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第7話
やべーやつの正体
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風呂である。ほんものの風呂。一点の曇りもない銅の浴槽に満たされたお湯は、熊の手にすくってみても黄金色に輝いているようだった。
「人の幸せって、こんなにささやかなものだったんだわね」
ささやかでありながら、心のそこから幸福感に包まれる。お風呂万歳。熊の毛皮で石鹸を泡立てたら、手拭いを使わなくても体が洗いやすいとわかった。うっかりすると爪で肌を傷つけそうになるが、慣れてしまえばその爪だって髪のもつれを特には便利なものだ。
琥珀は自分の髪が蜜色だったのだと、久しぶりに思いだした。
まだエルクウァルに甘えていいものかどうかわからなかったので、着替えは遠慮しようかとも思ったが、風呂に入る前まで自分の着ていた服をつまんでみたところ、じっとりと湿ったところから獣じみた臭いが漂ってきて、とても着られたものではない。
エルクウァルが用意してくれた着替えは、袖のゆったりしたガウンだった。もたもたした手つきで腰帯を結び、まだ湿っている髪は結いようがないので肩に垂らした。
廊下に出ると、
グルルル……。
(なにかしら)
獣のような、奇妙な鳴き声がする。明かりの点った扉が少し開いていて、エルクウァルがこちらに背を向けていた。なにかに話しかけているような声が聞こえる。
――おとなしくしていてくださいね。ええ……あれが別物だと連中は気づいていないようですから。それまでになんとかして手に入れますよ。
立ち聞きはよくない。琥珀がわざとらしく咳払いすると、エルクウァルはぴたっと言葉をとめた。
「琥珀姫ですか? どうぞ、待っていたんですよ」
わざわざ扉を開けて迎えてくれるが、
「お客様がいらしているなら、わたしは姿を見せないほうがいいわよね?」
「客? そんなものいませんよ」
エルクウァルは笑顔で扉の前をどいた。ごちそうのいい匂いが漂ってくる。肉のスープ、焼いた魚、温かいパン。果物もろもろ――そして、室内にはエルクウァルのほかにだれもいない。
(たしかに声がしたのに)
琥珀がきょろきょろしているあいだに、エルクウァルは杯に飲みものを注いだ。
「僕の花嫁に乾杯しましょう」
「冗談は言わないで」
男性とはいえ、自分とは比べものにならない美人にからかわれても本気にとれない。琥珀は熊の手で杯をはさみ、エルクウァルの向かい側に腰を下ろした。
(この手で、どうやって食べたらいいのかしら)
「口元まで匙を運ばせましょうか?」
また、琥珀の心を読んだようにエルクウァルが言う。だれに、と問うまでもなく、彼は精霊を使役できるのだ。
琥珀は首を横に振り、エルクウァルを睨んだ。
「あなたの親切は嬉しいけれど、心を読まれるのは嬉しくないの」
「読んだのではなくて察したのですが、いけませんでしたか。その手と食事を見比べていたら、なにをお悩みなのかわからないほうがおかしい」
「……いけなくはないわ。ありがとう」
ディランといるときは気持ちに火がつきやすいが、エルクウァルと話しているとき、琥珀の気持ちの歯車は空まわっているような気がする。おとなしくお腹を落ちつけることにして、琥珀は熊の爪にパンをひっかけて千切り、肉を布切れのように裂いて口に運んだ。
エルクウァルが感心したように、琥珀の熊の手さばきを見ている。
「あなたは……なんというか、めげませんね。普通、女性はそのような手に変わってしまったら嘆き悲しむものではありませんか」
「あなたが助けてくれるまで嘆いていたわ。牛舎で声をかけてくれたときと、暗い部屋から出してくれたとき。ほんとうに嬉しかったの」
紫の瞳に灯りが映っているものの、深すぎる湖のようになかに潜むものが見通せない。琥珀は食事の手を休めて、エルクウァルをじっと見つめ返した。
「そろそろ話を聞いてもいいかしら。なぜ、あなたはわたしを助けてくれたの?」
「僕があなたの婚約者だからです」
「わたしの婚約者は魔法の国の王太子なのよ」
「僕が王太子です。コルマクの息子、エルクウァル」
琥珀は食卓に手をつき、身を乗りだした。杯を揺らして微笑むエルクウァルはコルマクに似ているだろうか? わからない。
「驚いていますね。でも、嘘ではないんですよ。僕はこの国の王子であり、王太子です。しかもディランが手に入れても使いようがない古代魔法を、僕なら使いこなせる。ドルイドもディランもそれを知っているから、あなたと僕を引き離そうとするんですよ。彼らは力を独り占めしたがっていますからね」
琥珀はめまいがしそうな気分になって、熊の手を額に押しあてた。
「ちょっと……ちょっと待ってね。気持ちを整理させて。つまりあなたとディランは兄弟ということなのね?」
「まさか、あれは王の子ですらありませんよ。人間ですらない、魂が抜き取られているんですから、ただの人形です」
「でもコルマク様はディランを我が子だとおっしゃっていたわ!」
「騙されているんですよ、魔法でね。コルマクはディランが息子だと思わされている……とはいえ、僕の母親も王妃ではなかったんですが。けれどこの国の王となるためには、生まれよりももっと重要な掟がある」
欠けたものがないこと、完璧であること。琥珀は熊の手の陰からエルクウァルを見つめた。
「だけど……エルクウァル。わたしがディランの花嫁として連れてこられたのは、彼の魂を取り戻すためなんだわ。あなたにはなにも足りないものなんかないのだから、剣も古代魔法も必要ないでしょう?」
「足りないもの? もちろんありますとも、それは愛です」
エルクウァルの心は読めないけれど、わかりきった嘘を言うような単純な人間には見えない。
「ディランは王やドルイドに大切にされて育ちましたが、僕はだれもいなかった。ただ一人で魔法の腕を磨き、ここまで生きてくるしかなかったんです。けれど自分がはじめて孤独だったのだと気づいたのは、元気よく牛の世話をするあなたを見たときからです。この館にはあなたがいなかった、けれどいまは、あなたがいる」
魔法使いは微笑み、期待を込めた眼差しで琥珀を見た。
「僕の妻になってくれますね? 琥珀」
(うわあああ)
ディランからは到底期待できない、誠実な問いかけだ。なにしろディランが琥珀に訊ねた唯一夫婦らしい質問は『あれやこれや』である。そして、エルクウァルこそ、琥珀が魔法の国に描いていた婚約者の王子の姿にぴったりだった。
優しいし、大人っぽくて穏やかだし、なんといっても魔法を見せてくれたし。
琥珀は熊の手をもじもじと擦りあわせる。エルクウァルが席を立ち、琥珀の頬に手を添えて顔をあげさせた。きれいすぎる顔が、琥珀に近づいてくる。
「……なぜ、顔を背けるのです?」
「そ、背けているわけじゃなくて」
体が勝手に横を向いてしまった。琥珀は鼓動を跳ねさせながら、しどろもどろに言う。
「わたし……剣を抜くためだけに花嫁に選ばれたと知って、とても悲しかったわ。そのうえ呪われちゃうし、ディランとは言い争ってばかりだし……だから、あなたが助けてくれたことはまるでお日さまが射してきたみたいに嬉しかったわ。でもね、一度、そうだと決めた婚約者を簡単に取りかえたりなんかできないの。それが慎みっていうものだもの」
「ディランはあなたに剣を抜く以上の利用価値を求めていないのに」
「だけど、悪い人じゃないわ」
エルクウァルを説得するために、琥珀はディランのことを必死に思いかえそうとする。くすんだ黒の目と髪。ひどく乱暴な口調。琥珀を抱き起こした手。からかいの言葉……。
唐突な求婚のために暴れていた鼓動が、落ちつく代わりに変な痛みを伴いはじめた。
(悪い人じゃない)
琥珀は深く、長く溜息をついて気持ちを落ちつかせる。食卓の豪華なご馳走が改めて視界に飛びこんできた。まだまだ食べたいものがたくさん残っている。料理もいいけれど、喉が乾いてきたから、果物とか……。
琥珀が食卓を探る動作を、エルクウァルがじっと見つめていた。
「なにを探しているんですか?」
「喉が乾いちゃったの……だけど、なんだか、眠くて」
「目が覚めるように、甘酸っぱい苺はいかがですか?」
苺はあまり欲しくない、と答える前に、エルクウァルが果物の皿を差しだした。目に鮮やかな真っ赤な苺から、誘うように甘い香りが立ちのぼっている。琥珀は首を振り、エルクウァルの顔を見あげたところではっとした。
エルクウァルの細い顎と唇がやけにくっきりと視界に飛びこんでくる。どこかで見たことのある微笑みだった。皿をつかむ細い指は、以前どこかで琥珀の手をとったことがある。揺れる小舟から、白い大きな船へと乗りうつるとき……。
「船頭さん!」
指さして叫ぶと、エルクウァルは作りものではない微笑みを湛えて、
「正解です。ようやく気付いてくれましたね」
ぐらりと視界が傾ぐ。琥珀はまだなにか重要なことを忘れているような気がした。
(わたしが船に乗ったとき、まだディランは来ていなくて、そして)
果物だ。苺がとてもおいしそうだったので、一粒つまんで食べた。そうしたら琥珀の手は熊に変わり、おかげでディランとの結婚が遠のいてしまった。あのときの苺と、いまエルクウァルが差しだしている苺はとてもよく似ている。つまり、
「……エル……が、わたしに魔法の薬を盛ったの……かしら」
「やれやれ、まったく」
エルクウァルは皿の苺をつまみ、ほっそりした指のあいだで押し潰した。
「人を操るのは精霊を操るよりも面倒ですね。まだ幼い娘だと思うから、できる限り下手に出て有利な条件で僕のものにしてあげようとしたのに、なぜディランなどに義理立てするのやら。あなたは僕を怒らせましたよ、ええ」
「どうして……怒るの……」
体をまっすぐに保っていられない。椅子からずり落ちそうになる琥珀の顎をとらえたエルクウァルは、赤い汁の滴る苺を唇のあいだに押しこんだ。飲んじゃだめ、と心の底で警鐘が鳴ったが、甘酸っぱい果汁は吸いこまれるように琥珀の喉の奥に下り、こくり、と嚥下される。
身を丸め、倒れかかる琥珀をエルクウァルが抱きとめた。
「人の幸せって、こんなにささやかなものだったんだわね」
ささやかでありながら、心のそこから幸福感に包まれる。お風呂万歳。熊の毛皮で石鹸を泡立てたら、手拭いを使わなくても体が洗いやすいとわかった。うっかりすると爪で肌を傷つけそうになるが、慣れてしまえばその爪だって髪のもつれを特には便利なものだ。
琥珀は自分の髪が蜜色だったのだと、久しぶりに思いだした。
まだエルクウァルに甘えていいものかどうかわからなかったので、着替えは遠慮しようかとも思ったが、風呂に入る前まで自分の着ていた服をつまんでみたところ、じっとりと湿ったところから獣じみた臭いが漂ってきて、とても着られたものではない。
エルクウァルが用意してくれた着替えは、袖のゆったりしたガウンだった。もたもたした手つきで腰帯を結び、まだ湿っている髪は結いようがないので肩に垂らした。
廊下に出ると、
グルルル……。
(なにかしら)
獣のような、奇妙な鳴き声がする。明かりの点った扉が少し開いていて、エルクウァルがこちらに背を向けていた。なにかに話しかけているような声が聞こえる。
――おとなしくしていてくださいね。ええ……あれが別物だと連中は気づいていないようですから。それまでになんとかして手に入れますよ。
立ち聞きはよくない。琥珀がわざとらしく咳払いすると、エルクウァルはぴたっと言葉をとめた。
「琥珀姫ですか? どうぞ、待っていたんですよ」
わざわざ扉を開けて迎えてくれるが、
「お客様がいらしているなら、わたしは姿を見せないほうがいいわよね?」
「客? そんなものいませんよ」
エルクウァルは笑顔で扉の前をどいた。ごちそうのいい匂いが漂ってくる。肉のスープ、焼いた魚、温かいパン。果物もろもろ――そして、室内にはエルクウァルのほかにだれもいない。
(たしかに声がしたのに)
琥珀がきょろきょろしているあいだに、エルクウァルは杯に飲みものを注いだ。
「僕の花嫁に乾杯しましょう」
「冗談は言わないで」
男性とはいえ、自分とは比べものにならない美人にからかわれても本気にとれない。琥珀は熊の手で杯をはさみ、エルクウァルの向かい側に腰を下ろした。
(この手で、どうやって食べたらいいのかしら)
「口元まで匙を運ばせましょうか?」
また、琥珀の心を読んだようにエルクウァルが言う。だれに、と問うまでもなく、彼は精霊を使役できるのだ。
琥珀は首を横に振り、エルクウァルを睨んだ。
「あなたの親切は嬉しいけれど、心を読まれるのは嬉しくないの」
「読んだのではなくて察したのですが、いけませんでしたか。その手と食事を見比べていたら、なにをお悩みなのかわからないほうがおかしい」
「……いけなくはないわ。ありがとう」
ディランといるときは気持ちに火がつきやすいが、エルクウァルと話しているとき、琥珀の気持ちの歯車は空まわっているような気がする。おとなしくお腹を落ちつけることにして、琥珀は熊の爪にパンをひっかけて千切り、肉を布切れのように裂いて口に運んだ。
エルクウァルが感心したように、琥珀の熊の手さばきを見ている。
「あなたは……なんというか、めげませんね。普通、女性はそのような手に変わってしまったら嘆き悲しむものではありませんか」
「あなたが助けてくれるまで嘆いていたわ。牛舎で声をかけてくれたときと、暗い部屋から出してくれたとき。ほんとうに嬉しかったの」
紫の瞳に灯りが映っているものの、深すぎる湖のようになかに潜むものが見通せない。琥珀は食事の手を休めて、エルクウァルをじっと見つめ返した。
「そろそろ話を聞いてもいいかしら。なぜ、あなたはわたしを助けてくれたの?」
「僕があなたの婚約者だからです」
「わたしの婚約者は魔法の国の王太子なのよ」
「僕が王太子です。コルマクの息子、エルクウァル」
琥珀は食卓に手をつき、身を乗りだした。杯を揺らして微笑むエルクウァルはコルマクに似ているだろうか? わからない。
「驚いていますね。でも、嘘ではないんですよ。僕はこの国の王子であり、王太子です。しかもディランが手に入れても使いようがない古代魔法を、僕なら使いこなせる。ドルイドもディランもそれを知っているから、あなたと僕を引き離そうとするんですよ。彼らは力を独り占めしたがっていますからね」
琥珀はめまいがしそうな気分になって、熊の手を額に押しあてた。
「ちょっと……ちょっと待ってね。気持ちを整理させて。つまりあなたとディランは兄弟ということなのね?」
「まさか、あれは王の子ですらありませんよ。人間ですらない、魂が抜き取られているんですから、ただの人形です」
「でもコルマク様はディランを我が子だとおっしゃっていたわ!」
「騙されているんですよ、魔法でね。コルマクはディランが息子だと思わされている……とはいえ、僕の母親も王妃ではなかったんですが。けれどこの国の王となるためには、生まれよりももっと重要な掟がある」
欠けたものがないこと、完璧であること。琥珀は熊の手の陰からエルクウァルを見つめた。
「だけど……エルクウァル。わたしがディランの花嫁として連れてこられたのは、彼の魂を取り戻すためなんだわ。あなたにはなにも足りないものなんかないのだから、剣も古代魔法も必要ないでしょう?」
「足りないもの? もちろんありますとも、それは愛です」
エルクウァルの心は読めないけれど、わかりきった嘘を言うような単純な人間には見えない。
「ディランは王やドルイドに大切にされて育ちましたが、僕はだれもいなかった。ただ一人で魔法の腕を磨き、ここまで生きてくるしかなかったんです。けれど自分がはじめて孤独だったのだと気づいたのは、元気よく牛の世話をするあなたを見たときからです。この館にはあなたがいなかった、けれどいまは、あなたがいる」
魔法使いは微笑み、期待を込めた眼差しで琥珀を見た。
「僕の妻になってくれますね? 琥珀」
(うわあああ)
ディランからは到底期待できない、誠実な問いかけだ。なにしろディランが琥珀に訊ねた唯一夫婦らしい質問は『あれやこれや』である。そして、エルクウァルこそ、琥珀が魔法の国に描いていた婚約者の王子の姿にぴったりだった。
優しいし、大人っぽくて穏やかだし、なんといっても魔法を見せてくれたし。
琥珀は熊の手をもじもじと擦りあわせる。エルクウァルが席を立ち、琥珀の頬に手を添えて顔をあげさせた。きれいすぎる顔が、琥珀に近づいてくる。
「……なぜ、顔を背けるのです?」
「そ、背けているわけじゃなくて」
体が勝手に横を向いてしまった。琥珀は鼓動を跳ねさせながら、しどろもどろに言う。
「わたし……剣を抜くためだけに花嫁に選ばれたと知って、とても悲しかったわ。そのうえ呪われちゃうし、ディランとは言い争ってばかりだし……だから、あなたが助けてくれたことはまるでお日さまが射してきたみたいに嬉しかったわ。でもね、一度、そうだと決めた婚約者を簡単に取りかえたりなんかできないの。それが慎みっていうものだもの」
「ディランはあなたに剣を抜く以上の利用価値を求めていないのに」
「だけど、悪い人じゃないわ」
エルクウァルを説得するために、琥珀はディランのことを必死に思いかえそうとする。くすんだ黒の目と髪。ひどく乱暴な口調。琥珀を抱き起こした手。からかいの言葉……。
唐突な求婚のために暴れていた鼓動が、落ちつく代わりに変な痛みを伴いはじめた。
(悪い人じゃない)
琥珀は深く、長く溜息をついて気持ちを落ちつかせる。食卓の豪華なご馳走が改めて視界に飛びこんできた。まだまだ食べたいものがたくさん残っている。料理もいいけれど、喉が乾いてきたから、果物とか……。
琥珀が食卓を探る動作を、エルクウァルがじっと見つめていた。
「なにを探しているんですか?」
「喉が乾いちゃったの……だけど、なんだか、眠くて」
「目が覚めるように、甘酸っぱい苺はいかがですか?」
苺はあまり欲しくない、と答える前に、エルクウァルが果物の皿を差しだした。目に鮮やかな真っ赤な苺から、誘うように甘い香りが立ちのぼっている。琥珀は首を振り、エルクウァルの顔を見あげたところではっとした。
エルクウァルの細い顎と唇がやけにくっきりと視界に飛びこんでくる。どこかで見たことのある微笑みだった。皿をつかむ細い指は、以前どこかで琥珀の手をとったことがある。揺れる小舟から、白い大きな船へと乗りうつるとき……。
「船頭さん!」
指さして叫ぶと、エルクウァルは作りものではない微笑みを湛えて、
「正解です。ようやく気付いてくれましたね」
ぐらりと視界が傾ぐ。琥珀はまだなにか重要なことを忘れているような気がした。
(わたしが船に乗ったとき、まだディランは来ていなくて、そして)
果物だ。苺がとてもおいしそうだったので、一粒つまんで食べた。そうしたら琥珀の手は熊に変わり、おかげでディランとの結婚が遠のいてしまった。あのときの苺と、いまエルクウァルが差しだしている苺はとてもよく似ている。つまり、
「……エル……が、わたしに魔法の薬を盛ったの……かしら」
「やれやれ、まったく」
エルクウァルは皿の苺をつまみ、ほっそりした指のあいだで押し潰した。
「人を操るのは精霊を操るよりも面倒ですね。まだ幼い娘だと思うから、できる限り下手に出て有利な条件で僕のものにしてあげようとしたのに、なぜディランなどに義理立てするのやら。あなたは僕を怒らせましたよ、ええ」
「どうして……怒るの……」
体をまっすぐに保っていられない。椅子からずり落ちそうになる琥珀の顎をとらえたエルクウァルは、赤い汁の滴る苺を唇のあいだに押しこんだ。飲んじゃだめ、と心の底で警鐘が鳴ったが、甘酸っぱい果汁は吸いこまれるように琥珀の喉の奥に下り、こくり、と嚥下される。
身を丸め、倒れかかる琥珀をエルクウァルが抱きとめた。
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