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第一章 愛の証明
愛の証明
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「……これ」
手に持っていたネックレスを差し出された晴陽は、凌空が母親のプレゼントを受け取らない選択をしたものだと思った。手ぶらになった凌空が背伸びをしながらソファーに腰かける様子を見つめていたら、
「着けるの手伝ってくれないか?」
脳の処理能力が間に合わなかった晴陽は大いに動揺した。
私が? 凌空先輩の首にネックレスを? 慌てて返事をして、震える指先でそっと彼の首にプラチナのチェーンをかけた。
「俺が小学校を卒業すると同時に、離婚して家を出て行った父さんは……いつもこのネックレスをしていた。だから
『お父さんと同じネックレスが欲しい』って、あの人にお願いしたことがあったけど……まさか覚えていたとはな」
胸元にぶら下がるリング部分を触る凌空の横顔は、普段よりも子どもっぽかった。
「凌空先輩……すっごく、似合ってますよ。改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「……素直に受け取っておく。……ありがとう」
その言葉を受け取ってもらうためだけに、どれだけ遠回りしたことだろう。だけど凌空がそう言って笑ってくれただけで、晴陽は心の底から幸せな気持ちになった。
「あー、やっぱり私って最高に運がいいなあ。凌空先輩の誕生日にこんな可愛い笑顔を見られるなんて」
「晴陽はいつも大袈裟なんだよ」
「私が強運の持ち主だってことは紛れもない事実ですから! 全財産を賭けてもいいくらい断言できます!」
満面の笑みで胸を叩くと、凌空は呆れたように息を吐いた。
「そう思い込んでいた方が人生幸せだろうし、別に否定はしないけど」
「思い込みじゃありません。……見てほしいものがあります」
晴陽はソファーに座る凌空の前に立ち、おもむろにサンタ服のボタンを外し始めた。
「……は? 何、してんの?」
明らかな狼狽を見せていた凌空だったが、晴陽がインナーシャツをたくし上げブラ一枚になったとき、晴陽が自分の想像とは違う意図で胸部を見せたのだと気がついたらしい。
息を吞んだ彼は今、逢坂晴陽の胸部――真ん中のラインに沿って生々しく残る手術痕を見て、何を思っただろうか。
「拡張型心筋症……それが私の病名でした」
言葉を失う凌空の動揺を慮って、晴陽はできるだけ柔らかい口調を心がけた。
「簡単に言うと、心臓がどんどん大きくなって収縮する力がなくなってしまって、体に十分な血液を送り出せなくなる病気です。放置すれば命はない怖い病気なのですが、困ったことに、助かるには心臓移植しか手段がありません」
凌空はハッとしたように目を開いて、晴陽の顔を見た。
「心臓を移植してもらったのか……?」
「はい、そうです。私は十三歳のときに発症したのですが……子どもの心臓移植って、日本だと本当に稀なんですよ。だけど私は何百人もの患者が移植を待ち望んでいる状況の中で、血液型や体格、待機時間……あらゆる要素が合致して患者として選ばれて、移植手術も成功して、術後の拒絶反応も出なかった。凄くないですか?」
「……凄いと、思う」
「でしょ? だから私って、超がつくほどの強運なんですよ!」
晴陽の笑顔と手術痕をゆっくりと見比べた凌空は、ソファーの背もたれに寄りかかって深呼吸をした。
「……正直、めちゃくちゃ驚いてる。でもわからないのが、なんで今日、このタイミングで話をしたんだ? 何か理由があるんだろ?」
晴陽は凌空のすべてを愛しているが、こういう頭の回転が速いところもとても好ましく思っている。
「はい。凌空先輩に証明すると約束した『愛』について、私なりの答えを出したので聞いてください」
凌空は晴陽から目を逸らし、隣を手で叩いた。聞いてくれることに喜びと緊張感を抱きながらゆっくりと座り、彼の目を見つめて告げた。
「目に見えない愛をどう証明すればいいのか、ずっと考えていました。だけど、考えてもなかなか答えは出なくて。ふたりで遊びに行けたなら閃くかもしれないと思ったけど、実際にデートしてみても出せなくて」
「で、どうした?」
「もうそれからもずっと考えたんですけど、どんな答えもしっくりこなくて。……今日ここに来てもまだ、凌空先輩に納得してもらえるような答えは導き出せていないんです」
「つまり、降参か? 愛を証明できない晴陽は、俺を諦めるってことでいいんだな?」
試されている。かぶりを振った。
「一番説明しやすい形は結婚だと思います。最期のそのときまで寄り添った軌跡は、夫婦の愛の証明ともいえるでしょう。でもそれは愛とは違った情であったり、打算的なものだったりする可能性もあり得ます。結果として、今の私には難しすぎて愛は証明はできないと判断しました」
「……そうか。まあ、嘘を吐くよりはいい結論だ」
できない理由を並べ立てる晴陽に、凌空は落胆しているように見えた。だが、落胆するということは期待してくれていたことと同義だ。
ならばもう迷うことはない。胸の内にある熱い想いを、真摯に伝えるだけだ。
「でも、未来の私にはできると思います。だからこれからも側にいさせてください。好意を伝えさせてください。……生きることを許された命です。託されたこの心臓が私の体に血を送り続けてくれる限り、私は凌空先輩に愛を証明する努力を続けます」
恋人でもない女からずっと側にいさせてほしいだなんて狂気じみた告白を、凌空はどう思っただろうか。
過去三百回以上の告白の中で一番緊張しながら、彼の返事を静かに待った。
「……嫌だって言ったら、どうする?」
「潔く諦めます……っていうのは無理なので、今までより少しだけ遠い距離から凌空先輩を見守りつつ、アプローチしていこうと思っています」
「なんだそれ。俺がどう返事をしても、晴陽は変わらないってことか?」
棘のある言い方だったが、凌空の表情は不思議と穏やかなものだった。
その顔を見た瞬間、晴陽の独りよがりの恋が、少しだけ前進したような気がした。
「だったら、やってみればいい。晴陽の証明を見てみたいと思う気持ちは、なくはない」
「はい! 見ていてください! 私、めちゃくちゃ頑張りますから!」
晴陽にもようやく、サンタの恩恵が降ってきたようだ。
クリスマスイブであり、凌空の十七回目の誕生日である特別な一日に、晴陽はほんの少しだけ、彼の心に触れることができたのだった。
手に持っていたネックレスを差し出された晴陽は、凌空が母親のプレゼントを受け取らない選択をしたものだと思った。手ぶらになった凌空が背伸びをしながらソファーに腰かける様子を見つめていたら、
「着けるの手伝ってくれないか?」
脳の処理能力が間に合わなかった晴陽は大いに動揺した。
私が? 凌空先輩の首にネックレスを? 慌てて返事をして、震える指先でそっと彼の首にプラチナのチェーンをかけた。
「俺が小学校を卒業すると同時に、離婚して家を出て行った父さんは……いつもこのネックレスをしていた。だから
『お父さんと同じネックレスが欲しい』って、あの人にお願いしたことがあったけど……まさか覚えていたとはな」
胸元にぶら下がるリング部分を触る凌空の横顔は、普段よりも子どもっぽかった。
「凌空先輩……すっごく、似合ってますよ。改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「……素直に受け取っておく。……ありがとう」
その言葉を受け取ってもらうためだけに、どれだけ遠回りしたことだろう。だけど凌空がそう言って笑ってくれただけで、晴陽は心の底から幸せな気持ちになった。
「あー、やっぱり私って最高に運がいいなあ。凌空先輩の誕生日にこんな可愛い笑顔を見られるなんて」
「晴陽はいつも大袈裟なんだよ」
「私が強運の持ち主だってことは紛れもない事実ですから! 全財産を賭けてもいいくらい断言できます!」
満面の笑みで胸を叩くと、凌空は呆れたように息を吐いた。
「そう思い込んでいた方が人生幸せだろうし、別に否定はしないけど」
「思い込みじゃありません。……見てほしいものがあります」
晴陽はソファーに座る凌空の前に立ち、おもむろにサンタ服のボタンを外し始めた。
「……は? 何、してんの?」
明らかな狼狽を見せていた凌空だったが、晴陽がインナーシャツをたくし上げブラ一枚になったとき、晴陽が自分の想像とは違う意図で胸部を見せたのだと気がついたらしい。
息を吞んだ彼は今、逢坂晴陽の胸部――真ん中のラインに沿って生々しく残る手術痕を見て、何を思っただろうか。
「拡張型心筋症……それが私の病名でした」
言葉を失う凌空の動揺を慮って、晴陽はできるだけ柔らかい口調を心がけた。
「簡単に言うと、心臓がどんどん大きくなって収縮する力がなくなってしまって、体に十分な血液を送り出せなくなる病気です。放置すれば命はない怖い病気なのですが、困ったことに、助かるには心臓移植しか手段がありません」
凌空はハッとしたように目を開いて、晴陽の顔を見た。
「心臓を移植してもらったのか……?」
「はい、そうです。私は十三歳のときに発症したのですが……子どもの心臓移植って、日本だと本当に稀なんですよ。だけど私は何百人もの患者が移植を待ち望んでいる状況の中で、血液型や体格、待機時間……あらゆる要素が合致して患者として選ばれて、移植手術も成功して、術後の拒絶反応も出なかった。凄くないですか?」
「……凄いと、思う」
「でしょ? だから私って、超がつくほどの強運なんですよ!」
晴陽の笑顔と手術痕をゆっくりと見比べた凌空は、ソファーの背もたれに寄りかかって深呼吸をした。
「……正直、めちゃくちゃ驚いてる。でもわからないのが、なんで今日、このタイミングで話をしたんだ? 何か理由があるんだろ?」
晴陽は凌空のすべてを愛しているが、こういう頭の回転が速いところもとても好ましく思っている。
「はい。凌空先輩に証明すると約束した『愛』について、私なりの答えを出したので聞いてください」
凌空は晴陽から目を逸らし、隣を手で叩いた。聞いてくれることに喜びと緊張感を抱きながらゆっくりと座り、彼の目を見つめて告げた。
「目に見えない愛をどう証明すればいいのか、ずっと考えていました。だけど、考えてもなかなか答えは出なくて。ふたりで遊びに行けたなら閃くかもしれないと思ったけど、実際にデートしてみても出せなくて」
「で、どうした?」
「もうそれからもずっと考えたんですけど、どんな答えもしっくりこなくて。……今日ここに来てもまだ、凌空先輩に納得してもらえるような答えは導き出せていないんです」
「つまり、降参か? 愛を証明できない晴陽は、俺を諦めるってことでいいんだな?」
試されている。かぶりを振った。
「一番説明しやすい形は結婚だと思います。最期のそのときまで寄り添った軌跡は、夫婦の愛の証明ともいえるでしょう。でもそれは愛とは違った情であったり、打算的なものだったりする可能性もあり得ます。結果として、今の私には難しすぎて愛は証明はできないと判断しました」
「……そうか。まあ、嘘を吐くよりはいい結論だ」
できない理由を並べ立てる晴陽に、凌空は落胆しているように見えた。だが、落胆するということは期待してくれていたことと同義だ。
ならばもう迷うことはない。胸の内にある熱い想いを、真摯に伝えるだけだ。
「でも、未来の私にはできると思います。だからこれからも側にいさせてください。好意を伝えさせてください。……生きることを許された命です。託されたこの心臓が私の体に血を送り続けてくれる限り、私は凌空先輩に愛を証明する努力を続けます」
恋人でもない女からずっと側にいさせてほしいだなんて狂気じみた告白を、凌空はどう思っただろうか。
過去三百回以上の告白の中で一番緊張しながら、彼の返事を静かに待った。
「……嫌だって言ったら、どうする?」
「潔く諦めます……っていうのは無理なので、今までより少しだけ遠い距離から凌空先輩を見守りつつ、アプローチしていこうと思っています」
「なんだそれ。俺がどう返事をしても、晴陽は変わらないってことか?」
棘のある言い方だったが、凌空の表情は不思議と穏やかなものだった。
その顔を見た瞬間、晴陽の独りよがりの恋が、少しだけ前進したような気がした。
「だったら、やってみればいい。晴陽の証明を見てみたいと思う気持ちは、なくはない」
「はい! 見ていてください! 私、めちゃくちゃ頑張りますから!」
晴陽にもようやく、サンタの恩恵が降ってきたようだ。
クリスマスイブであり、凌空の十七回目の誕生日である特別な一日に、晴陽はほんの少しだけ、彼の心に触れることができたのだった。
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