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いつものお礼に
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毎日のようにケーキを買いに来てくれていたあのお客さんを見かけなくなったのが少し気になるけれど、その人以外にも嬉しそうな表情でケーキを買いに来てくれる顔馴染みのお客さんも増えて、この仕事にやりがいを感じている。
やっぱり自分が作ったものを美味しいって言われるのって嬉しいよね。
最近はだいぶお客さんの流れもわかってきて、ケーキが売れ残ってしまうのはほとんどなくなってきた。
そう思っていたんだけど……今日はどこかのお屋敷でお茶会があるとかで昼前に店にあるケーキを根こそぎ買って行かれてしまったんだ。
慌てて補充用のケーキを焼いたけれど、そこからしばらくはいつも通りのお客さんの流れでいつもより多めに残ってしまった。
まぁ、こんな日もあるか。
僕もまだまだだな。
もうそろそろ閉店時間だし、残ったケーキは僕の夜ご飯にでもしようかと思いながら、厨房を片付けていると先日取り付けたばかりのドアベルがカランカランと大きな音を立てているのが聞こえた。
「いらっしゃいませ~っ!」
慌てて大声を出し片付けを後回しにしてバタバタと店の方へと向かうと、ケーキの商品ケースの前に背の高い男性が1人立っているのが見えた。
あっ、やっぱりランハートさんだっ! 今日も来てくれた!
「このドアベル、便利だな。すぐにヒジリが来てくれる」
「でしょう? やっぱり取り付けて正解でした。ふふっ。
今日はもうそろそろ閉めようと思っていたところだったのでタイミング良かったですよ。ランハートさんはもうお仕事終わりですか?」
急いで駆け寄ると、ランハートさんはふわりとした優しげな笑顔を向けて、
「ああ。夜勤の騎士たちに甘いものでも差し入れでもしてやろうと思ってな」
と少し照れた様子でそう話した。
「どれにしますか? 今日は選べるくらい残ってますよ」
「嬉しいが、珍しいな。ヒジリのケーキがこんなに残ってるなんて。最近はほとんど焼き菓子くらいしか残っていなかったのに」
「実は、今日お昼の早い時間に大量に買ってくださったお客さんがいたので、その後追加でケーキを作ったんです。そしたら今度は多くなりすぎちゃったみたいで……えへっ」
「そうか、そういうことなら良かった。じゃあ、残り全部いただくとしよう」
「えっ? 全部? いいんですか?」
そう返しつつも彼の嬉しい申し出に、売れ残らずに良かったとホッと胸を撫で下ろした。
「ああ。あいつら甘いものには目がないからな」
「ふふっ。あんなに強そうな方達なのに甘いものがお好きだなんてなんだか可愛いですね。あっ、そうだ。今日まだ時間ありますか?」
「ああ。どうした? 何か困りごとでも?」
「そうじゃなくて……あの、試作品のケーキがあるので感想でも聞かせていただけたらと思って」
僕がここに店を出して以来、ランハートさんは毎日のように仕事帰りにこうやってお店に寄ってくれて、いつも残っているケーキを全部買っていってくれる。
差し入れだからなんて言ってくれているけれど、僕のケーキが売れ残らないように買ってくれてるってわかってるんだ。
それが押し付けがましくなくて、サラッと優しく手助けをしてくれてる。
そんな彼にいつもお礼がしたいと思っていた。
でも相手は位の高い騎士団長さん。
きっとおまけだと言っても遠慮してしまうだろう。
試作品だといえば優しいランハートさんのことだ、食べてくれるはず……そう思った。
「いいのか?」
「はい。召し上がっていただけたら嬉しいです」
「それじゃあ、いただこうかな」
「ふふっ。良かった」
彼からOKの言葉をもらって思わず笑顔が溢れる。
「じゃあ、準備しますね。ランハートさん、中にどうぞ」
僕は急いでお店の扉に『本日終了』の札を掲げて、店の奥にあるリビングへと案内した。
「そういえば、ヒジリ。グイレグはどうした?」
「あっ、たった今お屋敷の方に行かれて……途中でお会いになりませんでしたか?」
「そうか、ちょうど行き違ったのかもしれぬな。だが、ヒジリ、いくらここが安全だと言ってもここを離れて厨房に入るときには鍵をかけないと危ないぞ。誰が来るかわからないのだからな」
「はーい。でも、そろそろランハートさんがきてくださる頃かなって思ってたので……」
「ゔぅっ、そうか……。なら、仕方ないが、これからは気をつけるようにな」
「はい」
僕は急いでケースの中にあるケーキを全て箱に包んでから厨房の大きな冷蔵庫にその箱を保管した。
そして入れ替わりに用意しておいたタルトを取り出した。
小さなタルトカップにはカスタードクリームと昨日すぐ近くの山で採ってきたばかりの新鮮なベリーの実がのっている。
これには濃いめの珈琲が合うんだよねとウキウキしながらコーヒーを落とすと厨房にフワッと珈琲の香りが漂ってきた。
うーん、良い香り。
トプトプとカップに注ぎ入れ、せっかくだから僕も一緒に飲んじゃおうかなと残りを自分のマグカップにいれた。
トレイにケーキと一緒に載せて厨房を出ると、リビングで待っているはずのランハートさんが急に僕の前に現れた。
『わぁっ!』ガタッ!
びっくりしてトレイを落としそうになったけれど、ランハートさんの長い手がさっとトレイを持ってくれて間一髪ケーキと珈琲は無事だった。
はぁ、よかった。
「――っ、悪い。手伝おうと思って。驚かせるつもりはなかったんだが……」
「いえ、ケーキ守ってくれてありがとうございます」
笑顔でそう答えると何故かランハートさんは少し顔を赤らめて
『いや、大したことじゃない』とそのままトレイを片手に席まで運んでくれた。
ランハートさんの後ろをトコトコとついていくと、彼はさっとトレイをテーブルに置くと椅子をスッと引いて
『さぁ、どうぞ』と僕を座らせようとしてくれた。
「えっ、でもお客さまにそんなこと……」
「もう店は閉めたんだろう? 料理を作ってくれたんだからエスコートするのは当然だよ」
いいのかなと思いながらもランハートさんがそう言ってくれるので、僕はエスコートされるがまま席に座った。
ランハートさんは僕を座らせると、向かいの席にさっと腰を下ろした。
やっぱり自分が作ったものを美味しいって言われるのって嬉しいよね。
最近はだいぶお客さんの流れもわかってきて、ケーキが売れ残ってしまうのはほとんどなくなってきた。
そう思っていたんだけど……今日はどこかのお屋敷でお茶会があるとかで昼前に店にあるケーキを根こそぎ買って行かれてしまったんだ。
慌てて補充用のケーキを焼いたけれど、そこからしばらくはいつも通りのお客さんの流れでいつもより多めに残ってしまった。
まぁ、こんな日もあるか。
僕もまだまだだな。
もうそろそろ閉店時間だし、残ったケーキは僕の夜ご飯にでもしようかと思いながら、厨房を片付けていると先日取り付けたばかりのドアベルがカランカランと大きな音を立てているのが聞こえた。
「いらっしゃいませ~っ!」
慌てて大声を出し片付けを後回しにしてバタバタと店の方へと向かうと、ケーキの商品ケースの前に背の高い男性が1人立っているのが見えた。
あっ、やっぱりランハートさんだっ! 今日も来てくれた!
「このドアベル、便利だな。すぐにヒジリが来てくれる」
「でしょう? やっぱり取り付けて正解でした。ふふっ。
今日はもうそろそろ閉めようと思っていたところだったのでタイミング良かったですよ。ランハートさんはもうお仕事終わりですか?」
急いで駆け寄ると、ランハートさんはふわりとした優しげな笑顔を向けて、
「ああ。夜勤の騎士たちに甘いものでも差し入れでもしてやろうと思ってな」
と少し照れた様子でそう話した。
「どれにしますか? 今日は選べるくらい残ってますよ」
「嬉しいが、珍しいな。ヒジリのケーキがこんなに残ってるなんて。最近はほとんど焼き菓子くらいしか残っていなかったのに」
「実は、今日お昼の早い時間に大量に買ってくださったお客さんがいたので、その後追加でケーキを作ったんです。そしたら今度は多くなりすぎちゃったみたいで……えへっ」
「そうか、そういうことなら良かった。じゃあ、残り全部いただくとしよう」
「えっ? 全部? いいんですか?」
そう返しつつも彼の嬉しい申し出に、売れ残らずに良かったとホッと胸を撫で下ろした。
「ああ。あいつら甘いものには目がないからな」
「ふふっ。あんなに強そうな方達なのに甘いものがお好きだなんてなんだか可愛いですね。あっ、そうだ。今日まだ時間ありますか?」
「ああ。どうした? 何か困りごとでも?」
「そうじゃなくて……あの、試作品のケーキがあるので感想でも聞かせていただけたらと思って」
僕がここに店を出して以来、ランハートさんは毎日のように仕事帰りにこうやってお店に寄ってくれて、いつも残っているケーキを全部買っていってくれる。
差し入れだからなんて言ってくれているけれど、僕のケーキが売れ残らないように買ってくれてるってわかってるんだ。
それが押し付けがましくなくて、サラッと優しく手助けをしてくれてる。
そんな彼にいつもお礼がしたいと思っていた。
でも相手は位の高い騎士団長さん。
きっとおまけだと言っても遠慮してしまうだろう。
試作品だといえば優しいランハートさんのことだ、食べてくれるはず……そう思った。
「いいのか?」
「はい。召し上がっていただけたら嬉しいです」
「それじゃあ、いただこうかな」
「ふふっ。良かった」
彼からOKの言葉をもらって思わず笑顔が溢れる。
「じゃあ、準備しますね。ランハートさん、中にどうぞ」
僕は急いでお店の扉に『本日終了』の札を掲げて、店の奥にあるリビングへと案内した。
「そういえば、ヒジリ。グイレグはどうした?」
「あっ、たった今お屋敷の方に行かれて……途中でお会いになりませんでしたか?」
「そうか、ちょうど行き違ったのかもしれぬな。だが、ヒジリ、いくらここが安全だと言ってもここを離れて厨房に入るときには鍵をかけないと危ないぞ。誰が来るかわからないのだからな」
「はーい。でも、そろそろランハートさんがきてくださる頃かなって思ってたので……」
「ゔぅっ、そうか……。なら、仕方ないが、これからは気をつけるようにな」
「はい」
僕は急いでケースの中にあるケーキを全て箱に包んでから厨房の大きな冷蔵庫にその箱を保管した。
そして入れ替わりに用意しておいたタルトを取り出した。
小さなタルトカップにはカスタードクリームと昨日すぐ近くの山で採ってきたばかりの新鮮なベリーの実がのっている。
これには濃いめの珈琲が合うんだよねとウキウキしながらコーヒーを落とすと厨房にフワッと珈琲の香りが漂ってきた。
うーん、良い香り。
トプトプとカップに注ぎ入れ、せっかくだから僕も一緒に飲んじゃおうかなと残りを自分のマグカップにいれた。
トレイにケーキと一緒に載せて厨房を出ると、リビングで待っているはずのランハートさんが急に僕の前に現れた。
『わぁっ!』ガタッ!
びっくりしてトレイを落としそうになったけれど、ランハートさんの長い手がさっとトレイを持ってくれて間一髪ケーキと珈琲は無事だった。
はぁ、よかった。
「――っ、悪い。手伝おうと思って。驚かせるつもりはなかったんだが……」
「いえ、ケーキ守ってくれてありがとうございます」
笑顔でそう答えると何故かランハートさんは少し顔を赤らめて
『いや、大したことじゃない』とそのままトレイを片手に席まで運んでくれた。
ランハートさんの後ろをトコトコとついていくと、彼はさっとトレイをテーブルに置くと椅子をスッと引いて
『さぁ、どうぞ』と僕を座らせようとしてくれた。
「えっ、でもお客さまにそんなこと……」
「もう店は閉めたんだろう? 料理を作ってくれたんだからエスコートするのは当然だよ」
いいのかなと思いながらもランハートさんがそう言ってくれるので、僕はエスコートされるがまま席に座った。
ランハートさんは僕を座らせると、向かいの席にさっと腰を下ろした。
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