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非常識な女

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その天使な彼は身長は175cmに届くかどうか、筋肉質過ぎない体は男にしては少し華奢な体型だが、顔が小さく手足が長い。
とてもバランスの良い体型をしている。

そして、長い睫毛にくりくりと大きな二重の目は小犬のように可愛らしく、ニキビのひとつもないつるつるで透き通るような色白の肌はまるで陶器のよう。
すーっと通った綺麗な鼻筋、小さいのに少し厚めの形の良い艶のある唇、サラサラした少し明るい茶色の髪は地毛のようで、艶々とした天使の輪が見えていた。

俺は彼のなんとも言えない優しげな表情に思わず目を奪われた。
このたった一瞬で、俺は恋に落ちた。
あの日以来、俺の頭の中は彼のことでいっぱいになったんだ。
 

ようやく汗が引いてきたであろう彼をそっと見つめながら、俺は初めて会った日のことを思い出していた。
最初は顔に惹かれた。 
天使かと見紛うような綺麗とも可愛いともいえる顔立ちに心がときめいた。

そして、毎日こうやって彼を見続けているうちに、彼がふと見せる表情ひとつひとつに心がときめいてしまう自分がいたことに気づいた。

これは顔に惹かれただけじゃない。
きっと彼の持つ内面の美しさに惹かれたんだと思う。
でなければ、付き合うのはずっと女性ばかりだった俺が男に惹かれる訳がない。
俺は性別とか関係なく彼を好きになったんだ。

そう自分で確信してからは、そうやって毎日彼を眺めているだけで新しい一面をみることができて充分嬉しかった。

だが、そろそろ、なんとかして彼の声を聞くことはできないだろうか、名前を知ることはできないだろうか、などと考えるようになった。

しかし、自分から誰かに声をかけるなどしたこともない。
なぜなら、今までは相手が一方的に自分の情報を与えてきていたのだから。

けれど、今回はまだ彼に自分という存在も知られていない。
俺だけが一方的に彼を知っているだけなのだ。
だから、こういう時はどうやって接点を持ったらいいのかわからない。

仕事ではクライアントが何を求めているのかなど徹底的にリサーチをして、今まで培ってきた巧みな話術を駆使し、入社以来トップの営業成績を維持し続けているのに……。
彼のことに関しては何の手立てを講じることも出来ずにいた。

とりあえず今日はもう少し近づいてみようか、駅についたら彼の近くに寄ってみようと意気込んではみたが、そんなことを考えているうちに電車は彼が降りる駅に着いてしまった。

あぁ、俺は何やってるんだ……。

俺が降りる駅は次だが、なんとなく彼と離れがたく出社時間にはまだ早いことだし今日は彼と同じ駅で降りてみることにする。

なんだかストーカーのようになりつつあるが、今日はなんとしてでも少しは先に進みたい。
そんなことを思いながら、同じ駅で降りてみた。

どうしたらいいのだろうかと考えながら、とりあえず彼の姿を確認できる少し後ろを歩いていると、背後から小走りでやってきた女性が、ぽんっと彼の肩を叩いたのが見えた。

あの洋服はさっき彼と同じ駅から乗ってきた子じゃないか?
あの時、探していたのは彼だったのか?
もしかして二人は恋人だったり……?

「はるくーん、おっはよっ」

「え、えっと だれ、かな?」

「えー、私を知らないの? 同じ大学のあすかだよ。三浦あすか。わたしを知らないなんて信じられない!!」

急に現れた子に驚きを隠せない彼の様子を無視して、彼女は周りに見られているのも厭わず、大声で彼に捲し立てる。

「ちょっとぉー!聞いてるの?」

彼は彼女のあまりの剣幕と周りの人の視線に耐えきれずといった様子で乗降階段から少し離れた場所に移動を促すが、彼女はそんなことお構いなしにさらに大声で叫び続ける。

彼の後ろに並んでいた人達は、ちらちら横目で彼らを見ながら階段を下りていく。

彼は申し訳なさそうに小声で、すみませんと周りにそっと頭を下げながら、階段の側の邪魔にならなさそうな場所へ少し移動した。

「ねぇってばぁ! ちょっとぉ。ちゃんとこっち向いてよぉ。ねぇ、わたしに対してその対応酷くない?」

「あ、えっと、ごめんね、周りの人の邪魔になるかと思って。君もちょっとこっちに来て」

彼は彼女を階段の列から少し離れた場所に促した。

「あのね、僕ほんとに君のこと知らないんだ。話したことあったかな? 覚えてなくてごめん」

心底申し訳なさそうな顔で彼は謝る。

そのやりとりを聞きながら、俺は彼らが恋人同士じゃないことに内心ほっとしながらも、彼の名前をこんな非常識な女から知らされるという事実に落胆した。
そして、同時に彼の本当に困った様子を目の当たりにして、俺は彼女に対して苛立ちが抑えられなかった。

彼の様子を見ると、本当に知らないのだろう。 
それなのに、こんな人の多いところで突然突っかかってくるなんて、本当に非常識な子だ。

俺は彼女とのやりとりが気になって、階段を下りる列から離れ二人の様子を見守ることにした。

「直接話すのはぁ、今日が初めてだけどぉー、わたし、大学で一番の美人で有名だからぁー、わたしのことはみんな知ってるはずだよぉ。わたし、この前学祭のミスコンで優勝したんだからぁ。あすかより可愛い子なんていないから当然なんだけどねっ。ふふっ。それでね、わたし、決めたんだぁ。はるくんの恋人になってあげようって」

「えっ? 恋人?」

「うん、そう。嬉しいでしょ。で、それを伝えようと思ってたら、はるくんがこの時間に電車乗るって友達に聞いたの。 だから、わたし早起きしてわざわざこの時間に来てあげたんだからぁ! やっぱはるくんくらい綺麗な男の子にはわたしくらい美人じゃないと釣り合いとれないじゃない? だからぁ、付き合ってあげる! 今からわたし、はるくんの彼女だからね。ほら、早く行こうよぉ」

女は胸の谷間を見せつけながら彼の右腕にその大きな胸を押し付けるようにぐっと引っ張って、距離を縮めようとする。

「いや、ちょ、ちょっと待って」

彼が胸を押しつけられようとする腕に力を入れ、その場に踏みとどまろうとしたその時、階段を下りようとした若いサラリーマンが

「こんなところで朝からいちゃついてんなよ。邪魔なんだよ、おまえら」

と言いながら、リュックを引っ掛けている彼の左肩を強く押しやった。
右腕を引っ張られている彼は、体勢を整えることが出来ずに、階段へと倒れそうになった。

「うわぁー!」

そんな彼の声に驚いたのか、彼女は急に掴んでいた彼の腕を離した。
急に腕を離されて、ますますバランスを崩してしまい階段から頭から落ちそうになる彼をみて
俺は咄嗟に危ない!! と叫びながら走って手を伸ばし彼を背中から抱きしめた。

間一髪のところで彼が落ちるのを助けることができ、俺はほっと胸を撫で下ろした。

はぁ、危なかった……良かった、助けられて。

安心した途端、彼が自分の腕の中にいる悦びが押し寄せてきた。

うわぁ、腰ほそっ。なんだ、この体。
首筋からものすごく良い匂いがする。

俺が彼をぎゅっと抱きしめながら感動に浸っている間、彼は何が起こったのかわからない様子で、大きな目をパチクリさせながら、じっと俺の腕の中にとどまっていた。
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