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エンドレス・ラブ

18 アーロンのさらなる試練 ― 1 ―

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 ルトリアスとポートグスの国境は思いのほか人が多かった。
 以前はフレイバーンと比べて交易物が少なく、また水源も遠いこのポートグスとは、年に数回の使節団と同じく季節に一度程度の行商人以外行き来がなかったのだが。
 フレイバーンとの交易を制限したのち、代用品として仕入れ始めたポートグスの工芸品や特産物は、今やルトリアスにとって欠かせないものとなっていた。またルトリアスの穀物もここの港を介して各地や海外にまで出荷されていく。
 最後に俺が見に来た時はまだ国境の両側に掘っ立て小屋が建っている程度だったが、今や国境にはしっかり関門が設置され、そのこちら側には新しく建てられた家々が並ぶちょっとした街道街が出来上がっていた。

「おい、叔父貴おじき、別れの挨拶くらいちゃんとしろ」
「だめな叔父貴持つと苦労するなぁ、ウィル坊」

 国境の様子を探る俺のシャツの裾を引っ張って、ウィリアム王子が顎で商隊の親父を指す。
 いつからか俺を社会性のないダメ人間と見限り、自主的に周りと打ち解けたウィリアムは、すっかり俺の甥っ子が板についていた。
 俺も別にここでおべっかを使う必要も感じず放置してたのだが。
 たった5日の旅路で俺はすっかり放蕩親父の烙印を押され、あっちは働き者の子供ともてはやされていた。

「本当にいいのか? こんな場所で降りちまって」
「ああ、まだこの国境でやることがあるんでな」

 気のいい商隊の親父が親切で言ってくれてるのは分かるが、今の俺たちはそんな単純な状況じゃない。上手くすればこいつらに混じって国境を抜けられるかも知れない。だが同時に、もしフレイバーンとポートグスが本当に手を組んでいて気の利いた奴が手配書でも回してた日には、俺はともかくウィリアムの素性を隠すのは難しいだろう。

「まあ人の事情に首突っ込む気はねえが、あんまりウィル坊を困らせるなよ」

 それだけ言って手を振りながら親父が馬車を進めると、それに付き従う人足や馬車の上の連中がそれぞれ手を振って別れを告げた。

「それでどうするんだ」
「さて、どうしたものか。先ずは宿探しだな」

 さっき馬車から見て目をつけていた宿屋に足を向けると、ウィリアムが立ち止まって不服そうにこちらを睨む。

「なぜあの連中と行かん。理由があるであろう、説明しろ」

 思わず頬が緩んだ。
 この数日、今の商隊の奴らのもとで働いたウィリアムは、俺の社会性のなさに呆れつつも、キッパリと態度を変えてきた。
 要は俺が自分から話さないのなら聞けばいい。そう思い至ったらしい。俺も率直に尋ねられれば別に答えることを厭ういわれもない。

「お前は目立つ。外見はある程度誤魔化せても、その喋り方は教養のある者が聞けば不審に思うだろう。上手くすれば通り抜けられるかも知れないが、下手をすればあいつらを巻き込む。それでもよければ一緒に行くぞ」

 理由を聞いたウィリアムは拗ねもせずに頷いて「分かった」と短く答えた。

 そのまま宿に入ってウィリアムに留守番を任せて宿を出た。
 最初の頃こそおいて行かれることに不満を零していたが、一度酒場に一緒に連れて行ったらそれっきり文句を言わなくなった。どうやら、サイコロ賭博で俺が風魔法を使うのが許せなかったらしい。
 こんなものはお互い騙し合いだ。あっちはあっちでサイコロに細工したり色々やってる。

 だが今回の目的は酒場じゃない。街の手前まで出てひと目がないのを確認しつつ森に紛れ込む。そのまま国境沿いに北に向かって木立を駆け抜けた。

 これまでも数回、商隊が停まってる間に繰り返してきたが、ここが今までで一番北に近い。
 あの街から出た商隊の道程は、あの水道橋からはかなり南を国境へ抜ける街道だった。あの街自体、すでにかなり南に下ってしまっていたらしい。

 ここまで来ても未だ一度もアーノルドに竜の意思が通じていなかった。
 今日こそは。その思いとともにスピードをあげる。
 正直俺一人ならこのまま北に抜けることも不可能ではないが、ここであの王子を置き去りにするわけにも行かない。
 転移が使えないというのは本当にまどろっこしいことこの上ない。

『アーノルド! 聞こえるか!』

 声をかけつつ、北へ北へと進む。いい加減戻らないと暗くなる前に戻れない。そう思い始めたとき、微かな声が聞こえた気がした。

『ア……様……アーロン様』
『アーノルド、聞こえるのか?』
『ああ! アーロン様ご無事で!』

 思念のせいか、余計震えるアーノルドの声がまるで耳元のようにはっきりと響き出した。

『すまん、戻るのに思いの外時間がかかった』
『とんでもございません。私こそお側に仕えられず本当に──』
『それはいい、それより戦況はどうなっている?』

 そう訪ねた途端、それまでとは打って変わって暗い思念が流れてきた。

『よくありません。最初の応戦で第五魔導騎士団がほぼ壊滅。私の率いる第一魔導騎士団とポールの率いる第三魔導騎士団は分断され、徐々に数を減らしています。こちらが団長以下百名弱、ポールのほうは二百弱であろうと……』

 かなり厳しいな。アーノルドの隊は四百名中、半数の二百名が派兵されていた。ポールの隊が三百、第五は副団長がやはり三百連れてきていたはずだ。こちらが八百に対し、敵兵はあの時点で二千と予想されていた。水道橋を渡る時点で一度に展開出来る数に限りがあったとはいえ、よくここまで持ったものだ。

『後援の奴らは?』
『交戦が激しくなる前に持てる物資は分けて街に戻しました』
『それでいい』

 後援は基本予備兵の若造だけだ。乱戦の中じゃ生き残るどころか足手まといにしかならない。 

『援軍はどうした?』
『それが、初日に交戦の一報を入れて以来、王城と全く連絡が着きません』
『それは……』

 どうなっている?
 あれから一週間が過ぎた。援軍は遅くともあの数日後にはついている予定だった。まあ俺自身の戦力を過信して緊急要請とはしなかったが……城でもなにかあったのか?
 これは俺の戦況判断が甘かったと言うべきか。図らずしも、結果的にウィリアムのほうが正しい判断をした事になる。全く持って気に入らない。

『アーロン様ご自身はいかがなのですか? お怪我などは?』
『いや、俺は心配ない』

 かいつまんでこちらの状況と自分の魔力の制限を説明すると、アーノルドが重いため息を漏らした。

『それではまだすぐこちらにお戻りにはなれませんね』
『ああ……アーノルド。竜の意思これが繋がったと言うことは、お前だけであればこちらに呼び寄せられる』

 俺の言わんとする意味を正確に理解したアーノルドが、力なく笑うのが感じられる。

『申し訳ありません。ご命令とあれば、そちらに参りますが。もしお許し頂けるなら、ここにいる者たちと最後まで戦いたいと思います』
『……エリーは? 本当にそれでいいのか?』

 我ながら情けない。覚悟を決めているアーノルドに、ここまで来て引き止めるようなことを口にしてしまう。思っていた以上に、俺はアーノルドが気に入っていたらしい。
 だが、一瞬の躊躇いのあとに紡がれたアーノルドの言葉には、溢れる優しさ以外何も感じられなかった。

『アーロン様。もし辺境伯邸へ戻られましたら、アエリア様のついでで構いませんのでどうぞ彼女をお守りください』
『……分かった』

 決意を秘めたアーノルドの答えに、戦況がすでに絶望的であることを悟り他に言葉が出てこない。

 なぜ、ここまで来ておいて……

 竜の意思が通じると言うことは、走れば一日とかからない距離だと言うことだ。だがウィリアム王子を抱えたまま、身を潜めつつ国境を越えて走り切るにはまだ数日かかるだろう。
 あまりの悔しさに、目の前の木の幹を力任せに叩き折る。
 いっそ王子をおいてこのまま……

『いけません。私のような者のために大局を見誤らないでください』

 ほんの一瞬、俺が考えたことが、竜の意思を伝って感じ取れてしまったらしい。アーノルドがキッパリと俺の考えを否定した。

『大体、援軍だってまだ到着するかも知れないのです』

 誤魔化すように明るくそう伝えてくるアーノルドの顔が目に浮かび、涙が滲む。
 伊達男が台無しの血だらけのシャツが、そこここを切り裂かれた黒のローブから垣間見える。

 アーノルドのヤツ、魔導騎士団のクセに刃の欠けた剣など振るって……

 ……待て。
 確かに見える……見える!
 まさか!

「アーノルド!」
「あ、あ、ア、アーロン様!!!」

 久々の転移先はジャングルの真っ只中、アーノルド他数人が今まさに死闘を繰り広げているフレイバーン兵のその真後ろだった。前もって遠視し、隊長と覚しき敵兵の位置を狙って転移した。異空間にすっ飛ばしたそいつと入れ替わりに突如顕現した俺の姿に、敵味方両軍揃ってギョッとした顔でこちらを振り返った。間髪入れず振り上げた俺の片手から一凪の風の刃が繰り出され、一瞬でひと塊の敵兵を全て殲滅する。

「なんだ、揃いも揃って魔力切れか。魔導騎士団の名が廃るぞ!」

 ニヤけつつ、俺がそう言えば、周り中から声とも奇声ともつかない野太い男どもの声が森に響いた。

「さあフレイバーンの兵士ども。よくも俺の魔導騎士団をここまで痛めつけてくれたな。今日に限って手加減する気はないから覚悟しろ!」

 大地を震わす俺の一喝が敵軍の呻きとアーノルドたちの歓声に吸い込まれる。久しぶりの戦闘に血が湧き上がる。これまでの鬱憤ばらしに、今日は一切手加減なしだ。

 それから始まったフレイバーン兵殲滅戦は、我が軍の古参兵をして、見るに耐えない比類なき残虐かつ一方的な制裁だったと、後に長く語り継がれることとなった。

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アーロン現在地
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