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カム

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火曜日、午前7時(ラウル編)

4 沼で泳ぐのは危険です

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 うわーっ!
 俺は一体どうしたらいいんだ!

「シュウヘイ!もどってきて」

 ラウルがケビンの背から叫んでいるのが見えた。俺だって戻りたい。だが、花カブトが激しく頭を振りはじめ、振り落とされないように槍にしがみつくので精一杯だった。

「うわぁ!」

 努力もむなしく、数秒もしないうちに槍が抜けた。
 視界一面に青空が広がり、そしてそれはすぐに泥水に覆われた。前が見えない……!
 沼に落ちたと気づいたが、水面に落ちた衝撃とパニックでおもいきり水を飲んでしまった。足が底につかない。
 泳ぎは得意な方なのに、沼の水はどろどろと手足にまとわりつき、思うように動かなかった。かろうじて水面に顔を出すと、数メートル離れた場所に巨大な虫……花カブトがいた。
 おぼれかけの俺を見て、読めない表情の花カブトは何かを考えていた。おそらく、餌かどうかだ。

「キシャアア……」

 餌だと判断したらしい。
 小さな口を開け、こっちに向きを変えた。今度こそ殺される。潜って攻撃をかわした方が良くないか!?いや、沼の中には他にも花カブトがいっぱいだ。どうしたらいいか、全然分からない。

 その時、花カブトに向けて石が投げつけられた。ガツ、ガツと続けて二つ。

「シュウヘイをたべるな!」

 正直目を疑った。
 石を投げていたのは、俺と同じくらい怖がりな半獣、ラウルだった。
 ラウルはケビンから下りて、近くにある石を拾っては花カブトに投げている。
だが、そんな攻撃、相手にはまったく効いていない。
 花カブトは向きを変え、俺からラウルに攻撃対象を変更した。

「ラウル!逃げろ!」

 ラウルはこっちを見て笑った。でも、ものすごく尻尾が震えている。

「ラウル、しゅうへいまもる」
「馬鹿!逃げろって言ってるだろ!」

 ちくしょう……!
 このまま溺れるわけにはいかなくなった。俺は必死に手足を動かし、花カブトに接近した。ふいに一緒に落ちたらしい槍の柄が手に触れる。

「待て!俺が相手だ!」

 槍を握りしめ、花カブトに怒鳴ると、水圧で重くなった槍を渾身の力で投げつけた。刺さらなくても、こっちに注意を向けてくれるだけで良かった。ラウルが食べられるところなんて見たくない。
 後は……潜って逃げよう。

 槍は花カブトの腹に当たった。腹側はきっと外より固くないはずだ。俺は全力の平泳ぎでもう一度近づき、槍を拾おうとした。

「兄ちゃん!ストップだ」

 オッサンの声がした。そして……。

 グオオー

 至近距離から鼓膜を突き破るような咆哮が聞こえた。

 え!?

 首を向けると、でかい口を開けて突っ込んでくる肉食恐竜が見えた。

 俺……今度こそ死んだな。


***


「大丈夫か、兄ちゃん」

 オッサンの声で目を覚ました時、俺は沼から救出されていた。
 そこは穏やかな風が吹く高原で、熱帯雨林に生えているような大きな木も草も動物も見えなかった。

『大丈夫……です』

 口の中が気持ち悪かった。泥水を飲んだせいでざらざらする。
 だけど、変な虫も白い花も見えなくて、それだけでかなりマシな気分になった。

『ラウルは?』
「ケビンと一緒に水を汲みに行ってる」

 そうか、みんな無事で良かった。
 ゆっくり体を起こすと、視界の端にメアリーがいるのが見えた。メアリーも無事みたいだ。肉食恐竜、最強だな。

 起き上がってドロドロの自分を見ていると、ラウルとケビンが戻ってきた。

「シュウヘイー!めがさめた!」

 ラウルが俺に飛びつき、顔をこすりつけてくる。

『ラウル、無事で良かったです』
「ラウル、こわかった……でもシュウヘイまもった」
『ありがとう』

 もとはと言えばお前のせいだけどな。

「シュウヘイ……くさい」

 俺は確かに全身泥にまみれていた。相変わらず異世界ズボンは乾いているがシャツとTシャツは濡れているし汚れている。桃花村で上着ももらえば良かった。

「ラウル、水はどうした」

 オッサンがのんびりと聞く。

「ラウルたくさんのんだ」
「兄ちゃん用に汲んでこいといったやつは?」
「おとしてこわれた」
「なるほど……お前にまかせたのは失敗だったか」

 ラウルはまったく悪びれることなく、俺の腕を掴んで引っ張った。最強なのはメアリーじゃなくラウルかも。

「ラウル、おみずがたくさんあるところ、あんないする。シュウヘイこっちきて」

 また沼じゃないだろうな……。

 ラウルに引っ張られてやってきたのは、高原に流れる小川が段差で小さな滝のようになっている場所だった。
 水は綺麗で沼とは大違いだ。俺は流れる水をすくって口をゆすぎ、顔を洗った。
 ついでに洗濯しとくか。
 俺、異世界に洗濯するために来たんじゃないだろうか。上着を脱いでいると、ラウルがキラキラした目で見ている事に気づいた。

『洗うだけです』
「シュウヘイ、ぜんぶぬいで」
『洗うだけ!』
「ラウル、シュウヘイあらう」
『遠慮します』
「きっときもちいい」

 どんな洗い方する気だよ……。

 駄目だ、俺は異世界に来てからすっかりセクハラ前提で物事を考えるようになってしまった。しかしラウルのこのキラキラした目、間違いなく何かする気だ。
 俺は木こりベストとシャツを脱いでラウルに手渡した。

『服、洗って下さい。お願いします』

 ラウルは不満げにそれを受け取ったが、おとなしく地面に座り洗濯し始めた。と言っても水の中に入れてぐるぐる回してるだけだが、ラウルにしては上出来だ。
 俺は素早く靴を脱ぐと、ズボンのすそをまくり上げ、水の中に足を入れた。身長より少し高い位置から落ちる滝の真下に近づき、Tシャツも脱ぐ。

「シュウヘイ、ふくあらった」

 早いな。ホントに汚れ落ちたのか?

「次これ」

 ラウルに靴とTシャツを放り投げる。
ラウルがそれを洗っている間に、素早く自分を洗おう作戦だ。水量は少なかったけど、滝の水は冷たくて気持ち良かった。
 頭を濡らすと髪から汚れた水が流れ落ちていく。髪をくしゃくしゃにして泥を落としていると、突然背中につつっと何かが触れた。

「うわ!ラウル?」

 ラウルが背後に立って、俺の背中に指を走らせている。
 くすぐったいようなぞくぞくする感覚が走り抜け、俺が身をよじるとラウルはウエストに両手を回してきた。

「くつもあらった。つぎはシュウヘイあらう」

 ケビンの背中に乗っていた時と同じ体勢なのに、濡れていて上半身裸って言うだけで妙な気分になる。
 おまけにラウルは喋りはお子様な癖に、俺を触る時の仕草がやけにやらしい。恋人同士でお風呂、みたいな気分になる。いやきっと気のせいだ。消え去れ、妙な空気。

 背後から抱きしめられているよりはましかと思い、俺はラウルに髪を洗ってもらう事にした。

『お願いします』

 髪だけな。
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