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私の主人、うっかりされる

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シニフェ様の謎の告白から3年程経ちました。
ある日、私は家で父上と母上とそろって夕食を食べている際に父が話を始めました。
「先日、侯爵様よりエノームの事でお褒めいただいたよ」
「まぁ本当に?恐れ多いことですね。なんとおっしゃっていただいたんですか」
「最近シニフェ様が非常に落ち着かれていて、成長されたそうだが、それがエノームやプラン様が自分が間違った事をしようとすると止めてくれるお陰だというのだ。始めはそんな滅相もないことをしているのかと冷や汗がでたのだが、侯爵様は『自分を諌めてくれるそっきんは何よりも大事なものだ』と評価して下さった。おまけに『私から見ても2人はとても良くシニフェを支えてくれていると感じる』とまで言っていただいた!」
父上はよほど嬉しかったのでしょう、興奮して立ち上がります。
母上もそれを聞き、手を叩いて喜んでいました。この夫妻は本当にグランメション侯爵家が好きすぎるようです。

さて、シニフェ様はというと、クーラッジュと関わらないようになってから、ご自分がクラスで遠巻きにされている事に気がつきました。クーラッジュに対して高圧的な事をされていたせいもございますが、実はシニフェ様は人見知りの気があり、自分から積極的に話をされようとなさらなかったのが原因です。

高位貴族であるため、周囲はシニフェ様から話しかけられなければ話をすることはマナー上許されませんし、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている時などは私やプランであっても縮退してしまいます。
お生まれを考えればむやみやたらに人に囲まれるのはある種危険も増えますので、無駄に媚を売る必要もないと私は思っていましたが、本人が周りにとけ込みたいとおっしゃるのであれば話は別です。

私とプランは意識的に近くにいる級友達に対し何気なく話しかける機会を作ったり、あえて目立つ場所で屈託なく私たちとお話するようにしたりとするうちに遠巻きにしていた同級生もシニフェ様に対して普通に話しかけるようになってきました。
また、練習した笑顔が徐々に板について来たようで、とても柔和な雰囲気となっていたのも相乗効果だったと思います。侯爵夫人に良く似た見目麗しさと、時折見せる艶やかな笑顔によってシニフェ様に見蕩れる生徒が男女ともに出て来ている程で、私はなんだか不安になります。
人好きのする表情に加え、悪役じゃなくなる決意をしてからのシニフェ様は身分差を気にされなくなったことも周囲に与える印象は大きいようで、誰に対しても同じように接する人柄で人気はうなぎ上りとなってしまっています。

私がそんな事を考えていると、母上も思い出したように言いました。
「そう言えば、シニフェ様もそうですけどあなた方も随分変わりましたね」
「そうでしょうか」
「ええ。プラン様はとてもスッキリされましたし、あなたも猫背が治って姿勢が良くなりました。それにいつも地味なお洋服を着ていたのがいつの間にか年相応流行に乗っ取った物を身につけるようになってますし。とても良い事と思いますよ」
「そうだな、エノームはせっかく背が高いのだからきちんとすればとても見栄えが良い。シニフェ様のお隣に立ってもこれならご迷惑にならないだろう」
ご迷惑…、私が不格好ではシニフェ様にご迷惑がかかるーー確かに、一番そばに居る人間がみっともない様ではその上の人間もたかが知れてしまいます。
今まで服なんて着られれば何でも良いと思っていましたが、なるほどプランの意図していたのはそう言った事だったのですね。
「実は今まで、シニフェ様より背が高いのが申し訳なく思っていたんです。ですがシニフェ様から『エノームはせっかく背が高いのだからきちんと伸ばせ。3人組として『のっぽ』は重要なキャラ付けだ』と言われました。服はプランのところへ行って3人で選んでいます」
「まぁ、楽しそうね」
「はい」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「エノームは背が高くて良いなぁ。俺はちっとも伸びない。牛乳飲んでるし良く寝ているのに」
私の隣に立っていたシニフェ様は自分の頭の高さに手を当てて、私の鼻先であることを測るとしょんぼりされました。
「まだまだ、これからじゃないでしょうか」
「んー、どうだろう?ゲームでも俺は小柄だったしなぁ。ちびで華奢、いかにもな小心者キャラだよ。身長にコンプレックスを持っていたような台詞もあったし」
「でしょうか・・・。そういえば、私とプランもゲームのままでしょうか」
「俺たち3人はのっぽとデブとちびの3人組だね。あ、プランは最近痩せたから変わってきてるかも。エノームも背は高いのは同じだけど、もっとガリガリ、骨だけって感じ?」
「ならシニフェ様も変わるかもしれませんよ」
「どうだろ~?」
ふふっと小さく笑う横顔はとても穏やかなものです。シニフェ様の肌は白磁のように滑らかで、光を受けてもなお毛穴や肌の荒れも見えません。

先日、クラスの男子生徒が放課後に集まって『学園一の美人は誰か』というとても下らないけど、年齢に見合った話をしているのを目にしました。姉が社交界の花と呼ばれている伯爵令嬢や近衛隊長の一人娘の名も挙がっていく中、誰かが『性別を無視して顔で考えるならシニフェ様が学校で見るどの令嬢よりも綺麗だ』と呟くと、その場にいた全員が頷いておりました。
その状況を遠くから見ていた私は、慌ててプランに相談しました。
「これからはそういった面でもシニフェ様をお守りしなければなりませんね」
けれどもプランは特に驚いきもしません。
「んー、たしかに上級生もシニフェ様をそういったよこしまな目で見てる人多いよねぇ。女の子なんかは僕に『シニフェ様が使ってらっしゃる化粧品と同じのを売って頂戴!』とか言ってくるし。おっかしいよね~シニフェ様は化粧品や香水なんて使ってないのに」
「そんな悠長な。何かあってからでは」
「大丈夫でしょう~。だってシニフェ様は魔法だってエノームと同じくらい出来るし、体術だって僕くらい出来るし剣技だって・・・あっ!」
「どうした?」
「そう言えばこの間クーラッジュに聞かれたんだ」
「何をです?クーラッジュについてはもうほとんど、それこそクラスメイトとしてすら最低限の付き合いしかないはずでしょう」
「うん。そーなんだけどねぇ『グランメション様は何故急に僕を避けるようになったのでしょうか』って」
「おかしな事を言う人ですね。避けると言うか・・・普通嫌味を言われなくなってほっとするべきではないでしょうか?」
「ねぇ~。わっけわかんないよね」

ここで私とプランはクーラッジュの言葉の意味をきちんと考えておくべきだったのかもしれません。


そんな日々を送っていた中で、シニフェ様のお部屋で勉強をしていると、静まった空気にぽつりとおっしゃられました。
「エノーム・・・プラン・・・聞いてくれ。あと2年、2年で俺の人生の転落が始まる・・・」

シニフェ様はテーブルに両肘を乗せ、組んだ指の上に小さなお顔を乗せながら絶望されている。
青い顔をされているシニフェ様とは対照的にプランは鶏肉をモリモリ食べています。昔はお菓子でしたが、ダイエットをしようと提案したシニフェ様より『どうせ食べるならささみにしなさい!ムッキムキになって俺と共に戦うのだ』と言われ鳥のささみ肉を食べるようになったのです。
シニフェ様はなにと戦われるつもりなのかは存じません。

私の疑問をよそに、そのささみ肉のお陰なのかプランがきちんと鍛えているからかは想像するしかないのですが、見事にプランは筋肉系の男となり始めております。そんな筋肉を見たシニフェ様は「いいなー!マッチョいいなー!」と目をキラキラさせていらっしゃいました。
マッチョとは何かよく分からないけれど、そのはしゃいでいるご様子はお可愛らしいものでした。

「シニフェ様はよく転落といいますが~、グランメション侯爵家が滅亡するわけないと思いますよぉ」
「はい。私もそう思います。侯爵家が滅亡する時はこの国自体が終わると思います」
「何を言っているんだ。魔王を生み出した戦犯が生き残れるわけないだろう!」
「シニフェ様、そのお話を伺って私なりに調べてみたのですが」
「おっ、さすが学年首席のエノームだ。賢いな!褒めてつかわす~このチョコレートをあげよう」
「はっ、ありがとうございます。ーー調べましたところ、『魔王』という存在は確かに1000年前にはいたようなんです」
「ほらほらほら~。知ってるー。で、俺の父様が解いちゃうんでしょ?封印を」
「それで、その封印なんですけど、公爵家が関わっているようなのです。ベグマン公爵の祖先が封印をしたそうです」
私が調べた事を伝えると、まずプランが反応をしました。
「あれ?ベグマン公爵って、同じ学年のラーム・ベグマン公爵令嬢の御宅?」
「ええ、あの大人しい公爵令嬢です。もともと神官等の家系のようですね」
そういうと、シニフェ様は先ほどよりも更に顔を青白くされました。
元々色の白い方ですが、そのお顔色は蒼白という程で見ているこちらが息を飲んでしまうほどです。
「シニフェ様・・・?なにかお心当たりが?」
「・・・忘れてた」
「「なにをですか」」
「ラーム嬢はゲームのヒロインだ」
「「はぁぁぁ!!?」」


シニフェ様は随分しっかりされました。しっかりされたけれど、うっかりされる事もままございます。
今回は明らかにうっかりが発揮された事案です。
「ヒロインを忘れるとは・・・なんというか、さすがですね」
「そー言うなよー。だってゲーム上では弱かったしパーティに入れてなかったんだよぉ」
また意味の分からない事をおっしゃって。まぁ杞憂というか思い違いであればそれに越した事はございませんが…。
シニフェ様が困るような事も、グランメション侯爵家に降り掛かる災いなんぞもないのが一番です。
「はぁ、ヒロインということはクーラッジュの相手となるんですね」
「そう。あとなんか、俺もラーム嬢が好きって感じだった」

ん?
今、シニフェ様は何と仰ったのでしょう。少し聴覚異常になったようです。
ラーム嬢を好き?誰が?
「シニフェ様が?ラーム嬢を?」
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