お飾り妻は天井裏から覗いています。

七辻ゆゆ

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これは夢なのでしょうか。

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『サヘルへ! あなたが教えてくれた小説、ついに佳境に入ってきたの。美しくも恐ろしい悪女たちの戦い、目が離せないわ!』

 妻レインディアを一行たりとも美しいと書いた覚えはありませんでしたが、いいです。自由。自由です。読者の目に美しく写ったなら、それでいいのです。
 悪女対悪女も、想定内です。大丈夫です。……大丈夫ですとも。

『そうそう、奥様を可哀想って言ってた子に感想を詳しく聞いたわ。彼女が言うには、たとえどんな事情があろうと夫婦であれば裏切りは罪だそうよ。心変わりは止められないにしても、先に離婚するべきじゃないかって』

「……なるほど」
 平民の価値観からすればそうなのでしょう。私はこれでも一応は貴族社会を知っているので、貴族の婚姻に愛がないことはわかっていました。もちろんそう簡単に離婚もできません。
 合う合わないは仕方がないことですから、好む相手を愛人なりとするのが、さほど悪いと思ってもいなかったのです。

『それに今回、奥様の生い立ちが明らかになったでしょう? あれは育て方を間違えた親が悪いんじゃないかって。しつけもせず好き放題させて、ある意味、育児放棄よねって憤ってたわ。きっと愛のない親に奥様は傷ついていたんじゃないかって。だからあんな狂気に走ってしまってるんじゃないかって。奥様の幸せをいっそう願うそうよ!』

「……む、むぅ……」
 やってしまったでしょうか。
 やってしまったかもしれません。

 言われていれば、あんな育て方をした親が、できた親だとはとても言えません。甘やかされてわがままに育ったのは、彼女の資質どうこうではなく当然のことなのかも。

「とすると……」
 私はくらくらしました。
 なんて難しいのでしょう。つまりその彼女は、これから妻が狂気的になればなるほど、それだけ傷ついていたのだ、と妻に同情的になってしまう、ということでしょう。

「いったい……どうすれば……」
 私が書きたいのはラーミア様とクリフト様の恋愛です。
 しかしながら、この二人が結ばれるのであれば、他は譲ってもいいというか、読者の期待に応えたい気持ちがあります。
 だってそんなに熱心に、私の作った妻のことを考えてくれているのですから。

 どうしましょうか。妻には離婚後、新たな出会いを用意しましょうか。それとも親との和解でしょうか。
 いえ、さすがに親を更に登場させるのはどうかと思います。メインはラーミア様とクリフト様のハッピーエンドなのですから、こう、さりげなく、おまけ的にハッピーを感じさせる引きをすれば……。

 私は考えながら、今回も厚い厚紙を丁寧に裂きました。
 やはり紙の束を入れてくれています。天使です。ゴッドエンジェルです。そしてこちらにも手紙が入っていました。

『あのね、実はあれを本にしないかって言われたの。どうしよう?』

「………………は?」



 これは夢なのでしょうか。
 シーナから書籍化の話を聞いたときから、私はふわふわとした気分です。ふわふわと日々を過ごしているうちに、あれやこれやとシーナが頑張ってくれたようで、私の小説は本になったそうです。

 本になったそうです。

「夢……幻……?」
 その知らせを目にしてもまだ実感がありません。それもそうで、私はその本を実際に目にしてもいないのです。

 私の小説『美しい悪女は奥様のものがお好き』が本になった、ということを聞いただけです。もちろん私も実物を見たいのですが、送ってもらうのはためらいがあります。
 ラーミア様とクリフト様の名前がそのままなので、見つかるとまずいです。無関係に本が存在しているぶんには、誰もこの家と結びつけたりはしないでしょうが。

 表紙に美麗なラーミア様がいらっしゃるらしいので本当に、いつか、いえ可及的速やかに見たいのですが、というか、本当にそんなことがあるのでしょうか?
 騙されていないでしょうか。
 いえ私を騙してどうするのかという話です。シーナは天使です。天使は人を騙しません。

 それにシーナは印税の一部を送ってくれました。全てを送ると差し障りがあるだろうからと、私が当座使える程度を送ってくれたのです。感謝してもしきれません。もしシーナが半分くらいポケットに入れていたとしても許せます。いえ、シーナはそんなことしません! シーナを侮辱するのはやめてください!

 落ち着きましょう。
「……」
 とにかく私の手にはいくばくかのお金があります。もはやシーナに紙を送ってもらわなくても、アデラに買ってきてもらうことができそうです。

 インクがなくならないか戦々恐々とする必要もないでしょう。
 なんて素晴らしい執筆環境!
 もともと邪魔をする人もいなければ、何をする必要もない私なのです。

 そしてなんと評判によっては続刊も、と言われているそうです。
 書かない理由がありません!

 読者のことを考えて迷ったために紙をかなり無駄にし、修正だらけになりましたが問題ありません。お金があるというのはありがたいものです。私は無駄を気にすることなく、修正に修正を重ね、物語を進めていきました。

 最後に清書もしましょう。贅沢すぎて手が震えます。
 今まではなんと、シーナが清書して、皆に読ませてくれていたのだそうです。なぜそこまで、と思うほどの献身です。もし私の書いたゴミみたいな文字のままだったら、誰も読んではくれなかったに違いありません。

 でも、出版社と相談して決めたというタイトルは……いえ、なんでもありません。
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