騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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晩餐③

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 鱒の…呪文みたいな料理は、味もさることながら皮がサクッ、身がフワッと食感で美味しかった。
 食べ終わった今も口の中が幸せだ。と余韻に浸っている間に、ステーキが運ばれてきた。
 私と子供たちには、大皿の真ん中に私の手のひらサイズのステーキだ。そのステーキの上に鴨のパテが載り、彩り程度の夏野菜が添えられ、ベリーソースが品よくかけられている。
 対して、ジャレッド団長たちのステーキは大皿からはみ出るほどに大きくぶ厚い。パテはなく、野菜は小さなトマトとブロッコリーだけ。
 さらに、別皿にローズマリーを添えた鴨のコンフィ、ワイルドボアの赤ワイン煮まできた。
 鱒までの上品な盛り付けが、嘘のようにワイルドだ。
 もちろん、私と子供たちの前の肉料理は、最初の1皿だけである。配膳されても困る。
 ジャレッド団長とハワード団長は赤ワインを要求し、奥様は2杯目のシャンパンを頼んでいた。
「ゴゼット様は小食と伺っておりますが、気になる料理がございましたら申しつけ下さい。ご用意させていただきます」
 こそりと使用人が囁く。
「いえ…見ているだけでお腹がいっぱいになりました…」
 私もこそりと返せば、苦笑を一つ零して使用人が壁に戻る。
「ところで、ゴゼットさんは商人ギルドを利用しているのかな?」
 ハワード団長の問いに、首を傾げる。
 商人ギルド?
 思わずジャレッド団長を見上げれば、ジャレッド団長は頬張った肉を嚥下し説明してくれる。
「商人ギルドというのは、帝国を中心に属国であるパルムコート王国、ヴァーディック公国、ロンバルデ共和国、コンセプシオン王国からなる商人組合のことだ。冒険者ギルドとは異なり、商人ギルドは商人限定の組織としている。登録料の他に年会費が必要となるが、この5ヵ国の商人はほぼ加入している」
「年会費…。冒険者ギルドは登録料に銀貨1枚払うだけですよ?年会費とかは聞いたことないです」
「冒険者ギルドは孤児や困窮者支援の意味もあるからな。商人ギルドは登録に小金貨5枚だったはずだ」
 と、ジャレッド団長。
「登録だけで金貨…」
「東地区にあるんだよ」と、ハワード団長は手元を見ずにステーキを切り、口に運ぶ。
 とても器用だし、見惚れるほど美しい所作だ。
「えっと…東地区?」
「ハベリット商会がある煉瓦区域のことだ。時計塔を起点に、東地区、西地区、南地区、北地区となっている。一応、ここは東地区だ。外れだがな。冒険者ギルドや市場があるのは西地区になる」
 ジャレッド団長が教えてくれる。
「それじゃあ、商人ギルドは昔からあるんですね」
「いや。確か創立15年だ。大金が動く場所でもあるからな。警備しやすい東地区に置いただけだ」
 15年とは新しい…。
「宰相のダリル・シルヴァートン様が立ち上げたギルドだ」
「当時はダリル皇子だよ。学園在籍時に草案をまとめ、3年かけ、卒業と同時にギルドを立ち上げている」
 皇子様…。
「シルヴァートンとは皇族の姓だと覚えておくと良い。ちなみに、商人ギルドに登録できれば屋台の貸し出し、国を跨いだ送金、また融資を行って貰える。ゴゼットさんが驚いた登録料と年会費の高さは、立替金が戻らなかった場合の保険という意味合いがあるんだよ。年会費も商売規模によって異なるから、露天商でも登録料が工面できれば、商人ギルドに加入する者は多い」
 冒険者ギルドなんてお金の貸し借りはしないから、冒険者が破産しても「頑張ってね」で終わるというのに、その先まで読んだ運営に舌を巻く。
 それを学生の頃に考えるだなんて流石皇子様!
「あの…それで、商人ギルトの話が何か?」
「ハベリット商会で薬草を取り揃えようという話にはなっているけど、早急には難しくてね。薬不足は、ここだけではないんだよ。なにより、輸送に時間がかかるし、ハベリット商会と契約しているのは薬草農園だから、ゴゼットさんが望むレベルの薬草はないかもしれない。だが、商人ギルドは各地から商人が集まるからね。入手困難な薬草も手に入るかもしれない。それに、人族の国の冒険者ギルドが売り出した素材を商人ギルドが買い取り、転売やオークションにかけることもあるんだよ。ハベリット商会は満遍なく商品を取り揃えてはいるけれど、売れ筋ばかりだからね。やはり専門店には敵わない」
「ああ、それはあるな。商人ギルドに依頼を出せば、それなりの薬草は揃うかもしれない。特に、属国の方は人族の国だから多様な薬草が手に入りそうだ」
 ジャレッド団長は頷き、早くも3杯目の赤ワインを所望している…。
 ごくごくとワインを飲み干していくけど、目が充血することも、呂律が回ることも、皿をカチャカチャ鳴らすこともない。
 お酒強すぎだ。
「商人ギルドは…私でも依頼を出せるんですか?」
 冒険者ギルドは仲介業なので、登録の有無や身分に関係なく依頼を出せる。
 依頼内容は子供のお使いのようなものから要人警護まで多岐にわたる。ただし、犯罪行為は受け付けない。
 依頼を出すにあたり、二の足を踏んでしまうのが手数料くらいだ。
 意外と高額な手数料は、冒険者を守るために設定されている。
 とはいえ、依頼が達成されると、手数料の何割かが依頼者に戻るので、実際はそれほど高くはない。
 この仕組みは冒険者ギルドが設立した当初、偽の依頼を出して強盗や殺し、誘拐をさせるという凶悪依頼者が少なからずいたかららしい。当時は手数料もなく、冒険者ギルドの運営は登録料と新米冒険者への訓練授業料、素材の売り上げからなっていたのだとか。
 契約書も性善説に基づいて作られた簡潔なもので、誰もが気軽に依頼を出せた。そのせいで、あわや犯罪の温床、犯罪ギルドとなるところだったと聞いたことがある。
 それからギルド長たちが議論し合い、手数料の設定、依頼人の身分証、契約書の共通様式と決まり事が増えた。
 国によって手数料や契約書の内容が多少は異なるらしいけど、身分証としての住民登録証の提示は共通している。
 この住民登録証は教会と役所の両方の許可を受けた証になる。
 身分証のない浮浪児も、教会で洗礼を受け、役所で居住区の斡旋を受けた後に手続きすれば発行される。この場合の斡旋先は生活困難者の保護施設で、働き口が見つかり、引っ越し費用が工面が出来るようになるまでの仮住まいのことだ。この制度が徹底されている領地は、スラム街がない安全な土地として評価されている。
 身分証を1度提出すれば、国内であれば次からは提出する必要はない。
 問題は、商人ギルドが要求する身分証が住民登録証の場合だ。
 冒険者ギルドの場合は、身分証の種類は問わない。ギルドカードでも問題ない。冒険者自身も、住民登録証ではなくギルドカードの所持率の方が高い。かくいう私も、持ち歩くのはギルドカードで、住民登録証は実家の棚の何処かに仕舞い込んでいる。
「商人ギルドは商人のみの取り引きなんだよ。でも、将来的に薬師になるのであれば登録は可能だし、登録しておく方が良い。商人と括っているが、商売をしていれば薬師でも医師でも構わないからね」
「まだ薬師ではないです…」
「私が口利きをしてあげよう。ズルではあるけど、パトロンを得ている芸術家がよく使う手だよ」
「芸術家…」
「彼らも商人の範疇に入れられるんだ。絵画や細工、陶磁器も売り物だからね。とはいえ、芸術家が全員登録しているわけじゃない。パトロンが代理登録して手広くやるのが普通だから。ただ、そういう抜け道もあるということを知っていてほしい」
「まずは公爵家の名を使って依頼を出せばいい」
「そうだね。今は薬が優先だから、好きなだけ公爵家の威光を使うと良い。ただし、ハベリット商会で取り扱っている薬草は、そっちを使ってほしい」
 こういう時は何と返せば良かった?
 かしこまりました?
 承知しました?
 うろ覚えの言葉が頭に浮かんだけど、口を出たのは「はい…」の一言だった。
 奥様の生温い視線と、興味津々とこちらを見るタイラーの視線が痛い。イヴァンの「やさいキラ~イ」と侍女を困らせている姿だけが癒しだ。
 そうこうするうちに、一足先に私と子供たちだけ口直しの桃の氷菓グラニテを食べる。
 その間も、3人は肉に舌鼓を打っている。なんならジャレッド団長はステーキをお替りしていた。奥様も、細い体のどころに入るのか、シャンパンを楽しみながらペロリと肉の山を平らげている。
 優雅ながらに、3人とも凄い胃袋の持ち主だ。
 氷菓を食べ終わると、鶏レバーディップを添えたサラダと追加のパンが出てきた。もちろん、パンが出されるのは私ではない。ハワード団長とジャレッド団長の前だけだ。
 2人を見ていると胸焼けしそうなので、視線を子供たちへ向ける。
 サラダを前に、イヴァンは苦い顔だ。タイラーはへにょりと耳を伏せ、「ディップつきなら食べれる…」と自分に言い聞かせながら、フォークの先でパプリカを突いている。
 奥様が優しく子供たちを諭しているけど、タイラーの口はなかなか開かない。イヴァンに関しては、ぎゅっと目と口を噤んで拒絶姿勢だ。
 うぅ可愛い…!
 サラダが終われば、ようやくデザートだ。
 白いコックコートを着た料理人パティシエがデザートワゴンが押して来た。ワゴンの上に並ぶ10個の小さなケーキから好きなものを好きな数だけ選ぶらしい。
 種類が多すぎて目が迷う…。
「あの…これを」
「タルトタタンでございますね。他にはございませんか?」
 ふるふると頭を振ると、料理人は白皿にタルトタタンを載せる。
 それで終わりかと思えば、アイスを添え、粉糖を散らす。
 だから料理人が来たのかと合点がいった。
 さらに肉料理までは、全員揃えて配膳されていたのに対し、デザートは私1人だ。奥様も子供たちもサラダが残ってはいるけど、こうもあからさまにデザートが来たのはなぜなのか。それは、イヴァンが「ケーキ!」と跳ね上がり、「サラダを食べ終えてからよ」と奥様が微笑み、決死の表情でタイラーが野菜を頬張るのを見れば理由は明白。
 居た堪れずに彷徨わせた視線が料理人とかち合うと、料理人はにこりと微笑み、紅茶を置くと下がって行った。
 ケーキと共に。
 子供たちが「がんばる!」と、私の手元を凝視しながらもぐもぐ食べ始めた。
 奥様と子供たちがサラダを終え、同じようにデザートワゴンからケーキを選ぶ頃には、ハワード団長とジャレッド団長も肉料理とパンを平らげていた。2人はサラダもデザートもなく、コーヒーのみだ。
「そういえば兄上。父上から連絡は?」
「ああ、来たよ」
 そう言うハワード団長の口元が笑みに崩れている。
「かなり会場が荒れたそうだ。まず、賊の侵入が23名。オークション関係者に賄賂を掴ませようとした貴族が4名。警備の配置図とシフトを売り払った騎士が1名。盗むつもりはなかったと、好奇心でトードブルーを見たかったという理由で金庫を開けようとした貴族子息が5名。オークション会場で取っ組み合いの喧嘩をした貴族が7名。トードブルーの代理落札者に暴言を吐いた貴族が2名。以上の捕縛者が出たそうだ」
 うわ…。
「賊は想定内だが、それ以外は貴族か。オークションの主催者が皇帝陛下だと理解しているのか?」
「していないだろうね」
 ハワード団長はコーヒーを啜り、左手の親指がスーッと首を横切った。
 その仕草が怖いっ!
「で、落札額は?」
「白金貨62枚」
 うぐっ!
 吹き出しそうになった紅茶を必死に制し、器官に入ってしまった。
 ナプキンを口に押し付け「げほごと」と咳き込むと、ジャレッド団長が背中を摩ってくれる。
「もう少し行くと思ったが…。歴代最高額は白金貨75枚だったか。確か、どこぞの王家が落札したと聞いたことがある。今回は公表したのか?」
「いや、代理をたててオークションに参加していたからね。皇族関係者だろう、というのが参加者の見解だ」
「そこらの貴族では、安易に手は出ないか。落札しても、それ狙う賊から守る費用も毎年計上する必要があるしな」
「そうでもないらしい。随分と競り合ったそうだ。自身のコレクションに加えるのか、他国へ転売するのが目的かは分からないがね。まぁ、殆どが皇族や他国の王族関係者だったのは間違いないよ」
 ハワード団長のご機嫌の笑みはキラキラしくて直視できない。
 半額ほどいるかと聞かれたけど、丁重に辞退した。
 終始ジャレッド団長に背中を摩られながら……。
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