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私の主人、お断りされていた
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思いも寄らない発言に、私の頭は真っ白になっていました。
その日、どうやって帰ったのかも良く覚えていません。当家の馬車に乗って帰って来たのだと言うのは分かるのですが、気がつけば自室のベッドに横になっていました。
「シニフェ様がラーム嬢をお好き…」
独り言を呟きながら、頭の中でシニフェ様がラーム嬢に微笑みかけている光景が自然と浮かべてしまい、何度振り払っても離れてくれません。しっかりしなさい、と自分の頬を叩いて意識を正そうとしてもその嫌な考えは離れないのです。
「嫌?」
と、自分の思考が不思議で再び独り言を零すとこれまで分からなかった感情が少し整理された気がしました。
私はシニフェ様が自分やプラン以外の人間に好意を持つのが嫌なのです。
なんて勝手な人間なんでしょう。幼少のみぎりからお側にいさせていただいたにも関わらず、幸せではなく自分本位な感情を持つなんて。こんな一方的な考えをしていることが誰かにバレてしまっては、お側にいさせてもらえなくなってしまうでしょう。
「私はあの後どうしたのでしょう。取り乱したりしていなければ良いですが」
自分一人しかいない部屋の中での自分自答は、暗い闇の中に吸い込まれていき誰も答えてくれません。
失礼な事をしていなければ良いですが、明日プランに確認しましょう。
寝返りをして、眠気を無理に呼び寄せるために眼を閉じて朝を待ちわびました。
◆◆◆◆◆◆
「エノーム様、こんなお時間にいらっしゃるのは珍しいですね」
まんじりともせず朝を迎えたものの、自分が何かを仕出かしたのではないか気が気でなくなってしまい、習慣であるシニフェ様の家に行く事も出来ずに家に居た私に、ガスピアージェ家の執事であるキャブルが声をかけてきました。
「…そうですね。いつもでしたらこの時間は家を出ていますね」
「物心ついてからほとんど、それこそ毎朝グランメション家に呼ばれておいででしたからね。私どもとしては、ご自宅で過ごされる時間がないので少々寂しいものですが」
キャブルはハンカチを目頭に当て嘘泣きのフリをしながらそんな事を言っています。
言われてみれば、私は自分の部屋にいる時間よりも圧倒的にシニフェ様のお部屋に滞在する時間の方が長いですし、両親よりもシニフェ様とプランと過ごす時間の方が多いでしょう。
キャブルの言う通りこんな日は珍しいです。でもたまにはこんな日があっても良いのかもしれません。
もう私たちも成長してきて、ずっと3人でベッタリし続けられるものでもないでしょうし、一緒に居る時間が長過ぎたことで私の身勝手な感情がーー
「とはいえ、本日は久々に来ていらっしゃいますよ」
「はい?」
「グランメション家のお呼出の馬車です」
と、キャブルは私を玄関ホールまで連れて行き、車止めに止めてある慣れ親しんだグランメション家の馬車を示しました。
馬車の中には既にプランが乗っており、いつもと変わらない笑みで私を待っていました。
「おはよ~」
「おはようございます」
眠そうなプランはそう言って、ドアを閉めるといつもと同じように話をし始めてくれました。
「昨日の話はびっくりしたよねぇ」
「ベグマン公爵令嬢のことですよね。ーーあのう、プラン変なことを聞きますが」
「なーに?」
「私、昨日どうやってグランメション邸を後にしたのでしょうか」
と言うと、プランは一瞬真顔で私の顔をジッと見つめて、そして吹き出しました。
「ぶっふぅ!何、何で?記憶はなくなっちゃってるの?シニフェ様の件、そんなにショックだったの!?大丈夫大丈夫、口数が少なくなってただけだって!」
「いっいえ別に教えていただけなかった事がショックだったのではなくっ」
では何が起きたのでしょう。
予想外の事だったのが衝撃的で目の前が真っ白になったのでしょうか。自分の事ながらわかりません。
「ないない。だってあの後シニフェ様も真っ赤になっちゃってそのまま帰ったじゃない」
「そうでしたっけ」
プランが教えて下さった事はまるきり記憶から抜け落ちていました。
「1回も話した事がないって言ってたし接点なさ過ぎて好きも何もないでしょうに。親同士だって、ほらグランメション家はさ」
「ですね。王家とは決して縁続きにならないことをこの国の建国の時から信条にしておりますしね」
「だからエノームが心配するような事ないって!」
「しっ、心配などっ!!」
と立ち上がろうとしたところで、馬車が目的地に到着してしまいました。
けれども、何事もなくおかしな振る舞いをしてしまってもおらず安堵しながら、シニフェ様をお迎えに上がりました。
◆◆◆◆◆◆
「おはよう!お前達。昨日の話は、誤解するなよ!」
お部屋にプランと私が到着するなり、シニフェ様はそう叫ばれました。
誤解?
プランと私は打ち合わせてもいないのに同時に首を傾げていると、シニフェ様が続けられました。
「あれだ、あれ。ラーム嬢との件だ!あれは『ゲーム』のシニフェの話であって、俺ではない。そこのところはきちんと分けて同一視しないよーに!!」
「ああ~。しませんよぉ。だって昨日も聞きましたけど、シニフェ様ってべグマン様と仲良かったでしたっけ?」
プランの素朴な疑問に、改めて思い返しましてもお2人が会話されている記憶は全くございません。
「1回も話した記憶がない!あれ?俺あの学校に10年くらい通っているよね??同学年で会話した事ないとかって有り得るの?俺まだ嫌われ者なの?」
ハッとしたようにそう仰るので、いつものように答えさせていただきましょう。
「ありえると言えばありえますね。公爵家なので、爵位だけで言えば唯一シニフェ様よりも上の方となりますし、クラスも異なりますので接点は少ないかもしれません」
「でもぉ、べグマン公爵家って・・・あれよね」
「そうですね」
「な、なに、2人とも。怖いんだけど」
「こんな事を申し上げるのは不敬ですが、ここだけの話、かなり財政的には厳しいようですね。政治的・経済的影響力は皆無です。対してグランメション侯爵家は政治の中枢に陣取っておりますし、経済界への影響力も莫大、資産も王家よりも持っている金持ちです。権力として考えればグランメションの圧倒的な勝利でしょう」
「けっこう多いんですよねぇ。爵位はあるけど資産が乏しい家というのは。グラン商会でも取引する際には爵位じゃなくて支払い能力で判断します。資産とか過去の実績とか」
しみじみ呟くプランはさすが、商会の息子というしかない。
爵位があっても台所事情が厳しい家というのは噂となる。それが高位の家柄であればある程噂は広がり易い。金がない等と言う恥ずべき事を公爵家は一刻も早く改善させたいと思っているに違いない。
穿った考えですが『ゲーム』のシニフェ様がラーム嬢に好意を持ったのだとすれば、幸いな事に子供同士が同じ学年であるなら、顔合わせもすぐに出来るので、婚約の話が出始めれば滞りなく進んでしまうでしょうし侯爵家ではこれ以上ない話でしょう。
シニフェ様が、婚約。なんでしょう、やっぱり変な感じがします。
「・・・そういえば、シニフェ様はこれまでご婚約等のお話は出た事がなかったのでしょうか。グランメション侯爵家であればそれこそ生まれた時から相手がいても可笑しくなさそうですが」
私が聞かされていなかっただけだったらと考えると息がつまってしまいそうです。上手く言えないですがとんでもなく悲しくなってしまいそうです。
「ああ~、それかぁ。実はな、昔はいたんだよ。遠くの国の王族だとかいうのが。でも1回も会わないでなんか立ち消えになって、その後もポツポツ出て来ては消えていたなぁ。それから俺の記憶が戻ってからは、俺が断ってたり向こうからお断りってなってて今はいない」
「何故断ってらしたんですか?」
「だって考えてもみろよ。俺は『処刑される悪役』なんだよ。結婚相手も巻き込んで処罰されるかもしれないじゃない。そんな可哀想な境遇にする人なんて出来るだけいない方が良いじゃないか」
そう言ったシニフェ様の顔は眼を閉じ、顔を背けて少し無言になりました。
しかし、すぐにこちらを向かれました。
「ーーごめん、見栄はった。本当のところ、この2・3年は相手から断られてる。なんでなんだ。俺がチビだからか?!貧弱だからか?性格が悪いって思われてるのか?それは昔の事なのになぁ!!・・・っと、話が変わっちゃった。まぁ、実際のところ俺はラーム嬢に興味はないし、むしろ見ていても全く惹かれないから、ぜひクーラッジュと結ばれて幸せになって欲しいと思う!」
令嬢側から断られる?そんなはずはありません。
昔ならいざ知らず、今のシニフェ様はご気性も、能力も、それに見た目も全く問題ないはずだ。周囲の声を聞いても悪い事なんて全く耳にしないし、将来は立派な当主になるだろうという声も頻繁に耳にします。
こんなに努力されているシニフェ様を蔑ろにする令嬢達は目と頭が腐っているのかもしれません。
その日、どうやって帰ったのかも良く覚えていません。当家の馬車に乗って帰って来たのだと言うのは分かるのですが、気がつけば自室のベッドに横になっていました。
「シニフェ様がラーム嬢をお好き…」
独り言を呟きながら、頭の中でシニフェ様がラーム嬢に微笑みかけている光景が自然と浮かべてしまい、何度振り払っても離れてくれません。しっかりしなさい、と自分の頬を叩いて意識を正そうとしてもその嫌な考えは離れないのです。
「嫌?」
と、自分の思考が不思議で再び独り言を零すとこれまで分からなかった感情が少し整理された気がしました。
私はシニフェ様が自分やプラン以外の人間に好意を持つのが嫌なのです。
なんて勝手な人間なんでしょう。幼少のみぎりからお側にいさせていただいたにも関わらず、幸せではなく自分本位な感情を持つなんて。こんな一方的な考えをしていることが誰かにバレてしまっては、お側にいさせてもらえなくなってしまうでしょう。
「私はあの後どうしたのでしょう。取り乱したりしていなければ良いですが」
自分一人しかいない部屋の中での自分自答は、暗い闇の中に吸い込まれていき誰も答えてくれません。
失礼な事をしていなければ良いですが、明日プランに確認しましょう。
寝返りをして、眠気を無理に呼び寄せるために眼を閉じて朝を待ちわびました。
◆◆◆◆◆◆
「エノーム様、こんなお時間にいらっしゃるのは珍しいですね」
まんじりともせず朝を迎えたものの、自分が何かを仕出かしたのではないか気が気でなくなってしまい、習慣であるシニフェ様の家に行く事も出来ずに家に居た私に、ガスピアージェ家の執事であるキャブルが声をかけてきました。
「…そうですね。いつもでしたらこの時間は家を出ていますね」
「物心ついてからほとんど、それこそ毎朝グランメション家に呼ばれておいででしたからね。私どもとしては、ご自宅で過ごされる時間がないので少々寂しいものですが」
キャブルはハンカチを目頭に当て嘘泣きのフリをしながらそんな事を言っています。
言われてみれば、私は自分の部屋にいる時間よりも圧倒的にシニフェ様のお部屋に滞在する時間の方が長いですし、両親よりもシニフェ様とプランと過ごす時間の方が多いでしょう。
キャブルの言う通りこんな日は珍しいです。でもたまにはこんな日があっても良いのかもしれません。
もう私たちも成長してきて、ずっと3人でベッタリし続けられるものでもないでしょうし、一緒に居る時間が長過ぎたことで私の身勝手な感情がーー
「とはいえ、本日は久々に来ていらっしゃいますよ」
「はい?」
「グランメション家のお呼出の馬車です」
と、キャブルは私を玄関ホールまで連れて行き、車止めに止めてある慣れ親しんだグランメション家の馬車を示しました。
馬車の中には既にプランが乗っており、いつもと変わらない笑みで私を待っていました。
「おはよ~」
「おはようございます」
眠そうなプランはそう言って、ドアを閉めるといつもと同じように話をし始めてくれました。
「昨日の話はびっくりしたよねぇ」
「ベグマン公爵令嬢のことですよね。ーーあのう、プラン変なことを聞きますが」
「なーに?」
「私、昨日どうやってグランメション邸を後にしたのでしょうか」
と言うと、プランは一瞬真顔で私の顔をジッと見つめて、そして吹き出しました。
「ぶっふぅ!何、何で?記憶はなくなっちゃってるの?シニフェ様の件、そんなにショックだったの!?大丈夫大丈夫、口数が少なくなってただけだって!」
「いっいえ別に教えていただけなかった事がショックだったのではなくっ」
では何が起きたのでしょう。
予想外の事だったのが衝撃的で目の前が真っ白になったのでしょうか。自分の事ながらわかりません。
「ないない。だってあの後シニフェ様も真っ赤になっちゃってそのまま帰ったじゃない」
「そうでしたっけ」
プランが教えて下さった事はまるきり記憶から抜け落ちていました。
「1回も話した事がないって言ってたし接点なさ過ぎて好きも何もないでしょうに。親同士だって、ほらグランメション家はさ」
「ですね。王家とは決して縁続きにならないことをこの国の建国の時から信条にしておりますしね」
「だからエノームが心配するような事ないって!」
「しっ、心配などっ!!」
と立ち上がろうとしたところで、馬車が目的地に到着してしまいました。
けれども、何事もなくおかしな振る舞いをしてしまってもおらず安堵しながら、シニフェ様をお迎えに上がりました。
◆◆◆◆◆◆
「おはよう!お前達。昨日の話は、誤解するなよ!」
お部屋にプランと私が到着するなり、シニフェ様はそう叫ばれました。
誤解?
プランと私は打ち合わせてもいないのに同時に首を傾げていると、シニフェ様が続けられました。
「あれだ、あれ。ラーム嬢との件だ!あれは『ゲーム』のシニフェの話であって、俺ではない。そこのところはきちんと分けて同一視しないよーに!!」
「ああ~。しませんよぉ。だって昨日も聞きましたけど、シニフェ様ってべグマン様と仲良かったでしたっけ?」
プランの素朴な疑問に、改めて思い返しましてもお2人が会話されている記憶は全くございません。
「1回も話した記憶がない!あれ?俺あの学校に10年くらい通っているよね??同学年で会話した事ないとかって有り得るの?俺まだ嫌われ者なの?」
ハッとしたようにそう仰るので、いつものように答えさせていただきましょう。
「ありえると言えばありえますね。公爵家なので、爵位だけで言えば唯一シニフェ様よりも上の方となりますし、クラスも異なりますので接点は少ないかもしれません」
「でもぉ、べグマン公爵家って・・・あれよね」
「そうですね」
「な、なに、2人とも。怖いんだけど」
「こんな事を申し上げるのは不敬ですが、ここだけの話、かなり財政的には厳しいようですね。政治的・経済的影響力は皆無です。対してグランメション侯爵家は政治の中枢に陣取っておりますし、経済界への影響力も莫大、資産も王家よりも持っている金持ちです。権力として考えればグランメションの圧倒的な勝利でしょう」
「けっこう多いんですよねぇ。爵位はあるけど資産が乏しい家というのは。グラン商会でも取引する際には爵位じゃなくて支払い能力で判断します。資産とか過去の実績とか」
しみじみ呟くプランはさすが、商会の息子というしかない。
爵位があっても台所事情が厳しい家というのは噂となる。それが高位の家柄であればある程噂は広がり易い。金がない等と言う恥ずべき事を公爵家は一刻も早く改善させたいと思っているに違いない。
穿った考えですが『ゲーム』のシニフェ様がラーム嬢に好意を持ったのだとすれば、幸いな事に子供同士が同じ学年であるなら、顔合わせもすぐに出来るので、婚約の話が出始めれば滞りなく進んでしまうでしょうし侯爵家ではこれ以上ない話でしょう。
シニフェ様が、婚約。なんでしょう、やっぱり変な感じがします。
「・・・そういえば、シニフェ様はこれまでご婚約等のお話は出た事がなかったのでしょうか。グランメション侯爵家であればそれこそ生まれた時から相手がいても可笑しくなさそうですが」
私が聞かされていなかっただけだったらと考えると息がつまってしまいそうです。上手く言えないですがとんでもなく悲しくなってしまいそうです。
「ああ~、それかぁ。実はな、昔はいたんだよ。遠くの国の王族だとかいうのが。でも1回も会わないでなんか立ち消えになって、その後もポツポツ出て来ては消えていたなぁ。それから俺の記憶が戻ってからは、俺が断ってたり向こうからお断りってなってて今はいない」
「何故断ってらしたんですか?」
「だって考えてもみろよ。俺は『処刑される悪役』なんだよ。結婚相手も巻き込んで処罰されるかもしれないじゃない。そんな可哀想な境遇にする人なんて出来るだけいない方が良いじゃないか」
そう言ったシニフェ様の顔は眼を閉じ、顔を背けて少し無言になりました。
しかし、すぐにこちらを向かれました。
「ーーごめん、見栄はった。本当のところ、この2・3年は相手から断られてる。なんでなんだ。俺がチビだからか?!貧弱だからか?性格が悪いって思われてるのか?それは昔の事なのになぁ!!・・・っと、話が変わっちゃった。まぁ、実際のところ俺はラーム嬢に興味はないし、むしろ見ていても全く惹かれないから、ぜひクーラッジュと結ばれて幸せになって欲しいと思う!」
令嬢側から断られる?そんなはずはありません。
昔ならいざ知らず、今のシニフェ様はご気性も、能力も、それに見た目も全く問題ないはずだ。周囲の声を聞いても悪い事なんて全く耳にしないし、将来は立派な当主になるだろうという声も頻繁に耳にします。
こんなに努力されているシニフェ様を蔑ろにする令嬢達は目と頭が腐っているのかもしれません。
応援ありがとうございます!
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