29 / 59
第2章 少年期
9.仲直り
しおりを挟む
今日は一日中、ノエルに避けられていた。
正確には「無視」というよりも、「意識的に逃げられていた」と言うべきか。
僕のほうを何度もチラチラと伺っては、目が合うとすぐに目をそらして逃げる、その繰り返しだった。
避けられる理由には心当たりがある。昨日、ノエルが初めて僕に反論してくれた、あの「小さな喧嘩」のせいだろう。
僕としては喧嘩のつもりなど毛頭無く、むしろ喜ばしい出来事だった。普段なら、ノエルはどんなに理不尽なことでも受け入れてしまう。そんな彼が、初めて感情をむき出しにして僕にぶつかってくれた。それが嬉しかった。
しかし、ノエルは違ったようだ。 一日中避けられ、僕への視線は気まずそうで、どこか泣きそうな表情だった。
けれど、どうしてだろう。 そのノエルが今、僕の目の前に立っている。
***
時を少し遡る。
自室にこもっていた僕は、山のような手紙を整理していた。卒業パーティーの後、届いた手紙の返事を書いている。 本来なら父様の仕事にあたるが僕自身、今は卒業して特に何もすることがない。暇つぶしにと、引き受けた。
もちろん、僕に当てられたお茶会やパーティーの誘いが圧倒的に多い。だが、そのついでにノエルやロイにも送られてくる誘いがとにかく厄介だった。特に断れないような家柄の相手には、礼儀として参加せざるを得ない。それが実に面倒だった。しばしば魔法で燃やしてやろうかと頭をよぎった。そんな風に溜息をつきながら手紙を書いていると、突然扉がノックされた。
こんな時間に誰だろう?名乗りもせずにノックだけで訪ねてくるなんて非礼なやつだ。
「誰だ?」
低めの声で尋ねると、扉の向こうから小さな声が返ってきた。
「……ノ、ノエル、です。」
思いがけない名前に、身体が動いた。
「ノエル?どうした?入っておいで。」
扉を開けると、そこにいたのは今にも泣き出しそうなノエルだった。
「だ、だって……ひっく……僕がおしゃべり、し、なか……たから、おこってる……ごめなさい……!」
涙をぽろぽろと零しながら、ノエルが謝り始めた。
どうやら、今日一日中僕を避けていたことを気にしているらしい。おそらく、僕が低いトーンで返事をしたのを怒っていると勘違いしたのだろう。
扉の前出立ちすくむその小さな身体を抱きしめながら、僕は思った。泣いているノエルは、いつも以上に愛らしい。濡れた睫毛の隙間から覗く琥珀色の瞳、ほんのり上気した頬。小さな体をぎゅっと抱きしめながら、僕はノエルの耳元で優しく言葉をかけた。
「ノエル、君は何も悪くないよ。僕のほうこそごめんね?」
背中を撫でていると、ノエルは少し落ち着きを取り戻したようだった。けれど、その口からさらに驚きの言葉が飛び出してきた。
「……あ、のね……っ、して欲しいこと、あるの……」
「うん、ゆっくりでいいよ。」
促すと、ノエルは赤くなった目をゆっくりと持ち上げて、小さな声でこう言った。
「……ぎゅー、して……?」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑みを浮かべた。
「もちろん、喜んで。」
もう一度ノエルをぎゅっと抱きしめる。 ノエルの体温は小さくて、柔らかくて、愛おしい。
「……ルーにぃに、あのね……ちゅ、してほしいの……あの……」
きっと、彼の言いたいのはいつもしているおやすみのキスのことだろう。僕はノエルの額にそっと唇を押し当てた。
「これでいいかな?」
「……うん……ありがと。」
ノエルは満足げに笑ったけれど、その笑顔に隠しきれない照れが混じっている。
頬にも軽くキスを落とし、そのままノエルの背中を優しく撫でていた。やがてノエルは安心したのか、僕の腕の中で静かに眠りについてしまった。顔を見れば、疲れたのか、穏やかな寝息を立てている。
「本当に……うちの天使には敵わないね。」
そう呟きながら、僕はノエルを抱き上げ、自室に戻して丁寧に寝かせた。整えた布団の中にそっと寝かせると、額に軽いキスを落とす。
「おやすみ、ノエル。」
天使のような寝顔を見つめてから、僕は静かに部屋を出た。部屋に戻り、再び机に向かうと、手紙の山が変わらず僕を待ち構えていた。だけど、不思議と心は満たされていて、手紙の処理も少しだけ楽しく感じられたのだった。
僕のほうを何度もチラチラと伺っては、目が合うとすぐに目をそらして逃げる、その繰り返しだった。
避けられる理由には心当たりがある。昨日、ノエルが初めて僕に反論してくれた、あの「小さな喧嘩」のせいだろう。
僕としては喧嘩のつもりなど毛頭無く、むしろ喜ばしい出来事だった。普段なら、ノエルはどんなに理不尽なことでも受け入れてしまう。そんな彼が、初めて感情をむき出しにして僕にぶつかってくれた。それが嬉しかった。
しかし、ノエルは違ったようだ。 一日中避けられ、僕への視線は気まずそうで、どこか泣きそうな表情だった。
けれど、どうしてだろう。 そのノエルが今、僕の目の前に立っている。
***
時を少し遡る。
自室にこもっていた僕は、山のような手紙を整理していた。卒業パーティーの後、届いた手紙の返事を書いている。 本来なら父様の仕事にあたるが僕自身、今は卒業して特に何もすることがない。暇つぶしにと、引き受けた。
もちろん、僕に当てられたお茶会やパーティーの誘いが圧倒的に多い。だが、そのついでにノエルやロイにも送られてくる誘いがとにかく厄介だった。特に断れないような家柄の相手には、礼儀として参加せざるを得ない。それが実に面倒だった。しばしば魔法で燃やしてやろうかと頭をよぎった。そんな風に溜息をつきながら手紙を書いていると、突然扉がノックされた。
こんな時間に誰だろう?名乗りもせずにノックだけで訪ねてくるなんて非礼なやつだ。
「誰だ?」
低めの声で尋ねると、扉の向こうから小さな声が返ってきた。
「……ノ、ノエル、です。」
思いがけない名前に、身体が動いた。
「ノエル?どうした?入っておいで。」
扉を開けると、そこにいたのは今にも泣き出しそうなノエルだった。
「だ、だって……ひっく……僕がおしゃべり、し、なか……たから、おこってる……ごめなさい……!」
涙をぽろぽろと零しながら、ノエルが謝り始めた。
どうやら、今日一日中僕を避けていたことを気にしているらしい。おそらく、僕が低いトーンで返事をしたのを怒っていると勘違いしたのだろう。
扉の前出立ちすくむその小さな身体を抱きしめながら、僕は思った。泣いているノエルは、いつも以上に愛らしい。濡れた睫毛の隙間から覗く琥珀色の瞳、ほんのり上気した頬。小さな体をぎゅっと抱きしめながら、僕はノエルの耳元で優しく言葉をかけた。
「ノエル、君は何も悪くないよ。僕のほうこそごめんね?」
背中を撫でていると、ノエルは少し落ち着きを取り戻したようだった。けれど、その口からさらに驚きの言葉が飛び出してきた。
「……あ、のね……っ、して欲しいこと、あるの……」
「うん、ゆっくりでいいよ。」
促すと、ノエルは赤くなった目をゆっくりと持ち上げて、小さな声でこう言った。
「……ぎゅー、して……?」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑みを浮かべた。
「もちろん、喜んで。」
もう一度ノエルをぎゅっと抱きしめる。 ノエルの体温は小さくて、柔らかくて、愛おしい。
「……ルーにぃに、あのね……ちゅ、してほしいの……あの……」
きっと、彼の言いたいのはいつもしているおやすみのキスのことだろう。僕はノエルの額にそっと唇を押し当てた。
「これでいいかな?」
「……うん……ありがと。」
ノエルは満足げに笑ったけれど、その笑顔に隠しきれない照れが混じっている。
頬にも軽くキスを落とし、そのままノエルの背中を優しく撫でていた。やがてノエルは安心したのか、僕の腕の中で静かに眠りについてしまった。顔を見れば、疲れたのか、穏やかな寝息を立てている。
「本当に……うちの天使には敵わないね。」
そう呟きながら、僕はノエルを抱き上げ、自室に戻して丁寧に寝かせた。整えた布団の中にそっと寝かせると、額に軽いキスを落とす。
「おやすみ、ノエル。」
天使のような寝顔を見つめてから、僕は静かに部屋を出た。部屋に戻り、再び机に向かうと、手紙の山が変わらず僕を待ち構えていた。だけど、不思議と心は満たされていて、手紙の処理も少しだけ楽しく感じられたのだった。
161
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない
迷路を跳ぶ狐
BL
自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。
恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。
しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる