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後編
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「ち、違う! すまない、仲のいい相手だからと、少し言いすぎてしまった」
「ええ、わかりますわ。少し、言いすぎてしまったのですね」
それはつまり、事実ではあるということです。
私は冷たくエイリーク様を見ました。中途半端な言い訳ならしないでくれたほうが、さらなる苛つきを感じずにすみます。
「そうなんだっ! 仲間内のことに外野が口を出すものじゃない。そうだろう?」
「はい、そうですね。もう関係がない外野ですから。エイリーク様、少しの間ですが楽しかったです。ありがとうございました」
「ま、待ってくれ!」
私は挨拶をしてエイリーク様に背を向けました。
晴れ晴れとはいかないですが、私の中には間違いない安堵がありました。結婚はまだいいと思っていたのに、エイリーク様の求婚にのぼせて頷いてしまった、そこがいけなかったのです。
私は私の道に戻ります。
貧乏男爵の三女として、家に迷惑をかけぬよう自立して、それからです。
「君と結婚したいんだ!」
「もういいんですよ。お義父さま……いえ、ご両親には、私の方から伝えておきます」
「違う! 見捨てないでくれ! ただの戯言だ、友人との……」
ですがエイリーク様は、ふいにご友人たちを気にしたようでした。ゆっくり呼吸をして、ひきつった笑いを浮かべます。
「この程度のことを気にするなんて、どうかしているよ。我々は結婚するんだ。少し羽目を外すくらいは許してくれなければ」
見栄をはることを思い出したようでした。
そのことにももう、私は往生際が悪いなとしか思いませんでした。
けれど言い合いになるのも面倒です。ましてや裁判沙汰などとんでもありません。
これが「他の女を優先した」なら不貞と言えるでしょうが「友情を優先し、あることないこと言いまわった」では、正当な婚約の破棄を主張するのは難しく、慰謝料を請求されるかもしれません。
なんとかエイリーク様に婚約を解消したいと言ってもらわなければ。
「……ええ、そうですね。独身時代のことは独身時代のこと。ご友人は大事なものです。ですが結婚後は、私を優先してくださるのですか?」
私はご友人方にも聞こえるように問いかけました。
エイリーク様は渋い顔をなさいます。
「……ああ」
いかにも「しかたないな」というような返事でした。
「では結婚後、ご友人との付き合いは週に一度にしてください。どうしてもという場合は、そのたび私の了承を取ってくださいね」
「は?」
「それを婚前契約書に記載しますので、サインしてくださいますね?」
「な、なにを言うんだ。友人は大事だと言ったじゃないか!」
「結婚後は妻のほうを大事にするのが当たり前です」
「そんな馬鹿な。君は大事にするが、友人だって大事だ」
「両立できないこともございます。エイリーク様、」
私は大きく息を吸い込んで言いました。
「私とご友人と、どちらが大事なのですか?」
伝家の宝刀です。
これを言われた男は十人に十人が引くという魔法の言葉です。さすがの効果を示し、エイリーク様もなんともいえないお顔になっておられます。
「それは……比べるものでなはない。どちらも大事だ。君だって友人はいるだろう」
「私とご友人とどちらが大事なのですか? 答えてください」
「君だけを大事にするわけにはいかない! 子供じゃないんだから、わかるだろう」
「どちらが大事なのですか? 二択ですよ」
「どちらもだ! 馬鹿げたことを言うのをやめなさい」
「私を捨てるかご友人を捨てるか、今、この場で決めてください」
「……っ!」
前段階はともかく、私は理不尽なことを言っています。
ですからエイリーク様が怒るのは当然でしょう。
「君がそんな馬鹿な女とは思わなかった! 結婚はなしにしよう」
「はい」
私は微笑みました。
ご友人方にも微笑みました。
「皆様、お聞きになりましたね。私とエイリーク様の婚約は解消されました。どうぞ証人になってください。……エイリーク様が大事なご友人に嘘をつくなんて、そんなことはありえないと思いますけれど」
それが三年前のことです。
私はそんなちょっとした若い過ちを乗り越えて、仕事も大変だけれど順調、充実した日々を過ごしていました。
そしてふいに町中で、エイリーク様と再会したのです。
互いに「あっ」と声をあげ、気まずい笑みを浮かべました。
「どうも」
頭を下げて通り過ぎようとしたのですが「待って!」と言われます。
「はい?」
「その……君が正しかった!」
「……何がでしょう?」
「君こそを大事にするべきだったんだ。友人たちはあのあと次々に結婚して、独身の僕とは話が合わなくなってしまった……」
ぐっと私は奥歯を噛みました。
笑いそうになったのです。どうやらいつまでも一緒に遊んでくれると思っていた友人に、置いていかれた気分になっているようです。
よいお年なのですから、友人と永遠に同じ立場でいられないことなどわかるでしょう。
「僕も結婚相手を探したが、誰もが金目当てに思えて……」
それはそうでしょうね。
もともと、エイリーク様のお家は資産家です。そういった方が、お金目当てでない相手を選別するのは大変なことでしょう。近づいてくる相手は基本的にお家目当てに見えることでしょう。
となれば、エイリーク様自身がよいと思った相手を求めることになります。私にしたように。けれどエイリーク様が私を熱心に口説いていたことは噂になっていました。そして、それほど熱烈だった相手と友情を優先して破局したことも。
真面目な女性であればあるほど、そんな男に言い寄られても、真剣には受け取らないでしょう。
「君もまだ結婚していないんだろう? やり直すことは」
「できません」
私は即座に答えました。
「今、結婚は考えてないんです」
「で、でも、いずれはするんだろう。だったら……」
「どうでしょう。ご存知の通り私は貧乏男爵の三女ですから、自立さえしていれば特には。……ああでも、エイリーク様には必要なのですよね。では、一番愛すべきところだという、お胸を見てお決めになればよいですよ」
簡単ですね。
「そんな……! 僕は愛する人と家庭を……」
私は微笑み、エイリーク様から離れました。
「すぐに決められますよ。ご結婚、おめでとうございます」
もうお会いするつもりはないので、先んじて祝福しておきました。お互いハッピーエンドということにいたしましょう。
「ええ、わかりますわ。少し、言いすぎてしまったのですね」
それはつまり、事実ではあるということです。
私は冷たくエイリーク様を見ました。中途半端な言い訳ならしないでくれたほうが、さらなる苛つきを感じずにすみます。
「そうなんだっ! 仲間内のことに外野が口を出すものじゃない。そうだろう?」
「はい、そうですね。もう関係がない外野ですから。エイリーク様、少しの間ですが楽しかったです。ありがとうございました」
「ま、待ってくれ!」
私は挨拶をしてエイリーク様に背を向けました。
晴れ晴れとはいかないですが、私の中には間違いない安堵がありました。結婚はまだいいと思っていたのに、エイリーク様の求婚にのぼせて頷いてしまった、そこがいけなかったのです。
私は私の道に戻ります。
貧乏男爵の三女として、家に迷惑をかけぬよう自立して、それからです。
「君と結婚したいんだ!」
「もういいんですよ。お義父さま……いえ、ご両親には、私の方から伝えておきます」
「違う! 見捨てないでくれ! ただの戯言だ、友人との……」
ですがエイリーク様は、ふいにご友人たちを気にしたようでした。ゆっくり呼吸をして、ひきつった笑いを浮かべます。
「この程度のことを気にするなんて、どうかしているよ。我々は結婚するんだ。少し羽目を外すくらいは許してくれなければ」
見栄をはることを思い出したようでした。
そのことにももう、私は往生際が悪いなとしか思いませんでした。
けれど言い合いになるのも面倒です。ましてや裁判沙汰などとんでもありません。
これが「他の女を優先した」なら不貞と言えるでしょうが「友情を優先し、あることないこと言いまわった」では、正当な婚約の破棄を主張するのは難しく、慰謝料を請求されるかもしれません。
なんとかエイリーク様に婚約を解消したいと言ってもらわなければ。
「……ええ、そうですね。独身時代のことは独身時代のこと。ご友人は大事なものです。ですが結婚後は、私を優先してくださるのですか?」
私はご友人方にも聞こえるように問いかけました。
エイリーク様は渋い顔をなさいます。
「……ああ」
いかにも「しかたないな」というような返事でした。
「では結婚後、ご友人との付き合いは週に一度にしてください。どうしてもという場合は、そのたび私の了承を取ってくださいね」
「は?」
「それを婚前契約書に記載しますので、サインしてくださいますね?」
「な、なにを言うんだ。友人は大事だと言ったじゃないか!」
「結婚後は妻のほうを大事にするのが当たり前です」
「そんな馬鹿な。君は大事にするが、友人だって大事だ」
「両立できないこともございます。エイリーク様、」
私は大きく息を吸い込んで言いました。
「私とご友人と、どちらが大事なのですか?」
伝家の宝刀です。
これを言われた男は十人に十人が引くという魔法の言葉です。さすがの効果を示し、エイリーク様もなんともいえないお顔になっておられます。
「それは……比べるものでなはない。どちらも大事だ。君だって友人はいるだろう」
「私とご友人とどちらが大事なのですか? 答えてください」
「君だけを大事にするわけにはいかない! 子供じゃないんだから、わかるだろう」
「どちらが大事なのですか? 二択ですよ」
「どちらもだ! 馬鹿げたことを言うのをやめなさい」
「私を捨てるかご友人を捨てるか、今、この場で決めてください」
「……っ!」
前段階はともかく、私は理不尽なことを言っています。
ですからエイリーク様が怒るのは当然でしょう。
「君がそんな馬鹿な女とは思わなかった! 結婚はなしにしよう」
「はい」
私は微笑みました。
ご友人方にも微笑みました。
「皆様、お聞きになりましたね。私とエイリーク様の婚約は解消されました。どうぞ証人になってください。……エイリーク様が大事なご友人に嘘をつくなんて、そんなことはありえないと思いますけれど」
それが三年前のことです。
私はそんなちょっとした若い過ちを乗り越えて、仕事も大変だけれど順調、充実した日々を過ごしていました。
そしてふいに町中で、エイリーク様と再会したのです。
互いに「あっ」と声をあげ、気まずい笑みを浮かべました。
「どうも」
頭を下げて通り過ぎようとしたのですが「待って!」と言われます。
「はい?」
「その……君が正しかった!」
「……何がでしょう?」
「君こそを大事にするべきだったんだ。友人たちはあのあと次々に結婚して、独身の僕とは話が合わなくなってしまった……」
ぐっと私は奥歯を噛みました。
笑いそうになったのです。どうやらいつまでも一緒に遊んでくれると思っていた友人に、置いていかれた気分になっているようです。
よいお年なのですから、友人と永遠に同じ立場でいられないことなどわかるでしょう。
「僕も結婚相手を探したが、誰もが金目当てに思えて……」
それはそうでしょうね。
もともと、エイリーク様のお家は資産家です。そういった方が、お金目当てでない相手を選別するのは大変なことでしょう。近づいてくる相手は基本的にお家目当てに見えることでしょう。
となれば、エイリーク様自身がよいと思った相手を求めることになります。私にしたように。けれどエイリーク様が私を熱心に口説いていたことは噂になっていました。そして、それほど熱烈だった相手と友情を優先して破局したことも。
真面目な女性であればあるほど、そんな男に言い寄られても、真剣には受け取らないでしょう。
「君もまだ結婚していないんだろう? やり直すことは」
「できません」
私は即座に答えました。
「今、結婚は考えてないんです」
「で、でも、いずれはするんだろう。だったら……」
「どうでしょう。ご存知の通り私は貧乏男爵の三女ですから、自立さえしていれば特には。……ああでも、エイリーク様には必要なのですよね。では、一番愛すべきところだという、お胸を見てお決めになればよいですよ」
簡単ですね。
「そんな……! 僕は愛する人と家庭を……」
私は微笑み、エイリーク様から離れました。
「すぐに決められますよ。ご結婚、おめでとうございます」
もうお会いするつもりはないので、先んじて祝福しておきました。お互いハッピーエンドということにいたしましょう。
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