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赦し

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 気付くと、ローゼは自室の寝台に寝かされていた。
 天井や足元の間接照明のみが点灯した薄暗い室内にいるのは、彼女一人だけだ。
 身を起こしてみたローゼは、全身に、ひどい倦怠感を覚え、深い溜め息をついた。
 ぼんやりとしていた頭の中が少しずつ清明になり、ローゼは、自分がルキウスに薬を盛られ、彼の寝室に連れ込まれたことを思い出した。
 はっとしたローゼは自分の身体を確かめてみたが、汗と愛液に塗れていた筈の身体は清められ、真新しい寝間着を着せられている。
 おそらく、女官たちの手によるものと思われた。
 彼女たちが何を思って処置をしていたのだろうかと考えたローゼは、羞恥心に心臓を握りしめられたような気持ちになった。
 悪い夢だと思いたかったが、ローゼの肌には、ルキウスに触れられた際の感覚が、生々しく残っている。
 愛するユリアン以外の男に身体中を撫で回され、口づけされ、あまつさえ秘所の奥までまさぐられ――
 ――たしかに、身体が勝手に反応してしまうほどの強烈な快感があったけれど、ユリアン様と愛し合っている時のような安らぎは微塵も無かった……ユリアン様は、夢中になっているように見える時でも、いつも私のことを気遣ってくれていた……
 そこでローゼは、ルキウスに身体をいじられていたところからの記憶が途切れているのに気付いた。
 ――私が失神している間に、彼が思いを遂げていたとしたら。
 背筋に、ぞくりとするものを感じ、ローゼは思わず自分で自分を抱くようにして身を縮めた。
 皇帝一族からすれば、ルキウスとローゼの結婚は「決定事項」であり、二人が情交するのも問題ないということなのだろう。
 奴隷のように扱われ、命令されたこと以外の行動を許されなかった頃であれば、あるいはローゼも何も考えることなく「運命」に従っていたかもしれない。
 しかし、ユリアンによって解放され、自由に考えることを覚えた彼女にとって、今の状況は到底納得のいくものではなかった。
 と、誰かが部屋の扉を叩く音がした。
「どなたでしょうか」
「私だ……ルキウスだ。話したいことがあるんだ」
 誰何すいかするローゼに対して答えたのは、ルキウスの声だった。
 ――今の自分は彼と普通に話せる状態だろうか――それより、また何かされたら……
 ローゼが返答を躊躇ためらっていると、再びルキウスの声がした。
「絶対に君に触れたりしないから……入れてもらえないだろうか」
 少し震えた、力のない声だった。
 どうぞ、お入りくださいとローゼが答えると、ルキウスは、そっと扉を開けて、おずおずと部屋に入ってきた。
 その様は、まるで、悪いことをして叱られるのを予見している子供のようだった。
 ルキウスは、ローゼが座っている寝台から三歩ほど離れた辺りまで歩いてくると、そこで立ち止まった。
「……ひどいことをして、申し訳なかった」
 そう言って、ルキウスが項垂うなだれた。
「私は、君の心が欲しかった。君の心の中に、『前の婚約者』がいる限り、君は私を見てくれないと思った。だから、私は、君に『前の婚約者』よりも、もっと大きなよろこびを与えて、振り向いてもらおうと考えたんだ」
 普段は、はきはきと屈託なく話すルキウスが、項垂うなだれたまま、ぼそぼそと詫びるのを、ローゼは黙って見守った。
「でも、あんなことをするべきではなかった……私は、君を愛していて、君が幸せそうに笑っている姿を見たいと思っていた筈なのに……私は、恥ずかしい」
 泣いてしまいそうなのを堪えているのか、ルキウスは唇を噛んだ。
 彼の様子を見たローゼは、淡い憐憫の情を感じた。
「一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
 少しの間の後、ローゼは口を開いた。
「……私が気を失った後……あの……最後まで……?」
「いや、それはないよ。神に誓ってもいい」
 ローゼの言いたいことを理解したのだろう、ルキウスは首を振って答えた。
「ユリアンというのは、君の『前の婚約者』の名だね?」
「……はい」
「君は、ずっと『婚約者』の名を呼んでいた……まるで、助けを求めるかのように。それを見て、私は、自分が如何に非情なことをしているのかと我に返ったんだ」
「そうですか。……ルキウス様を信じます」
 ローゼが言うと、ルキウスは安堵の表情を見せた。
「今後は、君の許しを得ない限り、君に触れることはしない……こんなことが贖罪になるとも思えないけれど」
 ルキウスは、寂しげな微笑みを浮かべた。
「君は、今でも……フランメ王国に……ユリアン殿の許へ帰りたいと思っているのか?」
 彼の思わぬ問いかけにローゼは逡巡しゅんじゅんしたが、無言で頷いた。
 フランメ王国へ戻るのは不可能だと思ってはいるものの、ユリアンの許へ帰れるのなら、今すぐにでも飛んで行きたいというのが、ローゼの本音だった。
「……やはり、それが君の幸せなんだね」
 ぽつりと呟くと、ルキウスはきびすを返して部屋から出て行った。
 その背中に、ローゼは、どこか物悲しさを覚えた。
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