっという間でした」

「へぇ……そうなんだ。なら、付けても良いかも……」

「それは本当か?」

突然、ぼくたちの会話に割って入ってきたのは、アンドリューさま。

「トーマ、ピアス付けてくれるのか?」

「うん。柊くんが痛くないって言うなら、付けてもいいかな」

にっこりと笑うお父さんを見て、アンドリューさまは嬉しそうに微笑みながら、

「シュウ……ありがとう。其方のお陰でようやく私の願いが叶うようだ」

とぼくに御礼を言ってくれた。

「よし、明日! すぐにでも宝石を選びに行こう!
すぐにトーマの耳を飾るのだ!」

「ちょ、ちょっと待って! 明日は公務でそんな暇ないでしょ?」

「なれど、早くしなければトーマの気が変わるかもしれぬ」

「大丈夫だって。ねっ、ゆっくり宝石を探して2人で素敵なのを飾ろう」

お父さんが言い聞かせるようにそう言うと、アンドリューさまはゆっくりと頷いた。

ぼくとフレッドは顔を見合わせて笑った。
あっ、そうだ! これ渡しに来たんだった!
手の中にある宝石ケースを思い出し、
『あの……お父さん』と声をかけた。

「どうしたの? 柊くん」

「あの、これ……お父さんへのプレゼント」

お父さんの胸元へ勢いよくケースを差し出すと、大きな目を丸くして驚いていたけれど、

「えっ? あっ、ありがとう……」

と少し戸惑いながら受け取ってくれた。

「開けて良い?」

ぼくが頷くと、お父さんは細く綺麗な指でゆっくりとケースを開けた。

「わぁ……っ! 綺麗!
こんな素敵な宝石初めて見た!」

「これは氷翡翠アイスジェダイトか。
なんとも美しい……」

お父さんが首にかけると、鎖骨のすぐ下辺りに石がキラキラと輝いていた。

「こんな素敵なペンダント……貰っていいの?」

「この石見た時、透明な石が氷のように見えて冬の石みたいだなって思ったんだ」

「冬……」

「うん。お父さんの名前にもぼくの名前にも『冬』って漢字が入ってるから、ぼくたちの石みたいだなって思って……それで……」

話しているうちにだんだんと目が潤んできて、涙がいっぱいで話せなくなってしまった。

「うん。分かった。柊くんの気持ち、すごくよく分かったよ。僕、これ一生大切にする!
肌身離さずずっと持ってるね! 柊くん、ありがとう」

ぎゅっと抱きしめてくれるお父さんのこの温もりを、この香りをぼくは一生忘れないでいようと思った。
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