騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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ジャレッド団長の考察

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 白魔茸はくまたけが出た。
 正式名称は妖精の尻尾フェアリーテイルで、地域によっては幸運のキノコとして知られる。
 イヴの故郷でも、幸運のキノコとして知られているようだが、クロムウェル領に関しては違う。クロムウェル領スタノ村出身の植物学者マッシモ・コラクが晩年、妖精の尻尾の研究に心血を注いだ結果、妖精の尻尾と大雪の関連性が分かったのだ。
 以来、妖精の尻尾は白魔の遣いと恐れられ、白魔茸と呼ばれるようになった。
 災害級の大雪による死者数は、マッシモ・コラクが白魔茸との関係性を解明する前と後とでは大きく異なるという。解明前は、備えが足りずに餓死や凍死する者が多く出たそうだ。
 主な犠牲者は体力のない子供や年寄り。
 記録によれば、雪の重みで家屋が倒壊したことによる圧死者も数多い。それによって名を消す村も珍しくなく、数年おきに襲う大雪に領民は抗う術はなかったようだ。
 白魔茸と大雪の関係が解明したのは、俺が生まれる前。今から28、9年前だ。
 そこから白魔茸が発見されれば、公爵権限にて騎士団への通報義務が制定。さらに21年前には国が妖精の尻尾を正式に災害の前触れであると発表した。
 ヴォレアナズ帝国では常識になった妖精の尻尾と大雪の因果関係も、この国が獣人の国ということもあり諸外国では耳を傾けないのが実情だ。
 人族は獣人を獣混じりであり、知能が低いと差別の対象にしているのだ。例え国交を結ぶ友好国だとしても、腹の底では何を思っているかは分からない。さらに大雪との因果関係を暴いたのが獣人であり、農民の子でもあるマッシモ・コラクなので、さらなる差別感情を抱いてヴォレアナズ帝国からの警告を受け入れられずにいる。
 こちらからの警告さえも、獣ゆえの本能と陰で嘲笑されていたそうだ。
 皇族も馬鹿ではないし、お人好しでもない。当たり障りのない国交を続けるに留め、他国への大雪の警告はしなくなったという。
 結果として、多くの人族の国は大雪による打撃を受け付け続けていると聞く。
 ここまでくると自然災害ではなく人災だろう。
 喉まで迫り上がったため息を嚥下する。
 今考えなければならないのは他国のことではないな。
 緩く頭を振って、これからの手筈を考える。
 まずは薬草採取を終えて執務室に戻り次第、父上と兄上に鷹を飛ばさなければならない。冒険者ギルドへの依頼は兄上に頼む方が早いだろう。
 それから薪の確保だ。
 これが一番厄介になる。
 薪というのは木々を伐採し、適当な大きさに割った後、乾燥させねば使用できない。その乾燥に1年以上かかるのだ。薪の備蓄は多いとはいえ、家畜に回せるほどはない。人命第一なので、大雪とならずとも、毎年、大寒には家畜に被害が出る。大雪の年は、それが顕著だ。
 騎士団の方も馬や鷹が凍死しないように、厩舎と鷹舎にも手を加える必要がある。
 前回は、第2騎士団だけで馬が4頭、鷹が3羽死んだ。
 どれほど備えていても、大雪による被害はなくならない。
 特に平民は貧富差によって死者数が変わる。
 昔とは違い、早めに大雪の通達が出るお陰で、餓死者は出なくなった。凍死する者も減った。
 代わりに増えたのは酸欠で、煙突が雪で埋まった家で一家全員が亡くなっているのを発見されたりする。
 こうなると個々に雪かき、雪下ろしを周知することしかできない。
「あ…えっと…白魔茸は騎士団が調査するんですか?」
 気恥ずかしそうに視線を泳がせるイヴに、胸に広がった憂いが軽くなるのだから不思議だ。
 腰を支えていた手を離せば、少しだけ安堵したのは気に食わないが。
「いや。冒険者ギルドに調査依頼を出す。1週間ほどで調査が終わるだろうが、”魔女の森”に入った浅い場所で白魔茸があったからな。恐らく、今冬は大雪だろう。調査が終わるまでに、公爵が各所に出す冬支度の指示を精査する。大雪は国が災害指定しているから、調査が終わって大雪が確定すれば国が正式に発表することになる」
「第2は何をするんですか?手伝えることはありますか?」
「騎士団の仕事に大きな変化はないが、討伐は増える」
 討伐に関しては、魔物の種を指定する必要がある。
 魔物の多くは有毒種だ。血液に毒を有する魔物は食用には向かない。毒嚢を保有する種は、毒嚢を避けて討伐しなければ毒に汚染されてしまう。
 獣は大型種を中心に討伐させるとしよう。 
「イヴは自分の仕事に専念しろ。冬ごもりが始まれば、森には行けないからな」
「そうですね。雪が降るまでに薬草の採取を頑張ります」
「今日は採取が目的だからな。存分に採取してくれ」
 イヴは小さく頷いて、小型の鉈を手に歩き出した。
 その後ろ姿は、どこか危なっかしい。未だ筋力が回復していないのもあるが、イヴは視野が狭く、危機察知能力が欠如している節がある。
 Cランク冒険者だと聞いたが、人族は全員がイヴのように鈍いのだろうか。
 俺がハラハラと見守っているとは知らず、イヴは楽しそうに草を見ている。
 茫々と生えた草から薬草を見つけて摘み、木のうろに生えたキノコをチェックし、森の奥へと足を進める。しゃがみこんで木の実を拾い上げている後ろ姿は、リスそっくりだ。
 小さくて可愛い。
 だが、やはり危なっかしい。
 手にした鉈でサソリを放った以外は、薬草を摘む時にしか使っていない。なぜ茂みに隠れたヘビに気づかないのか。巨大ヒルが樹上からイヴを狙っているのも気づかない。
 少し離れた場所からは、虎視眈々とグースがこちらを伺っている。
 グースは体長100cm前後。ずんぐりむっくりした筋肉質な肉食獣だ。腐肉を好む性質だが、腹が減っていれば生きた獲物も狩る。生きた獲物に好き嫌いはない。腹が減っている時に、近くに居たやつを狩る。グースは己の体格以上の獲物を狩るほど、獰猛かつパワフルなのだ。
 厄介な相手だが、負けるような相手ではない。
 剣に手を添え、「ガルルル」と威嚇を放てば、グースは退散して行った。
 腹は減っていなかったようだ。
 グースを追い払った後は、イヴを抱きかかえてヘビを回避し、石礫を投げてヒルを殺す。
 ここまでしてもイヴは気づかない。
 きょとんとした愛らしい顔で俺を見上げた後、首を傾げながら薬草探しに戻るのだ。
 しゃがみこみ、背中を丸めて木の実を拾う様子は見ていて飽きないのだが、警戒心が欠如していて心配になる。
 静かに見守りつつ、俺でも知っている蔦草のポポカを根ごと引き抜くと、イヴは驚いた顔をしながらも嬉しそうに赤い実を摘む。
 実を摘み終わると、ロープを手繰る要領で左腕にポポカをぐるぐるとかける。
 ポポカは籠には入らないので、俺の肩にかけることにした。
 ポポカ特有の臭いに鼻に皺が寄るが、嗅覚に大きな影響はない。この薬草は、遠征時に熱さましとして世話になるので慣れたというのもある。
 ひょい、ひょい、とウサギのようにジャンプしながら、イヴが薬草を摘みに戻った。
 たまに転倒しそうになるから心臓に悪い。
 そして、「あ」と困惑の表情で俺に振り向いた。
「ジャレッド団長」
「なんだ?」
 思わず眉間に皺が寄る。
 眉根がきゅっと寄るのは癖だ。イヴが怖がるので直そうとしているのだが、どうしても眉根が寄ってしまう。
 イヴが俯くので、慌てて眉間を揉み解す。
「これを公爵家に…」
 そわそわと立ち上がり、俺の手を握ってきたかと思えば、手のひらに何かを押し付けた。
 なんだ?
 再び寄ってしまった眉根を無視して、手のひらを開いて「ひゅ」と呼吸が止まった。
 トードブルー。
 サファイアやブルーダイヤモンドよりも深い青は、鉱石には持ち合わせない美しい煌めきを放つ魔石だ。この煌めきは土属性の魔力を帯び、尚且つ、シンリントードの肚で長い年月魔力を浴びなければ出ない。
 宝石にはランクがある。透明度を示すクラリティと呼ばれる数値が高いものほど高価になる。
 それはトードブルーのような希少魔石でも同じだ。
 このトードブルーは最高ランクとは言わないが、かなり価値が高い。
 イヴも価値を知っているはずだ。
 なのに、公爵家に?
 動揺に顔が強張り、自分でも驚くほど「おいっ」と低い声が出た。
 一瞬、イヴの肩が怯えたように跳ねた。
「鑑定してみないことには本物かは分かりませんが、身に余る財は破滅の第一歩です。お世話にもなったので、そのお礼も兼ねています。大雪が降るのなら、その対策に使ってほしいです。トードブルーは宝石の価値はあっても、素材としての価値はないですし。そんな高価なものを持っていたら、怖くて眠れなくなります。人間不信になっていろんな人が盗人に見えてしまうかも知れません。そういうのは、金銀財宝に慣れ親しんだ人が持ってる方が良いです。極悪貴族には渡したくはないですけど、公爵家なら信頼して渡せます。是非とも大雪対策に使って下さい」
 いつになく早口だ。
 そして、その表情は真剣そのもので、嘘偽りを述べているのでも見返りを求めているものでもないと分かる。
 普通、トードブルーを見つけたら、誰にも見つからないようにポケットに滑り込ませるものだ。今だって、薬草と一緒に籠に入れれば俺は気づかなかった。
 なのに、律儀に報告して、今も俺の手から返されるのを阻止するように、両手を背中に隠している。
 一生遊んで暮らせる財を、迷うことなく領民のためにと手放したのだ。
 ああ、クソ!
 もうキャトラル王国には帰してやれそうにない。
 俺が手放せない…。
 自身を静めるように深く息をついて、トードブルーを摘まみ上げる。
 森の中ですら煌めいているのだ。太陽の下では、どれほど燦然と輝くというのか。オークションに出品すれば、今年一番の高値をつけるのは間違いない。
 その資金があれば、領民に火属性と水属性の魔石を行き渡らせることが可能になるだろう。
 トードブルーを胸ポケットに仕舞い、イヴを見据える。
「トードブルーは領民のために使わせてもらう。公爵代理として礼を言う。ありがとう」
 きっちりと頭を下げた。
 貴族は安易に平民に頭を下げてはならない。
 そのように教え、育てられるが、イヴに対する感謝の念は頭ひとつ下げるには足りそうにない。
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