野花のような君へ

古紫汐桜

文字の大きさ
上 下
14 / 53

回り出す運命

しおりを挟む
「退屈してたんじゃない?」
真っ赤な顔をして、クッションを抱き締めたままの彼に声を掛けると、彼はブンブンと大きく首を横に振る。
僕は首を傾げながら、ふと慌てて上がって来たので白衣を着たままなのを思い出す。
(あ!病院嫌いな人って、白衣苦手だよな……)
そう考えて、真っ赤な顔でカチコチに固まって動かない彼に
「ごめんね。慌てて上がって来たから、白衣着たままだった」
そう言って、白衣を脱いだ。
すると彼は突然立ち上がり
「か……、帰ります!」
って叫んでドアに一目散に早足で歩き出した。
「え?」
何か失礼な事をしたのかな?
これで帰したら、又、店員と客だけの関係になってしまう。
そう考えて、慌てて
「ち……ちょっと待って!」
と、彼の腕を思い切り掴んでしまう。
すると彼はバランスを崩し、ソファーに押し倒される形で倒れ込んでしまった。
目の前に、彼の整った綺麗な顔がある。
(あぁ……やっぱり、綺麗な顔立ちをしていたんだなぁ~)
と、ぼんやり眺めていると、『ゴリ』っと僕の下半身に覚えのあるモノが硬くなって当たっている。
その瞬間、兄達との行為を思い出し身体が震え始めた。
怯える僕を無視して、彼は両手でそっと頬を包み、僕のほくろを親指で撫でたのだ。
ガクガクと身体は震えているのに、彼は僕の気持ちなんて無視して顔を近付けて来た。
(あぁ……、こいつもアイツらと一緒か……)
僕の心の中に、絶望という悲しくてやるせない真っ黒な感情が覆う。
その瞬間、咄嗟に『ドカっ』と腹部に膝蹴りを入れていた。
ソファーの下に崩れ落ちる彼を見下ろすと
「ゴホッゴホッ」
と苦しそうに咳をしている。
一瞬、罪悪感が襲うが、それでも僕を組み敷こうとした事が許せなかった。
結局、どいつもこいつも人の顔を見て、突っ込む事しか考えられない野蛮人ばかりだ!と、怒りが込み上げて仕方なかった。
「お人好しのチキン野郎かと思ったのに、とんだ野獣だな」
押し倒された身体を起こして呟き
「お前さ、強姦未遂も犯罪って知ってる?」
と、ソファーにきちんと座り直して彼に呟いた。
すると彼は真っ青な顔になり
「すみません」
って叫ぶと、床に頭を着けて土下座した。
信頼していた分、怒りと悲しみが腹の底から湧き上がる。
「大体、どいつもこいつも、人の顔を見たら突っ込む事しか考えられないのかよ!」
そう吐き捨すてると
「あ!」
と彼は叫ぶと、唇を噛み締めて俯く。
その哀愁の漂い方たるや、まるで僕が意地悪しているみたいな気持ちになる。
「なんだよ、言いたい事があるなら言えば」
冷めた目線で彼に言うと
「いえ……」
と、土下座したまま俯いて悲壮感を漂わせる。
この光景を知らない人が見たら、僕が嫌な奴みたいじゃないか!強姦されそうになったのは僕なのに、なんでお前がそんな顔をするんだよ!
僕は腹が立って、彼の胸ぐらを掴むと
「ウジウジされるの、嫌いなんだよね!大体、毎週土曜日に声を掛けて来る訳でもなく、ずっと僕の顔を物欲しそうに見てたくせに!」
そう言ってしまった。
すると彼が床に着いていた手を握り締めたので
「何?言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ!」
って怒鳴り着けてしまっていた。
すると彼は弾かれたように
「抱こうなんて思ってない!抱かれたかったんだよ!」
と叫んだんだ。
僕は思わず、その言葉に唖然としてしまった。
(はぁ?あんなモノを、彼は僕に突っ込まれたいって事か?)
空いた口が塞がらず、暫く唖然と彼を見つめ続けてしまう。
強姦しようとしたのを誤魔化しているのかもしれないと考えたが、耳まで真っ赤にして口元を抑える姿は、明らかに『思わず口から出てしまった』と言っている。
その様子から、どうやら本音なのは理解出来た。

抱かれたい?
僕より10cmはデカい男が……僕に?

それがなんだかじわじわて可笑しくなり
「プッ」
と吹き出して、思わず大爆笑してしまった。
彼は大きな身体を小さくして、真っ赤な顔をしている。
「抱かれたい?僕に?きみが?」
あんな苦痛しかない行為を、彼は僕に求めていたのか?
熱視線は感じていたが、僕を見て突っ込みたいという奴は今まで何人か出会って来たが、逆は初めてだった。
「笑い過ぎてお腹痛い」
今思えば失礼な事をしているのだが、彼はお腹を抱えて笑う僕を怒るでも無く、悲しむでも無く、笑う僕の顔を慈しむように見つめて優しく微笑んだんだ。
(あぁ……、やっぱり彼は他の人とは違うのかもしれない)
淡い期待が胸の中に生まれる。
(もう少し、彼を知りたい)
そう考えて、笑い過ぎて流れた涙を拭いながら
「あ~、こんなに笑ったの久しぶりだよ」
と言って、彼に顔を近付けると
「面白かったから、強姦未遂は多めに見てあげるよ。その代わり……」
そう呟いてニッコリ微笑む。
「そ……その代わり?」
顔の近さと、次に僕が何を言い出すのか分からない恐怖に彼は固唾を飲む。
「お前、今日から僕の下僕ね」
そう呟いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:0

隠された蜜月の花嫁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:257

紅雨 サイドストーリー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:4

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,803pt お気に入り:393

メロカリで買ってみた

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:10

悪の組織の一番の嫌われ者のパートだ

青春 / 連載中 24h.ポイント:710pt お気に入り:17

処理中です...