パドックで会いましょう

櫻井音衣

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コンプレックスの塊

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「今日、楽しかった?」
「すごく楽しかったです」
「そら良かった。今朝はガラの悪いやつに絡まれとったし、小鹿みたいにビクビクしてかわいそうやったもんなあ」

小鹿みたいって……。
それは弱くて小さくて頼りないってことか?
みっともない所を見られたもんだと、いまさらながら恥ずかしい。

「あれは怖かったですよ。でも、そのおかげでねえさんにもおじさんにも会えたし、まぁいいかなって思います」
「前向きやな。ええこっちゃ」

ねえさんは笑いながら、僕の背中をバンバン叩いた。

「いつもそうやってな、背筋伸ばして顔上げとき。ちょっとは男前度が上がるわ」
「男前度……ですか?」
「そう。少なくともな、ずっと下向いてため息ばっかりついてる男よりは、ハッタリでもええから堂々としてる男の方が、アタシは好きやで」

堂々としてる男の方が好き?
そんなことを言われたら、単純な僕は少しでもねえさんに近付けるならと、反り返るほど背筋を伸ばして大股で歩いてしまいそうだ。

「ねえさんがそう言うなら、これからはそうしようかな」
「そうしとき」
「それで少しはモテるようになれば、言うことないんですけど」

少し酔っているせいか、不意に本音がこぼれ落ちた。
ねえさんは笑う。

「なれるなれる。頑張ってアタシが惚れるくらいのええ男になりや」
「どれくらい頑張ればなれるのかなあ……」

思わず呟くと、ねえさんは笑いながら僕の頭をポンポン叩いた。

「そんなこと言うてるようやとまだまだや。そんなん言うてるとこ見ると、アンチャンは恋愛の方もアンチャンやな?」

僕は思わず立ち止まった。
たしかに僕は、恋愛したことも、女性経験もない。
ねえさんから見れば、僕なんてまるきり子供なんだろう。
大人の男なら上手な口説き文句も知っているんだろうけど、僕はそんなハイレベルなスキルは持っていない。
見たままの僕でしかないのが悔しい。
こんなことが僕にとって一番のコンプレックスだなんて、ねえさんは知らない。
何気なく言ったはずのねえさんの一言が、僕には『女も知らないつまらない子供だ』と言われたように聞こえた。

「僕は背も低いし、童顔で子供みたいで、口もうまくないですからね。今まで好きな子がいても、フラれるのが怖くて告白する勇気もなかったんです。恋愛したことも、女の子と付き合ったこともないけど……いけませんか?」

下を向いてこんなことを言う自分が情けなくて、拳を握りしめた。

「ん?アカンことないよ。でもな、背が高いとか見た目がどうとか、そんなことよりもっと大事なことがあるわ」

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