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誠実さに
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朽ち木の陰にひっそりと、淡いピンク色のキノコが生えている。
私の小指ほどの柄の先に、火花を散らしたようなカサをした独特なキノコは、妖精の尻尾と呼ばれる希少種だ。
生態がよく分かっていない妖精の尻尾は、生えて3日間で土に還る。そして、同じ場所で芽吹くことはないと言われている。
見つけることができれば幸運と言われるから”妖精”。さらに、不可思議なカサがロマン・ボイコ著【虹森の追憶】の挿絵に描かれた土鬼の尻尾に似ていることから、”妖精の尻尾”と命名された。
土鬼に尻尾が描かれているのは【虹森の追憶】だけで、絵師パラケスがこのキノコから発想を得たと言われている。
どちらにしろ、妖精の名に相応しいキノコだと思う。
毒にも薬にもならないキノコだけど…。
朽ち木の傍でしゃがみ込み、じっとキノコを観察する私の上から、護衛を買って出てくれたジャレッド団長が覗き込んだ。
休日なのだから休めばいいのに、ジャレッド団長は隊服を着ていないだけで、腰には大剣を佩いている。いつもと変わらない装備だ。
「白魔茸か」
「はくまたけ?」
「妖精の尻尾の別名だな。この辺りでは白魔茸と言うのが一般的だ。妖精とは対極の名だがな。白魔の由来は、このキノコの目撃が増える年は大雪になると言われているからだ。白魔とは災害級の大雪を魔物に譬えたものだ」
「そうなんですね。ハノンでは殆ど見られない幻のキノコです。同じ森に面した領地なのに不思議ですね」
もしかすると、通常は森の深部に生えているキノコかもしれない。
それならば、森の深部に行けるような技量を持ち合わせない私では、妖精の尻尾を見つけることができない。
「これがいっぱい生えてたら今冬は大雪になるかもしれないんですね」
祖父母が健在の頃、2度ほど大雪を体験した。
うち1回は子供過ぎて、あまり記憶がない。
もう1回は恐怖の連続だったのを覚えている。豪雪地帯でもないハノンが、一昼夜雷鳴を轟かせる吹雪に見舞われ、あっという間に雪に埋もれたのだ。
家は森の中にあるので、鬱蒼とした木々のお陰で雪かきに追われることはなかったけど、常に頭上を気にする必要があった。
雪塊が落下してくるのだ。
あんなのが直撃したら死にかねない。
さらには雪の重さで枝ごと落下する雪塊もあったし、バリバリと轟音を立てて倒れる木もあった。
夜中に聞こえるミシミシと木々が撓る音は怖くて、ドシャと雪塊が落下する度に泣きながら祖父に抱き着いた。
暖炉の炎は絶えず焚かれていて、凍死を防ぐために2階は使わないようにした。暖炉の周りに絨毯や布団を敷いて、3人で身を寄せ合って春を待っていたものだ。
一番大変だったのが食事で、経験豊富な祖父母が冬ごもりの備蓄をしていたので飢えることはなかった。
今思えば、妖精の尻尾を見つけて大雪を予測していたのかもしれない。
ジャレッド団長は険しく顔を顰め、「雪に備える必要があるな」と独り言ちた。
「まだ夏ですよ?」
今はトウモロコシの収穫シーズンだ。
調理場にはハリのある粒が揃ったトウモロコシが、黄金色の髭を溢れさせるように籠いっぱい盛られている。
クロムウェル領のトウモロコシはコーンウイスキーの原料だ。ウィスキーの他には、皮が厚いのでスープのような濾し料理として需要がある。
クロムウェル領の農産物は麦とトウモロコシで、麦は2種類。春の小麦。そして今は、秋の大麦が青々としている最中になる。
隣り合っているゴールドスタイン領は二毛作だ。大豆が終わり、クロムエル領と同じく麦が青々と実る。種類は小麦。この小麦が刈り終わると、冬支度が本格化する。
ハノンでそうなのだから、こっちでも同じはずだ。
なのに、ジャレッド団長は緩く頭を振った。
「領内の備蓄を考えると、今からでも遅くない」
「あ…」
ジャレッド団長は公爵家の責務としての備蓄を考えているのだと気が付いた。
自分の浅はかさが恥ずかしくて俯くと、大きな手が頭を撫でる。
「白魔茸が見つかったのなら、やることは多くなる。他に白魔茸が群生していないか調査が必要だ。大雪になるのならば、冬は薬草採取が出来なくなるぞ。薬草を乾燥させることも厳しいかもしれないな」
「麦刈りまでに薬草を蓄えておかないと!」
飛び上がれば、ジャレッド団長が私の体を支える。
未だ体力は万全ではないので、ジャレッド団長の過保護は継続中。それが恥ずかしくて、ジャレッド団長の手が触れる度にむずむずしてしまう。
そわそわと「すみません」と口にすれば、「気にするな」と口元に微笑を刷くから視線に困る。
「あ…えっと…白魔茸は騎士団が調査するんですか?」
「いや。冒険者ギルドに調査依頼を出す。1週間ほどで調査が終わるだろうが、”魔女の森”に入った浅い場所で白魔茸があったからな。恐らく、今冬は大雪だろう。調査が終わるまでに、公爵が各所に出す冬支度の指示を精査する。大雪は国が災害指定しているから、調査が終わって大雪が確定すれば国が正式に発表することになる」
「第2は何をするんですか?手伝えることはありますか?」
「騎士団の仕事に大きな変化はないが、討伐は増える」
保存食確保を兼ねた討伐なのだろう。
冬ごもりの定番の保存食は燻製になる。海が近くて塩が安価で取引されている地域は塩漬けなのだけど、海が遠い地域は肉は燻製が定番だ。
「イヴは自分の仕事に専念しろ。冬ごもりが始まれば、森には行けないからな」
「そうですね。雪が降るまでに薬草の採取を頑張ります」
雪が降れば、引きこもり時間を薬師試験の勉強に宛がうことにしよう。
ちなみに、ハノンの女性陣は、冬になると手芸に勤しむ。秋に狩った獣や魔物の毛皮を鞣してコートやブーツを作ったり、パッチワークでベッドカバーを作ったり、刺繍を施したハンカチを作ったりして、春になると売りに出る。
コートやブーツは、意外と春に売れる。
というのも、遠方から買い付ける商人がいるのだ。商人が自国に戻れば、季節は巡っていてコートやブーツが売れるというわけだ。
裁縫が苦手な私は、言い訳するように薬草の勉強に勤しんでいた。
懐かしい思い出だ。
「今日は採取が目的だからな。存分に採取してくれ」
肩を竦めるジャレッド団長に頷いて、愛用の小型鉈を手に足を進める。
薬草というのは不思議なもので、危険度の高い森ほど高品質な薬草が生えている。”帰らずの森”も貴重な薬草が採取できたけど、”魔女の森”ほど種類は多くなかった。
こっちの森は、浅い部分だけでも多種多様な薬草を摘むことができる。あまり薬草を採取する習慣がないからか、目移りするほどの群生で出くわすこともある。
薬師にとっては夢のような場所だけど、その分、危険は多いと思う。
20cm近いムカデが去るのを見送り、サソリを鉈で遠くに投げる。
欲しい薬草を探しながら茂みを掻いて、手が止まった。
石ころに紛れて、目が覚めるような青い宝石が落ちている。
人伝に聞いたことがあるだけで、実物は見たことがない。
これがソレなら大変だ。
冷や汗が頬を伝い、震える息を吐きだしながら青い宝石を摘まみ上げる。
手にすれば、これが宝石でないことが分かる。魔力帯びたコレは、魔石と言われるものだ。魔石は魔物の魔力嚢と呼ばれる器官で形成される魔力石のことで、魔物が持つ属性を帯びる。
その魔石には2種類ある。
1つは平民には高価だけど、比較的入手し易く、魔道具の動力源となる魔石だ。見た目は丸い石だけど、焔石のような鉱石とは異なり、強い魔力を帯びている。ただし、永久的な効果はなく、使用頻度によって1年前後で普通の石ころになる。石ころは、同じ属性の魔力を込めれば再利用できるので、向こうではそれを専門とした店がある。
もう1つは、魔力が石とならずに結晶化した希少魔石だ。
これは希少と付いていることから分かると思う。恐ろしく価値が高く、まず平民の目には触れない。オークションに出品されるからだ。
そして、この魔力を帯びた青い石は、間違いがなければトードブルーと呼ばれる激レア魔石になる。
トードブルーはカエル型の魔物であるシンリントードの魔力嚢で、極稀に生成されるという。
カエル型は水属性の魔力を帯びた石を保有することが多いけど、シンリントードはカエルな見た目で棲息地は森。土属性となる。
土属性なのに青いのは、シンリントードが鮮やかな青い皮膚をした魔物だからだ。
サファイアよりも美しいと言われるトードブルーは、オークションで富豪を破産させたという伝説を持つほど、その価値は計り知れない。
恐ろしい…。
ぶるりと身震いして立ち上がる。
「ジャレッド団長」
「なんだ?」
「これを公爵家に」
大きな手のひらに、強引にトードブルーを握らせる。
怪訝に眉根を寄せて、ジャレッド団長は握らされたものを確認して数瞬、硬直した。
ジャレッド団長が動揺するくらいだから、トードブルーで決まったようなものだ。
「おいっ」という苛立ちの声は無視する。
「鑑定してみないことには本物かは分かりませんが、身に余る財は破滅の第一歩です。お世話にもなったので、そのお礼も兼ねています。大雪が降るのなら、その対策に使ってほしいです。トードブルーは宝石の価値はあっても、素材としての価値はないですし。そんな高価なものを持っていたら、怖くて眠れなくなります。人間不信になっていろんな人が盗人に見えてしまうかも知れません。そういうのは、金銀財宝に慣れ親しんだ人が持ってる方が良いです。極悪貴族には渡したくはないですけど、公爵家なら信頼して渡せます。是非とも大雪対策に使って下さい」
早口に捲し立てると、ジャレッド団長は呆れたように嘆息した。
それからトードブルーをしばし見据え、観念したとばかりに胸ポケットに仕舞い込む。
「トードブルーは領民のために使わせてもらう。公爵代理として礼を言う」
真摯な顔つきで、「ありがとう」と、ジャレッド団長はきっちり腰を90度に折って頭を下げた。
貴族が平民に頭を下げるなんて…。
その誠実な姿勢に少しだけ鼓動が速くなった。
私の小指ほどの柄の先に、火花を散らしたようなカサをした独特なキノコは、妖精の尻尾と呼ばれる希少種だ。
生態がよく分かっていない妖精の尻尾は、生えて3日間で土に還る。そして、同じ場所で芽吹くことはないと言われている。
見つけることができれば幸運と言われるから”妖精”。さらに、不可思議なカサがロマン・ボイコ著【虹森の追憶】の挿絵に描かれた土鬼の尻尾に似ていることから、”妖精の尻尾”と命名された。
土鬼に尻尾が描かれているのは【虹森の追憶】だけで、絵師パラケスがこのキノコから発想を得たと言われている。
どちらにしろ、妖精の名に相応しいキノコだと思う。
毒にも薬にもならないキノコだけど…。
朽ち木の傍でしゃがみ込み、じっとキノコを観察する私の上から、護衛を買って出てくれたジャレッド団長が覗き込んだ。
休日なのだから休めばいいのに、ジャレッド団長は隊服を着ていないだけで、腰には大剣を佩いている。いつもと変わらない装備だ。
「白魔茸か」
「はくまたけ?」
「妖精の尻尾の別名だな。この辺りでは白魔茸と言うのが一般的だ。妖精とは対極の名だがな。白魔の由来は、このキノコの目撃が増える年は大雪になると言われているからだ。白魔とは災害級の大雪を魔物に譬えたものだ」
「そうなんですね。ハノンでは殆ど見られない幻のキノコです。同じ森に面した領地なのに不思議ですね」
もしかすると、通常は森の深部に生えているキノコかもしれない。
それならば、森の深部に行けるような技量を持ち合わせない私では、妖精の尻尾を見つけることができない。
「これがいっぱい生えてたら今冬は大雪になるかもしれないんですね」
祖父母が健在の頃、2度ほど大雪を体験した。
うち1回は子供過ぎて、あまり記憶がない。
もう1回は恐怖の連続だったのを覚えている。豪雪地帯でもないハノンが、一昼夜雷鳴を轟かせる吹雪に見舞われ、あっという間に雪に埋もれたのだ。
家は森の中にあるので、鬱蒼とした木々のお陰で雪かきに追われることはなかったけど、常に頭上を気にする必要があった。
雪塊が落下してくるのだ。
あんなのが直撃したら死にかねない。
さらには雪の重さで枝ごと落下する雪塊もあったし、バリバリと轟音を立てて倒れる木もあった。
夜中に聞こえるミシミシと木々が撓る音は怖くて、ドシャと雪塊が落下する度に泣きながら祖父に抱き着いた。
暖炉の炎は絶えず焚かれていて、凍死を防ぐために2階は使わないようにした。暖炉の周りに絨毯や布団を敷いて、3人で身を寄せ合って春を待っていたものだ。
一番大変だったのが食事で、経験豊富な祖父母が冬ごもりの備蓄をしていたので飢えることはなかった。
今思えば、妖精の尻尾を見つけて大雪を予測していたのかもしれない。
ジャレッド団長は険しく顔を顰め、「雪に備える必要があるな」と独り言ちた。
「まだ夏ですよ?」
今はトウモロコシの収穫シーズンだ。
調理場にはハリのある粒が揃ったトウモロコシが、黄金色の髭を溢れさせるように籠いっぱい盛られている。
クロムウェル領のトウモロコシはコーンウイスキーの原料だ。ウィスキーの他には、皮が厚いのでスープのような濾し料理として需要がある。
クロムウェル領の農産物は麦とトウモロコシで、麦は2種類。春の小麦。そして今は、秋の大麦が青々としている最中になる。
隣り合っているゴールドスタイン領は二毛作だ。大豆が終わり、クロムエル領と同じく麦が青々と実る。種類は小麦。この小麦が刈り終わると、冬支度が本格化する。
ハノンでそうなのだから、こっちでも同じはずだ。
なのに、ジャレッド団長は緩く頭を振った。
「領内の備蓄を考えると、今からでも遅くない」
「あ…」
ジャレッド団長は公爵家の責務としての備蓄を考えているのだと気が付いた。
自分の浅はかさが恥ずかしくて俯くと、大きな手が頭を撫でる。
「白魔茸が見つかったのなら、やることは多くなる。他に白魔茸が群生していないか調査が必要だ。大雪になるのならば、冬は薬草採取が出来なくなるぞ。薬草を乾燥させることも厳しいかもしれないな」
「麦刈りまでに薬草を蓄えておかないと!」
飛び上がれば、ジャレッド団長が私の体を支える。
未だ体力は万全ではないので、ジャレッド団長の過保護は継続中。それが恥ずかしくて、ジャレッド団長の手が触れる度にむずむずしてしまう。
そわそわと「すみません」と口にすれば、「気にするな」と口元に微笑を刷くから視線に困る。
「あ…えっと…白魔茸は騎士団が調査するんですか?」
「いや。冒険者ギルドに調査依頼を出す。1週間ほどで調査が終わるだろうが、”魔女の森”に入った浅い場所で白魔茸があったからな。恐らく、今冬は大雪だろう。調査が終わるまでに、公爵が各所に出す冬支度の指示を精査する。大雪は国が災害指定しているから、調査が終わって大雪が確定すれば国が正式に発表することになる」
「第2は何をするんですか?手伝えることはありますか?」
「騎士団の仕事に大きな変化はないが、討伐は増える」
保存食確保を兼ねた討伐なのだろう。
冬ごもりの定番の保存食は燻製になる。海が近くて塩が安価で取引されている地域は塩漬けなのだけど、海が遠い地域は肉は燻製が定番だ。
「イヴは自分の仕事に専念しろ。冬ごもりが始まれば、森には行けないからな」
「そうですね。雪が降るまでに薬草の採取を頑張ります」
雪が降れば、引きこもり時間を薬師試験の勉強に宛がうことにしよう。
ちなみに、ハノンの女性陣は、冬になると手芸に勤しむ。秋に狩った獣や魔物の毛皮を鞣してコートやブーツを作ったり、パッチワークでベッドカバーを作ったり、刺繍を施したハンカチを作ったりして、春になると売りに出る。
コートやブーツは、意外と春に売れる。
というのも、遠方から買い付ける商人がいるのだ。商人が自国に戻れば、季節は巡っていてコートやブーツが売れるというわけだ。
裁縫が苦手な私は、言い訳するように薬草の勉強に勤しんでいた。
懐かしい思い出だ。
「今日は採取が目的だからな。存分に採取してくれ」
肩を竦めるジャレッド団長に頷いて、愛用の小型鉈を手に足を進める。
薬草というのは不思議なもので、危険度の高い森ほど高品質な薬草が生えている。”帰らずの森”も貴重な薬草が採取できたけど、”魔女の森”ほど種類は多くなかった。
こっちの森は、浅い部分だけでも多種多様な薬草を摘むことができる。あまり薬草を採取する習慣がないからか、目移りするほどの群生で出くわすこともある。
薬師にとっては夢のような場所だけど、その分、危険は多いと思う。
20cm近いムカデが去るのを見送り、サソリを鉈で遠くに投げる。
欲しい薬草を探しながら茂みを掻いて、手が止まった。
石ころに紛れて、目が覚めるような青い宝石が落ちている。
人伝に聞いたことがあるだけで、実物は見たことがない。
これがソレなら大変だ。
冷や汗が頬を伝い、震える息を吐きだしながら青い宝石を摘まみ上げる。
手にすれば、これが宝石でないことが分かる。魔力帯びたコレは、魔石と言われるものだ。魔石は魔物の魔力嚢と呼ばれる器官で形成される魔力石のことで、魔物が持つ属性を帯びる。
その魔石には2種類ある。
1つは平民には高価だけど、比較的入手し易く、魔道具の動力源となる魔石だ。見た目は丸い石だけど、焔石のような鉱石とは異なり、強い魔力を帯びている。ただし、永久的な効果はなく、使用頻度によって1年前後で普通の石ころになる。石ころは、同じ属性の魔力を込めれば再利用できるので、向こうではそれを専門とした店がある。
もう1つは、魔力が石とならずに結晶化した希少魔石だ。
これは希少と付いていることから分かると思う。恐ろしく価値が高く、まず平民の目には触れない。オークションに出品されるからだ。
そして、この魔力を帯びた青い石は、間違いがなければトードブルーと呼ばれる激レア魔石になる。
トードブルーはカエル型の魔物であるシンリントードの魔力嚢で、極稀に生成されるという。
カエル型は水属性の魔力を帯びた石を保有することが多いけど、シンリントードはカエルな見た目で棲息地は森。土属性となる。
土属性なのに青いのは、シンリントードが鮮やかな青い皮膚をした魔物だからだ。
サファイアよりも美しいと言われるトードブルーは、オークションで富豪を破産させたという伝説を持つほど、その価値は計り知れない。
恐ろしい…。
ぶるりと身震いして立ち上がる。
「ジャレッド団長」
「なんだ?」
「これを公爵家に」
大きな手のひらに、強引にトードブルーを握らせる。
怪訝に眉根を寄せて、ジャレッド団長は握らされたものを確認して数瞬、硬直した。
ジャレッド団長が動揺するくらいだから、トードブルーで決まったようなものだ。
「おいっ」という苛立ちの声は無視する。
「鑑定してみないことには本物かは分かりませんが、身に余る財は破滅の第一歩です。お世話にもなったので、そのお礼も兼ねています。大雪が降るのなら、その対策に使ってほしいです。トードブルーは宝石の価値はあっても、素材としての価値はないですし。そんな高価なものを持っていたら、怖くて眠れなくなります。人間不信になっていろんな人が盗人に見えてしまうかも知れません。そういうのは、金銀財宝に慣れ親しんだ人が持ってる方が良いです。極悪貴族には渡したくはないですけど、公爵家なら信頼して渡せます。是非とも大雪対策に使って下さい」
早口に捲し立てると、ジャレッド団長は呆れたように嘆息した。
それからトードブルーをしばし見据え、観念したとばかりに胸ポケットに仕舞い込む。
「トードブルーは領民のために使わせてもらう。公爵代理として礼を言う」
真摯な顔つきで、「ありがとう」と、ジャレッド団長はきっちり腰を90度に折って頭を下げた。
貴族が平民に頭を下げるなんて…。
その誠実な姿勢に少しだけ鼓動が速くなった。
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