二面性(リバーシブル)女との恋愛は期間限定

國灯闇一

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Lesson4 重なる二人の想い出

STEP⑪ スカウト

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 七年前――――。芸術大学の卒業を控えていた俺は、未だに内定を貰えずにいた。かといって、それほど熱心に就職活動をしているわけではない。まあ、ぼちぼちやるかというくらいのやる気だ。
 俺はデザイン事務所を探していたわけではなかった。絵を活かせればどこでも良かった。画家になりたいなんてそんな大層な度胸も持ち合わせていなかったのだ。
 芸術大学という上手い奴ばかりがいる所にいれば、自分がいかにその中で普通なのかがよく分かる。
 すごい奴は本当にすごい。俺なんかじゃ歯が立たないのだ。自分が画家などという大それた職業に就いて、俺が食っていけるわけがないことは、高校の時から分かっていた。だから、文化祭の時にみんなに褒められてもうぬぼれはなかったし、芸術大学にだってどうせなら好きなことをやりたいと思ったからで、俺の中で絵に対する強い大義名分はなかった。
 ただバリバリの忙しそうな会社に入るのも嫌だなと思った。一日に何件も仕事を任され、時間に追われる毎日。そんな生活をして自分の身を削っても、きっと絵を描くことが嫌いになる。それだけはどうしても嫌だった。絵を描くことが楽しい……。
 それが俺の大切な記憶であり、それを壊すことだけはどうしてもしたくなかった。
 そうなるとバイトという選択肢になってしまう。バイトなら多少なりとも時間に幅が利く。給与は大分減るだろうが、絵を描いて生活できるなら問題ない。現実的な考えしか持てないのに、絵を描いて過ごしたいという願望を持っているわがままな俺は、定職のこだわりを捨て、非正規まで手を広げて探す方針を決めていたのだ。

 良さそうな所が、無い……。
 俺は大学の就職課の検索機で条件を満たした求人票を探したが、どうも俺の求める職場は無いようだ。俺はもうニートでいいやと投げだしたくなる気分だった。
 やっぱり絵を描く以外がいいのかな……。
 今日はもう諦めて帰ることにした。
 俺は古墳をモチーフにした道を歩く。古墳というのはもちろん、教科書で一度は見たことのあるあの形だ。前方は大学まで続く一本道になっている。後方は円形のふちが階段になっていて、そこから各エリアへと人が散らばれるようになっている。
 平坦な道が少ないこのキャンパスは起伏が所々にあり、何かアニメにでも出てきそうな道だった。芝生の広がる土地にアスファルトの道が整備されている。その芝生にはベンチなんかもあり、晴れた日には読書をすると気持ち良さそうな気がするが、俺はそんなことをしている暇があったら自宅でアニメ鑑賞をしていた方がいいと思っているので、大学生活で芝生にあるベンチに座った経験はほぼない。
 俺が大学に広い土地に目を這わせていると、前から見慣れない小学生くらいの女の子が、黒いタキシードを着た中年男性と前から歩いてくる。缶バッジをつけた淡い紫の帽子に、淡い紫のオーバーオール。小さなスイーツやジュースが散りばめられた柄の可愛いらしい白いシャツ。髪は黒髪ツインテールで、アニメにでも出てきそうな顔だった。その姿は道行く大学生達からも目を惹いていた。
 あの子何しに来たんだ?
 俺はすれ違う幼女と中年男性を横目でこっそり見る。
 まあ、いいや……。
 俺は気にせずその場を立ち去った。
 この時、俺があの子と関わることなど夢にも思わなかった。


    ☆


 私は大学の学長室にいた。
「わざわざお越しくださってありがとうございます。学生達に有意義な学びの機会を与えられるのは、宮路製菓さんが寄付をしてくださっているおかげです」
 白髪の学長は、ソファに座ったタキシード姿の男性と学長室に飾ってある展示物を見ている私にニコニコとしながら目配せする。
「今日は事前に連絡なく来てしまい申し訳ありません」
 タキシード姿の執事は丁寧に頭を下げる。
「いえいえ! 今日はもう特に予定はありませんから。それで……今日はどのようなご用件で?」
「はい。今日お伺いいたしましたのは、一香お嬢様が経営されているデザイン事務所に、人材が欲しいというご要望がございまして、こちらにお嬢様が必要とされる人材がいないかと、探しに参りました」
「え? 娘さんが経営をなさっているのですか?」
 学長は目をぱちくりさせていた。
「はい。実際はお嬢様と一緒に私達執事がお手伝いをさせていただいておりますが、いずれお嬢様おひとりで経営されるおつもりのようです」
「あー……そうなんですかぁ……。あ! 人材でしたね。早急に欲しいのですか?」
「できれば卒業を控えている学生から採用し、採用後は空いている時間に事務所で研修を受けていただいたのち、四月から本格的に働いてもらいたいと思っております」
「分かりました。では、まだ就職が決まっていない生徒達のリストを作らせていただきます。ファックスは宮路製菓様で宜しいですか?」
「いえ、お嬢様が経営されている事務所の方へ」
 執事が名刺を渡す。
「palette様ですね。承りました」
「では私達はこれで……」
「あの……」
 私は終わりかけた話に入り込んだ。
「はい?」
「卒業制作を見せていただけるかしら?」
 私は学長にそう要望した。


「こちらです」
 私と執事は一つの部屋に案内された。部屋は壁一面に白と黒のコントラストで統一されている。四角い壁の下辺と右辺の中央まで白い棒がランダムな長さで対角線に突きだしている絵が壁に描かれていた。しかも見る場所によっては棒が立体的に見えるように計算されている。
「この部屋の壁紙も素晴らしいですね」
「ありがとうございます。潤川社長の娘さんに褒めていただき、私も鼻が高いです」
 部屋のあちらこちらに作品が展示されている。
「こちらが我が大学の優秀な生徒が制作した絵画、トリチェリの真空です」
 学長は一つの作品の前に立ち止まり、広げた手で指し示す。
「エヴァンジェリスタ・トリチェリ。ガリレオ・ガリレイの弟子ですね。ガラス管を使い、真空の存在を証明したイタリアの物理学者。ガラス管の中に入ったトリチェリが、水の中で上に手を伸ばし、トリチェリが伸ばした手の先にいる人物がガリレオ。ガリレオは水の中ではなく、真空の中にいる。ガリレオの姿を追い、手を伸ばすトリチェリの姿を描いた作品ですね。師と仰ぐガリレオに近づきたいという想いと、決して届かぬ存在になってしまったガリレオを慕う想い。水の世界を地上とするなら、真空は天界。様々な解釈ができる絵になっています」
 学長は呆気にとられていた。
「とてもいい作品ですね」
 私は学長に微笑む。
「あ、ありがとうございます」
 学長は戸惑いながら感謝した。
「この方はもうどこかに決まっているのでしょう?」
「はい……残念ながらこちらの作品を描いた生徒は、もう海外に就職を決めてしまったようです」
 学長は眉尻を下げて説明する。
「でしょうね。まあ、私の事務所では宝の持ち腐れになりそうですが」
 私は次の作品を観て回る。
「潤川社長の娘さんですから、それはもう世界レベルの人材が揃っているのでしょうね」
「いえ、逆です」
「え?」
「私の事務所は細々とやっていく方針にしていますので、エネルギーに満ちあふれた芸術家は求めてないんです。どちらかというと、技術はあるけど、その能力を持て余して怠惰をむさぼっている方がいいですね」
「そう、なんですか……」
 学長は思わぬ要望に戸惑っているようだった。

 私は次々と部屋を歩き回りながら展示品を見ていく。
 全体的に可もなく不可もなくといった所ね。細かい所を言うのであれば、色彩構成にまとまりがありすぎるとかグラッシが甘いとかあるけれど、それは社会に出てから学んでも遅くない。
「ん?」
 私はある絵の前で止まった。
「これはなんですか?」
 私は一つの絵を指差して学長に問う。
「はい? あー……これですか」
 学長は苦笑いを浮かべる。
「色が、ありませんね」
 執事が不思議そうに呟く。
 下書きだけしてある絵。無機質な絵だった。迫力に欠ける。
「これで完成ですか?」
「本人いわくそうらしいのです。しかし、この絵は陰影や遠近法を使っていません。設計図のようだという評価もありますが、まあ、絵に正解も不正解もありませんから。個性として、私は良い作品だと思いますよ」
 学長は微笑みをたたえてその絵を見つめる。私はその絵を見ながら左右に移動してみる。二回ほどその動作を繰り返したけど。
「違う視点で絵の見え方が変わるわけではないようですね」

 ピラミッドパラドックス。この作品の名前だ。視点はピラミッドの角から少し右に偏って、一つの斜面を押しだしたアングルだった。実際のピラミッドは長方形のレンガを積み上げて作っている。だから本物のピラミッドは正確に言うと綺麗な四角錐じゃない。
 でも、絵のピラミッドは綺麗な四角錐になっている。その四角錐を形成しているピースが長方形じゃなく、三角形だった。それなら確かに綺麗な四角錐ができる。三角形のピースはパズルのように正三角形、逆正三角形、正三角形、逆正三角形と順番に重なって大きなピラミッドを形成していた。それが全て鉛筆の細い線で表現されている。陰影が無い分、ただの設計図っぽくなってしまっていた。
 綺麗なピラミッドの角隅の一部だけ、ピースが外されている。まるでピラミッドの一部が壊れてしまっているように見える。大きなピラミッドの壊れた部分の近くで転がった残骸。あれが繋がっていたピースだろう。そのピースは小さな正四角錐で、いくつか転がっている。小さな正四角錐はヒビが入り、使い物にならないようだ。大きなピラミッドの壊れた部分から内部が見える。ピラミッドの内部には同じように小さな正四角錐がいくつも折り重なっていた。つまり、ピラミッドは正三角形ではなく、小さな正四角錐で出来上がっていた。
 だからなんだというような絵だ。だけど、私が感じたのはそれだけじゃない。
 綺麗な正四角錐だったはずのピラミッドは一部が崩壊し、その一部のピースは使い物にならなくなってしまった。それが栄光と挫折を表しているように思えた。
 栄光を手に入れたがゆえの代償。もし、これを人間の体に当てはめたとしたら?
 平面の四角形と四つの三角形を繋ぐ角が四肢。ピラミッドの頂点が頭。栄光を掴んだ人の体は一部ボロボロになってしまって、もう治せないとしたら……。
 私はこの作品に確かな悲しみを抱いた。誰も知らない悲しみを。

「なるほど……」
 私はそう言ってきびすを返し、部屋の出口へと向かった。
「あの、もう宜しいんで?」
「はい。もう目的は果たしましたから」
 私は学長の問いに足を止めて答える。
「それじゃあ出ましょうか」
 そう言うと学長は私の前に出る。
「学長さん」
「はい。なんでしょう?」
 学長はドアを開けて制止する。
「あの作品、ピラミッドパラドックスを描いた学生の写真を、ファックスで送ってください」
「え!? あ、はい、構いませんが……あの学生でいいんですか?」
「まだ決めかねてますが、会って話をしたいと思っています」
「それなら、こちらから連絡して面会を仲介いたしますが」
「いえ、こちらから出向くので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
 私はお辞儀をする。
「分かりました」
「それでは、ごきげんよう」
 また深く礼をし、私と執事は学長の横を通り、展示室を後にした。
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