お飾り妻は天井裏から覗いています。

七辻ゆゆ

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吐きそうです。

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 吐きそうです。
 このところずっとそうです。あの小説が彼女のもとへ届くのを想像する、それだけでウエッとなってしまうのです。
 幸いにして暴食できる環境ではありませんから、ぐっとこらえれば、本当に吐くことはありません。粗食に感謝です。

 あれをアデラに頼んでから5日がたちました。
 馬車の都合にもよるでしょうが、そろそろ到着していてもおかしくありません。今にも、そう今にも受け取って、何かしらと開いて、中のとんでもなく汚い小説を見つけたところかもしれません。

「うっ」
 耐え難い想像です。
 ごめんなさい、あんなで、でも、あれが精一杯だったのです。何も知らない人からすればただのゴミでしょう。

 ゴミになるならせめて返してもらいたい……。
 いえ、だめです。見つかったら大事です。でも新作を書くあてがない以上、あれは私の心の支えでした。
 それを送ってもいいくらいに、とにかく読んで欲しかったのです。

 行っては帰る思考に振り回されながら、私の日々は過ぎます。それ以外には何も変わりのない日常でした。
 食事をする、クリフト様を覗く。ラーミア様が一緒にいれば張り付く。これが辛いのです。

 手元に書くものがないときに限って、どうしてお二人は仲良くするのでしょう?
 クリフト様の甘い言葉、ラーミア様の微笑み。絡む指先。二人きりの時間を楽しむため、ラーミア様手ずからお茶を入れ、その後ろ姿をクリフト様がじっと見ます。
 陽がさし、穏やかな時間は流れ、お二人は他愛のないことをぽつぽつと語るのです。

 書き残すことができない私は、ひたすらに目に焼き付けました。クリフト様の熱のこもった目を、ラーミア様の美しく、どこか影のある笑顔を。

 そんな日々に天恵が訪れました。いつもの食事と一緒に、アデラがそれを差し出したのです。
「あとこれ、渡すようにって言われました」
「……!」
 便箋でした。

「ありがとうございます!」
「……そんなに欲しかったなら、そう言えば急いだのに」
「はい、いえ、いえ、すみません。ちょうどよかったです」
「ふうん。誰かに手紙でも書くんですか?」
「ええ。その……退屈ですから……」

 私が恐縮しながら言うと、アデラはつまらなそうに鼻を鳴らして、いつものように「良いご身分ですこと」と去っていきました。
 忘れないうちに書き留めたいことが山程あります!
 でも食事もしなければならないので、私は利き手にペン、反対の手に持ったフォークで突き刺すように食べました。どうせ誰も見てはいません。

 そして食器を返すと、ひたすらに書き続けました。ラーミア様の美しさのために、クリフト様は奮起し、あのにっくき妻を倒すことを決意しなければなりません。さあ!
 けれどクリフト様です。真面目で、まっとうな考えをお持ちの方です。そう簡単にその気になってはくれません。

 私はクリフト様を奮起させるため、ラーミア様をひたすらいじめました。書いているうちに楽しくなって、ちょっとやりすぎてしまった感はありますが、これもラーミア様のためです。
 お茶を頭からかけて、ラーミア様の銀髪をキラキラと輝かせました。
 ラーミア様は涙も美しいのです。庭で転ばせて泥まみれになっても、その美しさが衰えることはありません。

「ラーミア様、ラーミア様……」
 うっとりとしながら私はひたすら書き進めます。いじめます。いじめ抜きます。何も、誰も邪魔しません。

「ちょっと! 早く出てくださいって言ってるでしょ!」
「あ、す、すみません!」
 いました。アデラです。つまり食事です。食事はそれでも生活の楽しみですから、一度でも失う気はありませんでした。

「あとこれ、手紙です」
「……ありがとうございます!」

 私は一瞬息を止め、ひどく上ずる声で礼を言いました。緊張もあります。受け取った手紙は、あきらかに一度開いたあとがあったのです。

 何にしても私は興奮して受け取りました。こうして私まで届いたのですから、シーナはきっと上手くやってくれたのでしょう。

 私は片手で食事、片手で手紙を開きました。気が急きます。
「ああ、ふう……ふう、」
 ちょっと興奮しすぎかもしれません。落ち着きましょう。

 読みます。

『サヘルへ。 久しぶりね! 驚いたけど嬉しかったわ。それから、私とても興奮してて、前置きもなしにごめんなさい、教えてくれた小説、とっても素晴らしかったわ!』

「は……はうっ」

 私は息をするのが困難になり、一度手紙を置きました。
 呼吸をします。
 私は呼吸をします。

 婚家に見られる可能性があるので、と頼んだ通りに、私が書いた小説だということは書かずにいてくれています。教えてくれた小説とは、つまり私の書いた小説のことです。
「……そうよね?」
 少し自信がなくなってきました。

 ほんとうに、あれを読んで、素晴らしかったと言ってくれているのでしょうか。
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