パドックで会いましょう

櫻井音衣

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コンプレックスの塊

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ねえさんは華奢な腕を伸ばして、僕をギュッと抱きしめた。

「もっと自分に自信持て!」


そのあと、駅前で人と会う約束をしていると言うねえさんとは改札口の前で別れ、一人で電車に乗った。
真っ暗な夜の街を走り抜ける電車の窓に写る自分の顔を、思わずじっと眺める。
自信持て、か。
……ヤバイ。
またドキドキしてるよ……。
まさかあんなふうに抱きしめられるとは、思ってもみなかった。
ねえさんは温かくて柔らかくて、いい香りがして、少しだけお酒とタバコの匂いがした。
女の人に……いや、ねえさんに抱きしめられるって、こんなに気持ちいいんだと思った。
ねえさんが抱きしめてくれたのはほんの少しの間だったけれど、僕はどうしようもないくらいドキドキして、ねえさんを思いきり抱きしめたい衝動に駆られた。
だけど僕は拳を強く握りしめて、その衝動を必死に抑え込んだ。
あれはかなりヤバかった。
僕のなけなしの男の本能が、暴れだしてしまいそうだったから。
僕ってホントに、女の人に対しての免疫がない。
こんなんでこの先、彼女なんてできるんだろうか。

今日初めて会った人がこんなにも気になるなんて、自分でもどうしてだろうと思う。
今日一日一緒にいたと言っても、競馬のことを教わったくらいで、それ以外たいした話はしていない。
そう言えば不思議なことに、ねえさんとおじさんは、居酒屋でも競馬の話と世間話くらいしかしなかった。
お互いのことはあまり話さないみたいだ。
それは僕に対しても同じで、どこの出身なのかとか、歳はいくつだとか、どんな仕事をしているのかとか、どこに住んでいるのかとか、それどころか名前すらも聞かなかった。
だから僕も聞かなかった。
今日一日一緒にいたからと言って、特に親しくなったわけでもない。
もしかしたら、もう二度と会わないかも知れない。
また会うかどうかもわからない相手には、深入りしないのかも。
それが暗黙のルールなのかな?


翌日の昼休み。
僕は約束通り、先輩に昼飯を奢ってもらった。
会社のそばの安い定食屋の日替わり定食だ。
安くて速くて量が多くて美味しいから、いいんだけどさ。
先輩は男の後輩にはお金を遣わない主義なんだな。
しかしイケメンと言うのは、安い定食屋で焼き魚を食べているだけでも絵になるもんだ。
男はやっぱり見た目か?

「先輩、身長何センチあるんですか?」
「身長?182やったかな」

182もあるんだ……羨ましい。
一体何を食べればそんなに大きくなれるんだろう?

「なんや、急に」
「背が高くていいなぁと思って」

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