道ならぬ恋を

天海みつき

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残夜

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 ウーリィ国では、毎日、午前中に重臣会議が開催される。王たるオールターは勿論、各行政の長を担当する大臣たちや、高位貴族――貴族制度は旧体制から引き継がれている――が出席する。

 かつての王権の元に行われていた重臣会議では、各々が己の利権のみを考え、利己的な政策を通す為に使用されていた。しかし、体制を一新し、各トップに有能なものをおいた今では、よりよい未来を創る為にどうすべきかを各自の立場から考え、意見を戦わせる場となっていた。

 今日も喧々囂々と意見を戦わせている臣下達を一瞥し、オールターは口元に笑みを刻んだ。特に、と視線を向ける先には、華奢な体付きに大きな木の葉型の尻尾をした青年が。用意した資料を片手に、海千山千の狸オヤジたちを前に一歩も引かずに意見を述べている。

 「しかるに、この政策は実現すべきです」
 「ですが、あまりに経費が掛かりすぎている。良くてトントン、悪ければ赤ですが」
 「たしかに、デメリットも多いです。ですが、それ以上に期待できるメリットが大きい。それはお手元の資料に記載しております」
 「本当にこの効果が出ると?」
 「ええ。ですが、実際にやらねば分からないのは事実。未来は誰にも見えませんから。ですが、やらなければ何も変わりません。賭けに近いからこそ、万全は期します。……グランが」
 「俺か?!……ってうぉあ?!」
 「馬鹿かアイツは」

 巨大プロジェクトの実行を掛けてやり合うツェーダンと財務をつかさどる大臣。インフラに関わる政策故に、担当の大臣が援護し、経済をつかさどる大臣もまた様子を見つつ口を出そうとしているようだ。

 そんな中、それらのトップに君臨する宰相の男が、我関せずとばかりにあくびをした瞬間に容赦なく引きずり込まれ、目を剥いた。そのまま体勢を崩したかと思うと椅子ごとひっくり返り、盛大な音が。白熱していた議会があっけにとられ静まり返る。ぽかんとしているツェーダンの一方、オールターは目元を覆って項垂れた。涙目でのそりと起き上がるグランを無視し、手を叩く。

 「その話は一旦ここまでにしよう。お互いに話したいことは話したはずだ。一度クールダウンして明日決定した方が理知的だろう」
 「しかし、早いに越した事は」
 「ツェル。急いては事を何とやら、というだろうに。全会一致は俺も好まん。だが、だからと言って言葉を尽くさず急く理由はない。落ち着け」
 「……はい」
 「え、なに、俺は何だったの?」

 本人も焦っていた自覚はあるのだろう。しゅん、と大きな耳を少し伏せ、頭を下げる。ちらりとやり合っていた相手と視線を合わせ、お互いに目礼する。お互いを尊重し合う関係に満足そうに頷いたオールター。釈然としないという声を上げるものもいるが、全員で黙殺する。ツェーダンのことだ、何かと理由を付けていいように使うだろうという雰囲気である。

 「では、本日の議題、大きい物は出そろったと思いますが、他におられるか?」
 「しかも、進行役が変わってるし。俺、存在意義は?」

 本来ならば進行役をするはずの宰相が仕事放棄していると思ったのだろうか。最年長の公爵がしれっ進行し、グランが顔を引きつらせる。しかも、それに対して全く非難が起こらない。いかに普段の彼の様子が信用されていないかが見て取れる。いじけ始めた彼を他所に、オールターがチラリと視線を公爵に向けた。

 「陛下?」
 「一つ考えていることがあってな。具体案も何もない、完全にどう思うかを聞きたいという程度のものだ」
 「結構です。王の仕事は未来を見定め道を決め、民を率いて歩く事。その道を作り、民が進めるように手筈を整えるのが我ら家臣の仕事でありますれば」

 どうぞ、と先を促され、オールターは頷くと居住まいを正した。皆の視線が集中する中で、ゆっくりと口を開く。

 「平民の通う学校をつくる事だ。子供たちに、存分に勉強をさせてやりたい」

 端的な言葉に、ざわめきが起こった。

 この国では、現在、上流階級向けの学校しかない。それ以外では、個人的に教える私塾が少しあるだけ。国民全員が教育を受けられる体制は整っておらず、それは周辺諸国でも同じこと。まだまだ身分制度が根強く残る時勢なのだ。

 「それは私も考えておりました。避けては通れない道です」
 「ですが、それにも金がかかる。クーデターの爪痕もまだ残っているのに、余裕はないだろう」
 「だが、民の知的水準が上がれば、必ず巡り巡って富を増やす。早いに越した事はないだろう」
 「とはいえ、計画だけ立てて実行していない策も多い。順番というものがある」
 「そもそも、農民に教育は必要なのか?差別どうの、ではなく、現実的な問題だ」

 アレコレと次々に意見が交わされていく。反応は半々と言ったところだろうか。それぞれの立場から見る民の姿が垣間見えるようで、オールターは興味深そうに一つ一つの意見を聞いていた。その中でふと、一人黙って険しい顔をしている者が目に入り、ふっと笑う。

 「お前はどうだ、ツェル」

 水を向けてみると、ピタリと議論が止んだ。過去にまつわる感情はどうあれ、為政者としてのツェーダンの能力に疑いようはない。彼がどんな意見を出すのか、皆が注目する中で、口を開いた彼の意見は。

 「反対です」

 否定の意見だった。
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