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エンドレス・ラブ

15 そして運命は交差する ― 3 ―

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「あの、まずここはどこなんでしょうか?」
「ここは絶界。現世と精霊界の間に横たわる無の世界」

 あんなに私を嫌い、そして憎んでたはずのレシーネさんは、悲し気に自分は死んだのだと言いつつも今までになく穏やかな口調で私の質問に答えてくれた。
 今私はレシーネさんから約3メートルほど離れた場所で、やはり暗闇に立ち尽くしてる。なんかそれ以上近づくのはいけないことのような気がするほど、レシーネさんは美しくそして儚く見えた。

「絶界って確か精霊界に落ちる時に通るところでしたよね。でもなんで私、今は落ちないで浮いてるんでしょうか?」

 絶界かな~とは一度思ったけど、それにしてはこうやって浮いてるのが変だよね?
 そう思って尋ねるとレシーネさんが小さなため息とともに私を見る。

「それはここが絶界に区切られた密室だからよ。旧フレイアー国に伝わる土魔法の一つ、土精霊のハーフを作り出す為の秘儀。そこになんで貴方が入り込んでしまったのかはもう聞くのも嫌だわ」
「はぁ」

 ため息まじりにそう言われて、思わず魔の抜けた声が出た。
 えっとフレイアーって確か南フレイバーンの古い名前だっけ?
 それで確かレシーネさんこそ土精霊のハーフだったはず。
 って事はここがレシーネさんが生まれた場所って事なのかな。
 呑気にそんな事考えてる私などお構いなしに、レシーネさんが呆れた様子で独り愚痴るように先を続ける。

「まさかここまで来てまた貴方が邪魔しに来るなんて。本当に信じられないわ。アーロン様しか来ないはずのここに、一体どうやってたどり着いたのか、聞きたいのは私のほうよ」
「アーロン! アーロンがどこにいるか知ってるんですか?」

 飛び出したアーロンの名前に、勢い込んで尋ねちゃった。でも目前のレシーネさんはゆっくりと首を振って少し誇らしそうに続ける。

「いいえ。でもお父様がここに送ってくださるって約束して下さったの」
「送るって、じゃあアーロンやっぱりフレイバーンに捕まってるの!?」
「さあどうかしら」

 やっぱり来てみて正解だった!
 そう思って喜んだ私にレシーネさんがつれない返事をした。

「ただ、たとえ捕まってたとしても、もうここに来るのは無理だけれど」
「え?」
「だって貴方が来てしまったんですもの」
「へ?」

 レシーネさんは当たり前だと言うようにそう言うけど、私には全く意味が分からない。
 
「なんで私が来たらアーロンがこれないの?」
「ここに、私のもとに来れるのは最初っから一人だけなのよ。この儀式をしたあの部屋の魔法陣を次に踏んだ者だけがここに送られる、そう言う儀式ですもの。だから『あの部屋』はお父様が直ぐ封印して、必ずアーロン様を捕まえて送り込んでくださるはずだったのに、一体何がどうなって貴方が来ちゃうのよ」
「そ、そんなことを言われましても……」

 私の直球の質問に、レシーネさんも怒るでもなく淡々と答えてくれたけど。なにがどうなったか知りたいのは私のほう。だって確か私、フレイバーンに来るつもりで……

「あ! その儀式した部屋って、もしかしてなんか暗い石の部屋?」
「あなた、まさか入ったの?」

 うわ、レシーネさんが真っ青な顔でギロリと睨んできた。あれは不可抗力のはず。でもその眼力がやけに怖くて思わず慌てて早口で返事を返す。

「入ったというか、アーロンを探すにも私一人じゃフレイバーンまで転移出来ないし、もしかして役に立つかなってフレイバーンから届いてた勇者の召喚状を見てたら間違って触っちゃって、そしたらなんか突然ここに飛ばされちゃって、途中でなんか一瞬そんな部屋を見た気が……ってあれ? レシーネさん、なぜそんなに落ち込んでるの?」

 私の説明の途中から美しいレシーネさんの顔が呆れ顔に変わり、そして陰線がかかりそうなほど真っ暗な顔になって俯いちゃった。

「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけど。ねえ、貴方。その召喚状でフレイバーンに来て、一体なにをするつもりだったの?」
「それはその、捕まってるアーロンを助けたいと」
「アーロンがどこにいるか分からないって、さっき自分で言ってなかったかしら?」
「え、ああ、はい」

 もっともな問いに思わず頷いてしまう。
 嫌味は少し混じってるけど、それでもいつになく私に真っ直ぐ尋ねてくるレシーネさんに、問われるままに私も素直に答えちゃってる。
 よく考えると、レシーネさんとこんなに話をするのは初めてかもしれない。
 
「ただ、アーロンが生きてるのは確かだし、でも遠視は出来ないし、私の予想では動けない状態でフレイバーンに囚われてるのかなっと──」
「それはないわね」
「え?」

 私が答えてる途中でレシーネさんのキッパリとした否定の言葉が重なった。
 驚く私にレシーネさんがはっきりと答える。

「だってお父様がアーロン様を捕まえたのなら今ここにいないはずがないもの。お父様は一刻も早く私とアーロン様の子供が欲しかったのですから」
「レシーネさん……なんでアーロンをここに連れてくると必ず貴方の子供を作るって言いきれるの?」
「だって、子供を作らなければ、ここからは誰も出れませんから」
「?」

 ちょっとムッとして問い返した私に、感情もなくレシーネさんが答えてくれた。だけどまたも全然意味が分からない。今はよっぽど機嫌がいいのか、はたまたよっぽど暇なのか。そんな私にレシーネさんがまたもちゃんと説明してくれる。

「この魔術は元々土の精霊界に渡る為の、不完全な土魔法の副作用なのよ。正しく行なわれた土魔法なら肉体は全て土に戻って、精神だけ土の精霊界に飛ばすことが出来るの。まあ片道切符の道行きだけれども」
「なんでそんな。普通に精霊に干渉して精霊界に行けばいいじゃないですか?」
「分かってないのね。よっぽどの魔力がなければ精霊界と現界を肉体をもって行き来なんて出来ないのよ」

 貴方やアーロン様のようにね、とレシーネさんが寂しく笑う。

「だけどもし儀式の途中、肉体が全て土に変わる前に命がなくなってしまったら。その不完全な肉体がこんなふうに絶界に引っかかって、周りの空間だけが閉じてしまうのよ。ここならたとえアーロン様でも簡単には出られないでしょうし、お父様はもうアーロン様の土魔法を封印したと思うわ」
「土魔法を封印?」

 まさか。だってあのアーロンだよ?
 訝しむ私の思考を読んだかのように、レシーネさんが続ける。

「これも私たちの国に伝わる秘儀なのだけど。この国の王族はあの部屋から土精霊界自体に声を伝えられるの。そこで私のお母さまたちに私の死を伝えたのじゃないかしら。私はここを動くことは出来ないけれど、ずっとお母さまたちの嘆きの声が聞こえるもの」

 私にはなんにも聞こえない。そう思う私にまたもレシーネさんが首を振って笑った。

「貴方には無理よ。これは私が半分、土精霊だから聞こえる声。アーロン様を呪う声。きっとお父様が上手く騙したのね。アーロン様の精霊界への干渉を拒絶してるんだわ」
「えっと土精霊界に干渉できないってことは、土魔法がまるっきり出来なくなっちゃってるってことだよね?」

 授業を思い出しつつそう確認した私を、レシーネさんが呆れ顔で見返しため息をつく。

「貴方本当におバカさんよね。それだけのためにお父様が精霊界への干渉を止めるわけないでしょ。精霊界に干渉できないってことは絶界にも干渉できないってことよ。アーロン様は竜の血を持ってらっしゃるから魔属性は闇、土魔法が主なはず。だったら今頃完全に空間魔法を封じられてるでしょうね」
「ええええ!!?? あ、だから帰ってこれないし連絡出来ないの!?」
「やっと分かったみたいね。その状態のアーロン様がここに来れば間違いなくご自分で帰るのはムリ。たった一つ、この空間から普通の人間が現界に戻る方法はこの空間を維持してる私とまぐわって子を成し、私の肉体の崩壊とともに子が現界に送り出されるのに便乗するしかないの」
「肉体の……崩壊、ってでもレシーネさんそんなに元気そうなのに?」

 私がそう尋ねると、レシーネさんがちょっと意地悪く笑って手招きをする。その笑顔がなんか怖くて、恐る恐る数歩の距離まで私が近寄った途端、レシーネさんが身体をクルリと反転させた。

「ひいい!!!」

 突然目の前に晒されたレシーネさんの背中にあったのは、一筋の深く真っ赤な刺し傷。そしてそこから服の背中全面に翼のように広がった、赤黒い血のシミだった。
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