野花のような君へ

古紫汐桜

文字の大きさ
13 / 53

回り出す運命

しおりを挟む
普段は予約優先で、新規の患者さんはお断りしているが、相当辛そうな方は診察する事にしている。
偶然、キャンセルが出て、そこに患者さんを入れて診察。
17時少し過ぎ。
一息を着いた時
「えぇ!高杉先生が?」
と受付から叫ぶ声が聞こえた。
僕は診察室から飛び出し
「あ!本当に来てくれたんだ。ありがとう」
って、思わず満面の笑みで言ってしまった。
そんな僕の顔に、受付とカウンセラーの2人が顔を見合わせている。
僕の職業とか何も知らない彼は、物凄く戸惑った顔でコーヒーとケーキが入った紙袋を差し出した。
僕は彼の手からコーヒーとケーキが入った紙袋を受け取り
「きみ、これから何か予定でも?」
と聞いてみた。
すると彼は予想外の展開の連続に目を白黒させながら
「あ……いや、特には……」
って答えた後、『しまった!』って顔をして口元を手で隠した。
僕はそんな彼が可愛くて、思わずニヤけた顔のまま
「患者さんは後1人なんだ。話したい事があるから、上で待っててくれないかな?」
って彼に聞いてみた。
(断られても、拉致するけどね)
そんな物騒な事を考える僕の気持ちを知ってか知らずか、彼は戸惑った顔のまま
「はぁ?」
と頷いた。
(よし!)
心の中でガッツポーズをすると、逃げ出される前に受付の田崎さんに紙袋を渡して
「コーヒー1つは僕のだけど、後は皆で分けて」
笑顔でそう言うと、僕からのサービスに受付から歓喜の声が上がる。
「良いんですか?」
嬉しそうにする田崎さん達に
「いつも遅くまで頑張ってもらってるからね。僕、少し外すけど良いかな?」
って聞くと、彼女達はコーヒーとケーキの差し入れに俄然やる気を出して
「5分位ですよね?かしこまりました」
と、渡した紙袋を奥のテーブルに置いて中身を覗き込んでいた。
唖然とした顔でその様子を見ている彼に
「じゃあ、着いてきて」
そう声を掛け、ポケットから鍵を取り出して自宅へと続くドアの鍵を開けて中に招き入れた。
「そのスリッパ使って」
と彼に言うと、彼は中に入ってからずっと
「うわ!」とか「ひぇっ!」とかよく分からない反応をしていて面白い。
この家に誰かを招き入れるのは、彼が初めてだった。
ドキドキする気持ちを抑え、リビングのドアを開けると
「中で待ってて」
と、彼にリビングのソファを促した。
彼は中に入って、まるでテーマパークにでも来たかのように口をあんぐりと開けて、キョロキョロしている。
入口から微動だにせず立ち尽くす彼に
「どうしたの?そこに座って」
とリビングのソファーを勧めると、彼はソファーの端に両足を揃えてちょこんと座る。
その姿はまるで、捨てられた子犬みたいで、プルプルしてて可愛い。
「そんな隅っこじゃなくて、真ん中に座りなよ」
ニヤける顔を隠す為に、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出してグラスに注ぐ。
「ごめんね、冷たいお茶しかなくて。部屋、寒くない?」
お茶を出しながら聞くと、借りてきた猫よろしく状態で小さくなって首を横に振っている。
「多分……30分くらいかな?テレビでも見て、待ってて」
そう言うと、彼は捨てられた子犬みたいな眼差しで、まるで『行かないで』とでも言いそう顔で僕を見つめている。
(患者さん、待たせてるからごめんね)
と、心を鬼にしてリビングを後にした。
診察しながらも、あの、今にも震え出しそうな縋るような眼差しを思い出してニヤけてしまいそうになる。
患者さんには悟られないように、いつもの鉄仮面を着けて診察。
しかし、最近調子の良かった患者さんが不眠で悩んでいると話している。
あまり薬漬けにはしたくはなんだけど……と、話を聞いて最低限の睡眠薬を処方して
「又、来週来て下さい。もし、なにか異変が起きたり辛い時は電話して下さいね」
と話して、取り敢えず診察終了。
パソコンのスイッチを切って、受付に顔を出すと
「高杉先生。コーヒーとケーキ、ありがとうございます。これから頂いてから帰ります」
そう言われて
「うん、じゃあ診察室出たら内線頂戴。鍵を閉めに戻るから」
と言い残し、自宅へと続くドアを開けて階段を駆け登る。
靴は玄関にあったから、まだ帰ってはいない筈だけど……。
やけに静かなリビングを開けて
「ごめん!思ったより遅くなった」
と、ソファーに座る彼の背中に声を掛けると
「わぁぁぁぁ!」
って悲鳴を上げられてしまう。
しかも、多分少しだけ身体が上に飛んだような……。
あまりの驚きっぷりに
「えっ!何?」
ってびっくりすると、彼は恐る恐る隣のクッションを掴んで抱き抱えた。
その様はまるで、蜂蜜の壺を抱えた○ーさんのようだと思ってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...