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探検
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こうして聴講者二人だけの参拝講演会が始まった。しかしながら、暑さにやられた頭では入っていかない。これじゃまるで修行僧だ。当然出家した覚えはないので、直ちに講演会を終わらせたい。ならどうするか。決まっている。イエスマンになる以外にない。
俺は楠菜の操り人形に徹することにした。
心に決めたはいいが、早々に売店で買わされてしまった。
櫛だ。紛れもなく櫛だった。
楠菜の櫛菜雫神社参拝豆知識によれば、この小さな町の住人は、櫛菜雫神社に並々ならぬ信仰心があったそうだ。
今でもその名残は残っている。神社に向かう道中、今じゃ珍名所としてブランド化されている駄菓子屋に立ち寄った。一時的な暑さ凌ぎに入っただけだが、滅多にない機会とあって色々見て回った。その駄菓子屋の棚に櫛が売られていた。ずらりと駄菓子が並ぶ棚にかまぼこ状の櫛がある光景は、まさに奇妙の一言に尽きる。
町に点在する無人売店に櫛だけ売られているところすらある様子から察するに、今でもこの町の住人は櫛菜雫神社を大切に思っているようだ。
その櫛を奉納する変わった神社だが、櫛を奉納するだけじゃダメらしい。
昔の住人は、家にあった櫛をお供えしていたそうだ。櫛菜雫神社への参拝を習慣にしていた住人は、櫛で梳く際に願いを念じていたらしい。念じられた願いは櫛に宿り、供えられた櫛を通して神様が願いを聞き入れてくれる。
俺は同じく聴講者となっている波戸を見ながら「髪がなくても願い事を聞いてくれるのか?」と尋ねた。波戸は坊主頭で、髪を梳く必要がない。坊主頭で櫛で梳いている姿を思い浮かべてみるが、滑稽だ。
波戸は顔を引きつらせて「髪がないだけで願い事を聞いてくれないなんてことがあってたまるか!」と息を巻いていた。楠菜も通販番組の人みたいに「大丈夫!」と自信満々に断言する。そうじゃなきゃ神職はみんな願いを聞き入れてもらえないじゃない! と屁理屈を唱えていた。
それでいいのか……。波戸は希望に溢れた顔をしていたので、とりあえずよしとしておこう。
俺達は楠菜にならい、櫛で自分の髪を梳きながら念じる。
願い事……。神様とかパワースポットとか、とかくスピリチュアルなものに対して興味のない俺は、ここで願ったところで叶うわけがないと、冷めた考えに囚われている。しかしスピリチュアルの恩恵に与ることに必死な波戸の姿を前にして、口を滑らせるほど俺は薄情じゃない。
格式高い雰囲気を放つ拝殿の前で髪を梳いた後、賽銭箱と見違えても不思議じゃない木箱に櫛を投げ入れた。拝殿に取り付けられた鈴にぶら下がる布紐を振る。小気味の良い音が鳴り響く。二つの礼と二つの拍手、そして一礼。
薄い鼠色の拝殿の戸が開かれているため、拝殿の前までくると中の様子がよく見える。中央の戸から真っすぐに伸びる浅葱色の通路を挟み、茶色の畳が左右に敷かれている。中には梅と松のマークがあしらわれた布が掛けられているくらいで、ほとんど物がなかった。
通路の奥には手前と同じく戸が開け放たれている。その先に小さな社がひっそりと建っていた。
おそらくあれが本殿だろう。本殿は拝殿よりも薄黒く、格子戸が閉ざされている。拝殿の左右から回ろうとしても、高い竹柵で行けないようになっていた。
楠菜いわく、本殿は祭事の際に宮司でなければ入れない場所だそうだ。その割には拝殿の戸を開けていたり、拝殿の前に進入できないような柵がなかったりと無用心な気もする。そういうものなんだと言われてしまえばそれまでなのだが、なんだか釈然としなかった。
神社に向かう目的はだいたい参拝だと思う。参拝が終わった以上、ここに留まっている必要はないはずだ。はずだったんだが、まだ神社の敷地内。いや……もう神社の敷地内とは言えないかもしれない。
綺麗に整えられた道などなく、どこもかしこも傾斜がついていた。深い緑の木々によって日影となっているが、しょせん気休めだ。温められた空気は森林の中にも入ってきていた。へばりつくようなジメジメした暑さの中で、俺はまた足を酷使している。
「おーい、遅れてるよー」
俺と波戸を鼓舞する楠菜。まだまだ余裕そうだ。
楠菜の思いつきに付き合おうと思った自分を呪いながら、地面から出ている大きな根っこを飛び越える。
「体力なさ過ぎでしょ」
楠菜は呆れながら不満げに言う。
「楠菜が体力あり過ぎんだよ」
俺は顔をしかめて反論する。
「これでも歩くスピード落としてあげてるんだよ?」
「そう言われると感謝しづらいよな」
楠菜は深いため息をついた。
「ま、明らかに運動不足ボディ君に期待するのも酷な話よね」
運動不足は否定しないが、運動不足ボディ君とか微妙なネーミングセンスで呼ばれたくない。
「それより、まだ進むのか?」
波戸はげんなりした声で尋ねる。
楠菜はぐるりと辺りを見渡す。周囲を見回してもただの森が広がるだけ。しかも人が通るような場所じゃない。周囲を見回した楠菜は神妙な顔をしながら応える。
「そうね。あと少し探してなかったら戻りましょ」
「まだ探すのか……」
俺の小言に楠菜の鋭い目線が射貫く。
「ここに来たからには探さない手はないでしょ。ミステリーハンターとしては」
「ミステリーハンターねぇ……」
何か言いたそうな俺の態度を察したみたいだったが、楠菜は俺と視線を切って目線を再び辺りに向ける。
「今度はあっちに行ってみましょ」
そう言って楠菜は先に進み始めた。
俺は楠菜の操り人形に徹することにした。
心に決めたはいいが、早々に売店で買わされてしまった。
櫛だ。紛れもなく櫛だった。
楠菜の櫛菜雫神社参拝豆知識によれば、この小さな町の住人は、櫛菜雫神社に並々ならぬ信仰心があったそうだ。
今でもその名残は残っている。神社に向かう道中、今じゃ珍名所としてブランド化されている駄菓子屋に立ち寄った。一時的な暑さ凌ぎに入っただけだが、滅多にない機会とあって色々見て回った。その駄菓子屋の棚に櫛が売られていた。ずらりと駄菓子が並ぶ棚にかまぼこ状の櫛がある光景は、まさに奇妙の一言に尽きる。
町に点在する無人売店に櫛だけ売られているところすらある様子から察するに、今でもこの町の住人は櫛菜雫神社を大切に思っているようだ。
その櫛を奉納する変わった神社だが、櫛を奉納するだけじゃダメらしい。
昔の住人は、家にあった櫛をお供えしていたそうだ。櫛菜雫神社への参拝を習慣にしていた住人は、櫛で梳く際に願いを念じていたらしい。念じられた願いは櫛に宿り、供えられた櫛を通して神様が願いを聞き入れてくれる。
俺は同じく聴講者となっている波戸を見ながら「髪がなくても願い事を聞いてくれるのか?」と尋ねた。波戸は坊主頭で、髪を梳く必要がない。坊主頭で櫛で梳いている姿を思い浮かべてみるが、滑稽だ。
波戸は顔を引きつらせて「髪がないだけで願い事を聞いてくれないなんてことがあってたまるか!」と息を巻いていた。楠菜も通販番組の人みたいに「大丈夫!」と自信満々に断言する。そうじゃなきゃ神職はみんな願いを聞き入れてもらえないじゃない! と屁理屈を唱えていた。
それでいいのか……。波戸は希望に溢れた顔をしていたので、とりあえずよしとしておこう。
俺達は楠菜にならい、櫛で自分の髪を梳きながら念じる。
願い事……。神様とかパワースポットとか、とかくスピリチュアルなものに対して興味のない俺は、ここで願ったところで叶うわけがないと、冷めた考えに囚われている。しかしスピリチュアルの恩恵に与ることに必死な波戸の姿を前にして、口を滑らせるほど俺は薄情じゃない。
格式高い雰囲気を放つ拝殿の前で髪を梳いた後、賽銭箱と見違えても不思議じゃない木箱に櫛を投げ入れた。拝殿に取り付けられた鈴にぶら下がる布紐を振る。小気味の良い音が鳴り響く。二つの礼と二つの拍手、そして一礼。
薄い鼠色の拝殿の戸が開かれているため、拝殿の前までくると中の様子がよく見える。中央の戸から真っすぐに伸びる浅葱色の通路を挟み、茶色の畳が左右に敷かれている。中には梅と松のマークがあしらわれた布が掛けられているくらいで、ほとんど物がなかった。
通路の奥には手前と同じく戸が開け放たれている。その先に小さな社がひっそりと建っていた。
おそらくあれが本殿だろう。本殿は拝殿よりも薄黒く、格子戸が閉ざされている。拝殿の左右から回ろうとしても、高い竹柵で行けないようになっていた。
楠菜いわく、本殿は祭事の際に宮司でなければ入れない場所だそうだ。その割には拝殿の戸を開けていたり、拝殿の前に進入できないような柵がなかったりと無用心な気もする。そういうものなんだと言われてしまえばそれまでなのだが、なんだか釈然としなかった。
神社に向かう目的はだいたい参拝だと思う。参拝が終わった以上、ここに留まっている必要はないはずだ。はずだったんだが、まだ神社の敷地内。いや……もう神社の敷地内とは言えないかもしれない。
綺麗に整えられた道などなく、どこもかしこも傾斜がついていた。深い緑の木々によって日影となっているが、しょせん気休めだ。温められた空気は森林の中にも入ってきていた。へばりつくようなジメジメした暑さの中で、俺はまた足を酷使している。
「おーい、遅れてるよー」
俺と波戸を鼓舞する楠菜。まだまだ余裕そうだ。
楠菜の思いつきに付き合おうと思った自分を呪いながら、地面から出ている大きな根っこを飛び越える。
「体力なさ過ぎでしょ」
楠菜は呆れながら不満げに言う。
「楠菜が体力あり過ぎんだよ」
俺は顔をしかめて反論する。
「これでも歩くスピード落としてあげてるんだよ?」
「そう言われると感謝しづらいよな」
楠菜は深いため息をついた。
「ま、明らかに運動不足ボディ君に期待するのも酷な話よね」
運動不足は否定しないが、運動不足ボディ君とか微妙なネーミングセンスで呼ばれたくない。
「それより、まだ進むのか?」
波戸はげんなりした声で尋ねる。
楠菜はぐるりと辺りを見渡す。周囲を見回してもただの森が広がるだけ。しかも人が通るような場所じゃない。周囲を見回した楠菜は神妙な顔をしながら応える。
「そうね。あと少し探してなかったら戻りましょ」
「まだ探すのか……」
俺の小言に楠菜の鋭い目線が射貫く。
「ここに来たからには探さない手はないでしょ。ミステリーハンターとしては」
「ミステリーハンターねぇ……」
何か言いたそうな俺の態度を察したみたいだったが、楠菜は俺と視線を切って目線を再び辺りに向ける。
「今度はあっちに行ってみましょ」
そう言って楠菜は先に進み始めた。
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