悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第一部

53.お願い、間に合って……っ!

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 私は少しの間考えてお母様にお願いした。

「一つだけ、約束してほしいことがあるの」
「んー、内容によるわね。教えてくれる?」
「ルアのことを、絶対に傷つけないで」
「…………」

 ルアは〈黒竜の末裔〉だ。
 私はルアの全てを知らないから、傷つけられたことにより過去のトラウマを思い出して力が……だなんて展開になると困るのだ。
 それに、ルアはまだ警戒している。
 ここが危険な場所と判断すると、未来に影響が出る。
 それだけは避けなければならない。

「わかったわ。〈精霊の愛子〉フェーリ・リンドールの名のもとに、あなたの要求を受け入れます」

 私はほっと息をつく。
 だが、それも束の間。

「だから剣を下ろして、ディール」
「!?」

 見ると、怒りマックスの笑顔で剣を取り出し剣先をルアに向けているお父様の姿が!

―――えっ、嘘、お父様!? やばいやばいやばいやばい!!

 お父様はこの国の騎士団の団長だ。
 剣も物理も魔法もいけるとても強い人である。
 超硬い魔力封じの枷をつけても力技で破壊して相手を殺《や》りにくるお父様。
 味方だと頼もしい……が、敵だとこの世の終わりを悟ってもおかしくない。

―――お父様が本気を出したらルアが死んじゃうよ!!

 お父様が踏み込むのと同時に、私はいくつもの魔法を発動させた。

―――【防御】【隠蔽】【結界】【補強】【複製】!

 防護結界を幾重にも重ねるが、壊されても不思議じゃない。
 それぐらい、お父様は強い。

―――お願い、間に合って……っ!

 ぎゅっと目を瞑り、力を振り絞る。
 目の前に広がる光景がどのようなものか想像したくなくて、見たくなくて、恐怖で全身が震える。
 だが心配する必要はなかった。
 次の瞬間、お母様がある言葉を紡いだ。

「ローサ、リリィ」

 それは、花の名前。
 気高い真紅の薔薇と、無垢な純白の百合。
 けれど、お母様が意味するのは花の名前ではなく〈精霊〉の名前だ。

「大丈夫よ、ユリアーナ」

 お母様にそう言われて、私は恐る恐る目を開けた。
 すると―――

「……、……っ!?」

 そこには植物によって動きを止められたお父様と、信じられないものを見る目をしたルアがいた。

「ごめんなさい、ユリアーナ。少し怖い思いをさせてしまったわね。あとでお父様にはちゃんと言っておくから、安心して」

 お母様は私の頭を優しく撫でた。

「お母様はお父様みたいに乱暴しないし、怒ることもしないから、あの子のことを教えてくれる? ユリアーナ」

 お母様はおっとりとした声でそう言うが、私はお父様が今にも植物の蔦《つた》などを引きちぎってルアを傷つける気がして、不安で仕方がない。
 しかもお父様の目がヤバい。

―――『殺す』って目をしてる。

 ……怖い。
 怖くて気が気じゃいられない。
 そんな私の気持ちを感じ取ったのか、お母様が「ディール」とお父様を呼んだ。

「殺気を抑えて。ユリアーナが怖がってる」
「……だが、フェーリ」
「いいから。やめてって言ってるの」
「……」

 お父様は渋々剣をしまう。
 植物による拘束は解かれない。
 多分、拘束したままじゃないと私が安心できないのだと思ったのだろう。

「これで教えてくれる?」

 私は頷くと、落ち着いて話した。
 いつお父様がルアに攻撃するかわからないが、お母様がひとまずお父様の激情を鎮めてくれたので、さっきよりも緊張が解けた。
 それに、お母様の植物の拘束があれば、今のお父様にルアに攻撃することはできないだろう。
 だってお母様は、から。

「ルアは……あ、えっと、ルアって名前なんだけど」
「うん」
「私の護衛として、従者にしてほしいの」

 周りにどよめきが起こるが、お母様は「あら、そうなの」と言った。
 何も驚いていない。
 不思議だ。

「ルアは、すごく強いの。誰かのために戦うことができる子なの。だから認めてほしい、です」

 私なりに伝えたつもりだ。
 だが、お父様は認める気がないらしい。

「そんなやつを大事なユリアーナのそばに居させるものか!」
「っ……」
―――やっぱり、無理なのかな……。

 公爵家の私が、ルアを従者にする。
 それを聞いて人が思うのは二択。

 ルアをとても強いと思うか。
 リンドール公爵家が落ちぶれたと思うか。

 金がない、だから平民を護衛にする。
 そう、捉える人は少なくない。
 世間体は重要だ。
 だから簡単に人を雇うわけにはいかない。
 信用と、実力があって成り立つ。
 それが貴族の世界だ。

「一つ教えて、ユリアーナ」

 お母様が私に聞いた。

「あなたがこの子を望むのは何故?」
―――私が、ルアを望む理由……。

 そんなの、一つしかない。
 未来の読者時間確保のため?
 安心安全に暮らすため?
 ううん、それもあるけど、違う。

「―――ルアが私を守ると言ったから」

 ルアは、私を守ると言った。
 私はそれを信じるだけだ。



――――――

補足/
 リンドール家は代々騎士団に所属し、騎士団長に就任することが多くあります。リンドール家から騎士団長を輩出するのはディールで8人目。
 リンドール以外ではルミエール家が多く、次期騎士団長はルミエール家の後継が有力と言われています。


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