悪役令嬢の使用人

橘花やよい

文字の大きさ
48 / 52
第六章 因縁と家族

第6話 カスミソウ

しおりを挟む
 あれから。
 ライラ様はそれまでの不調が嘘のように回復していった。すっかりベッドから起き上がって、庭で散歩もできるほどだ。ただ、ライラ様が浮かべる微笑みには影があって、メイドたちも気づかわし気に見守っている。

「そのうち、心から微笑むことができるようになりますよ。こういうものは時間が解決してくれるのです。リーフよりも少し長く生きている私の経験則ですが」

 ジルは笑っていた。その顔も、本調子にはほど遠いくせに。前世もあわせれば私の方が長く生きている気もするけど……まあ、考えないようにしよう。精神年齢おばあちゃんなんて思いたくない。

「ライラ様には、レイチェルお嬢様や殿下もいてくださいますからね。たしかに、大丈夫かもしれません」

 王子は政務の合間をぬっては宮廷を抜け出してライラ様の見舞いに来てくれていた。こんなに抜け出していいのかと、私たちが心配になるくらいだ。でも、ライラ様も嬉しそうだし、王子といるときは穏やかな雰囲気に包まれているから、大歓迎だ。

「さて。リーフ、そろそろ時間ではないですか」
「そうですね。行ってきます」
「こちらのことは気にせず、ごゆっくり」

 その日は、奥様の命日だった。

 別館でレイチェルお嬢様たちと待ち合わせて、屋敷の南にある丘へ向かう。日差しが柔らかい。ずっと続いた暑さもひいて、最近はずいぶんと涼しくなった。マリーがお嬢様のために日傘をさしながら歩く。その後ろを、私とレオンが並んで続いた。

「奥様って、リーフさんからみてどんな方だったんですか?」

 レオンが前を歩く二人を気にしながら、こっそりと尋ねてきた。腕に抱えた花束を見つめていた私は、ゆっくりと考える。

「優しくて強い人だった。お嬢様にそっくりだったわ」

 聞こえているのかいないのか、お嬢様が振り返った。風が吹いて、さらりと黒髪がなびく。

「殿下、昨日もお見舞いにいらっしゃったんですって?」
「はい。政務もありますので、すこしの時間ではありましたが」
「そう。お忙しい方ね」

 お嬢様は笑った。

 ゆるやかな傾斜を登り切ると、小さな丘がある。丘の中心に、奥様の墓があるのだ。野草がさわさわとこすれて、さざなみのように揺れた。バルド家の所有地で、奥様がたまに息抜きをしに訪れていた場所らしい。純白で小さな花、カスミソウの花束を私から受け取ったお嬢様は、そっと墓前に供える。

「わたくしがお父様の書斎から借りたパッサン卿の本、カスミソウの栞が挟んであったの。カスミソウは、お母様が好きな花だった。あんな可愛らしい栞、お父様の趣味ではないでしょうに」

 お嬢様は小さな花を撫でる。寂しそうな瞳に、私は目を伏せる。

「これは――、わたくしの希望でしかない。でもお父様は、ほんのわずかであっても、お母様のことを大切に思っていたのだと、そう信じたい」

 丘に、私たち以外の気配がした。
 普段なら人が寄り付かない静かな場所。今日は、来客が多いようだ。
 涼しいとはいえ、汗ばむ陽気。それなのに全身真っ黒の出で立ち。

「お父様」

 旦那様は私たちを見ても、なにも言わなかった。交わった視線は、すぐに逸らされる。

「そのお花は」

 カスミソウの花束と旦那様は、ちぐはぐな組み合わせだった。旦那様は無言で墓に歩み寄り、お嬢様の花束の隣に添えた。白い花束が二つ。

「お母様の好きな花、ご存知だったんですか」
「一度だけ」

 旦那様が呟いた。

「この花が好きだと、聞いた。あまり話もしなかったから、そのときのことは、よく覚えている」

 小さな花が健気に咲いている姿が好きなのよ、と奥様は笑っていた。愛らしくて、守ってあげたくなるのだと。

「お父様は、わたくしがお嫌いですか」

 旦那様は返事をしない。

「わたくしは、お父様のことが嫌いです。本当に、不器用で馬鹿な人だと思います」

 無言でお嬢様を見つめ返す旦那様が、なにを考えているのか、私にはよく分からなかった。ただ、普段まとっている刃のような空気がないことだけは、たしかだった。お嬢様も、静かな瞳をしていた。

「――しかし、ライラが言っていました。バルド家に来る前、アンナ様もライラも、妾とその娘という理由でいい思いはしていなかった。そんな中、お父様が自分たちによくしてくれたから、救われたのだと」

 お嬢様は目を閉じた。

「お父様も、守りたかっただけなのでしょう、アンナ様たちのことを。けれどそれでお母様は傷ついた。お母様もアンナ様も、もう戻ってこない」

 それでも。

「わたくしとライラは、まだ、生きています」

 秋の気配をにじませた風が、お嬢様の艶やかな黒髪を撫でていく。髪を耳にかけて、赤い瞳が旦那様を射抜く。

「お父様のことは嫌いですが、お母様が守ろうとしたバルド家のことを、わたくしは守りたい。お母様にもそう約束しましたから。もう、あなたに邪魔はさせない。――では、失礼します」

 お嬢様は深々と一礼をして、踵を返した。
 旦那様は、最後まで、なにも言わなかった。

 屋敷へ引き返す道を歩くお嬢様は、ふと、空を見上げた。とても、青い空だった。

「わたくしも、ライラも、幸せに生きてみせるわ」

 呟いて、私たちを見ると、微笑む。

「さあ。帰りましょう」

 私たちは、青空の下を歩き出した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...