異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第016話:ポンコツ王女の決断 ※挿絵なし

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 家族皆が、同じモノを食べる。市井の者ですら当たり前にできている小さな幸せを掴めなかったのが、私たちであった。私たちはパンを食べるのに、幼い弟だけは焼いた芋を食べる。父上や母上の辛そうな表情に、私も密かに涙したものだ。だが今宵、私たちはようやく幸福を掴めた。全員が同じモノを食べ、その味を堪能したのである。市井に生きる無名の平民がそれを成し遂げたのだ。

「本当に、帰ってしまうのか?」

 晩餐会の後、カトーは厨房に戻って後片付けをし、そのまま王宮の外に出ようとしていた。私は後を追いかけた。助平であっても良い。無礼も許そう。この男の腕が必要なのだ。私はカトーに、王宮に留まるよう説得しようとした。だがカトーは頑なであった。

「極端な話、私は自分より偉い存在を認められいない人間なのですよ。こんなことを言ってしまったら、不敬罪に問われるかも知れませんがね」

「構わぬ。私が父上を説得する。母上も兄上も、きっと納得してくれるだろう。貴殿の腕が、この王国には必要なのだ!」

「いいえ、違いますよ。私の腕ではなく、私が作る料理が必要なのでしょう? レシピはジョエル料理長に伝えてありますし、料理長なら他の料理もすぐに作れるようになるでしょう。何の問題もありません。それに、私はいずれ王都を離れ、迷宮ダンジョンに行きたいと考えているのです」

「迷宮だと? なぜだ! それだけの腕があれば、料理人として立派に大成できるであろうに、なぜ迷宮になど向かうのだ!」

「……それが、私の〈使命〉だからですよ」

 〈使命〉という言葉を聞いて、私は思い出した。もともと、ユーヤ・カトーは、私と同じ「加護持ち」ではないかと噂されていた。「神の加護」には使命が伴う。超常の力を得る代わりに、成し遂げねばならぬことがあるのだ。ならば止めることはできない。それが、神の御意思なのだから……

 気落ちして部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、兄上のウィリアムが壁に寄り掛かり、腕を組んでいた。

「彼は行ってしまったのかい?」

「はい。引き止めたのですが、自分には〈使命〉があると……」

「〈加護持ちギフトホルダー〉か。恐らく料理に関係することだろう。皆のために、その加護を使わなければならないってところかな。出来ればもう少し、マルコのために料理を作って欲しかったんだが……」

「今宵の料理の作り方は、ジョエルに教えているとのことです。今日も、無理を言って応急に来てもらったのです。これ以上の無理強いはできません」

「……僕に一つ、案がある。父上に相談してみよう」

 私たちは国王陛下の私室へと向かった。




「馬鹿者ッ! なぜ黙って帰したのだ!」

 国王の私室内に、フリードリヒ四世が叱責する声が響いた。ウィリアムは泰然とした表情でその叱責を受け止め、レイラは反駁しようとする。

「ですが父上、あの者は加護持ちで……」

「そのようなことを言っているのではない。あの者は王家のために料理を作ったのだ。それに対してロクに礼もせず、手ぶらで帰したとあっては余の沽券に関わる。褒美として名誉貴族の称号と金品を与えよう。呼び戻して参れ」

 だがウィリアムが一歩踏み出して意見した。

「父上。真にあの者を思うのであれば、何も報いないことが最上の報いでしょう。名誉貴族の称号など与えてしまえば〈王国と繋がりし者〉となり、彼を縛ることになってしまいます。彼の〈使命〉を邪魔してはいけません」

「その〈使命〉とは何だ?」

「判りません。ですが彼は、特定の客を持つことを嫌っているようです。自らの意思で、作りたい料理を、作りたい時に、作りたい場所で、作りたい相手に作る。それが、彼が望んでいることのように思えます。もし報いるのであるならば、その使命を助けるようなものを与えるべきでしょう」

「私も、兄上の意見に賛成です。あの者にとっては、地位も、名誉も、礼儀作法さえも邪魔なのです。もし報いるのであるならば〈勝手免状〉を出してはどうでしょう?」

「〈勝手免状〉だと? だがあれは、余と司法尚書、七大ギルド長すべての署名が必要だぞ?」

 〈勝手免状〉とは「エストリア王国法に反しない範囲で、如何なる商売、仕事も自由に認める」という王国のお墨付きである。人頭税こそ払わなければならないが、関所を通過するための手形や通行税は免除され、国王以外の王族、貴族に対する不敬罪すら問われない。国外への出入りも自由に認める。要するに「好きなように生きて良い」という公式の許認可である。無論、この免状の相続は認められず、一代限りである。天災級魔物の討伐といった、国を超えて任務に当たることが多い「神鋼鉄アダマンタイン級冒険者」に与えられる場合があるが、無論、相当な実績と信用が無ければならない。

「……無理だ。〈勝手免状〉は簡単に出せるものではない」

「レイラは些か、大げさですね。勝手免状など大仰すぎます。手形と通行税の免除くらいで十分でしょう。紙切れ一枚で出せますし……」

 ウィリアムは苦笑しながら、父親の意見に賛成した。そこに、王妃エリザベートが入室してくる。これまでの経緯を簡単に聞かされたエリザベートは、ウィリアムの意見に賛成した。

「あの子が痒がらず、幸せそうに寝ています。この一夜を呉れただけでも、あの者には礼をすべきでしょう。〈加護持ち〉であることを考えたなら、ウィルの提案が一番でしょうね。ただ……」

 エリザベートは夫の隣に座り、メイドが持ってきた茶を啜った。

「……惜しいわね。きっと彼は、マルコが普通に食べられる料理をまだまだ知っているはずよ? 王宮料理人として雇えなくても、たとえば講師として招聘し、作り方を教えてもらうなどできないかしら?」

「もう少ししたら、王都を離れると言っていました。迷宮ダンジョンに向かうとのことです」

「つまりもう少しは王都にいるのよね? その間だけでも、依頼できないかしら?」

「カトーが居る宿は判っていますので、明日、私が訪問してみます」

 レイラの言葉に頷いた母親は、内心では別のことを考えていた。

(いっそ、娘を貰ってもらえるのなら、縁もできるし良いのだけれど……)




「小麦アレルギーか。妾は台所の神ゆえ、医については疎いのじゃ」

「いや、大事だぞ? 俺のいた世界では〈医食同源〉という言葉があってな。食によって病気を予防するという思想だが、個々人の体質によって食も変わる。下戸の奴が無理に酒を飲んでも、身体に悪いだけだ」

「汝の世界とこの世界とでは違うからの。なにせ世界の半分は魔王の支配下じゃ。それ故、東と西との交易が出来ずにおる。文化が混じり合えず、食についても発展しないのじゃ」

「……いま、サラッと重大なこと言わなかったか? 世界の半分が魔王の支配下? 初めて聞いたぞ?」

「当然であろう。汝がいるエストリア王国を含め、人族は世界の広さを知らぬからの。まぁ、神である妾があまり関わるのは良くない。世界を知りたければ、自らの足で周ってみることじゃな」

「いや、神なんだから魔王くらいなんとかしろよ」

「なにか誤解をしておるようじゃの。妾は台所の神であり食を司っておる。魔王や魔族とて、食事はする。つまり彼らもまた、妾の民なのじゃ。まぁ魔王は別の神を信仰しておるので、どうなろうと構わんがの」

「魔神って奴か?」

「〈別の神〉じゃ。そもそも魔神など居りはせぬ。〈悪〉や〈魔〉という言葉は、自分にとって不都合な存在に対するレッテル貼りに過ぎぬ。正義とは〈自分にとって都合が良い〉というだけじゃ。誰かの正義は、誰かにとっては悪になる。正義なぞ、その程度のことよ」

「坊さんの説法みたいだな。まぁいいか。飯作るぞ。リクエストはあるか?」

「ウム。汝がいた世界で人気の料理を所望する。ジローを食わせるのじゃ!」

「……いや、それってつまり〈ラーメン〉だろ?」

 苦笑しながらも、俺は背脂やニンニクを用意し始めた。




 翌日、いつものように屋台でホットドッグを売り捌き、ギルドに寄ってから宿に戻るとレイラ王女が待っていた。王女様なのにフットワーク軽すぎだろと思いながら、宿一階の食堂の片隅に向かい合って座る。共をしている騎士の方々は、宿そのものを封鎖してしまっていた。迷惑なので手短に終わらせよう。

「昨日は本当に世話になった。心から感謝する」

 そう言ってレイラは深々と頭を下げた。俺としては食事を作っただけなのだが、アレルギー持ちの子供を持つ親の気持ちを考えると、嬉しかったのかもしれない。素直に受け取っておく。

「我が父、国王フリードリヒ四世は貴殿の料理にいたく感激されている。諦めていた家族団らんを実現してくれた礼として、関所での手形と通行税を免除するとのことだ。王国内でしか使えないが、旅の役に立つだろう。陛下は、王宮で直々に手渡すことをお望みであったが、貴殿に足労してもらうのもどうかと思い、私が名代として来たのだ」

 巻かれた羊皮紙と銅製と思われるプレートを渡された。関所や街では、訪問目的や身元の確認をされ、税も納めなければならない。その手続で行列ができる。このプレートがあれば列に並ぶ必要なく、素通りできるそうだ。別に税など端金だが、並ばなくて済むのは楽だ。貰っておこう。

「はぁ、まあ有り難く頂きます。これで煩わしい手間も幾つかは省けるでしょうし……」

「うむ。それでだな…… 出立はいつ頃になりそうか?」

「そうですねぇ。まぁ気の向くままと思っていましたが、準備もありますからね。屋台に閉店の張り紙も貼らないといけないし…… 五日後にしましょうか」

「五日…… な、ならせめてその五日間だけでも……」

 俺は右手を挙げて、レイラの言葉を止めた。

「申し訳ありませんが、私はもう王宮で料理はしません。一つの方向性は示しました。あとは料理長たちが研鑽し、新たな料理を生み出していくでしょう。指し示し導くことはしても、背負うことはしません」

 言葉を遮られたレイラは、俯いてしまった。




 やはりダメだ。私は兄上ほど言葉巧みではない。この男を説得することは出来ないだろう。この男は自由人だ。ここで別れてしまうと、もう二度と会えないのではないだろうか。だが、この縁はあまりにも惜しい。なんとか繋ぎ留めておきたい。焦った私は、思わず口にしてしまった。

「な、ならば私も迷宮ダンジョンに行こう!」

 男はポカンとした表情を浮かべた。




「私が共に迷宮に行けば、貴殿の料理を口にできる。それを詳細に手紙に認めて、ジョエルに送れば良い。貴殿は迷宮で仲間集めに苦労せずに済むし、王宮も新たな料理を知ることができる。一石二鳥だ」

 ウンウンとレイラが頷いている。いやいや、なに考えてんだよ、このポンコツ王女は? 百歩譲って一緒に行くとして、なんでアンタが、俺の料理を食べることになってんのよ?

「いや、あの、王女様? 少し冷静になりましょうね? お父さんやお母さんの許可は貰いましたか? それに、白薔薇騎士団はどうするんですか? 貴女は〈殿下〉なんですよ?」

 俺の諭すような言葉に、ポンコツ王女は何事もないように返事をする。

「騎士団は王都の警備隊として正式に組織化すれば良い。父上や母上なら大丈夫だ。お前の好きにせよと言うだろう。兄上はこれで美味い料理が食えると喜ぶだろうし、マルコは別途で手紙を認めて、土産と一緒に送ってやれば寂しがることもないだろう。何の問題もない」

「問題だらけだわっ! だいたい、王女と一緒に旅なんてしたら目立ってしょうがないだろ! 迷宮の後は、王国外に出るかもしれないんだぞ。そこまで付いてくる気か? アホか、アンタ!」

 思わず素でツッコミを入れてしまった。レイラはキョトンとした表情を浮かべ、騎士たちは顔色を変え、一斉に剣を抜いた。

「貴様…… 殿下に対して何たる不敬ッ! 成敗してくれるっ!」

 だが騎士が剣を振り上げる前に、レイラは大笑いを始めた。

「アッハッハッハッハッ! なんだ、ソレがお前の〈素〉か? 丁寧な言葉遣いは、仮面を被っていたという訳か。下手な謙譲よりも、今のほうがずっと良いぞ」

「あぁ……いや、これは殿下に失礼を……」

「レイラで良い。私もユートと呼ばせてもらう。これからは〈冒険者仲間〉だからな!」

 ダメだコイツ。ポンコツ過ぎて言葉が通じねぇ……
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