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第二部
104.氷の鈴
しおりを挟む―――やっぱり大きいなぁ。
馬車の窓から奥にあるエトワール魔法学校を見つめる。
エトワールに来るのは今回で2回目。
今日から3年間過ごす場所なのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
「ついに入学だね、ユリィ」
「……そうだね」
白い制服に身を包んだエリィ姉さんに一瞬見惚れて、返事が遅くなる。
―――エリィ姉さんってどんな服でも似合うよね。めっちゃ美人さん。
さっきみたいに時々、身内の私でもエリィ姉さんの美しさに「はうっ」となる。
初めてエリィ姉さんを見る人ならなおさらだろう。
破壊力が桁違いなのだ、破壊力が。
「…………」
うんうんと心の中で頷いていると、エリィ姉さんがこちらをじーっと見ていることに気づいた。
「エリィ姉さん……?」
そして真剣な声色でこう言った。
「ユリィって美人よね」
「………え??」
急にどうしたのだろう。
「なんか、こうやってじっと見てるとね、ユリィってやっぱり可愛くてお人形さんみたいに綺麗で、美人だなぁって思ったの」
―――いや、エリィ姉さんの方が何倍も何十倍も美しいし綺麗だし素晴らしいよ? まずその純粋な瞳は月のように優しく周りを照らしていて、エリィ姉さんがいるだけで空気が軽くて暖かくなるし、そういう素直な言葉からもうすでにエリィ姉さんの素晴らしい人格を感じ取れる。なにより気遣いができて分け隔てなく誰とでも接することのできるその態度が……。
「ユリィ? ユリィ聞いてる? 大丈夫?」
はっと意識が現実に引き戻される。
「ご、ごめんエリィ姉さん。ちょっとエリィ姉さんへの思いがあふれちゃって……」
「私への思い?? よくわからないけど、大丈夫?」
「うん大丈夫。ありがとう、エリィ姉さん」
まあともかく、私がエリィ姉さんより美人なんてことはありえないということだ。
多く見積もって、下の下まで適用される範囲だったら美人と言えるかもしれないが、本当の美人とはエリィ姉さんのように身も心も純粋無垢な人のことを言うのだ。
(※美人への解釈は人それぞれです)
―――それにしても、なんで馬車で行かなきゃいけないんだろ。
エリィ姉さんが言うには、裕福な貴族であることを見せるためだと言う。
『身につけている服や装飾品もそう。貴族は他の貴族から見下されないように自分たちの富や権力を目に見える形でアピールするの。あとは領民から不信を買わないためね。贅沢は余裕よ。貧乏だって思われたら領民が離れて没落しちゃうじゃない? 贅沢のしすぎもよくないけど、ある程度着飾るのは当然のことなのよ』
理由はよくわかったが、それでも私は納得がいかない。
だってせっかく魔法が使えるのに、わざわざ【転移】しないで時間も金もかかる馬車で行かなければならないのだ。
お貴族様って本当に面倒だ。
馬車にゆらりゆられてエトワールに着いたのは、入学式が始まる1時間前だった。
―――まだ時間あるな……。
荷物は事前に寮に運ばれているらしく、入学式までは好きに過ごしていいとのことだ。
何をしようかと考えていると、突然、エリィ姉さんが「ごめんねユリィ」と言った。
「どうしたの、エリィ姉さん……?」
「えっと、その、私……」
エリィ姉さんは私に近づき、耳元で小さな声で話した。
「ブライト様と会う約束をしてるの。だから、ユリィとは……」
なるほど。
入学式の前にイチャラブしたあと、そのままふたりで過ごすようだ。
―――あんっっっの完璧王子め……!
私のエリィ姉さんを何度奪えば気が済むのだろう。
ただでさえエリィ姉さんはブライト様のことが好きなのだ。
ブライト様の誘いをエリィ姉さんが断るはずがない。
きっとそれもわかってのことなのだろう。
―――マジでムカつく~~っ!!
が―――
「……そういうわけなんだけど、いいかな?」
「~~~~わかった」
エリィ姉さんに言われて断れるはずもない。
ブライト様のことは嫌いだが、エリィ姉さんのことは大好きだ。
不本意だがエリィ姉さんの恋は(相手がブライト様なのが嫌だが)応援しているし、成就してほしいと思っている。
「ありがとうユリィ。入学式、忘れないようにね!」
―――忘れないようにね、って……私はもう12歳なのに。
そう言うと、エリィ姉さんはどこかへ行ってしまった。
―――さて、わたしはどうしようかな。
寮に入れるのは入学式後と伝えられている。
諸々の準備があるのだろう。
となると、やはりここは図書館に行くべきだろうか。
『入学式、忘れないようにね!』
……いや、ダメだな。
今、図書館へ行けば確実に私は入学式のことを忘れるだろう。
エリィ姉さんはこのことを見越して言ったのだろうか。
ならどこに行くべきか。
すると―――
「ユリアーナ様」
リン、と澄んだ音と共に、私の名前を呼ぶ声がした。
白銀の髪。
霞かかったシルバーグレーの瞳。
どこか儚げで、だけど凛とした雰囲気に、丁寧な佇まい。
「アルトゥール様……」
他の誰でもない、私の婚約者のアルトゥール様だ。
「先に着いていたのですね。……でも、どうして私が来たとわかったのですか?」
アルトゥール様にはエリィ姉さんみたいに、事前に何も伝えていない。
なのに何故、私が着いてすぐに気づいたのだろう。
「私も先ほど到着したところなのです。それに、私と同じ白薔薇の香りがしましたから」
「そうだったのですね」
私はアルトゥール様から定期的に贈られる白薔薇の入浴剤やシャンプーを使っている。
おそらく、アルトゥール様も同じものを使っているのだろう。
納得がいった。
―――それにしても……やっぱり綺麗だな、アルトゥール様。
前提として主要人物だからというのもあるだろうが、纏うオーラが違う。
なんか、こう、本物の高貴な感じ。
「アルトゥール様。制服、とてもよく似合っています。白を基調とした制服なので、アルトゥール様の髪の色とよく合いますね。素敵です」
「ありがとうございます。ユリアーナ様も制服、とてもお似合いです」
そう言うと、アルトゥール様は私の後ろ髪に触れる。
「―――このバレッタも、付けてくださっているのですね」
アルトゥール様から贈られた銀製のバレッタは、ほとんど毎日つけている。
小さな銀木犀の細工が施されており、とても美しい。
今日もいつも通りハーフアップにして付けている。
「そういえばアルトゥール様。それはちゃんと機能していますか?」
私は自分の左耳に触れ、そう聞く。
アルトゥール様の同じ場所には、細長い正八面体の耳飾りがある。
私が10歳の時にアルトゥール様の誕生日プレゼントとして作成したものだ。
「はい。ユリアーナ様のおかげで周囲が視えるようになりました。本当にありがとうございます」
アルトゥール様は盲目だ。
前は物や植物に宿る魔力で周りを認識していたらしい。
それはとても不便なことだと思い開発したのが、動くとリンリンと鳴るピアス型の周辺認知魔道具―――『氷の鈴』だ。
魔法で生成した氷をベースにいっぱい魔法を付与して作成した氷の鈴は私史上最も優れた魔道具だ。
正八面体の部分から周囲を認知し、使用者の視界に映すことで、目の見えない人でも目が見える人とほぼ同じ視力を手に入れることができる。
―――他にもめっちゃ工夫したんだよね。付けていても違和感のないピアスの形にしたり、アルトゥール様は鈴でエコーロケーションの訓練をしているって聞いたから、鈴と同じような仕組みのつくりにしたり……結構難しかったんだよね。
欠点を挙げるとすれば、魔力を持つ人でないと機能しないのと、作るのにすごく時間がかかることだろう。
しかしアルトゥール様は魔力を持っているし、他に作る相手がいないので、今のところ問題はない。
―――氷の鈴で儲けられると思ったんだけど……。
計算したところ氷の鈴ができる確率はが1%未満なので、とても希少なものと言えるし、値段は高く設定しないと仕事量と釣り合わない。
また盲目の人は少ないから需要は少ない。
そんなわけで氷の鈴を大量生産してバッサバッサと売りまくる計画を立てていたのだが、残念ながら失敗に終わった。
大量生産できたところで、売れるかどうかはまた別の話だしね。
「ユリアーナ様。入学式までまだ時間がありますし、よろしければ一緒に校内を回りませんか?」
1時間ずっと話すのもどうかと思ったのだろう。
どうせなら校内を歩いて学校のつくりを知っておいた方がいい。
私が特待生として入学したのはブライト様とノーブル様の(内緒にしろと言われている)護衛任務があるからだ。
校内を回るふりをしてエトワールの結界に異常がないか見るのも大事だな。
アルトゥール様がいれば周囲は
「きゃーっ! アルトゥール様よ!」
などと言ってアルトゥール様の美しさで卒倒するか、
「婚約者同士で過ごしているのね」
と勝手に理解してくれるだろう。
―――ひとりでいてもやることないし、アルトゥール様と一緒に行くか。
「私でよければ、一緒に回りたいです」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
「はい」
「ふぅ」とアルトゥール様が軽く息をついた声が耳に入る。
誘うの、緊張していたのだろうか。
いや、でもこのアルトゥール様に限ってそんなことあるのだろうか。
すると、バタバタッと近くにいた女子生徒が数人倒れる音が聞こえた。
―――どうしたんだろ……?
当然、私がその理由を知るはずもない。
大方、初めて見たアルトゥール様の異常な色気にやられたのだろう。
アルトゥール様は天然たらし魔なのだ。
「ユリアーナ様?」
「あっ、すみません」
差し出されたアルトゥール様の手を握り、私はエトワールの校舎に入った。
――――――――――――
補足/
エコーロケーションとは、音や超音波を発してその反響によって物体の距離や方向、大きさなどを知ることです。日本語では「反響定位」とも呼ばれます。
アルトゥールは氷の鈴でエコーロケーションをしていますが、実際は杖がコンクリートをたたく音や舌を鳴らした音などの反響で、周囲の状況を把握することができるそうです。
補足2/
ユリアーナがつくった氷の鈴について簡単に説明します。
見た目:正八面体の鈴
原料:魔法で作った氷
機能:
①視覚障害者でも健常者と同じ世界が見える
②エコーロケーションができる
③装飾品としても使える
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