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おかえり
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何度乗っても公爵家の馬車には慣れない。
そもそもコレは、一般的な馬車という概念から遠く離れた乗り物だと思う。
客車は私の部屋と同じくらい広く、私が寝転んでも余裕な幅がある。座面はクッション性に富み、どういう仕組みか殆ど揺れを感じない。
馬の蹄音や車輪の回る音はするのに、お尻が痛くならないなんて魔法よりすごい。
窓を覆うのはコバルトブルーの品のあるドレープカーテンで、テーブルこそないけど、ここで生活できると断言できる快適さだ。
馬車といえば単なる移動手段なのに、高位貴族の考えることは平民の想像を突き抜けている。
お金の使い方が怖い。
そっとカーテンを捲って外を見れば、青々としたトウモロコシ畑と麦畑が交互に広がる。その合間合間に、”魔女の森”の一部が飛び地のように点在している。魔物が棲みつくような面積はないけど、一部の森は禁足地となっているらしい。
別に凶悪な何かがいるわけじゃない。
多種多様な毒草の自生地とのことで、立ち入り禁止に指定されたそうだ。
薬師の資格が取れれば、是非とも行きたい場所である。
カーテンを正して、正面に座るジャレッド団長に目を向ける。
改めて向き合うと、ジャレッド団長のデカさが分かる。この馬車が大きいのも、もしかするとクロムウェル家の体躯に合わせてなのかもしれない。
獣人は人族に比べて大柄だけど、中でも公爵家の人たちは突出して大きい。公爵様にはお会いしていないけど、兄弟を見れば分かる。クロムウェル家の血筋は他の獣人より飛び抜けて大柄だ。
「これくらい広くなくちゃ家族全員乗れなさそうだしね」
「あ”?」
「あ…すみません。その…公爵家の馬車が大きいのは、クロムウェル家のみんなが大きいからかなって。じゃないと、家族みんなで乗れないなって考えてて」
「家族で馬車に乗ることはない。たとえ同じ目的地でも、それぞれの馬車に乗る。グレンとは同乗することはあるが、兄上は結婚されてるからな。同乗することはない」
「家族バラバラなんですか?」
「皇族や高位貴族というのは、子供が小さいうちは両親と乗ることもあるが、基本は乳母や家庭教師と同乗する。成人してから両親と同じ馬車に乗ることはない。万一、事故が起きた時に血筋が絶えることを回避するのが理由だな」
実は馬車というのは、非常にデリケートな乗り物だ。
特に車輪の大きな箱馬車は注意が必要で、整備された道を走らなければ、石や轍の深みに車輪を取られてしまう。
馬車の横転事故による死者は珍しくはないのだ。
泥濘に車輪がとられれば、馬車を降りて、全員で馬車を押さなければならない。そこに平民も貴族もない。着飾った爵位持ちの男性も、立ち往生すれば泥だらけで馬車を押す。
メリンダに聞いたことがあるけど、領地を持つ貴族は、道の整備に結構なお金を注ぎ込むらしい。何しろ、道が整備されていなければ馬車を走らせられない。馬車が走らなければ、着飾った令嬢は領地から出ることが出来ずに人生が詰んでしまう。それは言いすぎじゃない?って言ったら、「社交に出られない女性は終わるのよ」と真顔で言っていたから本当だと思う。
ゴールドスタイン領で安全に馬車を走らせることができる道は、2本か3本くらいだった。そのどれもが王都に連なる街道か、隣の領地へと向かう道になる。
整備されていない道を行くのは、ずんぐりむっくりした農耕馬が引っ張る荷馬車になる。荷馬車の車輪は小さく、幅が広く作られているので、安定感があるのかひっくり返り辛い。欠点は優美さがないことだけど、実用性に優れた作りだと思う。
「ここは道がしっかり整備されてますね。第2も第3も馬車が立ち往生することがないですもん」
「クロムウェル領は領内の子供たちに道沿いの石を除けるようにお願いしているからな」
「お願い?」
貴族が?
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ジャレッド団長は苦笑しながら頷く。
「不遜な態度で権力を振りかざしても、領民は従うだろうが、杜撰な作業となるだろう。だから”お願い”だ。石を除けた者に褒美をやるわけにはいかないから、祭りの日に労いを込めて公爵家が無料屋台を出店している」
ゴールドスタイン伯爵に爪の垢を煎じて飲ませたい。
しみじみと公爵様の人柄を噛みしめていると、ジャレッド団長がカーテンを開けて外を確認する。
「着いたようだ」
ジャレッド団長の声が聞こえていたかのように、馬車の速度が緩やかに落ちた。
馬車と並走していた第1騎士団の人たちが、ほっと肩の力を抜いたのが見えた。
ここは”魔女の森”に隣接しているので、いつ大型の獣や魔物と遭遇するか分からないのだ。獰猛なやつは殆ど出ないそうだけど、小型の魔物でも馬が驚いて暴走すれば一大事だ。何しろ、公爵家令息が乗車しているのだから…。
高位貴族の護衛というのは、さぞや神経が磨り減る仕事だろう。
静かに馬車が停車し、護衛騎士がドアを開いた。
先に降りたのはジャレッド団長で、「世話をかけた」と護衛たちに労いの言葉をかけ、すっと私に手を差し出す。
やっぱり慣れない…。
エスコートというのは気恥ずかしくて仕方ない。確かにステップは高いけど、令嬢のようなドレスを着ていないし、ヒールの高い靴を履いているわけでもないので、飛び降りた方が早いという思ってしまうのだ。
そんな少しの逡巡を見抜いたように、「イヴ」と少し困った声で手を出せと促された。
大きな手に手を添えて淑やかに…を心がけ、そろりと馬車から降りる。よろり、としてしまったのは、筋肉が弱っているせいだ。
馬車を降りるのもままならないとは情けない。
そんな私を、「イヴちゃん。お帰り」と柔らかな王子様スマイルのキース副団長が迎えてくれた。
「キース副団長…。ただいま帰りました」
お帰り。
その一言が、こんなに面映ゆく感じるとは思わなかった。
キース副団長がすっと横に退けば、その後ろに第2騎士団のみんなが勢揃いしていた。笑顔の人もいれば、泣いている人もいる。それもみんな口々に「お帰り」と拍手してくれるから嬉しくなる。
「団長に症状を聞いて心配したよ。もう大丈夫?」
「はい。怪我は完治しました。でも、魔力が乱れてて治癒が出来ない状態だったんです。1週間の安静だったから筋力が落ちてしまって…。体力の回復までひと月近くかかるって言われました」
「確かに。馬車から降りるのにふらついてたね」
キース副団長は言って、筋肉が痩せて細くなった私の腕に触れようと手を伸ばし、ジャレッド団長に叩き落とされた。
「触るなっ」
「これまた一段と」
キース副団長が苦笑し、後ろのみんなに振り返る。
「お前らも気をつけろよ」の掛け声に、みんなが笑いながら「了解です!」と声を揃えた。
ジャレッド団長は不満そうに顔を顰めながらも、みんなを見渡した。
「先日、イヴはカスティーロで暴行を受け、クロムウェル公爵家で療養していたことは全員知っての通りだ。今朝、ようやく医師より復帰の許可がおりた。療養により筋力が落ちているが、明日より治癒師として勤めてもらう。お前たちの怪我も、薬の治験となるので率先して治療院へ行くように」
全員が姿勢を正し、ジャレッド団長の言葉に「は!」と声を張り上げる。
マリアたち使用人も、何度も頷いて「承知しました」と声を揃えた。
「今日はイヴの快気祝いだ。サルサーとリンク。金は俺が出す。豪勢な料理を用意しろ」
その言葉に、歓声が沸いた。
「肉だ!」「酒だ!」「奢りだ!」とお祭り騒ぎだ。
これにジャレッド団長は苦笑して、「今日は第3のようになるぞ」と私に耳打ちする。
それは…少し怖い。
「解散!」
ジャレッド団長の咆哮にも怯まないほど、全員が浮かれながら敬礼した。
日が暮れる頃、1号棟と2号棟の間。治療院の前は賑やかなバーベキュー会場と化していた。
いつの間に組み立てたのかレンガ作りのコンロが4つ並び、串に刺さった肉が炭火で焼かれている。
ジュウジュウとお腹の減る音と香り。もくもくと煙りが赤らんだ空を霞ませ、焼きあがった肉が大皿に盛られていく。その皿にはエールを手にした騎士たちが群がり、次々に肉に齧り付いている。
第3騎士団で見た食事風景と同じ。いや、第2騎士団は全員が肉食系なので、それ以上の迫力がある食事風景だ。
さらに、エールやウイスキーの樽の前には空になった木製ジョッキを手にした騎士たちが列を作り、大口を開けて笑い合う。
ピーターと、1号棟の料理人ペイビン・サルサーは手を休める間もない。
肉を食みながら、肉を焼く。
そんな肉食の群れから少し離れた場所で、私はちまちまと串焼き肉に噛み付きつつ療養期間の報告を行っている。まぁ、主にハワード団長と対面したということだけど。
「ハワード様との面会が叶ったなんて!」
面会を希望したわけではないけど、マリアが羨望の眼差しを向けてくる。
「羨ましい~」
「え~私だったら心臓止まって無理かも」
「死ぬ前に会いたいわ」
「一度でいいから名前を呼ばれたい」
などなど、女性陣が頬を染めながら乙女の顔を見せている。
「ハワード団長はとても美しい顔立ちをしているからね」
キース副団長が王子様スマイルで女性陣に同意しているけど、そんなキース副団長に見惚れる女性は少なくない。
一見、キース副団長は軟派王子様だけど、実際は硬派なのだと最近分かってきた。たぶん、ジャレッド団長が鞭すぎるので、飴の役に徹しているのだと思う。
まぁ、普通に女性に優しいをモットーにしているだけかもしれないけど。
「イヴ。お前はああいうのが好きなのか?」
眉宇を顰め、むっとした顔つきのジャレッド団長に、マリアたちが頬を染めた。
不機嫌な顔なのに?
「えっと…ハワード団長は綺麗な顔だと思いますけど、それ以上でもそれ以下でもないです。綺麗、以上です」
「イヴちゃんらしいね!」
キース副団長が白い歯を見せて笑う。
「普通の女の子は、ハワード団長を見ると惚けてしまうんだけど」
「見惚れましたよ。でも、なんだか怖かったです」
「大狼の血統かつ騎士団長であり次期公爵様だからかな?」
「たぶん」
「それじゃあ、グレン団長はどうだった?」
「とても接しやすかったです。フレンドリーで緊張しませんでした」
同じ環境下で育った兄弟って、こうも性格が違うのかと感心してしまう。
一人っ子で、さらに一時期は孤児だった私には衝撃の事実である。
孤児院にいた兄弟は、上の子か下の子かで多少の違いはあったけど、根本的には似たような性格だったので尚更だ。
「それじゃあ、イヴちゃんの好感度高いのはグレン団長なんだね。イヴちゃんもこっちで恋人作れば、向こうに帰りたくなくなるね」
ふふ、とキース副団長が笑うと同時に、2人に見惚れていた女性陣があっという間に散り散りになった。
遅れて、ぞわわ、と項の毛が逆立つ。
そっと隣を見上げれば、ジャレッド団長が犬歯を剥き出しにして「ガルルル」とキース副団長を威嚇中だ。
「いや~イヴちゃんがいると退屈がなくなるね」
ジャレッド団長の圧に怯まないのは、クロムウェル家以外ではキース副団長くらいだと思う。
半ば感心しながら、私は一歩引いた場所でジャレッド団長に説教されて笑うキース副団長を見守った。
そもそもコレは、一般的な馬車という概念から遠く離れた乗り物だと思う。
客車は私の部屋と同じくらい広く、私が寝転んでも余裕な幅がある。座面はクッション性に富み、どういう仕組みか殆ど揺れを感じない。
馬の蹄音や車輪の回る音はするのに、お尻が痛くならないなんて魔法よりすごい。
窓を覆うのはコバルトブルーの品のあるドレープカーテンで、テーブルこそないけど、ここで生活できると断言できる快適さだ。
馬車といえば単なる移動手段なのに、高位貴族の考えることは平民の想像を突き抜けている。
お金の使い方が怖い。
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多種多様な毒草の自生地とのことで、立ち入り禁止に指定されたそうだ。
薬師の資格が取れれば、是非とも行きたい場所である。
カーテンを正して、正面に座るジャレッド団長に目を向ける。
改めて向き合うと、ジャレッド団長のデカさが分かる。この馬車が大きいのも、もしかするとクロムウェル家の体躯に合わせてなのかもしれない。
獣人は人族に比べて大柄だけど、中でも公爵家の人たちは突出して大きい。公爵様にはお会いしていないけど、兄弟を見れば分かる。クロムウェル家の血筋は他の獣人より飛び抜けて大柄だ。
「これくらい広くなくちゃ家族全員乗れなさそうだしね」
「あ”?」
「あ…すみません。その…公爵家の馬車が大きいのは、クロムウェル家のみんなが大きいからかなって。じゃないと、家族みんなで乗れないなって考えてて」
「家族で馬車に乗ることはない。たとえ同じ目的地でも、それぞれの馬車に乗る。グレンとは同乗することはあるが、兄上は結婚されてるからな。同乗することはない」
「家族バラバラなんですか?」
「皇族や高位貴族というのは、子供が小さいうちは両親と乗ることもあるが、基本は乳母や家庭教師と同乗する。成人してから両親と同じ馬車に乗ることはない。万一、事故が起きた時に血筋が絶えることを回避するのが理由だな」
実は馬車というのは、非常にデリケートな乗り物だ。
特に車輪の大きな箱馬車は注意が必要で、整備された道を走らなければ、石や轍の深みに車輪を取られてしまう。
馬車の横転事故による死者は珍しくはないのだ。
泥濘に車輪がとられれば、馬車を降りて、全員で馬車を押さなければならない。そこに平民も貴族もない。着飾った爵位持ちの男性も、立ち往生すれば泥だらけで馬車を押す。
メリンダに聞いたことがあるけど、領地を持つ貴族は、道の整備に結構なお金を注ぎ込むらしい。何しろ、道が整備されていなければ馬車を走らせられない。馬車が走らなければ、着飾った令嬢は領地から出ることが出来ずに人生が詰んでしまう。それは言いすぎじゃない?って言ったら、「社交に出られない女性は終わるのよ」と真顔で言っていたから本当だと思う。
ゴールドスタイン領で安全に馬車を走らせることができる道は、2本か3本くらいだった。そのどれもが王都に連なる街道か、隣の領地へと向かう道になる。
整備されていない道を行くのは、ずんぐりむっくりした農耕馬が引っ張る荷馬車になる。荷馬車の車輪は小さく、幅が広く作られているので、安定感があるのかひっくり返り辛い。欠点は優美さがないことだけど、実用性に優れた作りだと思う。
「ここは道がしっかり整備されてますね。第2も第3も馬車が立ち往生することがないですもん」
「クロムウェル領は領内の子供たちに道沿いの石を除けるようにお願いしているからな」
「お願い?」
貴族が?
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ジャレッド団長は苦笑しながら頷く。
「不遜な態度で権力を振りかざしても、領民は従うだろうが、杜撰な作業となるだろう。だから”お願い”だ。石を除けた者に褒美をやるわけにはいかないから、祭りの日に労いを込めて公爵家が無料屋台を出店している」
ゴールドスタイン伯爵に爪の垢を煎じて飲ませたい。
しみじみと公爵様の人柄を噛みしめていると、ジャレッド団長がカーテンを開けて外を確認する。
「着いたようだ」
ジャレッド団長の声が聞こえていたかのように、馬車の速度が緩やかに落ちた。
馬車と並走していた第1騎士団の人たちが、ほっと肩の力を抜いたのが見えた。
ここは”魔女の森”に隣接しているので、いつ大型の獣や魔物と遭遇するか分からないのだ。獰猛なやつは殆ど出ないそうだけど、小型の魔物でも馬が驚いて暴走すれば一大事だ。何しろ、公爵家令息が乗車しているのだから…。
高位貴族の護衛というのは、さぞや神経が磨り減る仕事だろう。
静かに馬車が停車し、護衛騎士がドアを開いた。
先に降りたのはジャレッド団長で、「世話をかけた」と護衛たちに労いの言葉をかけ、すっと私に手を差し出す。
やっぱり慣れない…。
エスコートというのは気恥ずかしくて仕方ない。確かにステップは高いけど、令嬢のようなドレスを着ていないし、ヒールの高い靴を履いているわけでもないので、飛び降りた方が早いという思ってしまうのだ。
そんな少しの逡巡を見抜いたように、「イヴ」と少し困った声で手を出せと促された。
大きな手に手を添えて淑やかに…を心がけ、そろりと馬車から降りる。よろり、としてしまったのは、筋肉が弱っているせいだ。
馬車を降りるのもままならないとは情けない。
そんな私を、「イヴちゃん。お帰り」と柔らかな王子様スマイルのキース副団長が迎えてくれた。
「キース副団長…。ただいま帰りました」
お帰り。
その一言が、こんなに面映ゆく感じるとは思わなかった。
キース副団長がすっと横に退けば、その後ろに第2騎士団のみんなが勢揃いしていた。笑顔の人もいれば、泣いている人もいる。それもみんな口々に「お帰り」と拍手してくれるから嬉しくなる。
「団長に症状を聞いて心配したよ。もう大丈夫?」
「はい。怪我は完治しました。でも、魔力が乱れてて治癒が出来ない状態だったんです。1週間の安静だったから筋力が落ちてしまって…。体力の回復までひと月近くかかるって言われました」
「確かに。馬車から降りるのにふらついてたね」
キース副団長は言って、筋肉が痩せて細くなった私の腕に触れようと手を伸ばし、ジャレッド団長に叩き落とされた。
「触るなっ」
「これまた一段と」
キース副団長が苦笑し、後ろのみんなに振り返る。
「お前らも気をつけろよ」の掛け声に、みんなが笑いながら「了解です!」と声を揃えた。
ジャレッド団長は不満そうに顔を顰めながらも、みんなを見渡した。
「先日、イヴはカスティーロで暴行を受け、クロムウェル公爵家で療養していたことは全員知っての通りだ。今朝、ようやく医師より復帰の許可がおりた。療養により筋力が落ちているが、明日より治癒師として勤めてもらう。お前たちの怪我も、薬の治験となるので率先して治療院へ行くように」
全員が姿勢を正し、ジャレッド団長の言葉に「は!」と声を張り上げる。
マリアたち使用人も、何度も頷いて「承知しました」と声を揃えた。
「今日はイヴの快気祝いだ。サルサーとリンク。金は俺が出す。豪勢な料理を用意しろ」
その言葉に、歓声が沸いた。
「肉だ!」「酒だ!」「奢りだ!」とお祭り騒ぎだ。
これにジャレッド団長は苦笑して、「今日は第3のようになるぞ」と私に耳打ちする。
それは…少し怖い。
「解散!」
ジャレッド団長の咆哮にも怯まないほど、全員が浮かれながら敬礼した。
日が暮れる頃、1号棟と2号棟の間。治療院の前は賑やかなバーベキュー会場と化していた。
いつの間に組み立てたのかレンガ作りのコンロが4つ並び、串に刺さった肉が炭火で焼かれている。
ジュウジュウとお腹の減る音と香り。もくもくと煙りが赤らんだ空を霞ませ、焼きあがった肉が大皿に盛られていく。その皿にはエールを手にした騎士たちが群がり、次々に肉に齧り付いている。
第3騎士団で見た食事風景と同じ。いや、第2騎士団は全員が肉食系なので、それ以上の迫力がある食事風景だ。
さらに、エールやウイスキーの樽の前には空になった木製ジョッキを手にした騎士たちが列を作り、大口を開けて笑い合う。
ピーターと、1号棟の料理人ペイビン・サルサーは手を休める間もない。
肉を食みながら、肉を焼く。
そんな肉食の群れから少し離れた場所で、私はちまちまと串焼き肉に噛み付きつつ療養期間の報告を行っている。まぁ、主にハワード団長と対面したということだけど。
「ハワード様との面会が叶ったなんて!」
面会を希望したわけではないけど、マリアが羨望の眼差しを向けてくる。
「羨ましい~」
「え~私だったら心臓止まって無理かも」
「死ぬ前に会いたいわ」
「一度でいいから名前を呼ばれたい」
などなど、女性陣が頬を染めながら乙女の顔を見せている。
「ハワード団長はとても美しい顔立ちをしているからね」
キース副団長が王子様スマイルで女性陣に同意しているけど、そんなキース副団長に見惚れる女性は少なくない。
一見、キース副団長は軟派王子様だけど、実際は硬派なのだと最近分かってきた。たぶん、ジャレッド団長が鞭すぎるので、飴の役に徹しているのだと思う。
まぁ、普通に女性に優しいをモットーにしているだけかもしれないけど。
「イヴ。お前はああいうのが好きなのか?」
眉宇を顰め、むっとした顔つきのジャレッド団長に、マリアたちが頬を染めた。
不機嫌な顔なのに?
「えっと…ハワード団長は綺麗な顔だと思いますけど、それ以上でもそれ以下でもないです。綺麗、以上です」
「イヴちゃんらしいね!」
キース副団長が白い歯を見せて笑う。
「普通の女の子は、ハワード団長を見ると惚けてしまうんだけど」
「見惚れましたよ。でも、なんだか怖かったです」
「大狼の血統かつ騎士団長であり次期公爵様だからかな?」
「たぶん」
「それじゃあ、グレン団長はどうだった?」
「とても接しやすかったです。フレンドリーで緊張しませんでした」
同じ環境下で育った兄弟って、こうも性格が違うのかと感心してしまう。
一人っ子で、さらに一時期は孤児だった私には衝撃の事実である。
孤児院にいた兄弟は、上の子か下の子かで多少の違いはあったけど、根本的には似たような性格だったので尚更だ。
「それじゃあ、イヴちゃんの好感度高いのはグレン団長なんだね。イヴちゃんもこっちで恋人作れば、向こうに帰りたくなくなるね」
ふふ、とキース副団長が笑うと同時に、2人に見惚れていた女性陣があっという間に散り散りになった。
遅れて、ぞわわ、と項の毛が逆立つ。
そっと隣を見上げれば、ジャレッド団長が犬歯を剥き出しにして「ガルルル」とキース副団長を威嚇中だ。
「いや~イヴちゃんがいると退屈がなくなるね」
ジャレッド団長の圧に怯まないのは、クロムウェル家以外ではキース副団長くらいだと思う。
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