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エンドレス・ラブ

14 そして運命は交差する ― 2 ―

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「あの~」

 心細さのあまり、弱々しい自分の声が口から洩れ出た。
 ついさっきまで、ベッドの上に寝転がって召喚状を眺めていたはずなのに、私は今、なぜかいつもの薄手のネグリージェ一枚で真っ暗闇に立ってます。
 前も真っ暗、後ろも真っ暗、上も下も全部真っ暗。
 いやちょっと待って、突然こんな所に放り出されてどうしろって言うんだ。
 っていうか、真っ暗になる直前、アーロンの研究室が消えた直後。確か一瞬だけ、石で出来た古い部屋が見えた気がする。でも見えたと思ったその瞬間、下のほうがピカって光って、次の瞬間には『ここ』にいた。
 『ここ』っていうか、本当にここどこ?
 さっきっから前後左右手で探ってるんだけど、なんにも掴めるものがない。それどころか怖いことに、足の下の地面さえある気がしない!
 う、浮いてるのかな? それとも落ちてる?
 暗すぎてまるっきり感覚が分からない。あれだ、この前の水の精霊界や火の精霊界に行った時と同じ。同じだけど、違う。だってあの時はもっとこう、はっきりきっぱり落っこちてた。今は『落ちてる』ってはっきりした感覚はないし、かと言って上ってるわけでもないと思う。
 宇宙空間に放り出されたらきっとこんななのかな。

「あの~、どなたかいませんか~?」

 あまりに心細くてまた声を出してみた。もちろん返事はない。
 うー、どうしよう。一体どうなっちゃったんだろう。
 そこで突然すっごく嫌なことを思い出す。
 転移してきた人が着地点にいた人にぶつかると、勢いで片方が異次元に飛ばされるとか、アーロン前に言ってなかったっけ?
 まさかここ、異次元とか言わないよね?

「あの~! あの~! どなたか返事してください~」

 我ながら情けない声が出てる。それでもお返事はない。
 と言うか、ちゃんと自分の声が出てるのかさえ自信ない。確かに叫んでるはずなのに、耳にはやけにくぐもってしか聞こえて来ない。まるで声が伝わっていく感じがしないのだ。
 ええい、宇宙空間だったらもしかして泳げないかな?
 思いついてジタバタ手足を動かしてみた。
 クロール、平泳ぎ、背泳ぎ。
 やっぱり動かない……

「ふええええん、お願いです、誰か返事して~~~!!!」

 我慢してたよ? 泣かないように。
 だってここで泣いたらパニックになるって思ったし、そうなったらどうしようもなく怖くなるのが目に見えてたし。
 でもやっぱり泣いちゃった。
 力いっぱい情けない泣き声で助けを呼んでみる。誰かがどっかで聞いてたら、間違いなく申し訳なくなって助けてくれそうなほど、心して思いっきり無様に泣き叫んでみた。

「ふええん、ふえええん、助けてお願い、独りぼっちも暗いのも苦手なの、怖いのやなの~~!!!」
「うるさいわ……」

 突然、結構すぐ近くから女性の声が聞こえた。
 おおおお、誰かいてくれた!
 私は喜び勇んで声のほうへと手を伸ばした。

「だ、誰かいるんですね、待って今そこに行きますから、自分が助けますから!」

 自分だけじゃない、他にも誰かが『ここ』に閉じ込められてる!
 そう思った途端、勇気がわいてきた。
 私一応これでも勇者の端くれだし、下手な女性よりは自分のほうが強いはずだしね。ここは自分が頑張らねば!
 ってちょっと気張ったような、さっきまで弱っちく泣いてたのが恥ずかしかったような、そんなこんなで叫んだんだけど。

「こっちに来るって、あなたどうやって……?」

 耳に届いた不審そうな声も意に介さず、私は今度こそ声のした場所を目指してバタ足を始めた……けど全然進まない。
 大体どれくらい声の主と離れてるのかも分からない。
 そうだ、火魔法!
 そう思って手に小さな炎を出してみた。でも手の上の炎の明かりは全然先を照らしてくれない。その小さな炎の揺らめきは、ごく狭い周囲を照らすだけで、闇に吸い込まれるように明かりが広がっていかないのだ。
 でも出せることは出せるんだから、あとは他の魔法で彼女のほうになんとか……

「ここまで来て、なぜ貴方なの……」

 まだ近くまで行ってないのに、やけにがっかりした声が聞こえてきた。
 へ?っと思ったけど。そっかこの灯り、遠くは照らせないけど、多分私の顔くらいは照らせてるはずで。だから彼女からは私の顔が見えたのだろう。

「なんで、どうやって……これじゃあもう魔法陣が動かないじゃない」

 泣きそうな声で突然怒られた私は、なんだか分からないけど自分のせいらしいので「ごめんなさい」と小声で謝った。
 それに返事は来なかったけど、とにかくまずは相手の顔が見たくて、私はなんとか前に動く方法を考える。
 空間魔法なら前に進めるだろうか?
 そう思いついた私は、この前地下水道でやったみたいに一歩先の空間を四角く切り取って固定してみた。全く見えないけど、これでこの空間だけ動かないはず。
 恐る恐る足先を伸ばすと、足を載せたその空間はちゃんと足下に硬く感じられた。踏みしめられた確かな感覚に気を良くした私は、それを足掛かりにまた一歩前に進む。また次の足の下にも空間を切り取って、そこに体重を移して。その繰り返し。
 真っ暗闇だから全然前に進んでる気がしないんだけど、それでも足元だけは間違いなく前に進んでる気がする。その感覚を信じてしばらく歩くと、闇の中に薄っすらと女性のシルエットが見えてきた。
 その姿を目にした途端、息が詰まるほど胸が痛くなった。

「レシーネさん……」

 そう、両手を胸の上で交差させ、薄暗い色の服を着たレシーネさんが暗闇に独りぽっかりと浮かんでたのだ。
 暗くて表情はよく見えないけど、豪奢な金髪が波打ちながら美しい顔と艶めかしい身体の輪郭を縁取ってて、まるで美貌の妖精が夜闇にちょっと羽を休めて浮いてるみたい。
 その姿には裁きの日に公王様の前で見たような傷や陰りは微塵もなく、教会で私を縛りつけた時に見たままの、自信にあふれる美しさを取り戻してた。
 それを見た私は思わず溢れる涙が止められない。

「良かった……元気になったんですね」

 そう言って足早に駆け寄り、やっと自分の火魔法でレシーネさんの顔が見えて、そこで足が凍り付いた。美しいままのレシーネさんは、でもその青白い顔を陰鬱な表情に歪めて私を見返してた。

「元気、ね。死んだ人間に言うには全く持って不釣り合いこの上ない言葉だわ」
「へ?」
「残念だけど、私もう死んでしまってるのよ」

 そう言ったレシーネさんはなぜか悲しげで、でも少し嬉しそうにも見える、とっても不思議な笑顔を私に向けた。
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