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第8章 ナンシー 

49 あゆみの実験 応用編

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「あゆみ、この石が電池の様に使えるって事は分かった。でもそれとさっきの水浸しはどう関係があるんだ?」
「ああ、あれね。ここに一つだけ持ってきたんだけど」

 そういってさっきの風呂敷包みから今度はこぶし大の布の包みを出してきた。
 げ! あゆみの奴まだ一つ自分で持ち歩いてやがったのか。
 一瞬たじろいだ俺には気づかずにあゆみがキールからわら半紙を一枚借りる。

「先に説明しておくとね、この『溜め石』、白と黒の面が電池の頭とお尻の様に魔力を出せる所なの。だから」

 そう言って指で挟んだ「溜め石」をさっきの石の円に戻し、一旦光り出したところで今度は溜め石と光魔石の間に今借りた紙をさしはさむ。途端、光魔石は光るのを止め、あゆみが紙を引き抜くとまた輝きだした。次にあゆみが縞を横向きにするとまた光の魔石が輝きを止める。

「この通り、溜め石は縞の両脇を魔石で繋げてやらないと魔力は流れないでしょ。だから魔力の溜まった石の片面をこうやって紙で覆う事で魔力が流れ出さない状態を作って、その周りを沢山の魔石で覆って袋詰めにしてみたの。で、その片面を包んだ紙がほら、ここまで伸びてる、ね?」

 そう言って俺たちの目の前に転がってる包みをくるっと回して、布の結わき目から飛び出している紙の先を指さして見せる。

「これを引っ張っちゃうと溜め石の両面がそれぞれ魔石に接してそれが周りの魔石で繋げられて一気に全部の魔石が反応してくれるわけ」
「…………」
「…………」
「…………」

 あゆみの手にしている包には大きく『火』と書かれていた。
 俺はつい一歩後ろに後退しちまった。
 キールも椅子の上で心持ち後ろによりかかり、視線はしっかりと包みに据えたまま俺に聞いてくる。

「ネロ、威力はどれくらいだと思う?」
「水のやつはひと包で俺たちの部屋を水浸しにしてた」

 キールが固まった。

「……残りはどうした?」
「全部使われてない納戸に運ばせた。注意しておいたから途中で事故はなかったみたいだ」

 それを聞いたキールは小さく嘆息して今度はあゆみに尋ねる。

「あゆみ、これは解体できるんだよな?」
「えっと、それを試そうとして部屋を水浸しにしてしまったんですよね。紙をずらさずに溜め石を取り除くのが思っていたより難しくて」

 あゆみは悪びれもせず報告する。
 それを聞いて俺の顔が引きつった。
 キールとアルディの顔も引きつってる。
 だがすぐにキールがハッと我に返って急いで指示を出し始めた。

「アルディ、今すぐその包みを外の兵に同じ納戸に運ばせろ。ついでにその納戸に誰かひとり見張りを付けとけ。ネロ、明日アルディと一緒に他の包みも全部街の外に持ってって威力を確認してこい」
「わかりました」

 あゆみが一人「え、ちょっとそれもったいなくないですか?」っと馬鹿な事をいってるが誰も聞いてない。すぐにアルディに呼ばれて外に立ってた兵士が青ざめながらも慎重に包を運び出してくれた。
 それを見送ったキールが少し気を緩めて改めてあゆみに向き直った。

「それであゆみ、報告する事はこれで全部か?」

 キールは多分念のため聞いただけだったんだよな。
 でもあゆみはそれに促されるようにおずおずと手を上げ暢気な顔で返事を返した。 

「あのー。実はもう一つ作っちゃったんですけど? 見てもらえます?」

 あゆみの緊張感のない声に俺の胃がズキンと痛んだ。

 またか。
 こいつがこういう声を出す時はろくなことがない。
 キールと俺が言葉に詰まってる間にあゆみは返事も待たずにさっさと持ち込んだ材料を組み立て始めた。



「あゆみ。もう一度聞く。何でこの輪っかは回ってるんだ?」

 今、俺たちの目の前では投げ輪の様な鉄線が鉄柱の周りを一定の速度でクルクル回り続けている。
 輪っかにはミッチが書いたのか歪な猫の絵が貼り付けられていて一緒にクルクル回ていた。
 これ、俺のつもりか?

「だから『フレミングの左手の法則』だってば。覚えてない?」

 あっけにとられながら尋ねた俺にあゆみが「何で分からないの?」という顔で逆に聞き返してからハッとした顔になる。

「ってあ。黒猫君、高校中退しちゃったんだっけ」

 それじゃあ仕方ないね、ってあゆみは言うが高校にさえ行ってたら俺でもこんなもん作れる知識が手に入ってたのか!?
 いやいやいや、無理だろ!?
 あゆみの言葉をうのみにするのは危険だ。こいつの常識はいつもどっか斜め上方向をさまよってる気がする。
 ふと見れは俺の前でキールとアルディが『魔法』でも見たような顔で回り続ける輪っかをみつめてる。
 あ、俺もきっとこんな顔してんだろうな。

 あの後無言で見つめる俺達の目の前であゆみは袋から取り出したものを嬉々として組み立てた。
 途中俺の目の錯覚でなければあゆみが手にしてた鉄柱に鉄線が引き寄せられてピタッとくっついた。
 それを見た瞬間、俺の胃が悲鳴をあげた。
 そんな俺の気も知らずにあゆみが手際よく鉄柱と溜め石を積み上げ塔を作った。
 その上に鉄線の片端を引っかけてあゆみが慎重に手を離すと、上からつるされた投げ輪のような鉄線が猫の絵を乗せてクルクルと音もなく回り始めた。
 それをうっとりと見つめながらあゆみがボツボツと話し始める。

「ほら私もやっと電撃だけは調節できるようになってきてたでしょ。だからそろそろ磁石作るのも簡単かなって思ってたの」

 待て、なんで今電撃で磁石に話が飛んだんだ?

「あと銅線があれば楽だったんだけどね。仕方ないから鉄線をくっつかない様に綺麗な輪っかにするのすごく大変だったんだよ。もうやってみるまで動くかどうか半々だったんだけど。やってみたらなんとかできちゃった」

 そういって嬉しそうにクルクル回り続ける輪っかを見てる。

「これで原理は証明できたし後はまともな材料に入れ替えればいいんだけど。これ、ちゃんと効率的に軸を回すのにはベアリングが必要なんだよねぇ。今の技術じゃ完全な鉄の球体なんてまだ作れないでしょ。だからまだ完全なモーターは……」
「あゆみ止めろ! ストップ!」

 ここまで聞いてギョッとした。
 ちょっとまて、これもしかして電気モーターの原理なんじゃねえのか!?
 マズい。
 こいつがあの風車作ってた時点でもっと警戒しておくべきだった。
 石炭で蒸気機関作ろうってのだけでも危ない発想だから何とか止めようとしてたのにまさかここで突然電動モーターが出てくるとは思ってなかった。
 あ、この前俺がトラクター作れないとかいっちまったからか?
 じゃあエコだからいいのか?
 ……いや違うだろう! 
 正直モーターがどうマズいのか俺の頭じゃわからねえ。
 だけど分からねえからこそ不安だ。
 なりよりひとっとびにこんな技術が生まれちまうのはどうしてもなんかマズい気がする。
 キールがまたあの時と同じ胡乱な目つきでこっちを見てる。俺はまたもため息の出る思いでキールを見上げた。

「キール今は駄目だ。俺に先に考える時間をくれ。必要だと思ったら後で説明する」

 俺の今の百面相で俺がどれほど迷ってるか十分理解したらしいキールはふっといやな笑みを浮かべて答えた。

「そうだな。君たちはもう俺の秘書官なんだから今すぐどうする必要もないな」

 ああ、そうだった。まあ、それでもせめて時間が稼げればなんか思いつくだろ。
 取り合えず納得してくれたキールは置いといて。
 ここまでの一連のやり取りで俺が一番気になったのは実はモーターとか魔石の包みなんかじゃなかった。
 俺は意を決して今もっとも聞いておきたい事を確認するためにあゆみに向き直る。

「あゆみ、お前なんで突然こんなもん作る気になったんだ?」

 俺の中の不安は最近の騒動であゆみがかなり動揺していたことだった。
 もしこいつがこれからの戦闘を意識して武器を作ろうとしているなら今のうちに止めておきたい。
 こいつがそんな事を考える必要はない。それは俺たちの仕事だ。
 そんな思いを押し隠してなるべく冷静な声音で尋ねた俺の質問にあゆみがまるっきり邪気の無い顔で答えた。

「え? だって作れるから」
「は?」
「だから、作れるから作ってみたんだけど駄目だった?」

 聞き返す俺にあゆみはただきょとんとして答えてくる。
 そのあゆみの顔を見て俺はピンときた。
 こいつもしかして。

「お前。まさかこういう事向こうでもやってたのか?」
「…………」

 あゆみがグッと言葉に詰まった。
 それだけで十分だった。

 当たりか……

 俺は引きつりそうな顔を無理やりなんとか緩めて務めて優しい声になるよう気を付けながらあゆみを促す。

「いいから正直に言ってみろ」

 そんな俺に「黒猫君、猫なのに顔が怖いよ」と余計なツッコミを入れながらあゆみがぼそぼそと話し始めた。

「前に言ったよね。言いたくないって。これがそれ」

 ブチブチと文句の様に話し出したあゆみに苛立ちをおさえて聞き返す。

「これってなんだ、これって?」
「私の大学の専攻。工学部の工学科だったの。ロボット工学やりたかったから電気回路関連、機械科の基礎、それにIT関連なんかも取ってた」

 そこで大きなため息をついて俺を見る。

「でもほら、こっちにコンピューターなんてないし、第一電気もないから私の知識なんて何の役にも立たないって思ってたんだよね。まだなんとか役立ちそうな機械科は本当に作図の基礎くらいしかやらなかったし」
「ネロ、いい加減あゆみの話を俺にも分かる様に説明してくれ」

 そこまで我慢していたキールが流石に苛立ちを顔に出して俺に問いかけて来た。
 俺もそこでやっと我に返る。

 くそ、心配してほっんとに損した。
 少しあゆみの言葉を頭の中で整理してキールに説明しなおす。

「あー、要はな。あっちの世界であゆみが学んでた内容が魔力の実験に応用できそうだって話だ」
「それは素晴らしいじゃないか」

 俺の言葉に一気に喜色を顔いっぱいに広げたキールを俺が猫の手を上げて制止する。

「待てキール、よく考えろ。相手はあゆみだぞ」

 その一言でキールの微笑みが引きつった。あゆみの奴は膨れてるが、お前、これ全部自業自得だ。

「こいつ、いわゆる研究バカの典型だ。出来るからやる、作れるから作る。証明したいからやってみる」

 俺の指摘が図星だったらしく、さっきまで膨れてたあゆみが途端そっぽを向いた。
 それをキールと二人で見ながらため息をつく。

「こいつに研究させるならよっぽどの覚悟が必要だ。影響を抑えられる環境に隔離して監視を付けてからやらせなきゃだめだ」

 そういいつつも既に俺の頭の中では大きなサイレンが鳴り響いていた。
 今までこいつがやった事やこの世界への影響、俺達の置かれた状況。どれをとっても今すぐあゆみを止めるべきとしか思えない。
 そこにドアの外から扉をノックする音が響いて俺は慌ててあゆみの積み上げた実験道具を蹴り飛ばした。

「ひどい黒猫君、また壊した!」

 あゆみの文句は無視して側に残っていた布切れを引っ張ってきて今のガラクタを隠す。
 なんとか俺が隠し終えた所にドアが開いてシモンとさっき彼を案内していった兵士が戻ってきた。兵士がそのままキールの元に来て報告を始める。

「キーロン殿下、『ウイスキーの街』の兵が到着しました」
「ああ、そうかもう着いたか」

 報告を終えた兵士がそのままちょっと困惑した顔でたたずんでいるのを見てキールが問いただす。

「他にも何かあるのか?」
「は、はい。実は兵士だけではなく予定外の者が多数到着しているのですが……」

 その言葉で直ぐに何が起きたのか察した俺がキールに目くばせして答えた。

「ああ、それは俺の客だな。行って様子を見てくる。アルディ一緒に来いよ」

 俺は仕方なく今きた兵士を連れてアルディと共に下へと向かった。
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