精霊の国に嫁いだら夫は泥でできた人形でした。

ひぽたま

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第13話

3・逃亡と絶望

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「エルクウァル、琥珀を連れていけ! こいつらをここで足止めしているあいだに、剣でも魔法でも奪っちまえばいい!」
「なにを言っているのよ……ディラン! はやくこっちに来て。そんな体で戦ったりしたら死んじゃう!」
「おれは死なねえよ」
 ぽつりと呟いた言葉。槍よりも鋭く琥珀の胸に刺さる。ディランは――知っている? 彼には魂がないだけではなくて、人間ですらないと……気づいていたから、自分自身を粗末に扱っていいとでもいうのか!
「馬鹿ぁ! あなたはあなたじゃないの。わたしがなんのためにあなたのもとに戻ったと思っているの!」
 我慢ならない。琥珀は熊の腕を伸ばし、ディランとドルイドが交錯するなかに飛びこんでいこうとした。
 ドルイドの杖が振るわれる。ディランが振り向く。琥珀が、その杖の前に身を投げだしたとき、突如として空に現れた雲から、稲光がドルイドめがけて放たれた。樫の杖が八つに避け、ローブの袖まで黒焦げになる。

「みなさん、僕がいるのをお忘れのようで」

 エルクウァルが自らの杖をくるりと振った。すると琥珀を中心として起こった突風が、ドルイドたちの足をとめる。
 ディランが、動いた。片腕で琥珀をさらい、焦げた手を押さえてうめいているドルイドを戦車から突き落とすと、御者も放りだして自ら手綱をつかむ。いななく馬に、ひどく鞭をくれた。
「きゃあ!」
 いきなりがくりと体が後ろに引っぱられ、琥珀はディランにしがみついた。重装備の戦車が走りだす。
「逃がすな、追え!」
 気を取りなおしたドルイドたちが御者に発進を命じたが、再び巻き起こった突風のために馬が脅え、歩を進められない。ディランの馬車が草原を下っていき、エルクウァルのそばを通り過ぎた。
 ディランはちらとも弟に顔を向けないが、琥珀が手を差しのべると、エルクウァルは銀髪をふわりと巻きあげて、戦車の荷台に降りたった。
「便乗させてもらいますよ。そうしていいだけの働きはしましたからね」
 エルクウァルは魔法を使いすぎて疲れたのだろうか。木枠に背中を預け、杖を抱えて座りこんだ。
「…………」
 ディランは無言で手綱を握っていた。そのうち突風を逃れた戦車が追いすがってきたが、魔法使いがなにをするまでもなくディランは素手で飛んでくる槍を受けとめ、へし折り、近づいてくる戦車は自らの戦車を体当たりさせて、車輪についた棘で破壊した。
 まったく無駄のない戦いかただ。
 戦車は雲のように跳ねながら緑の草原を駆っていった。追いつく戦車もことごとく破壊され、投げ槍も届かない距離になると、ドルイドたちも追跡を諦めたのだろう。
「連中は僕のように飛べるわけでも、姿を変えられるわけでもありませんから」
 自慢げに呟くエルクウァルを横目で見て、琥珀はディランの背に熊の肉球を乗せた。
「ディラン、もうだれもいないわ。少し休んで、傷の手当てをさせて……」
「手当はいい。痛みなんかねえんだ、見ろよ」
 琥珀が裂いた衣を脇腹の傷に巻きつけようと、身を屈めると、ディランはおもむろに手綱を持ちかえて、片手の指を傷口に突っこんだ。

「なにをするの!」

 ディランが傷口から引き抜いた指を擦りあわせると、泥のような液体がすぐに乾いて、風に散っていく。琥珀は唇を噛み、無理やりにディランの傷口を縛った。
「馬鹿なことをしないで。わたし、自分を大事にできない人なんてきらい……」
「昔から思っていたんだ――魂がないと言われるたびに、じゃあここにいるおれはなんなんだろうって。おれが、おれの意思で戦うことも話をすることも、だれかに操られてしているだけなのか? いったいおれは……なぜここにいるんだ、おれはいったいだれなんだ!」
「ただの人形でしょ」
 エルクウァルがぼそっと呟いた。琥珀はエルクウァルを睨みつけたが、魔法使いの軽い口はやまない。
「メイヴの傀儡、コルマクのための抱き人形です。それ以上でも以下でもなく」
「中身は藁と泥か? こんちくしょう、おれじゃない人間のディランがどこかにいるってのか」
「いるわ」
 琥珀の答えに、ディランばかりか、エルクウァルも驚いたように顔をあげた。熊の爪と口を使って、きつくディランの脇腹を縛りあげた琥珀は、むかむかする気持ちを押し殺しながら婚約者を睨みつける。
「わたし、眠っているあいだにあなたのお母様の……ううん、メイヴのもとに呼ばれていたんだもの。美しい女王のそばに、あなたそっくりの王子様がいたわよ――名前はアリルというんですって。物腰穏やかできれいな人」
「……ああ、そりゃ、よかったな。ちゃんとおれの代わりはいるのか……いや、おれが代わりなのか? どっちでもいいさ、とにかくおまえの結婚相手がちゃんといるんなら……」
 投げやりに言い、微笑むディランの横面めがけて、琥珀は肉球を叩きつけた。ディランが御者台から吹っ飛び、あやうく戦車から転げ落ちかける。手綱を引っぱられた馬がいななき、さらに暴走をはじめた。

「……なにしやがるんだ、危ねえな!」

「死なないし痛くないんなら、手加減もいらないんでしょ! 何回その耳に聞かせたらわかるわけなの、わたしの婚約者はあなたなの! 代わりなんかいないの、もう一度聞きたいっ?」
「泥人形と結婚できる女がいるのかっ? おれは死体ですらねえんだぞ、あんたは自分の言っていることをもういっぺんよく考えろ!」
「考えたから言っているのよ、だいたい、人形ってなにっ? わたしと話しているあなたはここにいるじゃないの、自分を人形だと思うんなら、黙ったままそのへんに倒れていたらいいのよ。わたしがなにを言っても言いかえさないで、さあ!」
 琥珀は荷台を指さしたが、ディランの手にはまだ手綱が握られており、それを放りだすことはためらいがあってできないし、かといって戦車をとめることもできないらしい――自分の意思がちゃんとあるからだ。人形の振りをするにしたって、意思なくしてできはしない。
「……くそっ」
 ディランは舌打ちした。琥珀から顔を背け、エルクウァルに問いかける。
「ドルイドの連中も……知っていたんだろうな。おれが人形で、ほんものの王子ですらないって?」
「ドルイドはダナーの手先ですから。メイヴと組んでコルマクを騙していたんです――とはいえ」
 エルクウァルはちらりとディランを見あげ、首を竦めた。
「少しばかり意外でしたね。僕はてっきり、あなたはドルイド側につくものだとばかり思っていました……まさか、今日までなにもわかっていなかったとは」
「泥しか詰まってねえ頭だからな」
「少しばかり、感心したんですよ。ただの人形かと思っていたら、ちゃんと意思があったんですね」
「……」
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