21 / 40
マイラ様も美味しいものをくれます。
しおりを挟む
ずっと世界に揺られている。
いつまでも、いつまでも、繰り返し、繰り返し。リーリエは目が覚めてもぼんやりと、その揺れに体を任せていた。
意識がはっきりしてくると、これは馬の歩みだとわかる。4つの足で、一歩一歩。それがニ頭。
馬車を引く馬の歩みが頭に浮かぶ。あれほど骨ばった足であるのに、とても力強く、恐ろしいまでの力を出す。
躍動する体は締まっている。見るだけで重みを感じるそれが、前に、前に進む。世界は進む。リーリエは流れていく景色を見ていた。
ふいに視線をずらすと、愛らしい横顔があった。
「……マイラ様?」
「ああ」
呼びかければ彼女はリーリエを見て、にこりと笑う。悪いものを何一つ知らないような笑顔だった。
「お目覚めになったのね。お腹はすいてない?」
「おなか……」
とにかく眠気が先にあるので、すいているかどうかわからない。リーリエはまだぼうっとして、マイラの滑らかな頬を見ていた。
「マフィンとお茶があるの」
「……食べます!」
マフィンが何かはわからないが、食べ物だ。リーリエは重い体を忘れて飛び起きた。
「ふふ。リーリエ様は、甘いものがお好きなのね」
「いえ……おいしいものが、好きです」
「そうね、それは私もそう」
彼女が当たり前のように、親しげに話しかけてくるので、リーリエはよくわからなくなってきた。いったい何をしていたのだったか。
なぜ馬車に乗っているのだろう。
どこに向かっているのだろう。
マイラが旅行かばんから美味しそうなお菓子を取り出したので、リーリエは考えるのをやめた。
どうせ言われるままに生きてきたリーリエだ。なるようになるしかない。
「暖かいお茶ではないけれど」
「冷たいのも好きです」
「そう。どうぞ」
マイラは微笑み、水筒からカップに茶を入れて渡してくれた。気をつけながら受け取る。ガタガタと揺れる馬車の中で、つい先日も経験したことだった。
ユーファミアとの道行きは楽しかった。
マイラといるのは、不思議な感じだ。
「あ。……水出しなんですね」
冷めたお茶ではなく、最初から水で出したお茶の味だ。
「おわかりになるのね?」
「はい。おばさ……ユーファミア様と、たくさん飲みました。いろんなお話もして……」
「楽しい旅だった?」
「とても!」
リーリエが強く答えると、マイラは微笑んだ。
「そう。私とも楽しい旅をしてね。ユーファミア様ほど、備えはないのだけれど」
「備え……」
「このマフィンも、道中で手に入れたの。目立たない、地味な色のお店だったけど、とてもいい匂いがして」
「はい! いい匂いがします!」
「そうでしょう? 買わなきゃだめだと思ったのよ」
「正しいと思います!」
マフィンはクッキーよりも膨らみがあって、けれど手のひらに乗るかわいい大きさだ。リーリエはうっとりと眺めた。
きっと美味しい。
けれど食べるのがもったいないくらい愛らしい。
手の上に掲げると、まるい頭の向こうに動く景色が見える。
「素敵です……」
「そ、そう、ね……?」
「ずっとこうしていたいです。食べると、なくなってしまうので」
「まあ」
マイラが思わずというように笑った。
「そうね、なくなってしまうから、覚悟が決まったら食べてね」
「はい……! あ、マイラ様は先に食べてください」
「私はもう食べたの。美味しかったわ」
「そうなんですか……これは、どんなお菓子ですか?」
聞かれて、マイラは一瞬だけ戸惑った。
「食べたことがないのね」
「はい。おばさまにいろいろ頂きましたが、マフィンというのは初めてです」
「そう……。マフィンはねえ、見ればわかるけれど、クッキーよりパンに近くて」
「やわらかいんですね……」
想像するだけでよだれが落ちそうになった。慌てて口をしっかり閉じる。
「でもパンより甘くて、柔らかい……ちょっと違うかしら。柔らかいっていうより、ポロポロしていて」
「ポロポロ」
「くしゅっとして甘いの」
「くしゅっ」
リーリエの胸はくしゅっとして、たまらなくなった。今すぐ食べたい。食べないと死んでしまいそうだ。
でももったいない。
「あ、リーリエ様、もう一つあります」
「ああ……っ!」
我慢する理由がなくなり、リーリエはマフィンの頭に噛みついた。それは簡単に噛み切れる。ふわっ、としかし溶けずに残るふかふかの生地だ。甘さに愛された甘さのための生地だ。
「はふ……」
美味しい。
いつまでも、いつまでも、繰り返し、繰り返し。リーリエは目が覚めてもぼんやりと、その揺れに体を任せていた。
意識がはっきりしてくると、これは馬の歩みだとわかる。4つの足で、一歩一歩。それがニ頭。
馬車を引く馬の歩みが頭に浮かぶ。あれほど骨ばった足であるのに、とても力強く、恐ろしいまでの力を出す。
躍動する体は締まっている。見るだけで重みを感じるそれが、前に、前に進む。世界は進む。リーリエは流れていく景色を見ていた。
ふいに視線をずらすと、愛らしい横顔があった。
「……マイラ様?」
「ああ」
呼びかければ彼女はリーリエを見て、にこりと笑う。悪いものを何一つ知らないような笑顔だった。
「お目覚めになったのね。お腹はすいてない?」
「おなか……」
とにかく眠気が先にあるので、すいているかどうかわからない。リーリエはまだぼうっとして、マイラの滑らかな頬を見ていた。
「マフィンとお茶があるの」
「……食べます!」
マフィンが何かはわからないが、食べ物だ。リーリエは重い体を忘れて飛び起きた。
「ふふ。リーリエ様は、甘いものがお好きなのね」
「いえ……おいしいものが、好きです」
「そうね、それは私もそう」
彼女が当たり前のように、親しげに話しかけてくるので、リーリエはよくわからなくなってきた。いったい何をしていたのだったか。
なぜ馬車に乗っているのだろう。
どこに向かっているのだろう。
マイラが旅行かばんから美味しそうなお菓子を取り出したので、リーリエは考えるのをやめた。
どうせ言われるままに生きてきたリーリエだ。なるようになるしかない。
「暖かいお茶ではないけれど」
「冷たいのも好きです」
「そう。どうぞ」
マイラは微笑み、水筒からカップに茶を入れて渡してくれた。気をつけながら受け取る。ガタガタと揺れる馬車の中で、つい先日も経験したことだった。
ユーファミアとの道行きは楽しかった。
マイラといるのは、不思議な感じだ。
「あ。……水出しなんですね」
冷めたお茶ではなく、最初から水で出したお茶の味だ。
「おわかりになるのね?」
「はい。おばさ……ユーファミア様と、たくさん飲みました。いろんなお話もして……」
「楽しい旅だった?」
「とても!」
リーリエが強く答えると、マイラは微笑んだ。
「そう。私とも楽しい旅をしてね。ユーファミア様ほど、備えはないのだけれど」
「備え……」
「このマフィンも、道中で手に入れたの。目立たない、地味な色のお店だったけど、とてもいい匂いがして」
「はい! いい匂いがします!」
「そうでしょう? 買わなきゃだめだと思ったのよ」
「正しいと思います!」
マフィンはクッキーよりも膨らみがあって、けれど手のひらに乗るかわいい大きさだ。リーリエはうっとりと眺めた。
きっと美味しい。
けれど食べるのがもったいないくらい愛らしい。
手の上に掲げると、まるい頭の向こうに動く景色が見える。
「素敵です……」
「そ、そう、ね……?」
「ずっとこうしていたいです。食べると、なくなってしまうので」
「まあ」
マイラが思わずというように笑った。
「そうね、なくなってしまうから、覚悟が決まったら食べてね」
「はい……! あ、マイラ様は先に食べてください」
「私はもう食べたの。美味しかったわ」
「そうなんですか……これは、どんなお菓子ですか?」
聞かれて、マイラは一瞬だけ戸惑った。
「食べたことがないのね」
「はい。おばさまにいろいろ頂きましたが、マフィンというのは初めてです」
「そう……。マフィンはねえ、見ればわかるけれど、クッキーよりパンに近くて」
「やわらかいんですね……」
想像するだけでよだれが落ちそうになった。慌てて口をしっかり閉じる。
「でもパンより甘くて、柔らかい……ちょっと違うかしら。柔らかいっていうより、ポロポロしていて」
「ポロポロ」
「くしゅっとして甘いの」
「くしゅっ」
リーリエの胸はくしゅっとして、たまらなくなった。今すぐ食べたい。食べないと死んでしまいそうだ。
でももったいない。
「あ、リーリエ様、もう一つあります」
「ああ……っ!」
我慢する理由がなくなり、リーリエはマフィンの頭に噛みついた。それは簡単に噛み切れる。ふわっ、としかし溶けずに残るふかふかの生地だ。甘さに愛された甘さのための生地だ。
「はふ……」
美味しい。
709
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる