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エンドレス・ラブ
19 アーロンのさらなる試練 ― 2 ― ※
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「アーロン!? ここはどこだ!?」
俺の目の前で尻餅ついたウィリアムが喚いた。
敵兵の掃討を終え、以前本営を置いたこともある水門のすぐ近くまで残留兵を引き連れて移動してきた俺は、簡単な陣営が整ったところで国境近くの宿屋からウィリアムを荷物ごと転移させてみた。
よし、遠隔地からの転移もすっかり元通り働いてるな。
一体なにが起きたのか分からないが、これ以上なく助かるのだけは間違いない。
混乱気味のウィリアムにアーノルドが状況説明を終えるのを待って口を開く。
「アーノルド一つ確認したい。ウィリアム付きの近衛隊はどうした?」
「それが……」
「逃げたか? それとも敵に寝返ったか?」
困ったようにウィリアムに視線を向け言い淀んだアーノルドに、ウィリアムが自嘲の笑みを浮かべながら答える。それを聞いたアーノルドが申し訳なさそうに補足した。
「……逃亡したと思われます。あの、大変今更なのですが、あれは本当にウィリアム王子の近衛隊だったんでしょうか?」
アーノルドが言いづらそうにそう尋ねるのに対して、ウィリアムがこともなげに鷹揚に頷いて答える。
「そうだ。僕……私の、と言ってもほんの半年ほど前に編成されたばかりだがな」
「な、なんと!」
「どういうことだ?!」
思わず尋ね返してふと思い当たることが脳裏に浮かんだ。それを裏打ちするようにウィリアムが答える。
「兄上が継承を絶たれ、急遽継子となった僕には専属の近衛隊がなかったのだ。それまではキックスが父上共々面倒見てくれていたからな」
「ではあの近衛隊は?」
「兄が残した第二近衛隊の生き残り、らしい」
やはりそうか。思わず呻き声がもれる俺を見上げてウィリアムが肩を竦めて続けた。
「あの一件のあと、大多数は兄の謀略との関わりが立証できず、そのまま僕が引き継ぐことになったんだ。キックスが気を利かせて数人寄こしてくれたが、実質兄上の近衛隊そのままだ」
これはアーノルドも俺も、全く感知していなかった。
キックスとはお互い騎士団の総師団長という立場もあって、個人的にはかなり行き来もある。だが、それでもお互い、それぞれの騎士団内の事情に関してはあまり触れないように心がけてきた。
それにしてもなぜこんな重要な情報が遠征前に全く伝わって来なかったのか。それは、それだけまだあの第一王子ピエールの親派が城内に残ってるってことなのだろう。
これはこの一件が終わったら大掃除が必要そうだ。
「アーノルド団長、ちょっとおいでください」
そこで移動の後衛を任せてあったアーノルドの副官がおずおずと口を挟んだ。一礼して席を外したアーノルドが、すぐに厳しい顔つきで戻ってきた。
「アーロン様、ベイロンと思しき兵士が見つかったそうです」
ウィリアムを設営を取り仕切っているポールに預け、慌ててアーノルドの副官と共に再度森に入る。と、先程俺が切り刻んだ敵兵の屍の上に、両下肢を失い、失血で朦朧と視点の定まらぬ目を漂わせる男が横たえられていた。
面やつれが激しいがこの顔は忘れない。間違いなくベイロンだった。
「ハッ、ハッ、ま、まさか、まだ、生きていようとは、……知っていれば、いくらでも……やりようが」
虫の息で今にも息絶えんとしながらも、駆けつけた俺の姿をみとめて顔を歪ませる。
「いいから俺になにをしたのか答えろ」
「バートン卿もこれで無駄足だ……ざまあみろ、今頃王城戦で疲弊して、これからお前らの相手までするとは、思ってもいないだろう」
俺の詰問が聞こえてるのか聞こえてないのか、ベイロンがボツリボツリとうわ言のように呟いた。その言葉に俺の胃が逆流する。
「おい、なにを言っている!?」
「辺境伯邸だって、今頃……ざまあみろ、俺を裏切った軍師も、本隊も……」
「今辺境伯邸と言ったか! おい、答えろ! おい──」
「アーロン様おやめください、もう息がありません」
胸ぐらを掴み、足のないベイロンの身体を宙に浮かす勢いで揺する俺をアーノルドが制止した。
「クソ!」
だがあまりに苛立ちが過ぎて、俺はベイロンの軽くなった体をそのまま地面に叩きつけずにはいられなかった。
数が少なすぎるとは思っていたがやはりあれで全隊ではなかったか!
あの交渉前日まで、対岸には二千を超える兵士がいると思われていた。だが、先程俺が相手にしたのは多く見積もっても五百人に満たない。いくらアーノルドたちが奮戦したとはいえ、ここまで数を減らしているのを正直不審に思わなかったわけじゃない。
「仕方ない、移動するぞ。傷の深いものは周りが指摘しろ! どうせお前ら自分じゃ申し出ないだろう」
俺の言葉に、いくつかの笑い声と指名の声、そしてそれに対する不平の声が一斉に上がった。アーノルドを振り返り、指名された者は問答無用で縛ってでも一箇所に集めて置くように伝えて、俺は単身辺境伯邸へと転移した。
久しぶりに戻った辺境伯邸には人の気配がなかった。
ベイロンの脅しを信じた訳じゃないが、念の為屋敷を囲む防壁を最初にチェックした。それが今も問題なく機能してるのを確認してやっと少し落ち着きを取り戻した俺は、邸の前庭を横切ってエントランスを抜ける。
「アエリア……いないな」
邸の一階にはアエリアどころか誰の気配も感じられない。二階にも全く気配がなく、もしかすればと地下まで気配察知を伸ばすと、あらかじめ設置しておいた研究室の防御陣が発動しているのが感じ取れた。
ああ、無事に閉じこもってくれたのか……
そう思い、嬉々として地下に降りて防御陣を解除し、扉を開いた。
「アエリア、もどった…ぞ……?」
勢いよく開いた扉の向こうには、残念ながらアエリアの姿はなかった。代わりに仲良くテーブルの茶器を囲んでいたエリー、マイア、ブリジッタ、スチュワードそしてタイラーの五人が慌てて立ち上がり、タイラーが皆に代わって挨拶する。
「お帰りなさいませアーロン様、あの、大変申し上げづらいのですが、アエリア様は……」
それからタイラーが説明してくれたことの顛末に、俺は頭痛と目眩と吐き気に同時に襲われて、しばらくその場から動くこともできなくなった。
────────
アーロン現在地
俺の目の前で尻餅ついたウィリアムが喚いた。
敵兵の掃討を終え、以前本営を置いたこともある水門のすぐ近くまで残留兵を引き連れて移動してきた俺は、簡単な陣営が整ったところで国境近くの宿屋からウィリアムを荷物ごと転移させてみた。
よし、遠隔地からの転移もすっかり元通り働いてるな。
一体なにが起きたのか分からないが、これ以上なく助かるのだけは間違いない。
混乱気味のウィリアムにアーノルドが状況説明を終えるのを待って口を開く。
「アーノルド一つ確認したい。ウィリアム付きの近衛隊はどうした?」
「それが……」
「逃げたか? それとも敵に寝返ったか?」
困ったようにウィリアムに視線を向け言い淀んだアーノルドに、ウィリアムが自嘲の笑みを浮かべながら答える。それを聞いたアーノルドが申し訳なさそうに補足した。
「……逃亡したと思われます。あの、大変今更なのですが、あれは本当にウィリアム王子の近衛隊だったんでしょうか?」
アーノルドが言いづらそうにそう尋ねるのに対して、ウィリアムがこともなげに鷹揚に頷いて答える。
「そうだ。僕……私の、と言ってもほんの半年ほど前に編成されたばかりだがな」
「な、なんと!」
「どういうことだ?!」
思わず尋ね返してふと思い当たることが脳裏に浮かんだ。それを裏打ちするようにウィリアムが答える。
「兄上が継承を絶たれ、急遽継子となった僕には専属の近衛隊がなかったのだ。それまではキックスが父上共々面倒見てくれていたからな」
「ではあの近衛隊は?」
「兄が残した第二近衛隊の生き残り、らしい」
やはりそうか。思わず呻き声がもれる俺を見上げてウィリアムが肩を竦めて続けた。
「あの一件のあと、大多数は兄の謀略との関わりが立証できず、そのまま僕が引き継ぐことになったんだ。キックスが気を利かせて数人寄こしてくれたが、実質兄上の近衛隊そのままだ」
これはアーノルドも俺も、全く感知していなかった。
キックスとはお互い騎士団の総師団長という立場もあって、個人的にはかなり行き来もある。だが、それでもお互い、それぞれの騎士団内の事情に関してはあまり触れないように心がけてきた。
それにしてもなぜこんな重要な情報が遠征前に全く伝わって来なかったのか。それは、それだけまだあの第一王子ピエールの親派が城内に残ってるってことなのだろう。
これはこの一件が終わったら大掃除が必要そうだ。
「アーノルド団長、ちょっとおいでください」
そこで移動の後衛を任せてあったアーノルドの副官がおずおずと口を挟んだ。一礼して席を外したアーノルドが、すぐに厳しい顔つきで戻ってきた。
「アーロン様、ベイロンと思しき兵士が見つかったそうです」
ウィリアムを設営を取り仕切っているポールに預け、慌ててアーノルドの副官と共に再度森に入る。と、先程俺が切り刻んだ敵兵の屍の上に、両下肢を失い、失血で朦朧と視点の定まらぬ目を漂わせる男が横たえられていた。
面やつれが激しいがこの顔は忘れない。間違いなくベイロンだった。
「ハッ、ハッ、ま、まさか、まだ、生きていようとは、……知っていれば、いくらでも……やりようが」
虫の息で今にも息絶えんとしながらも、駆けつけた俺の姿をみとめて顔を歪ませる。
「いいから俺になにをしたのか答えろ」
「バートン卿もこれで無駄足だ……ざまあみろ、今頃王城戦で疲弊して、これからお前らの相手までするとは、思ってもいないだろう」
俺の詰問が聞こえてるのか聞こえてないのか、ベイロンがボツリボツリとうわ言のように呟いた。その言葉に俺の胃が逆流する。
「おい、なにを言っている!?」
「辺境伯邸だって、今頃……ざまあみろ、俺を裏切った軍師も、本隊も……」
「今辺境伯邸と言ったか! おい、答えろ! おい──」
「アーロン様おやめください、もう息がありません」
胸ぐらを掴み、足のないベイロンの身体を宙に浮かす勢いで揺する俺をアーノルドが制止した。
「クソ!」
だがあまりに苛立ちが過ぎて、俺はベイロンの軽くなった体をそのまま地面に叩きつけずにはいられなかった。
数が少なすぎるとは思っていたがやはりあれで全隊ではなかったか!
あの交渉前日まで、対岸には二千を超える兵士がいると思われていた。だが、先程俺が相手にしたのは多く見積もっても五百人に満たない。いくらアーノルドたちが奮戦したとはいえ、ここまで数を減らしているのを正直不審に思わなかったわけじゃない。
「仕方ない、移動するぞ。傷の深いものは周りが指摘しろ! どうせお前ら自分じゃ申し出ないだろう」
俺の言葉に、いくつかの笑い声と指名の声、そしてそれに対する不平の声が一斉に上がった。アーノルドを振り返り、指名された者は問答無用で縛ってでも一箇所に集めて置くように伝えて、俺は単身辺境伯邸へと転移した。
久しぶりに戻った辺境伯邸には人の気配がなかった。
ベイロンの脅しを信じた訳じゃないが、念の為屋敷を囲む防壁を最初にチェックした。それが今も問題なく機能してるのを確認してやっと少し落ち着きを取り戻した俺は、邸の前庭を横切ってエントランスを抜ける。
「アエリア……いないな」
邸の一階にはアエリアどころか誰の気配も感じられない。二階にも全く気配がなく、もしかすればと地下まで気配察知を伸ばすと、あらかじめ設置しておいた研究室の防御陣が発動しているのが感じ取れた。
ああ、無事に閉じこもってくれたのか……
そう思い、嬉々として地下に降りて防御陣を解除し、扉を開いた。
「アエリア、もどった…ぞ……?」
勢いよく開いた扉の向こうには、残念ながらアエリアの姿はなかった。代わりに仲良くテーブルの茶器を囲んでいたエリー、マイア、ブリジッタ、スチュワードそしてタイラーの五人が慌てて立ち上がり、タイラーが皆に代わって挨拶する。
「お帰りなさいませアーロン様、あの、大変申し上げづらいのですが、アエリア様は……」
それからタイラーが説明してくれたことの顛末に、俺は頭痛と目眩と吐き気に同時に襲われて、しばらくその場から動くこともできなくなった。
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アーロン現在地
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