薩摩が来る!

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第一章 士官学校編

第五話 奇貨置くべし

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「ごぶさたしております、マリア=アンヌ嬢」

 謹慎生活にも慣れてきた矢先、久しぶりにフランツさんから呼び出しを受けました。言語学習の付き添いを数度行った後、ぱたりと呼び出しがなくなったのでどうしたのかと思っていましたが、何事かあったのでしょうか。

「あの流民の少年について少し意見を聞きたいのですが」

 課題に追われていたので忘れていましたが、学習の付き添いがなかったということは、キーレとも随分と顔を合わせていないことになります。

「あいつ、どこぞの部族の貴族の出だったりしませんかね」

 予想外の推察に困惑していると、フランツさんは新しいキーレの情報を教えてくれました。

「先日馬の世話をさせていたんですが、あいつ、馬に乗れるんですよ。それも訓練を受けたように軽々と乗りこなしていまして」

 ここ、プロシアント帝国では馬に乗れる、ということは貴族の一つのステータスです。農耕馬と違って騎乗に適した馬は貴重で、それなりの訓練を受けないと乗りこなせません。わたしも、何とか乗って走らせることはできます。

 そして、馬上で巧みに武器を操る騎士の姿は、ここ士官学校の学生にとっては憧れの対象なのでした。

「それに普段の佇まいも、どこかこう落ち着き払っているというか」
「確かに、幼いわりに貫禄がありますね」
「こればかりは平民の自分には判断つきかねましてね」

 ため息をつく姿を見ても、フランツさんは以前より気さくになった気がしますが、こちらが彼の素に近いのでしょうか。

「マリア=アンヌ嬢から見て、どうでしょう。貴族の雰囲気とやらを感じますか」
「言われてみれば、ですが。ただ--」

 遺跡で出会った彼は貴族とはかけ離れた、一個の野生を見るようであった、と言いかけましたが、咄嗟にあの時の血生臭い光景を思い出して言葉に詰まってしまいました。

「いえ、何でもありません。そうですね、普通の出自でないものは感じます」
「おお、そうですか。彼は普通に話していても自身のこととなるとだんまりになるので」
「え、話せるのですか?」
「よければ今から案内しましょうか?もちろん、許可はとってあります」

 そういうことではなく、彼がもうプロシアントの言葉を話せることに驚いたのですが。語学達者なフランツさんには、さほど驚くことでもないのでしょうか。

 ◇

 少年、キーレの部屋は来客者のための別棟の隅にありました。わたしの懲罰房よりも手狭ですが、こちらもなかなかに良い環境を与えてもらっているようで安心です。

「こちらに」

 開錠してドアを開けると、少年は何やら机に向かって一心不乱に本を読んでいるようでした。

「おい、お客さんだぞ」

 わたしに気づき一瞬驚いた表情を浮かべましたが、キリッと敬礼をするとたどたどしく話しかけてきました。

 「これは、さっかぶいで、ごわ。喜入きいれ銑十郎せんじゅうろうと、申す」

 彼が発した言葉に対してわたしが大きな疑問符を浮かべたことに気づいたのか、フランツさんが解説をしてくれます。

「まあ、発音がたどたどしいのもあるのですが。いかんせん使っていたテキストが古くてですね。ご覧のとおり、奇天烈な言葉遣いになってしまいまして。ああ、意思疎通に問題はありませんよ。ゆっくり話してあげてください」

 どうやらプロシアントの言葉は、彼の口に合わなかったようです。

「お久しぶりです、キーレ。ここでの生活は、どうですか」
「知らんこっが、多かが、充実は、しちょる」
「そういえば、あなたはどこから来たのですか?」
「生まれば、薩摩ぞ」
「サツマ?」
「京の都ん、わっぜ西ば国じゃ」

 何やら耳慣れない単語ばかりで、なかなか会話が進みません。

「自分にもわかりませんが、どうやらヒノモトという島国があって、そこのサツマという地域の出身だそうです」
「聞いたこともありませんね」
「おそらく遥か東方なのかとは思いますが、どうやってここまで辿り着いたのやら。本人に聞いてもわからんとしか言わんのですよ」

 ◇

 しばらくキーレとぎこちない会話をしていると、思い出したかのように時計を見たフランツさんが面会終了を伝えてきました。

「これから歩兵の訓練を見学してきます。何せこいつが見たいみたいとせがむもので」
「異国の兵児ヘゴば、見にゆくんと、いい土産に、なりもす」

 ちょっと見ない間に、ずいぶんと親しくなったようです。付いていきたくもあったのですが、わたしは懲罰房に戻らなければなりません。少しはしゃいでいる様子のキーレを横に、わたしはすごすごと彼の部屋を後にするのでした。

 ◇ ◇ ◇

 翌日。フランツさんが話してくれたことには--。

 彼があまりに生き生きしているので、教官の許可をとって、訓練に混ぜてやったのだそう。

 そして、体力訓練と馬術実技において、際立った活躍をして見せて周囲の度肝を抜いてしまったのだとか。

 あまりの圧倒的な力の前に、学校側も編入を要請する手続きをするだの、軍部が引き抜こうとするだの、大きな騒ぎになってしまったのだそうです。

 こうして一日もしないうちに、化け物のように強い異国の少年がいるらしいという噂が、学校中に伝わったのでした。
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