精霊の国に嫁いだら夫は泥でできた人形でした。

ひぽたま

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第10話

クマの次はなんですか

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 熊の手になっているあいだは大変なことばかりで悲しむ余裕もなかったけれど、こうして自由に指が動くようになってみると、呪われていない状態がどんなに素晴らしいことかということが身にしみてわかる。

 夢中になって弾き続け、顔をあげたとき、琥珀は自分がいままで眠っていたのかと思った。

 巨大な広間に大勢の人がいて、琥珀はその人たちに囲まれながら竪琴を弾いていたのだ。

 大人が両手を広げた幅よりも太い柱に囲まれた円形の宮殿。集まっている人たちは目を見張るほどの美男美女ばかりだ。そして、上座に目を向けたとき、琥珀はもうこれ以上の美しいものは見たくないと心から思った。

 それくらいの美女が黄金に輝く長椅子にもたれかかっていて、琥珀を見おろしている。

 長い、長い黄金の髪。首元には太い黄金の首環が巻きついており、衣装までが黄金だ。黄金ではないのはその瞳で、魔法の島の草原のような緑色。そして唇は毒の苺よりもなお魅惑的に赤い。

 しかし……美しいけれど、だれかに似ている、とも思う。こんな美女が二人といたら生きているのもいやになる気がするけれど……。

 そしてさらに横に視線を移したとき、琥珀はすぐに答えがわかった。正装に身を包んだディランが美女のそばに佇んでおり、二人は顔立ちがそっくりなのだ。

「ディラン……無事だったのね!」

 琥珀が竪琴から離れ、立ちあがったとき。

 ぱちぱち、ぱちぱち。

 おもむろに拍手が響く。美女が琥珀に向けて手を叩いてみせ、それからゆったりと肘かけに腕を戻した。

「かわゆい演奏だこと。わらわは耳が肥えていますけれど、金剛石とドングリを比べてもそれぞれのよさがありますものね」

「あ……あの、あの……あなたは、もしかして」

「もしかして、なんだと思うのかえ?」

「ディラン様のお母様」

 それこそ竪琴の音色よりもずっと澄んだ笑い声が、高らかに天井まで響いた。

「ディランとはだれのことだえ? わらわは、息子をアリルと名づけました。これがその息子だよ、わらわに似て美しく凛々しいであろう?」

 美女はディランを手で示し、自慢げに言った。確かに、ディランは……正装しているせいかどうかわからないが、驚くくらいに凛々しかった。面立ちに品があり、微笑む口元も優しそうだ。自分を呪った母親であっても、こうして会えたら嬉しいのだろう。

 ディランの名はコルマクがつけたのなら、母親は別の名前をつけるつもりでいたということもありうる話だ。

(ともかくディランよ。無事だったんだわ、よかった)

 琥珀は呼吸を整え、美女の足もとにひれ伏した。

「わたしは琥珀と申します、お初にお目にかかります――ダナーの女王、メイヴ陛下」

 美女……メイヴは満足げに頷き、染めている長い爪の先で琥珀の髪に触れた。

「おまえは態度をわきまえている娘のようだわ……竪琴の腕も悪くないし、コリドウェンの代わりに召し抱えてやってもよさそうだよ」

 コリドウェン。メイヴがエリウから追いだしたという、エルクウァルの母親の名だ。うかつにおだてに乗ったら、どんな怖い目が待っているやら……琥珀は頬を引きつらせ、さらに頭を低くした。

「もったいのうございます……けれど、わたしにはやらなければならないことがあって。それというのも、わたしのずっと前のご先祖がこの国の英雄だったということにまつわる話からはじまるんですけれど、つまり」

「ルーの剣のことかえ? おお、おまえからそれを言いだしてくれるのなら、話が早いわ。わらわはあれを抜いてほしいがためにおまえを呼びました。わらわのアリルのためにね、どうしても古代魔法を手に入れたいのよ」

「ディラ……アリル様の呪いを解く、ためにですか。でも、あの」

 ディランから魂を奪ったのはメイヴではなかったろうか。呪いはかけた人間なら解けるとディランは言っていたのに。しかしメイヴは長い睫毛を伏せて、妖しく微笑む。

「呪いとはなにかえ? わらわのアリルに欠けたところなどあるはずもない。ただ、忌々しいコリドウェンの息子がアリルの命を狙っているのです。あの卑怯な魔法使いの名を、琥珀姫、おまえも聞いたことがあるだろう?」

「え、あ……」

 エルクウァル。その名をすぐに思いだしたけれど、なぜか、メイヴに告げるのはためらわれた。

「忌々しいことだが、あの魔法使いの力は強いのよ。わらわたちよりうまく精霊を操れるものがあってはならないのに」

緑の瞳は青い炎のようで、静かでありながら底知れない熱をひそめているように感じられる。

(エルクウァルはやっぱりディランを憎んでいるから、わたしをだしに使ったのね。メイヴ様はディランを守りたいのよ……だけど、じゃあ、魂がないという話はなんだったの?)

 母親に呪いをかけられたと、ディラン自身がきっぱり言っていたのだ。琥珀は思わずディランに視線を移したが、完璧なディラン――アリルは母親に似た笑みを浮かべつつ、琥珀に頷きかけた。

「ぼくからも頼む。琥珀、ぼくのためにルーの剣を抜いてくれ」

 ぼく?

 母親の前だから猫を被っているのだろうか。普段とはあまりに違う品の良い言葉遣いに、琥珀はかえってぎょっとしてしまった。

(似合わない……うーん、複雑だわ。王子様は上品なほうがいいんだけど、粗雑なディランのほうに馴染んじゃったから)

「琥珀よ」

 メイヴが爪の先をくるくる回すと、指の長い手のなかに小瓶が現れた。しっかりと封の施された水晶の瓶だ。メイヴは侍女を介して琥珀に授ける。

「これからおまえのするべきことを教えます。封を切って、それをお飲み。そうすればわらわの魔法の力がおまえに宿り、魔法使いに復讐できるようになる」

「わたしが魔法使いになるんですかっ?」

「姿は少しばかり変わってしまうけれどね、怪しまれずに近づくためにはかえって好都合だわ……小さな魔法ですから魔法使いを殺すことはできないけれど、しばらく魔法を使えなくすることはできる。邪魔ものが出てこないうちにおまえはシアヴィルの神殿へ行って、剣を手に入れるのよ。ほんもののルーの剣は最奥の迷路の向こうにあります」

 女王はなにもかもお見通しのようだ。メイヴの目。緑の炎の瞳が琥珀を見据えている。できないなどと言えるはずがない。彼女は母親として、息子をつけ狙う敵を倒したがっているのだから。

(ディランのためになんでもするって決めたじゃない)

 琥珀は小瓶を握りしめた。

「かしこまりました。やります」

「そう言ってくれると思っていたのよ」

 メイヴは満足そうに微笑んだ。小瓶の栓をひねると、蝋づけされた封がぱりりと剥がれる。琥珀は目をつむり、水のような液体を一息に飲み干した。手から瓶が落ち、床で砕ける。体がじわじわと火照ってきた。

(この熱さ……まさか、またっ?)

 熊になるのだったらどうしよう。琥珀は慌てて両手を見たけれど、両手とも膨らむどころかどんどん縮んでいって、体は軽くなり、宙に浮いた。背中が勝手にはためいている。身じろぎすると、七色の粉が床にこぼれた。

(まさかこの姿って)

「琥珀や、おまえは蝶になったのだよ。その姿でコリドウェンの息子のもとへお行き」

 メイヴがちらりと指を動かすと突風が吹き、琥珀は風の渦に巻き込まれ、なすすべもなく広間の外へ運ばれていった。まるで竜巻に巻かれる木の葉みたいだ――こんな姿で魔法が使えたとしても、エルクウァルにかなうのだろうか。
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