6 / 40
小さなお客様です。
しおりを挟む
ユーファミアや王子が毎日来てくれるわけではない。
彼らは忙しいのだろう。王子など毎回とても忙しそうにしている。
(でも、あれは驚いたわ)
どうして鉄格子を蹴ったりしたのだろう。
あの時はこぼれたお茶に夢中で考えなかったが、王子は怒っていたのだろうか。彼はいつも怒ったように話すので、よくわからない。
司祭が言うには、王子という職は、あのように偉そうでなければできないのだそうだ。
「んっ、冷たい」
つまらない思考も飛ぶ冷たさだ。
リーリエは今、桶の水で体を洗っている。牢番の兵士にはひどく申し訳ないと言われたが、リーリエはこれで構わない。
「ふふ。人の体ってやわらかいのね」
教会にいた頃は、気を失うように眠りについたあと、侍女達が体を洗ってくれていた。こんなふうに自分で触れて、自分で洗ったことはない。
自分の形を知るのが新鮮だった。
「ふにふにだ」
特に子供の頃にはなかった胸が面白くて、ふにふにふにふに触ってしまう。足も長くなったようだ。洗うのが大変である。
その大変さも面白い。
「ふふ、ふっ」
慣れないが、ひとつも急ぐ理由はない。凍えるほどの季節ではない。むしろ暖かくしすぎると、しっとり汗ばむような季節だ。冷たさが気持ちいい。
「はあ……」
幸せだなあ、としんみり思う。
胸をふにふに、尻をふにふにする。尻は力を入れるとぎゅっと硬くなる。面白い。
それから足の指の小ささに苦労しながらリーリエは、ユーファミアのことを思った。
(とてもやわらかそう)
リーリエの体は胸と尻くらいしか柔らかいところがないが、ユーファミアは全体がふっくらしている。
「触ってみたい……」
リーリエは誘惑にかられた。きっとふわふわのほわほわだ。両手を回しても足りるかわからない大きさを、ぎゅっと抱きしめたいものだ。
(そんな機会があるかしら?)
あるかもしれない。
なにしろリーリエは自由なのだ。
さすがに体が冷えすぎたので、体を拭いたあと、毛布にくるまって転がった。
「さむい……あったかい……」
冷えた体に毛布は最高に温かい。
リーリエは幸せを感じた。教会ではどんなに寒くても、膝をついて祈らなければならなかった。
今は毛布に丸まり、転がっている。
「……眠い」
うとうとする。
やることもないのでたくさん寝ていると思うのだが、まだ眠くなる。
すう、と息を吸う。
かさかさ。
息を吐く。
かさかさ。
「……かさかさ?」
リーリエは目を開けた。
「あ」
そこにはとても小さな、粒のような目があった。
「こんにちは」
「ピャッ」
声をかけるとそれは悲鳴のように鳴いて、ものすごい勢いで壁の小さな穴から出ていってしまった。
「あああ……」
リーリエは後悔した。
声をかけるのではなかった。そうすれば落ちたクロワッサンのかすを食べているところを、もっと見られていたかもしれない。
「でも……かわいかった……」
てのひらに乗るくらい小さくて、ぴくぴくと動く耳、つぶらな瞳、頬が膨らんでいた。
「触ってみたいわ……!」
リーリエはもだえ、彼の出ていった壁の穴をじっと見る。
(また来てくれないかしら)
じっとじっと見つめる。
なにしろリーリエは暇なので、いつまででも見つめていられる。
「ふあ」
敵は眠気だけだ。
かさり。
やはり眠ってしまっていたリーリエは、その音に目を覚ました。
(あっ)
声は出さない。
穴から顔を出している彼と、見つめ合っていた。
彼がとても警戒しているのがわかる。
(動かない、動かない)
教会の祈りの部屋の、あの小さな窓に止まった小鳥を思い出す。侍女が気づけば追い払ったが、そんなことをしなくても、リーリエが動けば聡い彼らはすぐに逃げていった。
(でも動かないと、触れない……)
彼は壁の穴からリーリエを見ている。
リーリエが彼をじっと見つめるように、彼もリーリエをじっと見ているのだ。それがしばらく続いたものだから、もういいかな、と思ってしまった。
ほんの少しだけ体を起こした。
「あっ……」
動いたか動かないか、その一瞬で彼は姿を消してしまった。
「待って」
慌てて穴を覗いたが、夕暮れ時であったので、奥はまったく見通せなかった。
「はあ」
残念だ。
「また来てくれる……?」
うーん、と考えたリーリエは、床に落ちたクロワッサンのくずを集め、穴の前に置いてみた。
「ふあ」
彼を待ちわびながら眠りにつく。
朝になるとくずは消え去っていた。
「ふふ」
どうやらここに住み着いているらしい。仲良くしたいリーリエは、大事な食事を少しずつとっておくことにした。
彼らは忙しいのだろう。王子など毎回とても忙しそうにしている。
(でも、あれは驚いたわ)
どうして鉄格子を蹴ったりしたのだろう。
あの時はこぼれたお茶に夢中で考えなかったが、王子は怒っていたのだろうか。彼はいつも怒ったように話すので、よくわからない。
司祭が言うには、王子という職は、あのように偉そうでなければできないのだそうだ。
「んっ、冷たい」
つまらない思考も飛ぶ冷たさだ。
リーリエは今、桶の水で体を洗っている。牢番の兵士にはひどく申し訳ないと言われたが、リーリエはこれで構わない。
「ふふ。人の体ってやわらかいのね」
教会にいた頃は、気を失うように眠りについたあと、侍女達が体を洗ってくれていた。こんなふうに自分で触れて、自分で洗ったことはない。
自分の形を知るのが新鮮だった。
「ふにふにだ」
特に子供の頃にはなかった胸が面白くて、ふにふにふにふに触ってしまう。足も長くなったようだ。洗うのが大変である。
その大変さも面白い。
「ふふ、ふっ」
慣れないが、ひとつも急ぐ理由はない。凍えるほどの季節ではない。むしろ暖かくしすぎると、しっとり汗ばむような季節だ。冷たさが気持ちいい。
「はあ……」
幸せだなあ、としんみり思う。
胸をふにふに、尻をふにふにする。尻は力を入れるとぎゅっと硬くなる。面白い。
それから足の指の小ささに苦労しながらリーリエは、ユーファミアのことを思った。
(とてもやわらかそう)
リーリエの体は胸と尻くらいしか柔らかいところがないが、ユーファミアは全体がふっくらしている。
「触ってみたい……」
リーリエは誘惑にかられた。きっとふわふわのほわほわだ。両手を回しても足りるかわからない大きさを、ぎゅっと抱きしめたいものだ。
(そんな機会があるかしら?)
あるかもしれない。
なにしろリーリエは自由なのだ。
さすがに体が冷えすぎたので、体を拭いたあと、毛布にくるまって転がった。
「さむい……あったかい……」
冷えた体に毛布は最高に温かい。
リーリエは幸せを感じた。教会ではどんなに寒くても、膝をついて祈らなければならなかった。
今は毛布に丸まり、転がっている。
「……眠い」
うとうとする。
やることもないのでたくさん寝ていると思うのだが、まだ眠くなる。
すう、と息を吸う。
かさかさ。
息を吐く。
かさかさ。
「……かさかさ?」
リーリエは目を開けた。
「あ」
そこにはとても小さな、粒のような目があった。
「こんにちは」
「ピャッ」
声をかけるとそれは悲鳴のように鳴いて、ものすごい勢いで壁の小さな穴から出ていってしまった。
「あああ……」
リーリエは後悔した。
声をかけるのではなかった。そうすれば落ちたクロワッサンのかすを食べているところを、もっと見られていたかもしれない。
「でも……かわいかった……」
てのひらに乗るくらい小さくて、ぴくぴくと動く耳、つぶらな瞳、頬が膨らんでいた。
「触ってみたいわ……!」
リーリエはもだえ、彼の出ていった壁の穴をじっと見る。
(また来てくれないかしら)
じっとじっと見つめる。
なにしろリーリエは暇なので、いつまででも見つめていられる。
「ふあ」
敵は眠気だけだ。
かさり。
やはり眠ってしまっていたリーリエは、その音に目を覚ました。
(あっ)
声は出さない。
穴から顔を出している彼と、見つめ合っていた。
彼がとても警戒しているのがわかる。
(動かない、動かない)
教会の祈りの部屋の、あの小さな窓に止まった小鳥を思い出す。侍女が気づけば追い払ったが、そんなことをしなくても、リーリエが動けば聡い彼らはすぐに逃げていった。
(でも動かないと、触れない……)
彼は壁の穴からリーリエを見ている。
リーリエが彼をじっと見つめるように、彼もリーリエをじっと見ているのだ。それがしばらく続いたものだから、もういいかな、と思ってしまった。
ほんの少しだけ体を起こした。
「あっ……」
動いたか動かないか、その一瞬で彼は姿を消してしまった。
「待って」
慌てて穴を覗いたが、夕暮れ時であったので、奥はまったく見通せなかった。
「はあ」
残念だ。
「また来てくれる……?」
うーん、と考えたリーリエは、床に落ちたクロワッサンのくずを集め、穴の前に置いてみた。
「ふあ」
彼を待ちわびながら眠りにつく。
朝になるとくずは消え去っていた。
「ふふ」
どうやらここに住み着いているらしい。仲良くしたいリーリエは、大事な食事を少しずつとっておくことにした。
1,054
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
聖女を追い出しても平気だと思っていた国の末路
藤原遊
ファンタジー
聖女が国を去った日、神官長は分かっていた。
この国は、彼女を軽く扱いすぎたのだと。
「聖女がいなくても平気だ」
そう言い切った王子と人々は、
彼女が“何もしていない”まま国が崩れていく現実を、
やがて思い知ることになる。
――これは、聖女を追い出した国の末路を、
静かに見届けた者の記録。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる