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第二部
裏.好きな人からの「かっこいい」発言に影響される
しおりを挟む―――支度に手間取った……。
私、アルトゥール・シュヴァリエはエトワールの舞踏会の会場へと急いでいた。
時間に余裕を持って行動していたはずなのに、ルームメイトのノーブルに『アルも髪を上げろ』と言われ、抵抗し……を繰り返した結果、私はノーブルに負け、髪を上げることになった。
『私はノーブルのように額が広くないのですが……』
『大丈夫だって』
『髪を上げるのが嫌だからって、私を巻き込まないでくださいよ』
『いいじゃないか、別に。たまには違う髪型もいいと思うぞ。もしかしたらユリアーナに意識してもらえるかもしれないぜ?』
この程度で意識されるとは思わないが、ノーブルのその言葉に私は希望を抱いてしまった。
ユリアーナ様はかなり鈍いお方だ。
私の気持ちは伝えたものの、一向に『ただの婚約者』という関係から進展する気配がない。
だが、そもそもに私とユリアーナ様では何もかもが違うのだ。
公爵家の娘として生まれたユリアーナ様と、伯爵家の息子として生まれた私。
最年少で一級魔術師となりエトワールの特待生となったユリアーナ様と、一般生徒の私……。
どれだけあがいても、この差は埋まらない。
『ほら、とにかく髪を上げろ。いいな』
『え? あ、ちょっと……』
そんなわけで髪を上げるまでに時間がかかり、私は少し遅れて舞踏会の会場に着いた。
ユリアーナ様はどこだろうか。
あたりを見回して探していると、視界に白髪の女性が映りこんだ。
―――見つけた。
リン、と左耳につけた氷の鈴が鳴る。
「ユリアーナ様」
名前を呼ぶと、彼女は私の方を振り向いた。
星詠みの夜をモチーフに作らせた青のドレスは、ユリアーナ様によく似合っていた。
「アルトゥール様」
雪のような白い髪はウェーブを描いていて、後ろにつけた花飾りは、ユリアーナ様の動きに合わせてシャラリと揺れた。
顔は薄く化粧を施しているのか、いつもよりも明るく、大人びて見える。
「遅れてしまい、申し訳ございませんでした。ユリアーナ様」
「大丈夫ですよ。アルトゥール様」
ふっと微笑んだユリアーナ様を見て、小さく心臓が跳ねる。
ドレスのデザインにより肩と背中の一部が見えていて、少し艶めかしいのだ。
―――もう少し露出面積は抑えた方がよかったか……。
今ユリアーナ様が着ているドレスは私が職人たちに作らせたものだ。
自分で作らせておいてなんだが、これはいささか色っぽい。
年齢に見合ってないとか、そういうわけではないのだが、なんというか、その……情欲をかき立てられる。
多分、ユリアーナ様にその自覚はないのだろうな。
それはそれでありがたいような気もするが……私と同じようなことを思う男性が少なからずいると思うと、複雑な気持ちになる。
「―――あの、アルトゥール様」
「はい。なんでしょう」
「えっと、その、ですね……このドレス、あんまり似合ってないでしょうか?」
「!? そんなことはありません! とてもよく似合っています。むしろ、似合いすぎて困っています」
「困る、とは……?」
「今のユリアーナ様のお姿を形容する言葉が見つからなくて、困っています」
これは事実だ。
美しいとか、綺麗だとか、そんな言葉でユリアーナ様を言い表すことは不可能だと私は思っている。
だけどそのせいで今、ユリアーナ様を不安に思わせてしまったことも事実だ。
『回りくどく言うよりも、思った言葉を素直に伝える方がいいと思いますよ、アル』
前にブライトにそう助言してもらったことがある。
『変に表現するよりかはずっと、相手には伝わりやすいかと』
たしかにあなたの言う通りかもしれません、ブライト。
ユリアーナ様には私のまっすぐな思いを伝える方が、喜んでもらえるような気がしてきました。
「―――とてもお綺麗です。ユリアーナ様。普段は見せない妖艶さに、少しドキドキしました」
「ドキドキ、ですか?」
「はい」
語彙力がないと思われるだろうか。
だけど、これが私の素直な思いだ。
ユリアーナ様に私の気持ちは伝わっただろうか。
それとも、以前のような伝え方のほうが良いだろうか。
「えっと、アルトゥール様」
「はい」
「綺麗だと言ってくれて、すごく、嬉しかったです。けど、その、妖艶さ? というのはあまりよく分からなくて……」
ユリアーナ様には分かりにくい言葉だったか。
言い方を変えよう。
「大人の魅力が溢れていた、と言えば、伝わりますか?」
「大人の、魅力……」
意味を理解したのか、ほんの少しユリアーナ様の顔が朱に染まる。
愛おしさが胸の奥からこみ上げてくるのが分かる。
「あの、アルトゥール様」
「はい」
「今日のアルトゥール様は、髪を上げているのですね」
「っ」
髪の話に移った。
わざわざ話を切り出すということは、やはり、私にこの髪型は似合わないということだろうか。
「ノーブルに半強制的に上げさせられました。私はあまり似合わないと思っているのですが……」
「いいえ。すごく……すごく、似合ってます」
「……!」
似合っている、のだろうか。
いや、ユリアーナ様がそういうのなら、きっと大丈夫なのだろうが……心配になる。
決してユリアーナ様を信頼していないわけではなく、ただ単純に自分自身に自信がないだけだ。
「最初、アルトゥール様を見たとき、ちょっとびっくりしました」
「びっくり、とは……?」
「えっと、その―――か、かっこよくて」
髪を上げただけなのに……?
ただ、それだけなのに、ユリアーナ様に「かっこいい」と思ってもらえるとは予想外だ。
「……ユリアーナ様は、」
「?」
「今の髪型といつもの髪型、どちらが好きですか?」
そう訊いてすぐに私は後悔する。
―――私は何を言っているんだ。
こんなくだらないことを訊いてどうする。
ほら見ろ、ユリアーナ様だって困っている。
ユリアーナ様の「かっこいい」の一言に影響されすぎだ。
「どちらも似合っているので悩ましいですが……個人的には、いつものほうがありがたいです」
―――ノーブル、やっぱり私は髪を上げないほうがよさそうです。
だが、私はユリアーナの言葉に引っかかりを覚える。
「⋯⋯ありがたい、とは?」
「っ、えっとですね⋯⋯」
ユリアーナ様は背伸びして私の耳元で囁いた。
「オールバック姿のアルトゥール様はかっこよすぎて、その、ドキドキしちゃうので、いつもの髪型のほうが安心するんです」
―――『ドキドキしちゃうので』? それって、つまり……。
意識されているということだろうか。
そう思ってもいいのだろうか。
改めてユリアーナ様を見ると、頬紅があるとは言え、妙に顔が赤らんでいるような気がした。
『たまには違う髪型もいいと思うぞ。もしかしたらユリアーナに意識してもらえるかもしれないぜ?』
鈍感王の予想にしては結構当たっているかもしれませんね。
「ユリアーナ様」
私は跪き、彼女に手を差し出した。
「私にユリアーナ様をエスコートさせてくれませんか」
ユリアーナ様はおもむろに私の手を取ると「よろこんで」と言った。
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