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第二部
134.元気になってほしくて
しおりを挟む「アルトゥール様」
そろそろ自分が出る試合が近づいてきたため移動すると、アルトゥール様と会った。
さっきのエリィ姉さんとの試合が終わって、観客席に戻るところだったのだろう。
「試合、お疲れさまでした。魔力は……回復されているようで何よりです。怪我はしていませんか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
魔法戦での怪我って多いから、ちょっと心配していたんだよね。
「先程はお見苦しいものをお見せしました」
「? なんのことですか?」
「魔法戦のことです。私は……負けてしまいましたので」
あぁ、そのことか。
でも、勝ったとしても素直に喜べないよな。
相手がエリィ姉さん―――婚約者の姉だったんだもん。
勝ったらエリィ姉さんに恥をかかせてしまうかもしれない、しかし、負ければ「シュヴァリエの次期当主なのに」とか人によっては「〈氷上の魔術師〉様の婚約者なのに」と言われてしまうかもしれない。
勝っても負けてもアルトゥール様には何かしらの批判が向かってしまうのだ。
こんなのどうしようもない。
―――私の婚約者じゃなければ、もっと楽だったのかな……。
いや、こういう考えはよくないぞ、私。
そんなこと思う暇があるなら、そういわれないように私がもっと努力すべきだ。
どうしたらいいのかな……アルトゥール様の悪口言った人を片っ端からやっつける、とか?
少し物騒かな?
―――アルトゥール様、しゅんってなってる。
私の脳内のアルトゥール様に犬の耳と尻尾が生える。
落ち込んでいるのが一目で分かった。
元気にしてあげられないかな……そうだ。
「アルトゥール様、アルトゥール様。ちょっと屈んでもらえます?」
「? こう、ですか? ……―――っ」
私は少し背伸びして、アルトゥール様の頭を撫でる。
アルトゥール様の髪はさらさらしていて、綺麗だった。
白薔薇のいい香りが鼻をくすぐる。
「アルトゥール様は、私の尊敬する人です。私はアルトゥール様が地道にコツコツと頑張ってきたことを知っています」
「あ、あの、ユリアーナさ……」
「お見苦しいものを、だなんてやめてください。見苦しいだなんて思ってません。思いません。そんなこと、言わないでください。言っちゃだめです……」
「ユリアーナ様……」
気づけば、私はアルトゥール様を抱きしめていた。
この言葉は本心であると、もう二度とそんなことを言わないでほしいと、そう、伝えたかった。
アルトゥール様も私の背中に手を当てて、ぎゅっと抱き寄せた。
―――あったかい……。
人肌のぬくもりが肌から伝わる。
アルトゥール様の鼓動も聞こえた。
「……ありがとうございます、ユリアーナ様。もう大丈夫です」
「本当ですか? まだ時間はありますけど……」
「いえ、これ以上は。―――私の心臓が持ちそうにないので」
「えっ?」
最後のほう、声が小さくて聞き取れなかった。
なんて言ったのかと尋ねると、「なんでもありません」と返された。
重要なことじゃないといいんだけど……。
「試合、ですよね? 応援しています。ユリアーナ様ならきっと、優勝できると思いますよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
アルトゥール様と分かれると、奥からノエル先輩がひょいと姿を現した。
「ひゅ~。ラブラブだねぇ」
「ノエル先輩。いつからそこに? ……ラブラブなんかじゃないですよ」
勘違いされては困る。
あれはアルトゥール様に元気になってもらえるかな~と思ってやったのだ。
昔、エリィ姉さんに頭を撫でてもらったとき嬉しかったから、アルトゥール様も……と。
でも、あんまりだったかな?
幼少期のされて嬉しかったことなんて、今は恥ずかしさのほうが勝ってしまうかもしれない。
頭を撫でるのは失敗だったか……?
「あれのどこがラブラブじゃないのさ。どっからどう見ても相思相愛の婚約者同士だったよ」
「相思相愛って……」
「あっ、もしかしてユリユリはあの人、嫌いなの?」
「嫌いなわけないじゃないですか。尊敬してます」
「好きなの?」
「……恋愛的な好き、ではないですね」
恋愛的な好き、すらまだよく分かっていない。
「ふぅん……そっかそっか」
「なんですかその笑顔」
「いやぁ? なんでもないよ」
「何かあるときの顔ですよ、それ。隠さないで教えてくださいよ」
「やーだね」
「あっ、ちょっ、逃げないでください!」
当然のことながら、ノエル先輩は止まってくれなかったし、私は捕まえることができなかった。
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