『スキルなし』だからと婚約を破棄されましたので、あなたに差し上げたスキルは返してもらいます

七辻ゆゆ

文字の大きさ
1 / 1

『スキルなし』だからと婚約を破棄されましたので、あなたに差し上げたスキルは返してもらいます

しおりを挟む

「アナエル! 君との婚約を破棄する。もともと我々の婚約には疑問があった。王太子でありスキル『完全結界』を持つこの私が、スキルを持たない君を妻にするなどあり得ないことだ」

 貴族たちの集うパーティ会場で、サリオ殿下はそうおっしゃいました。
 わたくしは止めなければと思いましたが、サリオ殿下に近づくことさえできません。

 殿下のスキル「完全結界」の効果です。殿下が許さない限り、誰も近づくことはできない。まさに王にふさわしいスキルです。

「それが殿下の結論なのですね。……残念です」

 わたくしが王妃とならないのであれば、偽りのスキルを持つサリオ殿下が王になることはない。他でもない陛下がはっきりそう、おっしゃったのですから。

「では、そのスキルはお返し頂きます」

 殿下の持つ素晴らしいスキルは、もともとわたくしが差し上げたものです。いつも、信じてくださいませんでしたね。
 そう思いながら、わたくしは事実でもってお伝えするため、サリオ殿下にゆっくりと近づきました。

「何っ!? な……なぜ……」
「殿下の結界が!?」
「なんだ!? どんなスキルだ!?」
「い、いいや、アナエルは『スキルなし』のはずだ!」

 わたくしはため息をつきました。『スキルなし』という侮蔑の言葉。
 スキルのないものは人間ではないとさえ言われる国を変えようと努力してきたのは、殿下の父である陛下です。

「……アナエル嬢のスキルは『スキル付与』だ」
「はっ!?」
「父上!?」

 その陛下が現れ、皆、その場を開けてひざまずきました。
 わたくしも悲しみに襲われながら、唇を噛んで身を引きました。自分の息子を切り捨てなければならない、陛下こそがもっともお辛いのです。

「幼き頃、アナエル嬢はサリオの願いに応えてスキルを与えた。……サリオが、自分にスキルが現れないことを嘆いたからだ」

 そうです。
 わたくしと殿下がまだ仲の良い幼い友人であった頃。サリオ殿下にはスキルが発現していませんでした。
 10歳で発現しなければ、スキルは永遠に発現しない可能性が高いのです。そしてスキルがなければどれほど優れていても、王になるのは難しいでしょう。
 サリオ殿下は傷つき、スキルが欲しいと、誰もが認めるスキルが欲しいと願ったのです。

 友人の願いをわたくしは叶えてしまいました。
 スキルを作り、それを殿下に与えたのです。

 そうして殿下はスキルを手に入れました。
 とても喜んで、わたくしに何度もお礼を言ってくださったのです。

 けれど成長するごとに、わたくしを懐疑的な目で見るようになりました。幼い頃の記憶というせいもあるでしょうが、殿下は自分が本来『スキルなし』だという事実を受け入れられなかったのかもしれません。

「ち、父上ともあろう方が、その女の虚言を信じるのですか。馬鹿馬鹿しい、スキルを付与するスキルなど……」
「事実でなければ、おまえのスキルはどうして消えてしまったのだ」
「消えてなど! この私の生まれ持ったスキル『完全結界』はここに……ここに! な、なぜ、なぜだ!」

 陛下はため息とともに、つぶやくように言いました。

「……私が悪かったのだろう。たとえ偽りのスキルであっても、夫婦で生み出し、扱うのであれば、民を偽っていることにはならぬだろうと考えた。サリオの代わりにアナエル嬢が蔑みの言葉を受けることになったというのに」
「いいえ、陛下。わたくしの望みでございました」

 スキルなしと蔑まれても、わたくしは構いませんでした。
 わたくしのスキルを明らかにするということは、殿下がスキルなしと蔑まれるということです。泣いていた仲良しの男の子のために、自分が犠牲になるくらい構わないと思ったのです。

 ですが。
 殿下は『スキルなし』を侮蔑するようになりました。本当は自分が『スキルなし』だと無意識に理解していて、拒絶しなければ自分を保てなかったのかもしれません。
 けれどどんな理由であれ、そのような王では多くの民を悲しませることになります。平民の多くは『スキルなし』なのです。

「間違っていたのは……わたくしなのです」

「なぜだっ、そんな、嘘だ! この私が『スキルなし』など、ありえない、ありえるはずがない! 私は選ばれた次代の王なのだぞ。ああっ……返してくれ、アナエル、返してくれ!」
「……」

 わたくしは静かに首を横に振りました。

「お願いだ、謝るから、なんでも、なんでもするから、返してくれ、私のスキルを……返してくれぇえええ!」

 悲痛な声が響きます。
 きっとこれから、殿下は苦しい人生を送るのでしょう。あの時わたくしがスキルを発動してしまったばっかりに。







「お疲れのようですね」
「え? いえ、ごめんなさい」

 実際、わたくしは疲れていました。
 わたくしのスキルが『スキル付与』であると公表されたせいでしょう。婚約破棄されたわたくしのもとには、多くの縁談が舞い込んでいました。その中にはわたくしを『スキルなし』と蔑んだ人々もたくさんいます。

 けれどわたくしも家のために結婚相手を探さなければなりません。家と家との関係を思えば、顔合わせもなしにお断りするわけにもいきません。
 もともと好意的に見られることの少なかったわたくしに、多くの男性との顔合わせは疲れるものでした。

 わたくしはひとりだけ、大事な人のためにスキルを作って与えることができます。
 つまり皆、わたくしにスキルをもらいたくて、結婚を望んでいるのです。殿下の『完全結界』は優秀なスキルだと知られていましたから。
 でもわたくしは、望まれるどんなスキルも、その人を不幸にしてしまうように思えてなりませんでした。

 サリオ殿下は今も自分が『スキルなし』であることを認められず、廃人のようにひたすらスキルを発動させようとしているそうです。
 すでに王太子の座は奪われています。外に出ようともしないので、実質的な幽閉状態となっています。

「レイモンド様は、どのようなスキルを望まれるのですか?」

 どうせスキル目当てとわかっているのですから、回りくどく話しても時間の無駄だろうと、わたくしは直接的に聞きました。
 今までの男性は誰もかれも「このように素晴らしいスキルがほしい」とアピールしてきました。わたくしは自分自身にスキルを付与できませんから、すばらしいスキルを考えれば、わたくしの得にもなるとお考えのようでした。

「もし可能ならば『アナエル嬢を幸せにするスキル』が欲しいですね」
「まあ」

 わたくしはつい笑ってしまいました。

「そのスキルでは、本当にわたくしを幸せにすることにしか使えませんよ」
「それで充分です。どんなに優れたスキルでも、大事な人を幸せにするのは難しいでしょう」
「それは……そうかもしれませんね……」

 これほど望まれるわたくしのスキルでは、サリオ殿下を幸せにすることはできなかったのですから。
 それとも他にやりようがあったのでしょうか。

「アナエル嬢と結婚し、アナエル嬢が幸せになるなら、僕も幸せになれます」
「ふふ。ありがとうございます」
「だってあなたは、自分を犠牲にしても、人を幸せにしようと考えられる人なのですから」

 わたくしの後ろ向きな考えと違って、レイモンド様のお言葉はとてもお優しいものです。
 ふと、わたくしは自分が久々に声を出して笑ったことに気づきました。

「嘘でも、そんなことを言ってくださったのはあなたが初めてです。……よろしければ、また会ってくださいますか?」
「ええ、ぜひ。何度でも」

 この人と結婚するのかもしれない。
 わたくしはそう思い、そして、それは実現しました。わたくしのスキルが彼にどのようなスキルを与えたのかは、夫婦の秘密になったのです。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

「そんなの聞いてない!」と元婚約者はゴネています。

音爽(ネソウ)
恋愛
「レイルア、許してくれ!俺は愛のある結婚をしたいんだ!父の……陛下にも許可は頂いている」 「はぁ」 婚約者のアシジオは流行りの恋愛歌劇に憧れて、この良縁を蹴った。 本当の身分を知らないで……。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

義妹に夢中になった王子に捨てられたので、私はこの宝を持ってお城から去る事にします。

coco
恋愛
私より義妹に夢中になった王子。 私とあなたは、昔から結ばれる事が決まっていた仲だったのに…。 私は宝を持って、城を去る事にした─。

結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました

山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」 確かに私達の結婚は政略結婚。 2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。 ならば私も好きにさせて貰おう!!

【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ

山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」 「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」 学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。 シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。 まさか了承するなんて…!!

処理中です...