行き倒れイケメン拾いました

衣更月

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あげる

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 ルツェン村は冒険者ギルドを中心に栄え、発展しているらしい。
 村というより町。
 中心部は整備された道が通っているし、宿屋や酒場も多い。
 ギルドは小ぶりだけど、人の出入りも多く活気がある。
 それもレニー山脈があってこそだ。薬草は多種多様で、魔物のレベルも選びたい放題。ドラゴンの生息地でもあるので、”ギフト”を拾えるチャンスもある。
 ギフトというのは、ドラゴンの鱗だ。
 ドラゴンの種類や鱗の状態にもよるけど、ギフトを手にすれば、一生遊んで暮らせる報酬が得られるとも言われている。
 スク―の鱗には、あまり価値がないので、冒険者に狙われる心配はない。驚かれて終わる。
 今、その上にテッドが乗っているから、注目度は高い。
 途中、小川で泥を洗い流したテッドは、思った通り、美しい顔立ちをしていた。泥だらけだった頭は綺麗な金髪で、陽射しを受けてキラキラ輝いているから尚更人目を引く。
 テッドは「めちゃくちゃ恥ずかしい…」と呻いては、スク―の首に顔を埋めている。
 そんな1人と1頭を置いて、私はギルドへと踏み込んだ。
 初めて入ったギルドは、屈強な男たちの巣窟だ。依頼書を貼り付けた掲示板を前に、野太い声を上げながら冒険者たちが集まっている。テーブル席では、情報交換をやり取りする冒険者もいる。中には、筋肉自慢をする冒険者もいるから、若干、汗臭い。
 なのに、受付にはとんでもない美人が座っている。
 見事な赤毛に白い肌。色気のある垂れ目に泣き黒子。ブラウスを押し上げる大きな胸には男だけじゃなく女でも羨望の眼差しを向けてしまう。
「いらっしゃい。初めまして…かしら?ルツェン村の外から?」
「はい。登録申請をお願いしたいんですけど、外に相棒がいるんです。迷惑になりません?」
「相棒?」
 女性は首を傾げ、私に連れられるままに外に出て硬直した。
「スクテコリュウのスク―です。何か手続きとか必要ですか?」
「えっと…スク―…くんね。一緒に登録しましょう。それから既定の首輪も必要ね」
「首輪?」
「スク―くんがあなたの所有である証明書ね。首輪をすることで、魔物とは切り離されたと考えるの。だから、他の冒険者にスク―くんは傷つけられない。同時に、スク―くんが誰かを傷つけた場合、処罰されるのはあなたということ」
 なるほど。
「それで、スク―くんの上の美青年は?」
「怪我をしてるのを保護したんです。名前はテッド。あ、私はアレックス」
「初めまして、アレックス。私はジェニー・ベロ。ここのギルドマスター、アーチボルドの娘で、受付をやっているの」
 握手を交わして、スク―の存在を考慮し、外で手続きを済ませることになった。
 遠巻きにスク―を見る人たちの視線を受けながら、簡単な質問に応えていく。剣を使えるか、弓矢の技量はどれほどか、薬草の知識はあるのか…などなど。
 スク―の上から、テッドも登録したいと問答に参加する。
 それが終われば、無地のカードを手渡された。
「魔道具の一種よ。カードを手に挟めば、魔力量を測定してランク付けしてくれるの」
「魔力量でランクが決まるんですか?」
「最初はね。それが目安。ランクアップには年1回の試験を受けてもらうわ。今日は登録なので純粋な魔力量よ。掌にカードを挟んで、それから頭の中で氏名と所属ギルドを思い描いて。ギルドはここね」
 言われた通りにカードを両手で挟み、目を閉じて頭の中で名前を反芻する。
 すると、カードに自分の顔と名前、ルツェンが浮かび上がった。
 名前の横にはFとあるので、最下位ランクスタートだ。
 少し落ち込む。
 それから簡単な説明と注意事項が続いた後、住む場所が決まっておらず、しばらく野宿と知ったジェニーさんにしこたま怒られた。
 結果、家を斡旋してくれた。
 村外れにある1軒屋で、住んでいた老夫婦が隣町の娘夫婦の元に引っ越すので処分したいと託されていたらしい。家具も残っているし、家の裏手には井戸と畑があるので値が張る。
 それでもスク―を考えれば、集合住宅には入れない。
 慰謝料もあるし、払えない金額でもなかったので購入にサインした。
 そこから宿屋を巡り、空き部屋を探すも見当たらず。
 宿屋の主人の話では、「半年後の国王陛下の生誕祭に向け、ギフト狙いの冒険者が押し掛けてるんだよ」とのこと。
 基本、ギフトを含めた素材は、ギルドを介して取引するか、個人でオークションに出すしかない。が、年に1度、王家が直々に素材を買い取る日がある。それが国王陛下の生誕祭だ。正確には、生誕祭の1月前らしい。
 直に素材を見分し、生誕祭に身につけるに相応しい物を探すのだが、それがなかなか難しく、大抵は貴族からの献上品を身につけている。
 狙い目は魔石だ。
 魔石は魔物が体内に保有している魔力を帯びた石で、その石の影響で魔物は攻撃力と獰猛性を増している。普通の動物と魔物の違いは、魔石の有無の差とも言われる。
 採取された魔石は魔具師が加工し、装飾品や生活用品へと生まれ変わる。
 冒険者カードもその1つだ。
 魔石の価値は魔物の種類によって異なり、レベルの高い魔物ほど、美しい宝玉の光りを放つ……らしい。
 それを上回るのがギフトだ。
 王家が買い取るとなれば、オークションより高値が予想されるので、数多の冒険者がルツェン村に集まって来る。
 タイミングが悪かった。
 仕方なしに医者に立ち寄った後、テッドを我が家に招待する。
 購入したての家は森の傍で、スク―の環境としては最適だ。家の裏手に畑と井戸がある。母屋と寄り添うように建つのは、薪を置く納屋だ。
 受け取ったばかりの鍵で玄関ドアを開けて中に入れば、テーブルと椅子。暖炉が目に入った。リビングだ。そのまま暖炉脇の廊下を進めば、炊事場やトイレ、風呂、小さな納戸があった。
 一番奥まった場所に階段があり、2階には寝室を含めて3部屋ある。
「ジェニーさんが言ってた通り。家具も揃ってるし、きっちり掃除されてる」
 いつでも住めるように管理されてるわよ、とはジェニーさんの言葉だ。
 良い買い物をした。
 ほくほくと微笑んでると、テッドは「本当に悪い…」とテーブルに突っ伏すように項垂れる。
 骨に異常はない。右足の捻挫と打撲。擦過傷が見られるだけ。それでも足首が腫れてるので安静を指示されている。
「国王陛下の貢物がかかっているなら仕方ないかな。冒険者なんて、みんな一攫千金狙ってるんだから」
 改めて炊事場を確認して、蛇口がないことに落胆する。
 蛇口は魔具師が水魔法を込めた魔石を取り付けることで、自在に水が使用できる優れものだ。定期的に魔石を取り換える必要があるものの、重労働で水を運んで体を壊して医者にかかるよりは安く済む。
 同じように、火魔法を込めた魔石はコンロとなる。が、古めかしいかまどを見るに、薪を使った仕様だ。
 手持ちを使い果たすわけにはいかないので、当面は頑張って稼ぐ必要がある。
 もしかして、照明も昔ながらのオイルランプだろうかと確認すれば、照明は光魔法を込めた魔石を使用していた。
 ちょっと拍子抜け。
 リビングに戻ると、テッドは鬱屈とした顔のままだ。
「もしかして、テッドもギフト狙いだったの?」
「そうじゃ……ないとは言えないかな」
 はは、と気落ちした笑い声だ。
「ギフトの換金?それとも献上?噂だと、献上で爵位を賜る千載一遇のチャンスだって聞いたこともあるし」
「ギフトだけで爵位はありえないよ」
 テッドは苦笑する。
「せいぜい陛下が”ギフトか!すごいな!”と喜ぶくらいだ」
「それじゃあ、報酬狙い?」
「いいや」とテッドは頭を振る。
「ギフトは装飾品として見られがちだけど、本当の価値は薬効にあるんだ。弟がキーリス病でね」
「キーリス病?」
 聞いたことがない病名に首を傾げれば、アメンドーラ王国の東方、キーリス地方特有の風土病なのだという。
 症状は発熱、痙攣、吐き気、頭痛、鼻血に血尿。食欲は減少し、やがて衰弱死する。余命は長くて3年。特効薬がないので、症状に合った薬を服用するしか手立てはない。
 まるで真綿で首を絞められるように、じわじわと体が弱って行く死病だという。
「まだギフトを使った例はないんだよ。だから使ってみたくてね」
「ギフトを使って薬を作るなんて、王族くらいしか出来ないかもね」
 あまりに高額すぎる。
「王族でも無理だよ。ギフト自体が貴重で、入手が難しいんだから…。手に入ったとしても、殆どが装飾品に加工されていて薬としての効果は消えているんだ」
 テッドは落胆の息を吐き、頭を抱えるようにテーブルに突っ伏した。
「ギフトを探して滑落したの?」
 訊けば、テッドは力なく頷く。
 私には命を懸けて家族の為に何かしたいと思ったことがないから、テッドが羨ましくもある。
「これも何かの縁ね」
 椅子に置いたバッグに手を突っ込み、「あげるわ」とテーブルに置く。
 真っ白なのに、光りの加減で七色に輝く扇形の鱗だ。大きさは椅子の座面と同じくらい。
「ギ…ギフト!?」
 テッドは絶叫して、ギフトと私を交互に見る。
「見つけたのは私じゃなくてスク―ね。スク―は、こういうキラキラしたのが好きなのよ」
「さ、触っても?」
「どうぞ。テッドにあげるし」
「なっ…。アレックスは、この価値が分かってるのか?これを売れば、一生遊んで暮らせるかもしれないんだぞ?陛下への謁見だって叶う」
 テッドが声を荒立てるけど、私は笑うしかない。
「王様に会ってどうするの?緊張するだけじゃない。一生遊ぼうとも思わない。冒険者で駆けまわってる方が楽しそうでしょ?お金がなくても、ここだと自給自足で食べていけるし」
 肩を竦めて、窓の外で跳ねまわるスク―に目を向ける。
 白い首輪をつけたスク―は、首輪に埋め込まれた青い魔石が気に入っているのか、「きゅるるる~」と鳴いては悦に入っている。
 なんとも平和な光景だ。
「お金って、あればあるほど人をダメにすると思うの。性格も強欲になるし、がめつい人たちばかりが擦り寄って来る。だから、身の丈に合った金額が一番。ま、持論だけどね」
 肩を竦めてテッドを見れば、テッドはぽかんと開けてた口を閉ざした。そして、愉快げに笑い出す。
「アレックスとは出会ったばかりだけど、なんだか昔からの知り合いみたいだ」
「知り合い?」
 訊けば、テッドは「祖母に似てるんだ」とまた笑った。
 誰がおばあちゃんだ!
「そんなこと言うならギフトはあげない」
「あ!ごめん!悪い意味じゃないんだ。祖母も似たようなことを言ってたからつい…ね」
 テッドは苦笑して、頭を下げた。
「でも、本当に貰って良いのか?ギフトだぞ?」
「弟の命がかかってるんでしょ?テッドとは出会ったばかりだし、どういう人なのかは正直分からないけど、嘘を吐いているようには見えないから。これも何かの縁よ」
「お人好しって言われないか?」
「どうだろ?」
 故郷では、あまり人とは接点がなかった。
 家族ですら私を疎んでいたのだ。友達なんているはずもない。誰かに優しくすることも、されることもなかった。
「だったら、キーリス病の薬が出来たら、その病気で苦しんでいる人たちにも薬を配って欲しい。適正価格で。ギフト1つでどれくらいの薬が出来るのかは分からないし、キーリス病の特効薬が完成するかも分かんないけど」
「ああ、約束する。薬が出来れば、弟だけでなく、他の患者にも配るよ」
 テッドが差し出した手を握る。
 がっちりと握手して、スク―が拾ったギフトはテッドの手に渡った。

 それから10日後、テッドはルツェン村を発って行った。
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