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第028話:異世界ダンジョンは異世界でした
しおりを挟む空は雲一つなく青々と晴れ渡り、視界には地平の彼方まで続く緑の絨毯が広がっている。微かなそよ風が、その絨毯を動かして影の波を作り出す。気温は25度くらいだろうか。5月中頃の初夏の陽気、バーベキューでもやりたくなる気分だ。
「うーん、やっぱりドム・ダンジョンは清々しいな! 昼寝をしたくなる」
「いやいや、おかしいだろ! 俺たちはダンジョンに入ったはずだぞ? なんで地下に入ったのに草原が広がってるんだよ!」
ドムの街だけではなく、どうやらダンジョンというのは「異空間」らしく、草原ステージや山岳ステージ、海洋ステージなどがあるらしい。それならもっと多様な食材があるのではないかと思ったのだが、どうやらそう簡単ではないようだ。
「見ての通り、ダンジョンは各層が相当に広い。ドムのダンジョンは第一層だけで10キロ四方はある。方位方角を見失わないために「ダンジョン・ビーコン」というものが置かれている。入り口と次の層への出口の二ヶ所だ。ダンジョン・サーチ・マップという地図を使って、出入り口を見失わないように進む」
「……いや、これのどこが地図なんだよ」
手渡された羊皮紙には、何やら複雑な魔方陣が裏面に描かれている。そして表面には、淵一杯まで四角形が書かれていて、緑、青、赤の三つの点がポチッと表示されている。
「青が下層への入り口、赤が上層への出口、そして緑が私たちだ」
「本当に、大まかな方向しかわからないな」
「ダンジョン内の移動は、基本的に徒歩になる。下層に続く道の途中に、地上に転移する魔法陣があるが、一度戻ったらまた第1層から始めなければならない。さらに水の問題もある。浄水を出す魔導具もあるが、値段が高い。ユーヤのような収納袋を持っているならともかく、普通の狩人、冒険者は素材を持って歩くだけでも一苦労なのだ。そのため価格の高い肉や魔石、素材のみを持ち帰る冒険者が多いのだ」
「なるほど。肉なんかは狩人に任せ、冒険者は希少素材を集めることに注力するってわけか。ちなみに、このダンジョンは何層まで攻略が進んでるんだ?」
「第15層と聞いているな。いずれにしても、これまでダンジョンの最下層に辿り着いた冒険者はいない。第10層以降は深層と呼ばれ、超一流の冒険者だけが生きて帰れるそうだ。大抵の冒険者は、第5層から8層あたりで稼いでいる。この第1層はエビル・バッファローが出るが、大きいだけの穏やかな牛だ。こちらから仕掛けない限り、襲われることはない。ほら、あそこにいるぞ」
少し離れたところに、頭に2本の角を生やした大きな牛がいた。のんびりと草を食んでいる。たしかにデカい。アレを倒して解体して肉を持ち帰るとなると、収納袋がなければ一頭分すらキツイかもしれない。だが相当な肉が獲れるだろう。
「ダンジョンに入れるのは中級狩人以上と制限されている。その理由は強さではなく解体技術なのだ。一応、ギルドにも解体専門員はいるが、あの牛をそのまま持ち帰るのは不可能に近い。そのため倒したらこの場で解体し、肉のみを持ち帰るのだ。残った残骸は、ダンジョンが吸収してくれる」
「フムフム、つまり収納袋がある俺たちなら、10頭20頭と持ち帰って、ギルドに解体してもらえばいいわけだな?」
「そういうことだ!」
レイラは頷き、駆け出した。先ほどのエビル・バッファローに急接近し、跳びあがって腰に下げた剣を抜く。一閃で、バッファローの首を斬り飛ばした。ほとんど衝撃がなかったのだろう。牛は立ったまま、絶命している。
「はっ……凄まじいな」
オツムはポンコツでも、さすがは剣姫である。だがレイラは首を傾げていた。手にしていた剣を観て、そしてこちらに顔を向けた。なんか赤くなってるぞ。そして……
「お前を殺して私も死ぬ!」
なんでだよ!
これは一体どういうことだ? 剣士である以上、自分の力量は把握している。あの時、私はエビル・バッファローを仕留めるべく、自重を利用しようとして飛び上がった。だがその必要はなかった。身体のキレ、剣の鋭さが違う。自分の体ではないみたいだ。これが加護の本当の力なのだろうか。
《伴侶たる者の剣》
ち、違うぞ。私は、あんな粗忽な男の伴侶などにはならん! ユーヤの視線を感じる。おのれ、ゲスな欲望で私を視姦しおって! 頬が熱くなっているのを感じる。嫌らしい視線を浴びせられて、私は喜んでいるのか? クッ……違う。私はそんな女ではない。
顔をあげるとユーヤが私を見ていた。この男の慰み者になるくらいならいっそ……
「お前を殺して私も死ぬ!」
そう言って飛び掛かったら、ユーヤはアッサリ逃げ出した。逃がすか!
「あー……疲れた。お前が暴走したせいで、せっかく仕留めたエビル・バッファロー消えちまったじゃねぇかよ! なんだよそのピンクな妄想は……」
「う、うるさいっ! そんなことより、腹が減ったぞ!」
一時間くらい追いかけっこして、ようやくレイラが落ち着いた。事情を聞くと、加護のことを考えていたら暴走したらしい。なにが「伴侶」だ。あと三回りくらい淑やかさを身につけてから妄想しろ。
地面に座って怒鳴っている。まったく色気も何もあったもんじゃない。しかし俺も腹が減ったな。この大草原の中での食事というと、やっぱりバーベキューかな。
さて、バーベキューと聞くと、どんな光景を思い浮かべるだろうか。森林広がる公園の中、あるいはイワナが泳ぐ清流の川辺、あるいは太陽輝く砂浜でのバーベキューを想像するのではないだろうか。炭火の上に網を置いて、カルビやロース、野菜類、エビやイカといった海産物を焼いて、焼肉のタレで食べる。これを「日式バーベキュー」という。
バーベキューの本場である米国は、日式とは全く違うバーべキュースタイルだ。日本では焼肉用の肉を使うが、本場米国では塊肉をそのまま焼く。そして肉以外は焼かない。炭火ではなく薪を使い、蓋つきのバーベキューコンロを使い、燻しながら時間をかけて焼く。これが米式だ。
キャンプ好きの日本人の中には「日式はただの屋外焼肉だ! 本場米国のバーベキューが正しい」と無条件に思い込んでいるバカがいる。本来バーベキューを含めて、料理に正しいも間違いもない。
想像してみて欲しい。早朝に車を出して友人5人で山にキャンプに行きました。食材やビール、テントや寝袋も用意してあります。昼前にキャンプ場に到着し、テントを張り終えるとちょうど昼時となりました。腹も減ってきています。早速、バーベキューを始めます。するとバーベキュー担当が言いました。
「本場米国式を食わせてやる。ドーン! 1キロの塊肉を焼くぞ。出来上がるのは6時間後だ!」
あなたはどう思いますか?
日式バーベキューはキャンプで行うバーベキュー、そして米式バーベキューは「ホームパーティー」で行うバーベキューである。ホームパーティーだから待たせることがない。肉が焼きあがる頃がパーティー開始時間で、その時間に招待客が集まってくるからだ。もしキャンプ場で「焼きあがるまで6時間」とか言おうものなら、周りから総スカンを食らうだろう。
「というわけで、日式バーベキューをやるぞ!」
「……なあ、ユーヤ。さっきから一体、誰に向けて説明しているんだ?」
ツッコミを無視して、バーベキューコンロを召喚した。
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