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第8章 ナンシー 

97 帰途

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「じゃあ何持ってくか決めようね」

 そう言って私は二人の荷物を確認しつつ、自分の荷物も手伝ってもらってさっさと片付けた。片付けを進めるうちにまずはミッチちゃんが飽きちゃって、すぐにダニエラちゃんも巻き込んで遊び出してしまう。
 まあ、結果的には私が荷物を減らすだけなので二人は好きに遊ばせて置いてあげた。荷造りが終わった頃に黒猫君たちが戻ってきた。その頃にはダニエラちゃんもミッチちゃんも既に寝ちゃってる。

「途中でヴィクにあったけどちょっと今夜は来れないってさ」

 部屋に戻ってきた黒猫君がそう言って自分の荷造りを始めた。それを横目にビーノ君はぱたんと二人の横に倒れてそのまま寝ちゃう。

「うん、それはいいけどみんなにお布団かけてあげて」
「ああ。早いなこいつら寝付くの」

 そう言いつつ黒猫君がそれぞれ抱き上げてベッドにちゃんと横にして布団をかけてあげてくれる。

「あゆみ、お前風呂行きたいんだろ?」
「え、うん、でもヴィクさんいけないんだったらいいよ」

 荷造りに戻った黒猫君がちょっと考えてから言葉を続ける。

「これ終わったら俺が連れてってやる」
「え?」
「前にもやったんだからいいだろ」

 そ、そうだけど。なんか今更ちょっと恥ずかしい。
 返事をしなくても黒猫君はさっさと荷造りを終えて私の着替えを手渡してお風呂の道具も持たせて抱え上げてくれた。

「着替えは風呂場でいいな」

 そう言ってスタスタ歩いていっちゃう。お風呂場はもう誰もいなくて静かだったのはいいけど。なんで私こんなにドキドキしてるんだろう。見上げると黒猫君の顔もちょっと赤い気がする。気のせいじゃないよね?

「黒猫君?」
「ほら先に着替えちまえ」

 そう言ってお風呂に入れる薄着の方を手渡してすっごく手早く私のボタンを外してすぐに外に行ってしまう。
 手際いいなあ。そう言えば黒猫君にとってこんな事は別にそれ程気にする様なことじゃないのかもしれない。両手で2周出来ちゃうほどの経験あるんだし。

「終わったか?」

 ちょうど着替えが終わってちょっとポケッとそんな事考えてると黒猫君が入ってきた。そのまんま「ちょっとあっち向いてろ」って言ってくるっと私を椅子ごと方向転換させて。「こっち見るなよ」って声がして。
 えって思ってるうちに。

「ほら行くぞ」
「え? えええ!?」

 じょ、上半身裸の黒猫君が私を抱えてる!

「覚えてるか? お前一緒に入るかって前に聞いてたろ。入るぞ」
「え、あれ冗談……」
「一緒に入れば手伝ってやれるだろ」

 あれ? うん、それはそうだけど、え?
 焦りと混乱でわけわかんなくなっているうちに黒猫君が私を洗い場に座らせる。

「ほら頭伏せろ」

 思いっきり頭を前に押し下げられた。と思ったらバシャーっとお湯かけられた。

「石鹸こっちによこせ」
「え?」

 私が戸惑ってる間に私の持ってきた石鹸を拾ってそれで私の頭を洗い始める。

「や、目に入った」
「そんなの目を瞑ってろよ」

 そんなの今更言われてももう遅いよ!
 仕方ないから水魔法で洗い流しとく。

「かゆいところはないか?」
「黒猫君、美容院のお兄さんみたい」
「介護のお兄さんだな、どっちかって言うと」

 私が答えを言ってないのにバシャーっともう一度お湯が掛かる。泡が落ちるまでそれを繰り返してからちょっと考えて「身体洗うのは諦めろ」って言って私の髪を後ろに整えてくれる。
 髪を梳いて後ろに回してくれる黒猫君の指がこそばゆい。

「黒猫君、それ擽ったい」
「いいからじっとしてろ」

 あれ、いつの間にか持ってきた紐で私の髪を結いあげてる。

「……黒猫君、なんか手際良すぎるよ」
「だから言っただろ、介護のお兄さんだって」
「え?」
「前何回かバイトでやった。経験不問だったからな」

 そうなんだ。

「あ、それで私を抱えて歩き回るのにも慣れてたんだね」
「慣れるわけあるか。お前抱えて歩き回ってたのはそれがお前だからだ」

 へ?っと思って顔を見ると黒猫君が赤くなってる。いや、今赤くなられると本当にいたたまれないんだけど。
 でも本当に居たたまれない事になるのはもっと後のことだった。

「へ、ひゃ!」
「掴まってろ、ってちょっと遅かったか」

 黒猫君、私を抱えてそのままお風呂に飛び込んだ。って多分黒猫君的には入っただけなんだと思う。でも身のこなしが良すぎて私にとっては跳ねた!って感じだった。でも水しぶき一つ立ってない。

「肩まで入れよ」

 そう言って容赦なく私を抱えたまま湯船に浸かって私を水に沈める。

「く、黒猫君、ありがとう、ね、もう自分で座るから」
「嫌だ。ここにいろ」
「黒猫君?」
「いっつもヴィクたちとばっか入りやがって」
「黒猫君?」
「今日しかもう時間ねーだろ」
「あのー、黒猫……くん?」
「あのな、俺にも欲求はあるんだよ。たまにはこうして俺に時間割かねーと手を出さねーって約束守れねえかもな」

 そういう黒猫君の顔が近くて。

「ちょ、黒猫君、お風呂、お風呂楽しもうよ。今日で最後だし。ね? 入れてくれてありがとう。うん、ちゃんと一緒にいるから。大丈夫、ね?」

 なんかあんまり近すぎて焦った。焦って言葉が勝手に色々出てきた。あれ、私喋りすぎ?

「ああ。ちゃんと一緒に入ろうな」

 あれ? いいんだよねそれで。
 でもそう言った黒猫君は湯船の中で私を抱きしめて動かない。これってすごいよ、恥ずかしいよ、頭に血がのぼるよ。血のめぐりが良くなって頭クラクラしてきて、黒猫君近くて。

「あゆみ。好きだからな」

 ふえー。その上黒猫君が甘いよ。逃げたくても逃げる場所もないし黒猫君しっかり抱きとめてるし。

「好きだからな」

 繰り返した黒猫君が腕の力強くして、私もう今にも中身が出そうになって。
 その辺りでくてった。

「おい、あゆみ?」

 熱かったんだ、今日のお風呂。

「おい、しっかりしろ」

 ついでに疲れてたんだ。今日。

「おい、折角一緒に入ったんだぞ、寝るな」
「ごめん黒猫君。私限界。」

 そのまま私は多分寝ちゃった。


 * * * * *


 ……またあゆみが落ちた。
 クソ、誰だよ今日の風呂こんなに熱くした奴は。
 熱中症って程じゃねーけどこれ寝たんじゃなくてのぼせたんだろ。
 声をかけると寝言のように返してくるから完全には気を失ってないみたいだ。
 取り合えず青くなったりはしてねーし息もしてる。脈も少し早いくらいで問題ない。
 俺はそれだけ確認してからあゆみを抱えて湯から引きあげ浴室を後にした。

 脱衣場の椅子にあゆみを座らせて一気に服を引きはがす。
 下着は諦めた。
 タオルで一気に身体を拭きあげて新しい服を着せる。
 髪は軽く絞って後だな。
 そのまま荷物をひとまとめにしてあゆみを担いで急いで部屋に戻った。

 ベッドにあゆみを乗せて体に新しいタオルを掛けてやる。布団じゃ暑すぎるだろ。
 手拭いを濡らしてそれをあゆみの頭と足首に当ててやる。ああ、ちょっと頬がゆるんだな。
 その間にさっきのタオルで髪を拭いて風魔法で軽く乾かす。寒くはないな。大丈夫そうだ。
 最後に。

「あゆみちょっと起きろ。少し水飲んどけ」

 あゆみの上半身を起こしあげて反対の手に出した水をあゆみの口元に持って行ってやる。
 あ、駄目だこいつ、全部こぼしちまう。
 「うーん」とか言ってるから少しは意識あるんだと思うけど。

「あゆみ、むせるなよ」

 俺はそう言いおいて出した水を自分の口に含んであゆみの唇の間に少しずつ流し込んだ。
 こいつゼッテー明日覚えてねーよな。
 そう言えば夕食の時これで最後だからってタイザー飲んでたなこいつ。度数が低いしあれから結構経ってたから少し油断した。

 しばらくするとあゆみの顔の赤みが引いてきた。いつの間にか寝息に変わってるし。
 心配させやがって。

 生乾きの湿った髪を軽く指で梳いてやる。
 そろそろ布団を掛けるか。
 まあ、風呂には入れたんだから文句ねーよな。
 そんな事を考えながら俺はあゆみを抱えて眠りに付いた。 


 * * * * *


「川の旅も悪くないね。スピードの割には怖くないし」

 川の上を滑る船は結構なスピードで水面に綺麗な波紋を残して進んでいく。モータ音は結構静かで川は広くて水面は凪いでいて思っていた以上に快適な旅になった。

「あゆみお前わかってるのか? お前その足で泳げないんだからもう少し気をつけろよ」

 そう言って身を乗り出す私を黒猫君が引き戻す。そんな事言ったって実は私、船に乗るの自体生まれて初めてだったりする。これが浮かれずにいられようか!
 それに何かあるってこんなにしっかり黒猫君に抱えられてるんだし安心だよね。

「黒猫君を信用してるから大丈夫」

 私の適当な答えに黒猫君がちょっとむすっとしながらでも赤くなった。
 あれ? なんか前より黒猫君が赤面するのよく見る様になった気がする。

 今朝も真っ赤だったし。
 ま、あれは多分私が悪い。
 結局昨日、私は目を覚まさなかった。って言うか目を覚ましたら朝だった。
 朝はベッドの中で黒猫君の腕の中でいつも通り目が覚めた。
 ああ、とうとう黒猫君の腕の中で目覚めるのをいつも通りって思うようになっちゃったよ。

 とにかく今朝起きたらちゃんとベッドにいてちゃんと着替えてた。まる。
 うん。思い出さない。
 昨日どうやって寝ちゃったかなんて思い出さない。
 なんで違う服で寝てたのとか聞かない。
 忘れるんだ私。

「橋は全然ないんですね」
「ああ、西に向かう道が殆どないからな。この先にあるのは獣人が自分たちで王国と称してる地域だけだ」

 あれ、なんか気になる言い方だったよね?

「それは北ザイオンは獣人の国を認めてないって事か?」
「まあそういう事だな」

 キールさんがちょっと困った顔で曖昧に答えた。

「ヴィク子供たちは大丈夫か?」
「大丈夫ですネロ殿。二人とももう騒ぎ疲れて眠ってしまいました」

 ヴィクさんがミッチちゃんとダニエラちゃんを、アルディさんがビーノ君を抱えてくれてた。
 最初3人とも大はしゃぎで船から手を出して水を叩いたり身を乗り出してアルディさんやヴィクさんを慌てさせてたけどしばらく同じ風景が続いてモータの音も静かでお天気も良くてその内3人とも眠ってしまったらしい。

「なんだ最後まではしゃいでるのはあゆみだけか」
「黒猫君、私をミッチちゃんたちと同等に言わないでよ。私はモータの性能とか後ろに出来る波紋とかそんな事を考えて」
「それではしゃいでたんだよな」
「うっ」

 そうだけど。ピートルさんだってはしゃいでたよね、って思ってみたら既にいびき掻いて寝てた。船の操縦自体は船になれている近衛兵の人が手伝ってくれてる。その横ではトーマスさんが持ち込んだ食料でお昼の準備を始めてた。
 どうしよう、これすごく楽しい。飛び跳ねるような楽しいじゃなくてニマニマが止まらない様な静かな楽しい。まるでちょっとした小旅行にみんなで出かけた気分。向かう先は『ウイスキーの街』でみんなが待ってて。
 なんか嫌な事が何にもない。

「あ、ねえ黒猫君。もしかして今私ちょっとだけマッタリしてるかも」
「あ、そうだな。気が済んだからもうやめるか?」
「え?」
「全部止めて森にでも行くか?」
「そ、それはダメ。今ちょっとマッタリしてるだけでまだまだいっぱいする事あって、それ全部終わってからじゃなきゃほんとのマッタリ出来ないもん」
「やっぱりそうだよな」

 黒猫君がちょっとからかうような目でこっち見てる。分かってて聞いたね黒猫君。

「じゃあ黒猫君。私がマッタリ出来たからどっかいく?」
「あん?」
「ほら、黒猫君私がマッタリ出来るまでな、っていってたでしょ」
「そんな事言ったか?」
「言ってた」
「忘れた」

 とぼけた黒猫君がポンポン私の頭を撫でる。ずるいよ黒猫君。自分の都合の悪い所だけ忘れちゃって。
 それからトーマスさんの作ってくれたお昼のサンドイッチををみんなで食べて、目を覚ました子供たちがそのパンのかけらを船から投げ始めて。餌付けに味をしめた川鳥たちがぞろぞろと船を追って森まで来ちゃって。やがて船は湖に出て。

「見えたぞ」

 湖の反対側、川の下流の始まりのすぐ下の所に水車小屋が出来上がってた。

「ピートルさん、凄いよ!」
「だろ。お前さんの設計を元にガッツがかなり気合入れてたからな」

 水車小屋のちょっと手前に本当に簡単な桟橋が出来てた。近衛兵のお兄さんがそこに船をつけてくれる。アルディさんがビーノ君を残してキールさんと先に降りて船を桟橋に繋いだ。

「順番に降りてください。近衛兵はそれぞれ荷下ろしを始める様に」

 テキパキと働く近衛兵の皆さんに申し訳ないけど私は黒猫君に抱えられてそのまま船を降りた。

「よう、あゆみ、ネロ。お前ら本当に船できたのか」
「そう言っただろう」

 どこで見てたのかバッカスたちが姿を現した。バッカスが狼人族の人たちに言って近衛兵の皆が下ろした荷物を運び始める。

「まだ荷馬車をここまで入れられねーからな。森の外でまってるんだ」

 そう言ってバッカスが私たちを先導してくれた。森の外には小さな荷馬車と二頭のロバ、それに──

「パット君! テリースさん!」
「お帰りなさいあゆみさん! ネロさん!」
「あゆみさんおかえりなさい。ネロ君も。お二人ともお元気な様ですね」
「ああ、キールなら今すぐ後ろから来るぞ」

 私たちに挨拶しながらもちょっとソワソワしてるテリースさんに黒猫君が苦笑いしながら教えてあげる。
 パット君が子犬の様に私の所に来て黒猫君の前でウロウロしてる。

「子供たちを荷馬車に乗せてやってくれ。あゆみは俺が抱えてくから問題ない。ちょっと先行ってる」

 そう言って。黒猫君が走り出した。
 草原を。真っ青な草原の中を。ビュンビュンとスピードを上げて。まるで私に悲鳴を上げさせようと頑張ってるみたいにどんどんスピードを上げる。
 でも私もいい加減慣れたからそれが凄く気持ちよくて。しっかりと黒猫君の首に掴まって前を見る。
 街が。
 グングン近づいてきて。城門が見えて。

「帰ってきたね」
「ああ」

 そして私たちは街に再び戻ってきた。
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