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エンドレス・ラブ

20 アーロンのさらなる試練 ― 3 ―

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「アーノルド、こちらに二隊よこせ、ポールもたもたするな!」
「はい! 総師団長!」

 ポールの威勢だけはいい返事が廊下の奥から響いてくる。
 それぞれに指示を飛ばしつつも、俺の胸のうちは恐怖と怒り、そして絶望に近い不安が渦巻いていた。

 辺境伯邸でアエリアの突撃情報を聞かされた俺は、しばらく使い物にならなかった。まさか自分がこんなにも役立たずだとは思わなかった。
 空になったアエリアのベッドの上にはフレイバーンからの勇者の召喚状が残されていた。タイラーは無論それを確認したが、あいつの魔力では勇者召喚の魔法陣を無理やり起動して転移するのは無理だったらしい。俺でもそのままでは無理だが、アエリアが一度使ったおかげで、まだ対応する魔法陣まで道が残っていた。それを辿って転移した召喚先は、やはり南フレイバーンに位置する城だった。だがその城にも、周囲にもアエリアの気配は全くなく、どんなに集中してもアイツの首輪に仕込んだ魔法陣さえ見つけることは出来なかった。
 再度召喚先の魔法陣を確認するが、流石に古代魔法の魔法陣は全てを読み解けない。
 アエリアの消息が全く掴めないまま、時間ばかりが過ぎていく。だがいつまでもそこで時間を潰している訳にもいかなかった。

 こうなったらバートン卿をとっ捕まえて吐かせるしかない。
 なんとか立ち直った俺は、すぐに集められていた重症兵を辺境伯邸に転移させ、残された三百ほどの兵と共に王城へと転移してきた。
 ウィリアムは最後までついてくると言い張ったが、そう何回も危険を冒させるわけにはいかない。無理矢理眠りに落してエリーに引き渡し、あとを頼んだ。

 いつもの如くピピンの応接間に飛んだ俺は、周りを見回して舌打ちした。普段そこを動いたことがほとんどない部屋の主が、今日に限ってそこにいない。部屋の中の書類やら家具やらを全て一旦辺境伯邸の屋根裏に飛ばし、きれいに片付いた部屋に残りの兵を呼び寄せた。

 大公弟の執務室の細長い窓からは城下町のあちこちから上がる煙が見える。見下ろせば城門の内側、廓や中庭のあちこちでルトリアスの兵士が他国兵らしき者たちと数人ずつ剣を切り結び、激を飛ばしているのが目に入った。城門は既に半壊し、その役目を終えている。ルトリアスと、見覚えのあるアレフィーリアの軍服を着た兵士がお互いに庇いあっている。どうやら共闘しているようだが、それでも侵入してるフレイバーン兵のほうが数で圧倒的に優勢だ。

「!?」

 窓から手を突き出し、目に見えてフレイバーン兵とその指揮官らしきものが固まってる辺り数カ所に、先ずは特大の火魔法をお見舞いする。
 アエリアのように圧縮などしなくても、上空からの不意打ちを想定していなかった一団は防御壁シールドを上げる間もなくもれなく火炎に包まれた。

 これで少しは下の戦況も改善するだろう。

 気づいた近くのフレイバーン兵がすぐにこちらに向けて応戦してきたが、これでも大公弟の執務室である。最低限の防御魔法も張られているし、なによりその為の細い窓だ。そう簡単に下級魔導師の攻撃など入っちゃこない。窓目がけて放たれる火球がいくつも弾かれるのを尻目に、部屋を後にした俺たちは騎士団棟のある東を目指した、のだが。

「こちらにも見当たりません!」
「こちらも空です!」
「ならとっとと引き払って次行くぞ!」

 城内のあちこちに侵入してるフレイバーン兵に阻まれて、いつまで経っても先に進めない。しかもトロトロやってるうちに、取り残された文官だの、王族だのにでくわしてしまい、そいつらにせがまれて保護対象を探索しながら進まざるをえなくなっていた。
 遅々として進まない進行に苛立ちながらも、どこまでもゲリラ的に散見される敵軍の様子から、ピピンたちがどこかで籠城しているであろうと信じて先を急いだ。



「アーロン様、よくご無事で!」

 やっと城内の教会でピピンたちを発見したのは、すでに昼をかなり過ぎてからだった。

「こんな所から前線を指揮していたのか」
「『こんな所』にたまたま軟禁されていましたのでね」

 ピピンたちが軟禁されているであろうとは、タイラーからも聞かされてはいたが。
 いみじくもピピンたちが捕らえられていたのはあの教会の中だった。
城の中層、小さな空中庭園に張り出すように作られたこの教会は、確かに独立した厨房やら寝所が整備されていて軟禁にはもってこいだ。そして逆に立て籠もるにも非常に有利な立地だった。しかもここはキックスの影響力が効いているから変な政治的干渉も起きづらい。
 案の定、到着した俺たちを出迎えたのは神殿警備隊の精鋭にしっかりと護衛されたピピンたちだった。

「アーロン様、ほ、本当に生きてらっしゃいましたか!」

 ピピンのすぐ後ろから見慣れない将校が飛び出してきて、やけに嬉しそうに声をかけてきた。

「誰だこいつ?」

 俺がそれを指さしてピピンに問うと、その男はなぜかその場で俺に跪き、礼を取りつつ勝手に挨拶を始めた。

「お初にお目にかかります、アレフィーリア神聖王国、王国親衛隊第三隊長シモンズと申します。この度は無事なご帰還をお祝い申し上げます」
「シモンズ隊長はアレフィーリア神聖王国、使節団代表として来訪されたのです。第二王子が無事ご帰還されるまで、一時的にこの城の全権を預かられてらっしゃる」
「ま、待たれよそれはもう……」

 ピピンが慇懃な口調で付け足すと、シモンズが慌ててピピンを止めようと立ち上がる。それでもお構いなしにピピンがいい笑顔で先を続けた。

「現在この城や街の防備も一時的にシモンズ殿の配下に置かれているのです。無論我が軍もシモンズ殿の使節団同様に責任を持ってご配慮頂いています」
「ピピン殿、なんと意地の悪い……もうその件に関しては共同防衛を合意したではないか」

 汗をかきかき、ピピンに取りなして貰おうとする様子から、ピピンがすでにここの指揮を掌握し返しているのは明白だった。
 大方、このシモンズがピピンを更迭してこの城の全権を奪った所に攻め入られたのだろう。勝手もしらない他人の城で籠城戦を強いられて慌てふためいてピピンに泣きついたってところか。

「ここに来るまでに出会った敵兵は大方蹴散らしたが、相手の戦力は把握してるのか?」

 茶番は無視して、俺はピピンに単刀直入に問う。

「二日前、ルトリアス北央の国境をフレイバーン軍が突破したという一報が入りました。その時点で二千騎を超す騎兵と歩兵五千弱が確認されましたが、その後さらに援軍が合流したという情報も入っています。その数は不明。昨日から王都北部に本隊が置かれ、そこを中心に軍を展開しているようです。今朝未明に王都の北門を突破、そのまま城門を破壊し場内に侵入。場内に展開してる先導隊の数は約五百人と思われます。魔導兵は少数ですが、厄介な土魔法を使う者が多く──」
「どうしてこんなに簡単に城門が破られた?」

 軟禁されつつも、ピピンはしっかり情報収集ができていたらしい。ザッと状況が把握できた俺は、さっきから気になっていた件を尋ねた。

「どうやら数人のゴーレム使いがいた模様です。国境、王都の北門、そして城門を破壊する姿が確認されているのですが、ありがたいことに常時発現させるだけの魔力はないようです」

 なるほど。ゴーレムは機動力に劣る為戦場ではあまり見ないが、攻城戦においては中々使い道がある。使い捨てにするつもりで数体持ち込んでいたのかもしれない。

「……守備軍は? 魔導騎士団第一と第二が場内に残ってただろ。第四師団も各城門と市内に配備されていたはずだ。カールスはどこだ?」

 俺の立て続けの質問にピピンが額に汗して返答に詰まった。

「実はその……。一報が届いたのは要請された救援の派兵に向け、王宮騎士団及び王都騎士団他から魔導騎士予備軍と言う名目の救援軍を募り、カールスが第二、第四師団と合わせて約二千ほどでまさに出兵した矢先だったのです」

 そう言いつつ横のシモンズに視線を流す。

「すぐに呼び戻そうとはしたのですが、シモンズ隊長を介して連絡が取れた時にはすでにかなり王都から離れておりました」

 どうやらそこで軟禁されていたピピンとシモンズの間で悶着があって出遅れたってことなのだろう。
 シモンズが言い訳したそうにソワソワとこちらを見たが、無言でピピンに先を促す。

「やっと王都外まで戻ってきたところに、今度は南諸侯が寝返ってその合同軍が王都に向かってるとの知らせが入りまして……王都まで戻っていた救援隊はそのまま王都南側に陣取ってそこから展開しています」

 あいつらか。ピピンも分かってるだろうと目で合図してくる。
 南の諸侯は元々アレフィーリアに繋がりが深い。俺が作った水道橋の恩恵もなく、これまでもアレフィーリアと繋がる南の交易路と、古くからの利権だけで栄えてきている。
 最後までお袋が影で後見していた第一王子の廃嫡に反対していたのもあいつらだ。
 何かあれば直ぐにお袋の顔色を伺ってもおかしくない。

「今のところ、救援隊はこの合同軍をこれ以上王都内へ侵入させないよう防ぐので精一杯のようです。ですから城内には魔導騎士団第二師団三百と第一師・第四師団それぞれ百、それに王城騎士団及び警備隊が合わせて百名ほどしか残っていませんでした。それにシモンズ隊長が連れてらしたアレフィーリアの親衛隊が百名ほど」

 カールスの隊が約二千、ここに残っていたかき集めが五、六百。アーノルドたちの隊で残ったのが約三百。戦死者や負傷者を合わせて総勢三千弱か。

「近衛隊はどこだ、まだ残っていただろう。キックスはどうした?」
「キックス総師団長率いる第一、第三近衛隊は今も大公の寝室周りで孤立しています。第二は先日から姿が見当たらず」

 その返答に俺はアーノルドと顔を見合わせた。どうやら完全に寝返ったらしい。もうそれは捨て置いて、把握した現状から作戦を立て直す。

「ではこれより城内の大掃除を敢行する。アーノルドとポールの隊は順次休憩を取れ。各団長は俺の元に一時集合!」

 俺の大喝を皮切りに、兵士たちが活き活きと動き始めた。

 そこからの巻き返しはあっという間だった。俺の転移があれば南に陣取っていたカールスともすぐに連絡が付き、そこに要請を受けていた北の諸侯の援軍がやっと到着した。どうやらシモンズがピピンに泣きつくまでの間、他の諸侯に伝令を飛ばせなかったらしい。しかも緊急時対策でタイラーが辺境伯邸に飛んでしまっていたのでその辺の対応にも時間がかかっていたのだそうだ。
 転移で一時的にカールス隊を城内に戻し、アーノルドに諸侯軍と予備軍を任せた。カールスとポールを中心に軍を立て直すと、城内に残るフレイバーン兵を掃討するのにはさして時間もかからなかった。
 一旦城門を完全に塞ぎ、出入りを俺の転移だけに限ってから王都内壁内に潜むフレイバーン兵を片付ける。その頃には日和見の南諸侯軍は撤退し、アーノルド率いる合同軍がフレイバーン本隊に差し迫っていた。

「さて、面倒だから俺が本陣をやるか」

 王都を囲む外壁の歩哨に立ち、夕日の沈みゆく丘陵とその端に黒くシミのように広がるフレイバーン本陣を見やる。すぐ手前には王都城壁を背に、弓型に配されたルトリアス軍のいくつもの小隊が見える。

「本当によろしいのですか?」

 戦場を見渡しつつそう言った俺に、アーノルドが心配そうに問いかける。
 人間に混じって生きている現状、あまり目立ち過ぎぬようにと普段ほとんど自分の力を見せて来なかった俺が、今回全く手加減なしに動くのが心配なのだろう。
 だがアエリアの居所が分からない今、余計な時間はかけたくない。

「心配するな。なんとでもなる」

 そう声をかけながらアーノルドを振り返った、正にその時。
 禍々しい大量の魔力が敵本陣の中心辺りから膨らみ上がった。

「あれは!」
「見るな! 全軍防御壁シールドを上げてその場で伏せろ!」

 伝令用の魔石を前線の各隊に転移させ、俺の怒声が隊全体に響いたその直後、膨れ上がった魔力がフレイバーン全軍を包み込み、巻き上げられた土煙と共にその姿を覆い隠した。続けて凄まじい突風が俺たちの軍を吹き抜ける。
 その風が治まり、視界が晴れたその先に、先程まで整然と陣形を整えていたフレイバーン軍の姿は跡形もなく。だが代わりに、そこには何百何千という数えきれない数の土塊の巨人が静かに立ちはだかっていた。

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アーロン現在地
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