行き倒れイケメン拾いました

衣更月

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番外編

冬の到来

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「クラーク!そうじゃない!」
 少しばかりの苛立ちを込めて声を張り上げたのは、つい数週間前にアメンドーラ王国の第二王子と判明したセオドア・トリート・アメンドーラ第二王子だ。
 愛称はテッド。
 テッドはルツェン村に馴染むために王子、殿下、セオドア様呼びを禁止している。
 なので、以前と変わらずにテッドだ。
 当初、王族が村人に溶けこむなんて無理じゃないかと思ってたけど、テッドは見事に冒険者として村に馴染んだ。
 馴染んではいるけど、平民に化けるには無理がある。
 生まれ持った王族オーラは誤魔化せないというのに、冒険者ギルドでは「どこかの田舎貴族の次男坊以下」と思われている。
 田舎貴族に見えるのが奇跡だ。
 まぁ、王子とは思えないきびきびとした動きで厩を建てる今の様子は、貴族と言うより大工の棟梁だけど…。
 そんな棟梁に叱られているのはクラーク・ホルト。ホルト子爵家の三男で、テッドとは乳兄弟だという。年齢はテッドの1つ上の20才。桃色の髪をした貴族然りとした好青年で、どちらかといえば文官タイプの見た目。とても金槌を手に釘を打ち付けるタイプには見えない。
 実際、くの字に曲がった釘が出ているのか、テッドが叱責を飛ばして釘を真っ直ぐに打ち直している。
 王族って、大工の技術も習うのだろうか?
 テッドに叱られ、意気消沈しながらも不慣れな大工にクラークが勤しむ理由は1つ。
 テッドが我が家にいるからだ。
 王位継承権を持った王子がふらふらと単独行動なんて許されていいはずはない。一応、護衛と侍女が派遣されて来たけど、彼ら彼女らは貴族出身者ばかりだ。特に侍女は虫が飛び交う田舎に慄き、スク―との対面で卒倒。白旗を振って帰って行った。護衛もスク―が怖いらしく、我が家から100メートルほど先の空き家を買い取り、遠くから見守ることにしたらしい。
 護衛の意味とは?
 で、最後に派遣されて来たのがクラークだ。
 婚約者でもない未婚の女性が1人で暮らす家に王族が転がり込むなんて言語道断!と真っ当な説教をテッドに食らわせ、そのままテッドを連れ帰るのかと思えば、「王子を宜しくお願いします」と頭を下げられドン引きした記憶は新しい。
 テッドも自由奔放奇想天外なら、その従者も奇想天外な思考の持ち主だった。
 第二王子が王都を離れていいのかと訊いても、領主であるカルヴァート伯爵の許可は貰っていると斜め上の答えを貰った。
 それどころか、フォーブス王太子に元気な男児が生まれたので問題が1つ減ったと力説された。
 そうは言われても容易に納得したくはない。
 王族なら幼少期からいるだろう婚約者。不貞を疑われては困ると言えば、テッドに婚約者はいないらしい。
 婚約者がいたのはフォーブス王太子と2人の妹君だけで、3人の王子に婚約者は宛がわれなかったという。 
 フォーブス王太子に万一があれば、王太子の婚約者ジョージャ様がそのまま次の婚約者となると決まっていたそうだ。
 まるでジョージャ様ありきの王太子みたいだけど、あながち間違っていないらしい。
 兎に角、ジョージャ様は才色兼備で、語学に優れ外交の手腕も見事なのだとか。王家としてはジョージャ様を逃したくはないので、あえてテッドたちに婚約者を宛がわなかったようだ。
 で、晴れて自由の身となったテッドは、王都を離れてレニー山脈の研究に打ち込めることになったという。
 苦労を背負うクラークは、ここと王宮を行き来するそうだ。こっちにいる時は、護衛たちと同じ屋根の下で暮らすことになる。
 クラークはスク―に恐怖心は抱いていないけど、クラークの愛馬がスク―を恐れて無理だった。それは護衛たちの馬も同じで、馬が興奮しない距離を測って行き、都合の良い家が100メートル先の空き家だったのだ。
 冬を迎えるルツェン村は、レニー山脈の吹き下ろしの風もあって王都以上に寒いという。
 護衛たちはテッドの護衛もそっちのけで、必死に空き家を冬を凌げる家へと修繕している。馬の数だけ、新たに厩も作らなければならないので、かなり大変みたいだ。
 村人たちには、レニー山脈調査派遣団と挨拶をしている。
 そこまでしてテッドがここで生活する意味があるのか聞いたことがあるけど、意外と重要らしい。
 第二王子を得体の知れない女の下に派遣するほど、ギフトの研究は最優先事項なのだとか。
 ここまで聞けば、王国がVIPとして迎えたいのがスク―だと嫌でも分かる。
 なにしろ、ギフトを見つけたのはスク―だ。赤筍もスク―が見つけた。再びギフトや赤筍を採取できるとすれば、スク―なくては成し得ない。
「ほんと、スク―は凄いね」
 ぽんぽん、と鼻先を撫でれば、スク―は「きゅるるる~」と歌うように鳴く。
 強面からは想像もできない愛らしい声だ。
「アレキサンダーもそう思うでしょ?」
 そう訊けば、スク―の隣でアレキサンダーが鼻を鳴らす。
 アレキサンダーは鼻革カブソンを付けているだけで、綱で繋がれているわけではない。放牧地がないので、テッドが放置しているのだ。
 自由に歩き回るアレキサンダーは、好奇心旺盛で、スクーと一緒にいることが多い。
 スク―と友達になれる馬なんて、アレキサンダー以外にいないのではないだろうか。
「アレックス。そっちは冬ごもりの準備は大丈夫かい?」
「ええ」
 私は頷き、手にした斧を切り株に突き立てる。
 ちょん、と指さした先には、朝から割り続けた薪の山だ。薪はいくらあっても困らない。むしろ、雪深い日に薪が不足する方が死活問題だ。
 手には肉刺が出来たけど大したことではない。
 あの家で暮らしていた時は、それこそ肉刺が潰れて血だらけになるまで酷使されたのだ。それを思えば、天国と地獄ほどの差がある。
「保存食も準備万端よ」
 肉の塩漬け、果実酒、果実の砂糖漬け、魚の干物と燻製、ピクルス。他にも保存に効く大豆や種子、じゃがいも、はちみつ、小麦粉、スパイスなどを買い込んだ。
 森で採取した薬草や薬茸は乾燥させ、保管庫に吊るしてある。
 あと、大量に買い込んだ毛糸玉でセーターやマフラー、帽子を編んだ。オオツノジカのなめした皮を靴屋に持ち込み、冬用のブーツも作ってもらっている。
 アレキサンダーの馬着は、テッドが持って来たので心配はいらない。
 赤ワインも十分な量を買った。
 指折り数えて、「他に何かある?」と確認してみる。
 テッドは顎に手を当て、「ん~」と空を仰ぎ見た。
「そういえば、氷室は?」
「今冬は間に合わないわ。必要な茅や藁が手に入らないでしょ?穴も掘らなきゃならないし、色々と準備が足りないの」
「穴?」
「穴の中に切り出した氷を入れるのよ。要は天然の冷蔵室を、夏の間も使おうって知恵。氷属性の魔導士がいない地域は、重宝するんだから」
 まぁ、ストーメア家は氷属性の血筋だから苦労はなかたけど、お陰で毛色の違う私は家族ではなく使用人として酷使された。
 やさぐれたように笑う私に、テッドは「ふ~ん」と曖昧に相槌を打った。
「じゃあ、2年後の夏くらいから便利になりそうかな」
「そうなるわ。平民…特に酒場なんかはエールを冷やすための氷室を作ってたくらい、私の故郷ではポピュラーだったのよ」
「エール!それはいいね」
 ぺろり、と舌なめずりしたテッドは、王族とは思えないほど庶民派だ。
 あの雑多で、騒々しく、毎日がお祭り騒ぎかと思うほどの陽気な酒場の雰囲気が好きらしく、よくギルド近くの酒場でエールを飲んでいる。
 護衛の苦労は如何許りか…。
 というか、2年後もいるの?という質問は不敬に当たるだろうか?
「アレックスは冬に慣れてそうだから頼りにしてる」
「故郷は天候が荒れると、数日間は外に出れない日が続くんだけど、この国はどう?」
「王都の方は雪が降っても積もることはないんだ。ただ、ひたすら冷えるくらいで、外に出れないほどの悪天候にはならない」
「地理的な問題です」と、額の汗を拭いながらクラークが歩んで来た。
 白いシャツが見事に汚れ、袖口が解れている。
 ズボンも同じだ。
 まさか大工仕事に駆り出されると思わなかったのだろう。貴族の子息然りとした恰好でやって来たクラークは、本当に不憫なほど疲弊している。
 そんなクラークを無視して、テッドは「確かにな」と頷いた。
「四方を山脈に囲われているから、夏は高温多湿。冬は霧も発生しやすいんだ。この国は」
「アメンドーラ王国でも北部に位置するルツェン村は、レニー山脈の麓ということでフロストの悪戯に遭うことで有名ですからね」
「フロスト?」
 私が首を傾げた横で、テッドは「そうだ、フロスト!」と笑顔で手を打つ。
「アメンドーラ王国には精霊が棲んでいると言われています」
 クラークは言って、森の遥か後方の雄々しい峰々を仰ぎ見る。
 万年雪の被ったレニー山脈だ。
「フロストと言うのは、レニー山脈に棲んでる雪の精霊のことです」
「精霊って…絵本の?」
「他所では子供の寝かしつけに語られるくらいですが、こちらでは精霊は信仰の対象なんです。みんな信じてますよ」
「そうそう。フロストという雪の精霊が冬を連れて来て、この辺り一帯に雪を降らせるんだってね。大雪の年は恵み多き一年になり、その逆だと厳しい年になる。フロストが雪に耐えた人々に恵みを齎すと言われている」
「ほんと?」
 訊けば、テッドは肩を竦めて笑う。
「真相は冬になってゲフリーレンが渡って来るからだよ」
「ゲフリーレン?」
「氷属性のドラゴン。スク―のように高魔力が体内を巡って、寒さに適応している種類なんだ。この種は暑さに弱いから、別名ワタリリュウなんて呼ばれる。夏の間は北方の氷島にいて、冬になるとレニー山脈に帰って来ることが分かってる」
「わざわざ?」
「レニー山脈は繁殖地だと言われている」
 言われているということは、正確な情報ではないのだろう。
「それじゃあ、ギフトはゲフリーレンの鱗?」
「だろうね。ゲフリーレンは白銀の鱗だそうだから、冬の間に落ちたものだね」
 テッドに渡したギフトは、光りの加減で七色に輝く真っ白な鱗だった。
「ゲフリーレンは中型のドラゴンだよ。ワタリリュウと言われる種類は群れをなしているから、結構な数がいるはずなんだ」
「もしかして、ゲフリーレンを探すの?」
 思わず眉宇を顰めて言えば、テッドは「もちろん!」と大きく頷く。
 クラークは額に手を当て呻いた。
「可能ならギフトも拾いたい。前回はジェフがキーリス病の治療薬を完成させたけど、他にも難病の治療薬に使えるんじゃないかってさ。研究するには数が必要だから、ギフトを送って来てくれと頼まれているんだ」
 ジェフというのは、第三王子のジェフリー殿下のことだ。
 噂では薬師であり、優秀な研究者だと聞く。
 テッドの1つ下だというのに、風土病の治療薬を完成させるんだからかなりの天才だ。
「ゲフリーレンをスク―みたいに手懐けられれば最高なのにね」
 何気ない冗談だったのに、テッドは晴れ渡った夏空色の瞳を見開くと、「それだぁ!!」と絶叫した。
 まさか山のような要望書と企画書を携え国王陛下に突撃していくとは、私もクラークもまだ知らない…。
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