圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

家庭訪問

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「別に……あれくらい平気だし」

 そう口にすると言葉とは裏腹に、テーブルの下で見た光景や体に押しつけられた不快感を思い出し、自分の表情が曇ったのが分かった。アレが先輩が言っていた、オレが知らなくて良い事なのは理解したが、改めて思い返してみても何一つ理解出来るモノはない。全く分からないせいだろうか、恐いという感情が育つのを止められなくなった。言い知れぬ不安が大きくなる。

「春日野はどうしようか。やっぱりここじゃあマズイかな?」

 オレが不安そうな顔をしているのを見て、先輩は明るく声をかけてくれた。肩に担ぐスバルに視線をやり、その流れで目の前の反省室へと続く扉を見て笑う。凶器は没収したし、大丈夫だと思うが、万が一なにか体調に異変があったら洒落にならない。反省室に放り込むのは却下して、誰か知っていそうな奴を捕まえ、スバルの部屋を聞き出す事にした。

 とりあえず、一年の部屋がある四階へと向かう事になり、廊下を反転して階段へと足を向けると、ちょうど前方の廊下で、事務室から出てくる由々式と皆元に出くわした。

「また派手に汚れてるな」

 オレを見た皆元の第一声がそれだ。そう言われて、改めて自分の姿を見てみると確かに酷い。茶菓子のクリームやチョコレートがベッタリと目に見える所だけでも結構な面積を汚し、あと気付かなかったが肩口は紅茶で染まっていた。シャツから甘ったるい臭いを放ちながら、オレは先輩とスバルの姿を見て硬直している由々式にスバルの部屋番号を聞いた。確か初日にスバルの部屋番も確認したと言っていたのを思い出したのだ。

 危険区域の情報をしっかりと覚えていた由々式に礼を言い、オレと先輩は二人と別れて階段を上った。

 しかし、あいつら何をやっていたのだろう? 事務室から出てきたみたいだったが……また今夜にでも何をしていたのか聞いてみるか。

 人一人を担いでいるのに、それを感じさせない足取りで進む先輩に置いて行かれないよう、オレは静かな階段をひたすら上った。物置部屋から調達したビニール袋の中で、スバルの私物が妙に安っぽい音を立てている。

 改めて考えると、どうやってこんな物を学校に持ち込めたのか不思議で仕方がなかった。携帯ゲーム機どころか、漫画本まで没収対象だったのに……まさか、日用品だからか? 確かにアイスピックやドライバーや金串は日用品と言えなくもない……のか? いや、無理だよな。考えれば考えるほどに、考える事が馬鹿らしくなったので、オレは先輩の背中をただ眺めながら足を動かした。

 別に疲れたとか、しんどいという訳ではないのに、その背中に飛び乗りたい欲求が自分の中にある事に気付き、スバルに対する過剰な反応が羨ましいという感情から発生したモノだと知り、どう対処していいのか分からなくなった。

 自分の中に悶悶としたモノを発見して、それを捨てる事も出来ず、目的の部屋に到着した。扉をノックすると、やたら馴れ馴れしい隣のクラスのコウスケとか呼ばれている奴が出てきたので、眠っているスバルを手渡した。

 意外と言ったら失礼だろうか、スバルが同室の奴らとも上手くやっているらしい雰囲気を感じて少し驚く。まあ、根っからの極悪人という訳でもないからな、機嫌の良い時は小学生みたいだし。

「普通に引き取ってくれたなぁ。拒否られたらどうしようって、考えてたよ俺」

 もし拒否されたら、自分の部屋にでも連れて行くつもりだったのだろうか。そう考えてしまうと、腹の底がムカッとなってしまった。……本当に何なんだ。

 自分の気持ちを冷静に分析してしまうと、あまりに不穏で直視できそうにない。その気持ちの裏側で、どうしてか生徒会室での出来事が見え隠れしていたからな。

 いつまでもスバルの部屋の前で突っ立っているのもおかしいので、オレらの部屋へ寄る事になった。用も済んだから帰ると言い出すかと思ったが、先輩はもう暫くオレに付き合ってくれるらしく、大人しく後ろを歩いている。

 最初は「学食でも行かないか?」と言ってくれたのだが、ドロドロのシャツを着替えたいと言ったら、オレらの部屋に寄っていいかと言い出したのだ。

「先輩の部屋みたいに気の利いた物は何もないけどいい?」

 なんとなく気になって伝えてみると、当たり前だろうと笑われた。その上「ジュースでも買って来てやろうか?」と言われてしまい、まるでオレが催促したみたいで恥ずかしくなった。だと言うのに、図々しく部屋番号を伝えて、自販機にある気に入っているジュースの名前を口にしてしまう。そんな自分を絞め殺したい衝動に駆られる。

 階段を軽快に下りていく先輩の足音が聞こえなくなるまでその場で見送ると、魂までもが抜け出そうなくらい長いため息が出た。

 気持ち的には疲れ果てて、その場で座って待ちたいぐらいだったが、先に服でも着替えておこうと、自室の扉を開くと、部屋の真ん中で狭間が洗濯物を畳んでいた。

「おかえりなさい……って、すごい格好だね。あ、これに着替える?」

 畳み終わったシャツを差し出しながら笑う狭間の姿は、ドラマとかで見る母親の姿そのもので、妙に照れてしまう。いや、自分でも分かってるんだけどな……同級生にそんなモノを重ねて見るのは可笑しいって。でも、相部屋の二人だけに止まらず、狭間の世話になっている奴らはどいつも似たような事を思っていたりする。

 狭間の世話焼きは、この男所帯の中で燦然と輝きを放っていた。どうしてここまで、生活能力が高いのかは謎だが、オレらが手を焼く作業全て、狭間は呼吸をするかのように自然とこなす。嫌な仕事を押しつけられている雰囲気はまるでなく、オレらもついつい頼ってしまうのだ。

 今も汚れたシャツを脱ぎ、手を差し出してくれる狭間に当然のように手渡してしまった。

 畳んでいたオレらの洗濯物を部屋の隅に寄せ、汚れたシャツを手に部屋を出て行こうと狭間が立ち上がった時、タイミング良く扉を叩く音が聞こえてきた。「はーい」と返事しながら扉を開ける狭間は、目の前に突然現れた大男に一瞬ビクッと体を震わせ、硬直してしまった。

「大丈夫だ。この人、別に恐い人じゃないから」

 小動物のような震え方をする狭間に、オレは慌てて声をかける。先輩も狭間に申し訳なさそうな顔をした。軽く先輩を紹介すると、狭間も落ち着いたらしく、丁寧に挨拶を返した。

「それ、セイシュンが来てたシャツだろ? 狭間が洗濯してくれるのか? ありがとうな」

 先輩は軽く頭を下げる狭間に自然と手を伸ばした。狭間の小さな頭にポンポンと置かれる手を見ていると、なんか胸の辺りがギュッと変な感じになってしまった。

 突然、そんな子供扱いされるとは思わなかったのだろう。狭間は耳まで真っ赤になって、しどろもどろになる。小さい狭間のそんな態度にヘラヘラ笑う先輩を見て、跳び蹴りかましたくなったが、狭間を驚かせてはいけないと思い止まった。

「あの! そ、その、えっと、ぼ、ぼく、これから山野辺先輩の所に行かないといけないので、失礼します。金城先輩、ゆっくりしていって下さい」

 ペコッとお辞儀すると、狭間は先輩を部屋の中へ誘導し、するりと廊下へと出て行ってしまった。静かに閉じられた扉を振り返り「邪魔したかな」と呟く先輩を無視して、部屋の真ん中で胡座を掻いた。

 空気の入れ換えでもしていたのか、窓から心地の良い風が入ってくる。補修した網戸は不格好だが(でかい穴になっていた所に、ガムテープで下敷きを貼り付けた)虫の大群が侵入して来るのを阻止できるし、今の季節は概ね快適な生活環境だ。風で妙にのぼせ上がった頭を冷やしていると、頭の上にひんやりした物が置かれた。

「部屋にまで押しかけるのは、やっぱり迷惑だったな。また出直すよ」

 じんわり広がる冷たさに目を瞑っていると、先輩は何を思ってか、部屋を出て行こうとしていた。慌てて立ち上がると、頭の上からジュースが二本、畳に落ちた。

「なんで? なんで、いきなり帰ろうとしてるんだよ。来たとこじゃん」

 先輩の腕を掴むと、困ったような顔がオレを見下ろしている。

「俺が無理を言って、セイシュンを怒らせてるみたいだからな。また日を改めるよ、ごめんな」

 ガキみたいに拗ねてたのを怒っていると勘違いさせたみたいだった。どう言って誤解を解けばいいのか分からず、もうそのまま口にしてみた。

「別に怒ってないし。その、ただ……狭間の事、嬉しそうに撫でてるの見たら、すげぇ苛々しただけ」

 先輩は当然なのだが、訳が分からないという顔をしていたので、理解される前に強引に部屋へと連れ戻した。狭間やスバルに優しくしているのを見て、馬鹿みたいに妬いてたなんて知られたくない。

 座布団なんて物もないので、畳の上に、先輩が買って来てくれたジュースを向かい合わせで置く。窓を背にオレが座ると、遠慮ぎみに先輩も畳の上に胡座を掻いて座った。

 オレの態度のせいだから、自業自得と言う他ないんだが、先輩のどうしたもんかという気配に気まずさを感じてしまう。オレは目の前のジュースに手を伸ばして、紙パックにストローをさし「いただきます」と礼を言うなり、無言でチューチューやった。

 甘い、とにかく甘い。歯が溶けるんじゃないかと思うくらいに甘いジュースは、パッケージを見ても何味なのか分からない。飲んでみると更に分からなくなる、そんなジュースにハマっていた。最初は間違ってボタンを押してしまっただけだったのに、なんとなく飲んでみたら美味くもないのに病みつきになってしまったのだ。

 美味くないのに堪らない、この悪循環から抜け出せず一週間になる。このままいくと、三年間ずっと飲み続けそうで恐い。そんなジュースに意識を向けていられるのも、たかが数秒で、あっと言う間に飲み終わったジュースのパックを丁寧に潰して「ご馳走様でした」と手を合わせた。

 顔を上げると先輩が不思議そうに、オレが飲んだ物と同じジュースのパッケージを手に取り眺めている。オレに気付いた先輩は、ちょっと悩んでから自分の分にストローをさした。飲んだことのないジュースだったのだろう、チビリチビリと吸い上げながら、その度に表情が曇っていった。三度くらい吸った後、先輩は無言でジュースを畳の上に置き、真剣な顔でオレを見つめてくる。

「セイシュン……これは、嫌がらせか?」

 どうやらこの得体の知れないジュースの味が、お気に召さなかったらしい。辛そうな顔で口をモゴモゴさせている先輩を見て、思わず吹き出してしまった。

「なんで? 不味くないじゃん。美味くもねーけど」

 ケラケラ笑うオレにちょっとムッとした顔を向けてくる先輩は、ならお前が責任持って飲めと言うように、ジュースをオレの方へと差し出した。

 この甘さを二本は中毒のオレでも正直しんどいんだが、突っ返すのも可哀想でオレはジュースを受け取って、軽くストローに口を付けた。

 吸うとやっぱり甘くて胃の中が軽く拒否り出したが、オレはソレに気付いて、思わず鼻からジュースを逆流させる所だった。
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