投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

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小さなお客様です。

 ユーファミアや王子が毎日来てくれるわけではない。
 彼らは忙しいのだろう。王子など毎回とても忙しそうにしている。

(でも、あれは驚いたわ)
 どうして鉄格子を蹴ったりしたのだろう。
 あの時はこぼれたお茶に夢中で考えなかったが、王子は怒っていたのだろうか。彼はいつも怒ったように話すので、よくわからない。
 司祭が言うには、王子という職は、あのように偉そうでなければできないのだそうだ。

「んっ、冷たい」
 つまらない思考も飛ぶ冷たさだ。
 リーリエは今、桶の水で体を洗っている。牢番の兵士にはひどく申し訳ないと言われたが、リーリエはこれで構わない。

「ふふ。人の体ってやわらかいのね」
 教会にいた頃は、気を失うように眠りについたあと、侍女達が体を洗ってくれていた。こんなふうに自分で触れて、自分で洗ったことはない。
 自分の形を知るのが新鮮だった。

「ふにふにだ」
 特に子供の頃にはなかった胸が面白くて、ふにふにふにふに触ってしまう。足も長くなったようだ。洗うのが大変である。
 その大変さも面白い。

「ふふ、ふっ」
 慣れないが、ひとつも急ぐ理由はない。凍えるほどの季節ではない。むしろ暖かくしすぎると、しっとり汗ばむような季節だ。冷たさが気持ちいい。
「はあ……」
 幸せだなあ、としんみり思う。

 胸をふにふに、尻をふにふにする。尻は力を入れるとぎゅっと硬くなる。面白い。
 それから足の指の小ささに苦労しながらリーリエは、ユーファミアのことを思った。
(とてもやわらかそう)
 リーリエの体は胸と尻くらいしか柔らかいところがないが、ユーファミアは全体がふっくらしている。

「触ってみたい……」
 リーリエは誘惑にかられた。きっとふわふわのほわほわだ。両手を回しても足りるかわからない大きさを、ぎゅっと抱きしめたいものだ。
(そんな機会があるかしら?)
 あるかもしれない。
 なにしろリーリエは自由なのだ。



 さすがに体が冷えすぎたので、体を拭いたあと、毛布にくるまって転がった。
「さむい……あったかい……」
 冷えた体に毛布は最高に温かい。

 リーリエは幸せを感じた。教会ではどんなに寒くても、膝をついて祈らなければならなかった。
 今は毛布に丸まり、転がっている。
「……眠い」
 うとうとする。
 やることもないのでたくさん寝ていると思うのだが、まだ眠くなる。
 すう、と息を吸う。

 かさかさ。

 息を吐く。

 かさかさ。
「……かさかさ?」
 リーリエは目を開けた。
「あ」

 そこにはとても小さな、粒のような目があった。
「こんにちは」
「ピャッ」
 声をかけるとそれは悲鳴のように鳴いて、ものすごい勢いで壁の小さな穴から出ていってしまった。

「あああ……」
 リーリエは後悔した。
 声をかけるのではなかった。そうすれば落ちたクロワッサンのかすを食べているところを、もっと見られていたかもしれない。

「でも……かわいかった……」
 てのひらに乗るくらい小さくて、ぴくぴくと動く耳、つぶらな瞳、頬が膨らんでいた。
「触ってみたいわ……!」
 リーリエはもだえ、彼の出ていった壁の穴をじっと見る。

(また来てくれないかしら)
 じっとじっと見つめる。
 なにしろリーリエは暇なので、いつまででも見つめていられる。
「ふあ」
 敵は眠気だけだ。



 かさり。
 やはり眠ってしまっていたリーリエは、その音に目を覚ました。
(あっ)
 声は出さない。

 穴から顔を出している彼と、見つめ合っていた。
 彼がとても警戒しているのがわかる。

(動かない、動かない)
 教会の祈りの部屋の、あの小さな窓に止まった小鳥を思い出す。侍女が気づけば追い払ったが、そんなことをしなくても、リーリエが動けば聡い彼らはすぐに逃げていった。

(でも動かないと、触れない……)
 彼は壁の穴からリーリエを見ている。
 リーリエが彼をじっと見つめるように、彼もリーリエをじっと見ているのだ。それがしばらく続いたものだから、もういいかな、と思ってしまった。

 ほんの少しだけ体を起こした。

「あっ……」
 動いたか動かないか、その一瞬で彼は姿を消してしまった。
「待って」
 慌てて穴を覗いたが、夕暮れ時であったので、奥はまったく見通せなかった。
「はあ」
 残念だ。

「また来てくれる……?」
 うーん、と考えたリーリエは、床に落ちたクロワッサンのくずを集め、穴の前に置いてみた。
「ふあ」
 彼を待ちわびながら眠りにつく。

 朝になるとくずは消え去っていた。
「ふふ」
 どうやらここに住み着いているらしい。仲良くしたいリーリエは、大事な食事を少しずつとっておくことにした。

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